SS詳細
深層心理のシュピール
登場人物一覧
辺りがきな臭い。
象徴的意味では無く現実として城が燃えているからだ。
消し止める家令は既に殺されてしまった。だからと言って己で動くほどの価値は無い。どうせ全部燃えるのだ。
燻る熱が己の巣を喰らっていく様子はいっそ豪快で清々しくもあった。
城外郭に響き渡る空蝉の鬨の声。
斃せと、殺せと。不細工な無秩序で固められた「勇者」を名乗る群衆は何れ王座に辿りつくだろう。
「まるで動物ね。理性も美学も無い存在なんて愛する価値もないし、あれに殺されるだなんてまっぴら御免」
標本を愛した女王は足を組む。
自分の城にいよいよ人間が辿り着いたということは、自分が愛した者たちは殺されたのだろう。
「死ぬんだったら、私の目の前で死んで欲しかった。そうしたら剥製にできたのに」
魔女の張り紙が貼られてからも己を女王と呼び続けた変人たち。
どういう風に死んだのだろう。苦しんで死んだのだろうか。惨い有様だったのだろうか。
「君らしさが全く損なわれていない発言で安心した。マーレボルジェ」
久方ぶりに名を呼ばれ、くすんだ金髪の女王は顔をあげた。
のっぺりとした顔に苛立ちと歓喜を織り交ぜて、大きな瞳をぎょろりと持ち上げて相手を見た。
「まだいたの……」
彼はいつだって音も無く現れる。
幻覚か、夢か。はたまた幽世の道化か。
この騒乱でも埃一つ付かない死神のような重々しい白装束を身に纏い、いつものように亡霊のように白髪を垂らして佇む影だった。
「ルブラット・メルクライン」
「浮かない顔をしているな」
空が快晴で嬉しい、と言わんばかりの気楽さで告げた亡霊は、勝手知ったる王座の間を闊歩した。
「さっさと出て行きなさい。さもないと、アナタ、また燃えるわよ」
「それが神の思し召しなら仕方がない。それより、君に伝えたい事があったのだと思い出した」
「伝えたい事?」
ルブラットは仮面に隠された貌を蒼白いマーレボルジェの顔へと近づけた。
黒く染色された丸い硝子からの目は見えない。
たっぷりとした静寂が流れた。外の騒がしさが間近で聞こえるほどの沈黙だった。
「……死なないでくれ」
ようやく告げられた言葉に、女王は目を見開くと泣きそうな顔で嗤った。
「私には殺す価値も無いってわけ?」
力の無い諦観の笑み。それは彼女が初めて表に出した弱音だ。
「違う」
白い両の手が、無抵抗の少女の手を救い上げるように包んだ。
「私が殺す時まで自ら命を絶たないでくれという意味だ」
月夜に花が咲くような静けさで語りかける。
互いに返事は無かったが、既にルブラットは彼女が出す答えを悟っていた。亡霊が足音を立てる時はその存在を知らしめたい時だ。
ブーツの音が奥の部屋へと続く扉の前で止まる。
バタン、と閉まる扉の音をマーレボルジェは王座で聞いていた。
●と、言う夢を見たんだセカンドシーズン
「君が世界を敵にまわしている、実に面白愉快な夢だった」
「公式本編ンン--!!」
マレボは叫んだ。心の赴くまま感情に沿って叫んだ。
己の智と美学を何よりも愛する蒐集家にとっては失態以外の何ものでもなかったが、それでも時には本音を言わねばならぬこともある。
遠くの方で紅茶を飲んでいた映画蒐集家が「おっ、剥製ちゃんも大分映画単語に毒されてきたね」と嬉々として顔をあげたが、それすらも全力でスルーし(これは大変珍しいことである)拳を机に叩きつける。
迫力のある音は出ずに、代わりにトフンという振動が卓上のグラスを揺らしただけであった。
「私、今でもちゃんと人類の敵よ!?」
「そうだったのか」
「そうよ!! 最近はちょっと、ちょこぉっとだけ日和っていたけれど、イレギュラーズの死体を手に入れるという夢は諦めていない!! 一人でも手に入れば、私は元の力を取り戻すことができる……剥製蒐集家の名が意味するところは、最悪の敵ラスボス極悪非道残虐だと世界に再び刻むことが出来る。いえ、それ自体はどうでも良いのだけれど。素敵な死体を、肢体を、私の箱にいっぱいいっぱい飾って永遠に視るのよ、それって最高よねぇイヒ、ヒヒ……」
ルブラットは彼女と出逢った日を思い出す。
楽しい殺し合いであった。最近の事なのに懐かしさが混じるのは何故であろうか。
そういえば夢の中でも嬉々としてマーレボルジェの死を願っていたとルブラットは思い出した。
もしあのまま夢を見続けていたら、彼女は一体どんな死に方をしてくれたのだろう?
「呼び方は何であれ、私だってね、現代価値観と照らし合わせるとしっかり悪側思考である自覚があるわよ!?」
「奇遇だな。私もだ」
「あらお揃いね……なんて言うとでも!?」
そう続けたマーレボルジェは椅子の上に立ちあがる。
「っていうか、なんで私がツッコミしなきゃなんないのよ。返しなさいよ、私のクール&ミステリアスを返しなさい!」
「盗ってもいないものを返せと言われても」
ルブラットは困った。今度は本気だった。
おまけSS『奇矯なるアーソナたち』
「しかし廃墟の王座に座る君は、なかなかに
「滅びの最期に付き合うアナタは、さしずめ予兆の烏……いえ、宮廷道化師役かしら?」
「どうせなら王室付きの医者役でありたかったが」
「救った患者と同じ量の死体を積み重ねそうな医者ね……」
「そうかもしれない。もしそうだとしたら、どうする? その辺の有象無象の死体も剥製にするのかね」
「勿論するわ喜んでするわ間違いなく即座にするわ。だってアナタが殺した作品でしょう」
「フフフ」
「イヒヒ」
「お花をとばしながらする会話じゃ無いんだよなぁ……」