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貴方と生きた一つの方法

登場人物一覧

カナデ・ノイエステラ・キサラギ(p3p006915)
帰ってきたベテラン


 嘘つき。嘘つき――。

 あなたの仕草、瞳の色、息遣い、髪の毛の一本だって愛していた。

 嘘つき。

 いつだって貴方は私の為に生きてくれていた。
 ううん、私の人生を救ったのも貴方よ。だから、ずっと、―――でも。

 難しいのね、人生って。
 全て上手くいかない。ううん、上手くいったって、幸福はいつまでも続かないのね。

 嗚呼、世界で一番の嘘つきな貴方の聲を、もう一度だけ聞きたい。
 もう一度だけ。
 それが叶わないのなら、天国で待っていて。

 貴方の分まで必ず――幸せになるから。


 ――左右で対象的な瞳がゆっくりと開いた。『帰ってきたベテラン』カナデ・ノイエステラ・キサラギ(p3p006915)は眉間に少しのシワを寄せながら、また、瞳を閉じる。
 血臭、硝煙の臭い、それに混じっている油の焼けるような生臭さ。視界が例え封じられていようが、一重に此処で何が起きているのか理解できる。
 常人が嗅げば直ぐに体調を崩しそうな香りが、この一帯には充満しきっていた。
 仕方ないのだ――。
 そう、仕方のない事。
 まるで自分に言い聞かせるように、興奮している胸を抑えたカナデ。
 これは戦闘であり、何一つ手を抜く事は赦されない。自分は此処に勝利をもたらす為に足や手を動かしているのは嘘では無いし、自分がそういった兵器に進化しつつあるのもよくよく理解している。
 嗚呼、だから。
 一度ため息をついてから、カナデは首を左右に何度か振り、何時もの自分を取り戻すのだ。
「あー仕事終わりー」
 時刻はまだ夕方を少し過ぎたあたり。
 周囲が暗いのは、恐らく天上を分厚い雲が覆っているからだろう。低気圧で頭痛がするようにも感じる。
「はーあ、さて、と!」
 でもこれから楽しみもあるのだ。戦闘で疲れている身体には少し応えるが、それも仕事の一環。
 今から数時間後――、20時にはカナデが所属する隊の隊長と会食の約束をしているのだ。
 きっとその後は一緒に過ごすだろうから、朝まではきっと解放されないだろう。
「ま、そっちの方が本職だし」
 男が女に高い酒と、美味い食事を提供するのなら、その後何を求められるかだなんて言わなくても解る事。
「きちんと綺麗にして行かないとね」
 足早にその場を、何事も無かったかのように去る。その足取りはなんとなく、軽い。早くシャワーを浴びてグロテスクなものは落として、戦士から女にならねばならないのだから。

 ――カナデは元より娼婦であった。
 男の何処をどう舐めれば、何処を刺激すれば、何処に囁けば感じるのか、手に取るように理解している。
 学の無い孤児であったから、女としてスラムを生き抜くにはこういう方法しか知らなかった。
 一体何人の男を相手したのか、もう覚えてはいないし。カナデが持っているボディラインは、男を魅了するには持ってこいであった。もちろん、本人のセンスや才能もあったのかもしれないが、それは死に物狂いで生き抜く為に身につけた術であったかもしれない。
 しかしそんな彼女へ、手の伸ばしたのが現在の隊の隊長である。
 ある日、道を交差しただけの男を誘惑し、ベッドへと誘い込んでいたカナデであったが、その男は指折りの快楽殺人犯であったのだ。男を食うはずが、カナデが逆に、文字通り喰われてしまう直前で、駆けつけた隊長がカナデを助けたのである。
 最初はいきなりの出来事に混乱していたカナデであったが、指名手配されている男の顔と、今まで夜を共にしようとしていた男の顔が一緒だと気づいたときに、初めてカナデの溶かされんがばかりに心を開いたのだ。
「どうして、私なんか助けるのさ」
「さあな、見つけちまったから、か?」
 カナデが娼婦であった事は、隊長とカナデの秘密である。そして、隊長に少しずつ心を開いてしまう感覚にカナデは流され、そして心地よく思えていた。
 そして今日も――ベッドの上に組み敷かれ、彼の指に身体の中を翻弄されながら、腕の中で鳴くのだ。齧るように角度を変えながら唾液を交換し、お互いの本来なら恥ずかしい部分を曝け出して擦りつけ合う。振動の旅にベッドが軋み、水音が部屋に充満した。カナデのすぐ近く、男の汗の香りと男の香りが交互に鼻の奥を刺激するが、イヤじゃあない。己もきっと、雌の臭いを漂わせながら甘い毒のような身体の刺激に酔い、相手も酔わせ、駆け引きのように気持ちいい部分を刺激する熱い夜が過ぎていく。
 やがて――濡れた長い髪の毛を乱したベッドの上で、彼は優しくカナデにキスをした。
 こんなに優しいキスは彼だけだ。他の男はもっと下心と気持ち悪いねっとりとした感情に侵されたものを与えてくる。
 そんな事を想いながら、ふと、カナデの手前に指輪が見えた。彼のゴツゴツとした指に、似合わぬ美しい指輪であった。戦闘に邪魔にならない程度の、しかしそれでいて凛としている――小ぶりのダイヤが頂上に鎮座して、部屋の僅かな光源に反射してキラキラと輝いているのだ。
「結婚しよう」
「……え」
 何度も聞いた言葉が連なった。「愛してる」「好きだ」「幸せにする」。なんて軽い言葉たちであろうか。
 それは娼婦であった今までカナデであれば、聞き飽きるくらいに聞かされた言葉だ。ただ……それは確かに全部嘘であった。金で買われ、偽りの愛に春を売って夜を無駄にしてきた。
 そんなカナデに、本当の愛をお腹いっぱいになるまで教えてきたのがこの隊長だ。今、初めて言葉の重みを知ったのだ!
 玉の輿、いやいや、寿退社! それに、これから安寧に生きられる――最愛の彼と。
 そう思った刹那、何も纏っていない身体を全て彼に預けるように抱きしめ、抱きしめられていた。ロマンスとは、本当にあるものなのだ。
 それは二人の出会いのように唐突で、直ぐ傍にある事に気づかず。それでいて、気づいたときには、人間の心とは此処まで花が咲くのかと知らしめるように、幸福であるのだ。
 二人はまた強く抱きしめ合い、幾度と抱いても満たされぬ欲求に流されるままに。お互いの粘液が枯れ果てて眠りにつくまで何度も何度も営みを繰り返した。

 一人の少女はやがて、娼婦となり。そして、婚約者へと成長する。

 ――ただ。夜長の激しい熱のように、直ぐに終わってしまう甘い物語であることに気づけないまま。


 その日の空模様は良くないらしい。
 なんでも雨が降るらしく、……でも、こんなに今は晴れているのが逆に不気味であった。
「この戦いが終わったら、結婚を申請しにいこうーーもちろん、一緒にだ」
「……ん」
 いつもはもっと元気なカナデが、頬を紅葉のように色付きながら、借りてきた猫のようにしおらしい返事をした。
 その時、カナデは何か第六感で違和感を覚えている。
 玄関を出て戦場に向かうのはお互い様だ。けれど――何故だろう、隊長の背中が朝靄に霞んでいる。思わずカナデは手を伸ばして名前を呼んだ。隊長は振り向いて、いつもの優しい笑顔を向けている。
 だから、安心するはずだった。しかしカナデの胸はいつもより早い鼓動を打っている。なんで、どうして?
「なんだ?」
「いえ、なんでも……なんでもないのよ!」
 嘘を吐いてしまったけれど、これは戦前の高ぶりなのだと――いや、でもこんな――おかしい――私、おかしくなったのかしら?
 多様な疑問を渦巻きにしていたが答えは出ない。故に、縋りつくような弱い声で吼えて見せた。
「後で!! 一緒に申請にいくの約束よ、約束だから!!」
「ああ、分かってるさ」

 それが、彼と話をした最後の瞬間となるのを知らぬまま―――。ねえ神様とやらがいるならば、ここで彼を引き止めていたら、運命は、変えられたのでしょうか?

 戦場は、戦場と呼ぶには、一方的な蹂躙、虐殺に近かった。
 国境近くで発生した戦闘――それはどちらかと言えば国境に近いほうがホームなので、有利だ。
 もちろんそれを当たり前のように言わんばかり、今の今までカナデたちが居る側が有利であり、上手く進軍しているはずであったが――――それらは全て『囮』であったのだ。それに気付かされた時には遅かったのだ。
 囮を殺させつつ、相手を巧いように進軍させ、思惑の場所まで誘導する相手国の戦法に、まんまと引っかかってしまったのだ。
 それは油断もあった――しかして誤算のほうが大きい。第三者の介入なんて、一体誰が予想できるというのだ。
 敵が、友好的な国である隣国から新型の魔獣兵器の支援を受けたのだ。命から命へ、点と線を結ぶようにして獣は動き、こちらの戦力は削られていく。遠距離の魔術的射撃に、近接に寄れば強化された獣の牙と刃が獅子の速度で疾く追って来るのだ。
 生存者は少しでも寿命を延ばす為に、撤退を開始していた――カナデもその一人。
 周囲で苦しくも最低な断末魔が響き渡る。
 敵国の笑い声に混じって野獣の咆哮が畏怖を落とす。
 味方の女性は敵に捕らえられれば即座に脱がされて、足を開かされて、苦渋を飲まされる。
 男なんて、即座に殺されていた。
 まるで、地獄を体現したような世界になっていた。足を止める暇はない、カナデは可能な限り移動して敵から身を隠して逃げていた。
 それでも、長らく兵器として君臨していたカナデは何処か冷静であった。なに、今まで自分たちが優勢であったのが逆転しただけだ。いつもの戦場の狩る方と狩られる側が変わっただけ。
 でも、心が落ち着かずに胸の鼓動は高鳴っていた。それはたった一つの恋慕、どうか、どうか隊長ご無事で―――。神様、どうか。彼をお守りください。いえ、私が守る。
 爆炎や硝煙、血臭が濃く、周囲も魔弾の雨が降っているから視界が悪い。けれどそれでも、彼を見つける自信はあった。いくら広いフィールドでも、彼とは心でつながっているのだから。

 え。

 カナデはその時、正気を失いそうになった。
 岩陰にあった、獣の牙に酷くも犠牲になった肉塊がひとつ。
 身体の上半身、その右上がごっそりと削り取られているものが。
 一目でそれが、彼であることがわかった。これは彼である、これは彼なのだ、嘘、嘘だと思いたい、でも分かるのだ。あんなに一緒にいたのだ、それが今は呪いのように理解できる。これが彼ではなくて何なのだろうか、私がそう告げているからこれは彼なのだ。
 つまり、彼はもう息絶えていた。
 最後の言葉も交える事はなく、最期の瞬間を見る事もなく。
 
 嘘つき……幸せにしてくれるって言ったじゃない……ねえ、返事をしてよ……。

 その言葉に返ってくる言葉は無い。
 もう彼の優しい声は聞こえず、あの笑顔も想い出になってしまった。こんな時なのに、熱い夜を思い出して身体の芯が彼を欲してしまう。いや、こんな状況だからこそ、自分が彼の全てが欲しかった事を知っていた。それは、あまりにも残酷な事であるのだが。
 彼の身体を抱きしめ、カナデは大声で泣いた。
 今の今まで出したことのないような、この戦場の全域に響き渡るような声で。
 勿論だが敵はカナデ目掛けて集まってきた、良い身体で、無防備で、露出の高い服装のカナデは格好の餌食だ。
 だが渾身の力でカナデは対抗した。ある意味それは無意識の領域だ。
 腕を掴まれても、殴られても叩かれても、カナデは隊長の遺骸を離さずに魔導を発動させて対抗していく。
 いつの間にか周囲が静かになった――その時、突如放たれたのは、敵の大型兵器。その閃光がカナデを飲み込み、戦場という世界を包み込んでいく。無差別な光は、一瞬にして多くの命を燃やすのだ。
 カナデも例外ではない。
 大火傷に、瀕死の重傷を負ったカナデは――しかし、それでも彼の身体を離さなかった。
 自分の痛みなんてどうでもいい。
 ただ、少しずつ温度を失っていく彼の身体を温められれば。少しでも、このぬくもりが遺るのなら。
 意識が遠のきかけるとき、カナデは、今度は優しい光に包まれた。
 嗚呼、死ぬのだろうか――。
 それでも彼のところへ行けるのならば、それでもいい――。


 貴方の分まで幸せになるわ……。


 混沌。
 幻想国、墓地。
 彼の遺骸はこの十字の下に眠っている。
 全身を包帯で巻いたカナデは、しっかりと二本の足で立ちながら慈愛の瞳で彼の墓を見つめていた。

 あれからどれだけ季節が廻ろうと。

 貴方の事を忘れはしない。

 私の名前はカナデ・ノイエステラ・キサラギ。

 かつて愛した男に水を与えられて花と成った気高き女の名である。

  • 貴方と生きた一つの方法完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2019年10月13日 22時20分
  • 登場人物1人

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