SS詳細
I Travelled among Unknown Men.
登場人物一覧
●Nor, Morning! did I know till then, What love I bore to thee.
――其の日の私はと云えば、すっかり心の鍵を閉め忘れたみたいだった。
目醒めこそ良いものの、布団から起き上がる迄には相当の気力を要する。亦、次の日を迎えてしまった一寸の絶望感に苛まれ乍ら朝は水洗顔だけ。鏡を覗き込んでは隈にげんなりとして、其れから腫れ物が引いただとか新しい物が出来ているだとかの肌模様に一喜一憂。
ドレッサーに向かい、誰に強いられた訳でも無いのに
キープミストを振り掛けて時短にとドライヤーの冷風を浴びつつも、そろそろ粗は形を潜めてくれたかと確認に余念無い。
平凡な私には似合いの
然し如何せん仕事終わりは夜の九時を過ぎる。へとへとで電車に乗って、途中スーパーに寄って玄関に倒れ込んで。半額弁当と惣菜を酒の肴にビールを煽り、シャワーを浴びる。此処迄煮詰まるとスキンケアも程々に布団に身を投げ就寝する日々。だからと言って休日に外に出るのは余計に億劫で駄目だ。
到底朝食なんて摂っていたら家を出る時間に間に合わないからもう何年と食べていない。
――男と寝た。
自暴自棄此処に極まれり。其の夜の私は完璧にモラルや正常な判断を放棄していたし、救いを求めたいのに口渇で聲も出ない程に追いやられていたのだ。
踞る私に差し伸べられた手を迷う事なく取った。
其の場凌ぎの愛情の懇願。欲い物が手に入らないと癇癪を起こす子供の様な号泣。もう何も考えられなくなる位の快樂を強請り爪を立てた。咽喉奥がひりついて痛い。記憶を揺り起こしてみても、此の見慣れない部屋が何処に在って、紊れたシングルベッドの持ち主の貌が如何だったかも薄くて白い
とん、とん、とん。少し離れた処から音がする。未だ半分以上は睡っていた意識が浮上するに連れて其の音は鮮明に耳に飛び込んで来る。
ぐつ、ぐつ、ぐつ。お湯の沸く音。私は少し気怠さの残る軀を起こし、散らばった服と下着を拾い集めて音を辿り――台所の隣にあるらしき居間に着く。
じゅう、じゅう、じゅう。魚の焼ける良い馨り。
「お早うさん、すぐ出来上がるから座ってな」
台所に立って料理をしていたのは『昨晩の男の人』だった。
「……やだ、イケメン」
「呵呵! 其れはおおきに。貌色は昨日より良いか。臆、化粧をした儘寝かせる訳にもいかなかったんで落とさせて貰った」
『
「飯は食えそうか?」
「何時もは食べてないです」
「朝飯は食べた方が良いぜ。ほら」
お盆に載せられたほかほか艶々の白いご飯、小振りな焼き鮭。湯気の立ち登る味噌汁に、小鉢三種。そして最後に出て来た卵焼きは正しく『出来立て』だった。対面に腰を下ろした男が『何とチーズ入り』と自信気に胸を張る仕草は凄く
「さて、頂くとするか」
「頂きます……」
恐る恐る、味噌汁に口を付ける。しっかりと出汁を取ってある事が窺える雑味の無い上品な味。卵焼きは箸で割ればトロリとチーズが絲を引く。しょっぱいけど優しくて、ご飯がぱくぱく食べれちゃう。
『美味しい』――身も心も疲弊していた私の眸から、ほろほろと泪が溢れる位に。彼は目を細めて見つめると手を伸ばして来て、私の泪を拭いながら『ゆっくり食べな』と柔く笑む。
何て、何て、何て狡い人だろう!
嗚呼、こんな人に焦がれたとて辛く為るだけに違いないのは頭では判っているのに。『私、貴方に戀してしまいそう』なんて。そうしたら。
「止めとけ、こんな屑」
今度はそう、愛らしくからころ笑ったのだった。
おまけSS『The Sun doth with delight.』
●"This Morning gives us promise of a glorious day."
【嘉六の今日の朝ご飯~デザートに泣き虫さんを添えて~】
・拘り釜炊きご飯
・豆腐とわかめのお味噌汁
・食べ切りサイズの焼き鮭
・小鉢三種盛り(金平牛蒡、人参の和物、ひじき炒め)
・チーズたっぷり卵焼き
・薬缶で沸かした麦茶