PandoraPartyProject

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睥睨するアノマロカリス

登場人物一覧

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結

 二リットルほどの地獄だ、滂沱へと至るまでに時間は要らない。
 チク・タクとツマラナサが流れて往く、睥睨された過去を拭い取る事は不可能なのだ。腐れ果てた部位をアルコールに漬けたところで何者かは狂えないのだろう。手首を振る事は赦されない、頭を揺らす事も赦されない、拝んだとして神様は『彼方側』に憑いているのだから――化けの皮を剥がす事は簡単だ、女王様を冒涜し、妻を汚せば好い。それすらも出来なければ、成程、オマエはきっと幸運だ。道外れに潜む溝鼠、無関心に捧ぐ。
 ――どうぞこれからもよろしくね。


 海底に沈んだ王冠に縋るような気持ちで、這う這うの貌を晒していた。酩酊していたのが虚無に見えて、世でも得難いおぞましさに無臭・無機質を模る。そりゃあオマエ、俺が血も涙もない荒くれ者だってのは理解してんだろうさ。しかし、悉くはもうお終いだ。オマエも『あんなの』に出遭っちまったら何もかも、人生ガランと変わっちまうもんさ。まるで退屈に投じたひとつの肉の欠片、歯車としてしか認識出来ない、悪夢の住民じみた純性さ。おっと、俺の話が聞きたいってんなら精々、気を付けるんだな。何処で誰が『聞いてるのか』もわかったもんじゃねぇ。とっとと耳ん中詰めて、目の玉をほじくった方が好い。ああ? 俺だって『そうしたい』んだけどな。聞こえるんだよ、盤上に降り注ぐ無気味なチェック・メイトが。王様を影から定めているような、暗殺者を想わせる、特異な赤色の――結局のところ俺は夢じゃなく現実を見ていたのさ。化け物の本性は緑じゃあなかったって意味よ。おっと、声を落とさなきゃな。今日から俺は健全な、一生の素面サマなのだから……。

 運命に導かれたのか、幸運に抱かれたのか、海洋王国での仕事途中に俺は『とある島』に身を置いた。名前はアノマだったかアノマロカリスだったか曖昧だけれども、兎角、酒が飲めればなんだって構わない。何せ、ここらは魚類臭くて敵わねぇ、昨日『処理』した三枚おろしにゃ悪いが俺は『生魚』が嫌いなんだ。どっかのお国では高級料理として出てくるらしいが喰えたもんじゃねぇよ。そんな話は如何でもよくてだな、そう、俺はあの日、ひどく酔っ払いになりたかったんだ。何? 毎日酔っ払いだろって? ええい、五月蠅い、喧しい。俺の事ぁ死神様にでも聞いてくりゃあ好い、ゴホン――俺にお似合いなボロ机での安酒いっぱいさ。しっかし最近は粗悪な品でも結構な値段がするらしい……おい、オマエ、そこのオマエだよ。店員だろ? この酒、ちょっと高くねぇか。東京だか倫敦だか知らねぇが――俺にそんな金はねぇんだよ。もっとクソみたいなモン出してくれねぇかな? なぁ、兄ちゃん……おい。おいおい、オマエ。正気か? これ、高級なやつだろう……? どぱどぱと波々注がれた琥珀色の誘惑、芬と想わせてキたのは食虫植物めいた癖の強い――。
 タダ? 無料? 本気で謂ってんのか? なんでもシャンパン・タワーだとかドンペリだとか謂うらしい、凄まじい代物が俺の前で並ぶ々ぶ。どうやら特異運命座標とやらで『そういうギフト』なのだと謂う。そんなら幾等飲んだって『金は取られない』ワケだ。俺は『廃滅病以外ならなんだって貰う』男、そんなもんを見せられちゃあ疑う気も起きねぇって事よ。その代わり『俺の話』も訊いてくれませんか。おうともさ、どんな話か知らねぇがどうせ恋煩いやら甘酸っぱい類だろうよ。おら、とっとと俺にぶち撒けてくれや。おっと、ここで『ぶち撒ける』つもりはねぇがな。折角の高級な酒が持ったいねぇ。へっへ、へっへっへ、へへへぇ――アァ? また、今度はなんの冗談だァ? もう婚約している――? まあどっちでも良いから楽しくやろうぜ相棒、今日の俺は気分が好いんだ。食わず嫌いだからってなんでも除けちゃあいけねぇな? 活きるだけにってか。ハハハ――。
 嘘だろう。その表情で『なんつーもん』を語ってくれるんだオマエ。若々しい、瑞々しい見た目が台無しじゃねぇか。飲んでも呑んでも酔いが回ってこねぇ。それどころかさっきから妙な頭痛がしやがる。いや、わかる。数々の冒険を得て、それを誇らしげに語るってんなら俺だって『よく』わかるんだ。でもな、オマエ。それにしてはひどく、とつとつ、ぼしゃぼしゃと流して異やしないか。普通の人間はな、頭の中身をプレゼントされて喜ばねぇんだよ。普通の人間はな、オマエみたいな奴を狂人って呼ぶんだよ。なんて『謂える筈がねぇ』さ。チクショウ、こんな事なら『こんなところ』来なけりゃ良かった。チクショウ、オマエ。普通の人間はな――そんなに完璧じゃあねぇんだぜ、わかってるんだろう? いつかの旅人が教えてくれた、茫々としている、宇宙とやらみたいなザマだ。表面しか定められず深くには到達出来ない。いや、到達してはいけないのだ。クソッタレ、見るんじゃねぇ。俺を『そこらの人間』だと見るんじゃねぇ。せめて『横切るだけの蟻』で居させてくれよ……。
 穏やかで優し気な振る舞いを纏っている、言の葉にし難い、人の貌が偽りに塗れて杯を満たす。修羅場を乗り越えた人間のひとつやふたつ、俺だって見てきたが『これは』異常なんだよ。まるで怪異、どこかで未曾有の類と『入れ替わった』ふうにも観察えてきた。なあ、感情がないなんてフザケタ事をヌかすんじゃあねぇよな。なあ、冗談だと笑ってくれよ。嗤ってるんじゃねぇ、わらえっつってんだよ。アハハ、アハアハ、アハアハ、ハ。つられて歪んだのはきっと俺の脳の方だ。内心から嘔吐してくれよ、頼むからさ――ぬちょりと滑り込んだ刺身がなんとも救いに思えた。臭いだ、その臭いで無臭を殺してほしい。お願いだから俺の正気を失くしてくれ。このままジャア平常心なんぞ維持つ筈がねぇんだ……。
 乾いた手触りがオマエの本性だって謂うんなら一応は納得してやる。けどな、そんな目で俺を見るんじゃねぇ。微笑みを撒き散らして、赤く々く、人を見透かすのを止めろと謂ってんだよ。俺がオマエに異名を付けてやるよ、この肉で構築された面白半分な機械仕掛けめ。なあ、なんでオマエは此処に存在しているんだ。俺みたいなクズに酒を与えていったい何がしたいってんだよ。ええい、まだ、まだ酒を勧めるのか。どうせ愛する誰かさんや崇拝する誰かさんのひと声で俺達の事を『刎ね』ちまうんだろう。わかった。わかったから。チクショウ、とことん付き合ってやるから殺さないでくれよ……一晩だけだからな。

 あぁ? 今、俺の話を嘘だって思ってんだろ。その貌が証拠だ、その、安心安全、とても理解し易い表情が証拠なんだよ。だから俺は安堵出来るんだよ、一生俺に『その面』を向けてくれよ、頼むからさ。嗚呼、文字通り『あんな体験』は二度とごめんだ。あの酒場にも――いや、俺はもう海洋になんざ近寄らねぇ。アノマロカリスだかアノマだか知らねぇがあんな島ぜってぇ行かねぇからな。何? その島の領主を知っているだって? 教えてくれよあとで文句のひとつやふたつ謂ったって問題ねぇだろ。あの男かなんだか知らねぇ奴を『近寄らせるな』ってな。はぁ? 見せない方が好い? 知らない方が好い? なんだってそんな顔色悪ぃんだよ。おい――。

 チクショウ! そういう事か。チクショウ……!
 ぶち撒けちまったじゃねぇか……。
 猫の無い笑い声が、ノイズじみて、今際に這い寄る……。

  • 睥睨するアノマロカリス完了
  • NM名にゃあら
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月27日
  • ・寒櫻院・史之(p3p002233

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