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憧れみたいな好奇心
登場人物一覧
●まちあわせ
前回の波乱の初依頼からしばらく経った頃のお話。
雨が運んだハプニングは二人の距離をぐぐっと引き寄せ、それからというもの、サラとカイトはよく遊ぶような仲に。
ときどきローレットの簡単な依頼に向かってみたり、あるときは困った人を助ける優しい依頼に行ってみたり。
二人共まだ子供だから難しい依頼は遠慮しているけれど、いつか強くなったら行ってみたいねなんて話している。
待ち合わせはローレットの中だったり、お互いの家だったり、近くのお出かけスポットだったり。色々な場所を見て、楽しんで、遊んで。そんな関係を繰り返す内に、二人は少しずつ仲良くなっていった。
そして今日も、二人で遊ぶ日の予定を組むためにローレットで待ち合わせをしている。
(サラちゃん、次はいつ遊べるかな……)
なんて考えてみては、小さくため息がこぼれる。サラは恥ずかしがり屋で、初対面の人ばかりの場所に行くと怖くて動けなくなってしまうのだ。だからそのときはカイトがおぶったりしてすぐに帰るようにしている。
サラに無理を強いている自覚はあるのだけれど、かと言って人気のない場所を選ぶとサラが嫌だと首を横に振るものだから、乙女心は難しい。
それに。
(…………次、いつ、手をつなげるかなぁ)
あの小さくて細い手は、どうしてか繋ぎ止めて起きたいような気持ちにさせられてしまう。
あんなにも小さくて可愛くて。だからどうするのが正しいのかわからなくなってしまう。無理に手をつなぐことはいけないことだけど、それでもつなぎたい。こんなとき、お父さんとお母さんならどうしたんだろう、なんて思ってしまう。けれどこんなこと両親に相談する訳にはいかない。と、何故か考えてしまう。
きっと両親に相談すればすっきりするのだろうけれど。だけどこれは自分で考えるべき問題だと思うのだ。
(はぁ……)
僕がこの子を守ってあげたいし、傍にいたい。
だけど、どうするのが正しいのかわからない。
うっすら芽生えた恋心。一目惚れにも似た、ぴりりと痺れる甘くも運命的な事件。せめてサラにバレないようにと願っている。
けれどこんなよこしまな気持ちを抱いてしまうのはサラに不誠実だとわかっているから、また後悔ばかりが生まれてしまう。せめてサラの前では、かっこよくて頼もしいカイトくんであれるように、サラの好きな飲みものや軽食を用意しておくカイトなのであった。
カイトを思ってはため息ばかり。だけれどもこの気持ちをなんと呼べばいいのかがわからない。
初依頼で崖から落ちそうになった時、
必死に手を伸ばして自分の手をぎゅっと強く握りしめて助けてくれたあの日のカイトの姿が未だに忘れられない。
それに。
(……カイトくんのて、おっきかった、なぁ……)
握り締められた手の感触が未だに忘れられず、毎夜自室で思い出しては密かに赤面して悶えているのだ。けれどこんなことをしているのでは、なんだか自分自身が変態みたいでいたたまれない。
あれからよく一緒に過ごすうち、少しでも長く一緒にいたいと思うようになったし、一人でいてもふと彼の事を思い出していたりと、おそらくは着実に惹かれ初めているが、まだその気持ちが恋だとは気づけていない。
だからどうしたら自分のことを長く考えていてくれるのだろうと考えた結果、5分だとか10分だとか、そんな軽い遅刻ばかりを繰り返している。
だけどそれじゃあいつか嫌われてしまうのではないか。遅刻ばかりする女の子は嫌になってしまうのではないか。ちくりとこころを刺激する痛みに目をうるませて、いつも密かに泣いている。
(サラが、わるいこ……)
だけど、きっと今この瞬間も遅れてくるサラのことを考えてくれているのだろう。そう思うと、胸が高鳴る。ので、やはりしかたない。と自分を正当化して。その分ちゃんとおめかしもしているし、可愛く見てもらうための努力を惜しんでいないのは事実なのだから。
ちょっぴり小悪魔なサラは、小走りになりながらローレットへと走るのだった。
「カイトくん……サラ、おそくなっちゃった……ごめん、なさい……」
「全然! サラちゃんが、何もなくて、よかった……ほ、ほら! お菓子と、ジュースも用意したから、食べよう?」
「わ……うん……!」
えへへ、と笑ったサラを見る度に胸が痛いほど早く打ち付ける。どくんどくんと高鳴る鼓動を必死に押さえつけて、首を横に振って。サラちゃんにそんなつもりはないんだから! と、冷静になるために一生懸命己を諭す。
(……ああ、でも、かわいいなあ……)
頬いっぱいにドーナツを詰め込んで、しゅわしゅわのりんごソーダにはきらきらと目を輝かせるサラ。そんなところが妹にも、ただの可愛い女の子にも見えて、どきどきしてしまう。
「カイトくんは、たべない。の……?」
「え? ぼ、僕はいいよ! サラちゃんに食べてほしいから……」
「でも、サラ、カイトくんといっしょにたべたい……だめ……?」
「……っ、だめ、じゃないよ!!」
どうしてこんなにも可愛いおねだりができるのか。差し出されたドーナツを受け取って、食べる。
(……あ、て……さわれなかった……)
ちょっぴりしょんぼりしてしまうサラとは裏腹に、カイトは美味しくドーナツを頬張って。
「おいしい……って。サラちゃん? これ食べたいドーナツだったり、した……?」
「ううん……ちがうの、サラわるいこだなって……おもってたの……」
「ええ?! な、何があったのかはしらないけど……サラちゃんはとってもいいこだし、すてきなひとだと、思うよ?」
「ありがとう、カイトくん……」
嬉しそうに頬をそめたサラに思わずまた胸がどくんと跳ねる。
カイトがぐいっとりんごソーダを飲み干して平静を取り戻したところで、なじみの顔から声がかかった。
「二人共こんにちは。元気?」
「おねえさん……!」
「こんにちは。元気です!」
ローレットの受付のお姉さん。先日の大事件の際もサラとカイトを案内してくれた優しいひとだ。あの後、二人に沢山謝罪してお菓子やご飯をごちそうしてくれた親切なひとでもある。あれ以来何かと二人を気にかけ、カイトにそれとなくおすすめのデートスポットを教えてくれたり、サラのお洋服の面倒を見てくれたりもした。二人にとっては見知ったとても頼れる大人のお姉さんなのだ。
「ふふ、良かった。ところで二人にちょっとした依頼をお願いしたいんだけど、今お時間大丈夫かしら?」
「依頼……?」
「こわくない……?」
「怖くないわよ。ちょっとしたお使いを頼みたくて!」
「お使い?」
「ええ。そろそろサマーフェスティバルが近いから、私の担当箇所ではなにか夏っぽい飾りをしてみようかなと思っているの。試しになにか雑貨屋さんで見てきてくれないかしら!」
サマーフェスティバルとは、夏の恒例のお祭りだ。ローレットに所属する
「ええと……お店とかって、どこにありますか?」
「二人の好きなところで買ってきてくれてかまわないわ。これは私のポケットマネーでやる依頼だから、おつりは好きに使ってくれてかまわないしね」
お姉さんがカイトにぱちっとウインクを飛ばす。これでサラにジュースでも奢ってやれという意味だろう。それに気付いたカイトは思わず頷いて。
「ということで、頼める?」
「僕は大丈夫です! サラちゃんは?」
「サラも……だいじょうぶ」
「じゃあ、お願いするわね! 終わったら私に買ってきた飾りを渡してくれればオッケーだから。何か困ったことがあったり、怖いことがあったりしたらすぐに戻ってきてね。近くの大人に助けを求めてもいいからね」
あんな目にあったのだ、お姉さんが二人を心配しないわけもなく。頷いたふたりに頷き返し、ひらりと手を振って仕事に戻っていった。
「……サラちゃんは、このあとは空いてる?」
「うん……カイトくんは?」
「空いてる! だから、その……今から、いかない?!」
「うん……いこう……?」
「じゃあ、えっと……行こう……!」
こうして、二人はお出かけをすることに。
さらなる事件が二人を待ち受けているのだが、それはまた後で。
●
「うーん……夏の飾りかあ」
「どんなのが、いいかな……」
「サラちゃんは、なにかアイデアはある?」
「うーん……海とか、おはなとか。そんなものを、かざるのがいいかなって、おもったの」
「いいね。じゃあ、そういうのから見てみようか……!」
「うん……!」
がやがやとした幻想の街並みを二人はならんで歩く。
夏が近いこともあって少しだけ暑い。ぱたぱたと手であおぎ汗を拭いながら歩いて行く。
「あ、あのお店はどうかな?」
「うん、いってみよう……!」
からんからん、と鳴ったベル。店内に進めばひんやりとした空気が二人の熱い身体を冷やしていく。魔法で冷却装置を真似ているようだ。
「あ、これなんかいいんじゃないかな。イルカだ!」
「これもかわいい……ビーチボール……!」
「じゃあ、これとそれを買っていって、ほかおお店も見てみようか」
「うん……!」
受け渡し、お金を払って。カイトの手のひらには小さな紙袋。
「じゃあ次も行ってみようか。お花とか、ガーランドとか、あったらいいかな……?」
「夏だから、オレンジとか、あおとか、あかるいいろがいい、よね……?」
「うん、僕もおんなじこと、思ってた。あとは……涼しい、ガラスみたいな飾りとか……どうかな?」
「いいとおもう。さがしに、いこう……?」
「う、うん!」
サラが微笑めばカイトが赤くなる。きっとこれは夏の魔法だ。なんて己を諭す。
胸がどきどきするのも、顔が熱くなるのも。きっとサラがとびきりかわいくて、それから優しく笑ってくれるせいなんかじゃなくて、熱くてたまらない夏のせいだ。
じゃなきゃ、どうしてこんなに己が変になってしまうのかなんてわからないし。
(だから、落ち着け……落ち着くんだ、僕!)
きっと他意はないはずだから。
そうだ。落ち着くんだ。じゃないとサラを不安にさせてしまうに違いない。
深呼吸して、また歩き出す。
二人で地図を見ながら、このお店に行ってみようなんて話して。二人ででかけた時以外に買い物をすることはないから、幻想の街をまたさらにしれたような気持ちになって、なんだかそれが嬉しくって。
二人で歩いているだけだし、ましてや依頼の途中なのに、どこかデートをしているような気持ちになってにやにやしてしまう。緩んでいく頬をなんとか引き締めたいものだけど、そうそううまくいかないのが人生だ。
「あ、あそこじゃない、かな……?」
「ほんとだ。ありがとう、サラちゃん……い、行ってみよう、か?」
「うん……!」
可愛らしいお店に入るのはちょっぴり勇気がいるけれど、でも大丈夫。サラがいるなら、きっと彼氏くらいには見えているはずだ。そう思っていたのに。
「あら、お兄ちゃん頑張ってて偉いわね。妹さんと二人でこれ飲んでいって。気をつけて帰ってね!」
「…………はい」
お兄ちゃん!
まさか、まさか兄だと勘違いされるだなんて。たしかに異種族兄弟がいたとしてもなんら疑問ではないけれど、だからといってお兄ちゃんだなんて。
「サラちゃん……これ貰ったから、そこの日陰で飲もうか」
「うん。……カイトくん、げんき、ない?」
「へ、へいきだよ! だいじょうぶ!」
「そっかぁ……」
ラムネ瓶を二本。ぐいと押し込んで、喉に駆け抜ける爽快な刺激。
(はぁ……僕、もっともっと、背が伸びてたら、もっとかっこよかったのかな……)
まだまだ成長期なのだ。けれどそんなことが複雑になってしまうお年頃。せめてもう少しサラにとって頼れる男の子であろう。そうして意識してもらえたならなおさらに、嬉しいから。
ふんすと力強く拳を握ったカイトの横で、サラはふぅと息を吐いた。
(あつい……けど、たのしい……)
ひんやりと冷たいラムネ瓶は、サラの白い肌からも熱気を奪っていくから。
「あついね……」
「さ、サラちゃん、しんどい?」
「ううん! これがおいしくて、つめたくて……!」
「そうだね。ひんやりしてて……おいしい!」
「えへへ。サラもおんなじふうに、おもってた」
「そ、そっか……!」
ならば勘違いされたのもまぁ許せなくはない。次までにかっこよくなっていればいい話だから。
「じゃあ、帰ろっか……」
「うん」
重いものを持たせまいと軽いものだけをサラに渡して。といっても重さに対した差はないのだけれど。
「あ……」
目の前を歩く男女二人。その二人はしっかりと手を繋いでいる。
サラが釘付けになっているのは何事かと視線を追いかけたカイトも、その二人をしっかりと見つめてしまって。
「……」
(サラも、つなぎたいなあ……)
けれど言い出すことなんて出来やしないのだ。だからどうしようもない。なんて諦めるための理由づくり。
しかし行き交う人々のせいでこつん、と当たった手のひらに意識は集中してしまう。
自分たちもあんな風に、なんて思っていたのに。ならば今ここで手を繋いでしまったって構わないような気がして。
無意識に、サラの壊れてしまいそうなぐらいとても細く華奢な白い手と、カイトの手袋の分少しだけ大きくほんの少しだけ逞しさのある手が近づいてゆく。
かといってそうそう上手くいかないのが人生である。帰ろうとしている時間帯は人の往来も激しい夕暮れ時。ならば子供二人が押し流されてしまうのも道理というもので。
「あっ……」
「さ、サラちゃん!!」
「カイト、くん……!!」
咄嗟に互いに手を伸ばし合う。
辛うじて僅かに触れ合った指先。つんと触れたほんのり熱い指先。けれどサラの手は遠く。カイトの手のひらは小さく。伸ばしあった手と手はさながら悲劇のように届かない。
偶然にもぶつかった指先を絡め合おうとするけれど、二人の小さな指では人波に抵抗など出来はしないのだ。
「ああ……!」
「いかないで……!!」
サラの悲鳴も虚しく、結局人波に流されてはぐれてしまう。小さなサラの背中はもう見えない。カイトは空を泳いだ己の手のひらをぐっと握りしめて。
「待ってて、サラちゃん……!」
走り出した。ただでさえあんなにも小さな背中をしているのに、一人ぼっちにさせてしまう訳にはいかない。サラを護るのは自分なのだ。大切にしたい女の子一人笑顔にできないでどうするんだ。
そんなの、両親にもお姉さんにも顔向けできない。
人混みをかき分けて走り出した。勢いは弱くとも、ただそれはまっすぐにサラのために。
(サラちゃん……!!)
ぐす、ぐす、とどこからか泣き声が聞こえる。近くのベンチからだ。
(この声は……!!!)
そうだ。その泣き声はサラのものだった。カイトとはぐれてしまって不安になったのだろう、買ったものをぎゅっとだきしめて、カイトの名を呼びながら泣いている。
「サラちゃん!!!!」
「か、カイトくん……!!」
ほんの少しの間離れていただけだけれど。それでもサラの心は不安でいっぱいになってしまったようで。カイトがそっと頭を撫でてあげれば、いっそう泣いてしまった。
「……」
お互い勇気を出せず、はぐれないように手を繋ごう、の一言が言えない。きっと手を繋いだらはぐれないけれど。それ以上に勇気が出ない。
けれど。カイトは勇気を出す。
大切な女の子を泣かせてしまったのだから。
「えっ…と…サラ…ちゃん…その…手…つな……がない…?」
「え……?!!」
目を見開いて固まって、その言葉を理解すると真っ赤になるサラ。カイトも真っ赤になって慌ててしまう。
「はぐれないように……あ、あと! サラちゃんヒールだから転ばないように。そ、それに、人混みを抜けるまでだから、短いよ……!!」
(ああ、僕は一体何を言っているんだろう!!)
言い訳じみた懇願に心のなかではカイトが大号泣だ。けれどそんなカイトにサラがポツリと言葉を漏らす。
「……ひとごみ……ぬけたら……はなしちゃう……の……?」
意図せずもれた自身の言葉に戸惑い、あっと口を押えて真っ赤になるサラ。
「えっ」
今度はカイトがぴしりと固まる。それって、と言葉が続きそうなるのを止めて。上がる口角を隠しながら。
「……僕も……その…出来たらずっと……サラちゃんと手を繋いでたい……です……けど……いい……の……?」
それを聞いて恥ずかしそうに、でも嬉しそうにコクコクと頷くサラ。
「……っ」
それを見てカイトは、一つ深呼吸をして、サラの左隣に並ぶ。
ぴったり寄り添うのはまだ恥ずかしくて、少しだけ離れた距離だけど。
心臓の音がうるさいくらい緊張して、手や指先を情けなく震わせながら、おずおずと、ゆっくりゆっくりと、カイトの右手とサラの左手が近づいてゆく。
あの日とは違う。ただ危険に晒されているから繋いだのではない。繋ぎたいと思ったから、繋ぐのだ。
それは言い訳にまみれていたかもしれないし、泣かせてしまった罪悪感からかも知れない。それでも、サラが繋ぐことを望んでくれたから。小さな手のひらを、繋いでもいいと頷いてくれたから繋ぐのだ。
サラの小さくて柔らかい、ちょっぴり熱い手のひらに、カイトの手袋に包まれた、少しだけ熱を持った手のひらが重なっていく。
(…………つないじゃった)
(ああ、僕、今手繋いでる……!!)
お互いに幸せだ。けど、どうしてか恥ずかしくてお互いの顔を見れないで真っ赤になってしまう。どうしたらいいのか。こういうのは教科書にだって乗っていないんだ。
代わりに繋がれた手は、離れたく無いし離したく無いと、互いにぎゅっと強く握り締められる。
「行こっか」
「う、うん……」
カイトが手を引いてサラが隣に並ぶ。先ほどより落ち着いた人混みの中、会話も無く歩く。けれど、それでももう気まずくは無い。
カイトは、サラの壊れてしまいそうなぐらい細く華奢な、少しひんやりとした心地よい手の感触を。
サラは、カイトの手袋ごしに感じる少し大きくて少しだけたくましい、ほんのり暖かい手の感触を。
時折きゅっと、お互いに確かめ合う事に夢中になっていたから。時々己の思考にびっくりしたり、ちょっとだけ驚いたりしてしまったけど。
ぎゅっと握れば握り返してくれる。
指を絡めれば、おずおずとそう返ってくる。緊張で手のひらが汗まみれだ、とか、そんなことは思わない。
もう片方の手で握った紙袋が邪魔なくらいにどうにかなってしまいそうだった。
それこそ、買い出しに来た事を忘れてしまうくらいに。
絡み合った指先は、ちいさくて、ちっぽけで。
それでも手をつなげたことが嬉しくて、離したくない。
「……サラちゃん」
「なぁに……?」
「少しだけ、人通りの少ない方を通って帰ろうかな」
「う、うん!」
それは遠回りがしたい、ということを伝えづらくて用意した言い訳。どうしたってこの手を離したくないのだ。サラは違うかもしれない。わからない。カイトの胸には多幸感と不安がないまぜになっている。だからこそサラの了承をとったのだ。
「……今日は楽しかったね」
「うん……!」
二人で買い物をしたこと。ドーナツを食べたり、サイダーを飲んだりしてゆっくりと時間を過ごしたこと。全部ぜんぶたのしい思い出だ。けれど、今日の一番の幸せな思い出は、やはり。
(今だよなあ……)
手をつなげている今この瞬間が、一番の思い出だ。
どうしたって離し難い。だからこそ今遠回りをして帰っているのだが。
握った手のひらから伝わる自分とは違う手のひらの温度。鼓動。力、感触。そのどれもが大切で、護りたくて、傍にいたくて。
(どうしよう……)
少年はまだしらない。その心に芽生えたものが恋心であることを。
少女はまだしらない。その心に芽生えたものが愛情であることを。
おまけSS『限りない青さ』
(……離したくない)
でも帰らねばならないのだ。
サラも、カイトも。それぞれの家に。
「……あっ」
「ん……?」
「さ、サラちゃんさえよければ、家に送るよ……!」
こうすれば、まだ手を離さなくて済むから。