PandoraPartyProject

SS詳細

『アリス』とのティータイム

登場人物一覧

メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女

 探求都市国家アデプト。それは旅人たちが『混沌世界の脱出』が為にその叡智を集結させた都市国家だ。
 その場所に一つ、Dr.マッドハッターの名を有するおとこの個人的なサロンが存在する。一度その場所んに訪れた事があるメルトリリスにとっては――緊張しないというと嘘になるが、良い人で有るのは確かだった――勝手知ったる場所であるのは、彼女が自身のなくした腕の代わりを求めてマッドハッターに会いに行ったからだろうか。
 いつでも会いにおいでと言われていたこともあり、一応、彼の予定をチェックすればファンが「この日ならば」と訪問の仕方と共に返事を返してくれていた。温室の扉を開き、ゆっくりとテーブルに向かって歩めば、マッドハッターはメルトリリスの姿をその両眼に映し「おや!」と声をあげた。
「やあ、特異運命座標(アリス)。今日は先日の様に柱と愛し合ってはいないのだね。あの時、私はそういうものが特異運命座標(アリス)達の間で流行していると思って、その後、ファンに試してみたのだが! ああ、あの時のファンといったら! 何と云ったと思う? 『ドクター、頭がおかしくなったんですか』だと! あの時の君は余りに愛らしい動きをしていたから私もそうなるかと思ったんだが、上手くはいかないね。愛らしい隠れ方というものを私も是非、研究しておこう。君から頂いた研究テーマはこうして大事にされているが、さてさて、どうかしたのかい?」
 何時もの如く、早口で――そして、言葉は留まるところを知らない――マッドハッターはメルトリリスへと笑みを溢した。
 どうやら今しがた思いついて話したいことは全て吐き出した後なのだろう。マッドハッターがメルトリリスの言葉を促すかのようににんまりと微笑みながら「どうぞ」と視線でアピールしていることに気づき、緊張を抱えながら「あの」と声を震わせた。
「あの、先日はありがとうございました。
 もし、このメルトリリスで宜しければ、お茶会の席に座っても宜しいですか?」
 先日、とマッドハッターは小さく呟いた。ある意味で揮発性の頭脳をしているのだろうかマッドハッターにとっての先日は『何時の事だかもう遠い昔のように感じたのか』懐かしむ様に「ああ!」と声を漏らす。
「いや、特異運命座標(アリス)の力に慣れたのであれば構わないさ。さあ、どうぞ。
 ファンのいれた紅茶は絶品だよ。それこそ、私が特異運命座標(アリス)であるところ彼を個人と認識できる程度には彼はその技術に卓越している。元の世界で彼がどのような人物であったかなんてさておいてもね、特異運命座標(アリス)。私が気に入ればそれでいいのだよ」
 上機嫌で告げながらティーカップに紅茶を注ぐマッドハッターを見遣りながらメルトリリスは「あの」と小さく声を漏らした。
 どうにも、彼の特異運命座標をアリスと呼ぶ事にはいまいち慣れないのが彼女だ。実の所、マッドハッターが誰にでもアリスと呼ぶのは彼が『そう言った童話の世界の出身』だという事が関わっているのそうなのだが――それは彼の事情であり、メルトリリスにもメルトリリスの事情がある。
「あの、実は私の本名がアリス・C・ロストレインなので、不特定多数の特異運命座標をアリスと呼んでいると、ちょっと反応するというか、くすぐったい感じがします」
「おや、君はメルトリリスという名前だと伺ったが。いやいや、名前というのは不思議なものだね。私が『主人公(アリス)』と呼ぶことと君の本来の名が同じだというのは偶然であり、そして――私と出会う事が必然であったようにも思わせる」
 彼の軽口というものは何時でもその調子なのだろう。彼は特異運命座標をこよなく愛し、誰彼構わずそう言った甘言を漏らすところがある。同じ練達の研究者である佐伯・操に聞いてみれば初対面の頃は自身の事も『ミサオ』と呼ばず頑なにアリスと呼び続けたのだという。言葉が通じないのは今も同じなのだろうが――彼自身がアリスという存在に並々ならぬ思いを抱いているのはそのエピソードからも伺えた。
「その、ですから……本名を呼ばれているようで、擽ったい、ですね」
「成程。君は名を呼ばれる機会はあまりないのかい? 特異運命座標(アリス)達の中にも仲が良い者はいるだろう。自然と名を呼び合い、個々を認識し合っていると思って居たのだが……そうか。成程、君の中では其れは特別な名前なのだろう。アリスか、いやはや、主人公(アリス)と同じだなんて、君はついているね! 青のエプロンドレスで現れたならば君の事をアリスと呼んでしまうかもしれない」
「ドクター冗談はほどほどに」
 ぺらぺらと言葉を繋げ続けるマッドハッターにファンが聞きかねたように顔を出した。どうやら茶や菓子の準備をしているのだろう。このフィールドワーカーは彼の世話役の様に部屋の隅で待機していたようだ。
 メルトリリスがきょとりとしながらファンを見遣る。青のエプロンドレスと言葉を漏らした彼女に「ドクターのよく言う主人公の格好ですよ」とファンは肩を竦めてそう告げた。
「ああ、そうさ。ヒロインは常に青のエプロンドレスを着て道を尋ねてくるものだと決まっている! そうして、辿り着いた私のティーパーティーで時間泥棒だと私を罵るのさ。ああ、でも、前のアリスはどうだったか、それから前の……」
 ぶつぶつと呟き続けるマッドハッター。自分の世界に入り込んでしまったのか「ああ、そうだった。そうだった」と何度も繰り返し続けている様子が視界の端に入る。メルトリリスは訊きたいことがあったのだとちら、とファンを見遣った後、発言しても大丈夫な事を確認してマッドハッターさまと彼を呼んだ。
「あの……、その、練達の方々はこの混沌からの脱出が目的とお聞きしました。
 マッドハッターさまも、いつか、この混沌から出られるようになったら、帰ってしまうのでしょうか」
 確かめる様に両手でティーカップを手にしていたメルトリリスはマッドハッターを伺った。人間不信的な所がある彼女だが、ファンやマッドハッターは良き存在であるという認識があるからか、子猫がそうするように懐いている。
 その言葉を影で聞いていたファンがぎょっとしたようにマッドハッターを見遣れば、彼はいつもと同じように笑みを浮かべて「ああ、そうだね」と返した。
「勿論、私とて寓話の世界へ戻りたいとも思うさ。しかし、時にはここに居たいと思う事もあるのかもしれない。さあ、それは特異運命座標(アリス)の活躍次第ではなかろうか! ああ、こういう事を言うのは狡いのかもしれないが――私は案外、特異運命座標(アリス)達の活躍を楽しみにしているのだよ。物語の中では語られぬような事を!」
「事実は小説より……といいますし、ね?」
 きょとりと首を傾げたメルトリリスにその通りだと頷いてマッドハッターは「さあ、特異運命座標(アリス)。お茶は如何かな?」と柔らかに微笑んだのだった。

  • 『アリス』とのティータイム完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2019年10月09日
  • ・メルトリリス(p3p007295

PAGETOPPAGEBOTTOM