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躊躇う手は星に届かず
登場人物一覧
混沌から見える星は銀河辺境とは違う。そもそもヤツェク・ブルーフラワーの科学知識の中にある宇宙のありかたとは、この世界は根本的な所が違う可能性がある。
ヤツェクは天を見上げるのを止め、焚火に視線をやる。爆ぜる火は原始的な薪を元にしたもの。宇宙船も宇宙港もない世界に流れ着いた銀河の男は、暇つぶしにツインネックギターをつま弾いた。
今は遥かな旧地球、文明のゆりかご。そこから伝わったとされるメロディーをつま弾いていたはずが、いつしか甘い幻想貴族が好む小夜曲へと変わっている。
ヤツェクはため息をついた。
(騎士ごっこもたいがいにしないと、戻れなくなるぞ)
何だったか、旧地球の文学であったのだ。己を騎士と勘違いした老人の物語。ヤツェクはそれを知っていたが、今は思い出したくなかった。故に記憶に蓋をした。
ハッピーエンドではなかった。老人の死で全ては終わった。五十代のヤツェクはまだ若い、とはもうお世辞にはいえない。最初は異世界での冒険を楽しんでいたが、若い他の英雄たちを見ると、もはや若くないのだ、と思わされることは沢山。
(いつものようにやれ。全てを冗談にして、おどけた台詞と酒で終わりにするんだ)
善は弱く、正義は儚く、努力を重ねて奇跡のように、一瞬だけ成立するもの――それが、ヤツェクの哲学であった。それ故に美しい天の星であり、それ故に己のようなものが手を伸ばしてはいけないもの……。
(ヒロイズムは『ウーティス』だけにしておけ。あの騎士ごっこは楽しかったが、それだけだ)
己が半身、架空現実の中で姿を取っていた白皙の黒騎士。昔からゲームや何やをやる時に、「いつもの」という調子で選んでいた己とは正反対の存在。
彼が、ヤツェクのロマンチシズムと騎士願望を、見事に映し出した。
(レディ・ヘレナ・オークランドも、保護だけで止めるんだ。古風な騎士と奥方なんぞ……彼女に失礼だ。おれはオースティンを殺したわけだし、そもそも流れ者で冒険者、いつ死ぬか分からぬ身だ)
老いぼれた男には、星は遠すぎる。
汚れた手には、星は清らかすぎる。
言い聞かせども、心は落ち着かず、何度もメロディーの調子は狂う。
かつて星を手にしたが、その星の輝きを返すために天へと放った。
永久に会うことがないであろう、若き日の姫君を思う。
いっそ騎士願望丸出しでおかしくなれればいいのに、とヤツェクは笑う。
(だが、真面目に狂気に陥るには、あまりにも……冗談を言い過ぎたんだ、おれは)
もし願いが叶うならば、遠い星に触れることを一瞬だけでも許してください。
そんなことを願うには、ヤツェクは冗談に慣れすぎていた。