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Crossing of Fate

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト

●望まない再会
 その話を聞いたとき、『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は耳を疑った。
 幻想東部の山間にある小さな村。そこが何者かの仕業によって滅ぼされたという。
 詳細は分からないにしても、ローレットにいればたまに耳にするような話ではあった。
 けれど、その村の名前はリゲルにとって馴染み深いものであった。
 ルイス=コーラル。
 リゲルの無二の親友とも呼べる友の名であり、滅ぼされた村は彼の故郷だった。
「一体、なにがあったんだ……」
 突き動かされるように、リゲルはルイスの故郷へと向かった。
 幻想国内だ。大きな問題もなくすぐにその村へと辿り着くことができた。
 村の入口に立って、リゲルはその惨状に目を見開いた。
 家屋は崩落し、草花は焦げ枯れていた。

 ――小さいけれど、綺麗な村なんだ。

 ルイスの語った村の面影は、もはやどこにも存在していなかった。
 噂に聞いていたとおり村人は全員鬼籍に入っていた。村を通りがかった行商人達が弔ったのだろう、滅びた村のすぐ近くに、村人達の墓が建てられていた。
 村を見て回る。
 夥しい血痕と、家屋に付けられた異常な斬撃の痕。イレギュラーズとして多くの戦いを経験してきたからこそわかる。これは魔物なんかの仕業ではない。強大な力を持つ存在――魔種の襲撃に他ならないと、リゲルは気づいた。
「痛ましいな……」
 リゲルは少しでも村を労ろうと、出来る範囲で村を掃除し、瓦礫を避けて綺麗にした。その間頭を巡るのはルイスの事だった。
(ルイスは無事なのだろうか……無事なのだとしたら、彼は――)
 ルイス程の腕の持ち主だ。たとえ魔種と相対したとしても、逃げ延びることはできたはず。そう信じたかった。しかし生きているとするならば、その心境を慮るのは難しかった。故郷を滅ぼされるなど、自分だったら気がどうかしてしまうかもしれない。
 村を綺麗にし終えて、村人の墓へと花を捧げに向かう。気づけば、空はオレンジに変わり、夜が近づくことを知らせていた。
 夕日に肌を染めながら、村人達の冥福を祈る。
 どうか安らかに――願わくばその魂が迷わないことを祈って。
「……ルイス、君は今どこにいる――」
 親友が心配だった。今この墓の下に眠っているなど、考えたくはなかった。だからリゲルは、ルイスを探し出そうと、そう心に決めた。
 けれど、その必要はなかった。
 不意に背後に身を凍らせるような気配を感じた。腰に携えた愛剣を反射的に抜き放つ。
 そして、リゲルは彼を目にした。
「……ルイ、ス」
 考える必要はなかった。幾多の経験が即座に危険を告げる。リゲルの前に立つ、朱に染まる彼(ルイス)が、人ではなくなっていることに。
 清廉な騎士であった彼は、禍々しいほどの邪気と鮮血を纏わせ虚ろな赫瞳でリゲルを見据えていた。
 それはまるで、助けを求めているかのようだった。

●無力への憤怒は簒奪を求むる
 魔種と相対したとき、人は何を思うだろうか。
 圧倒的な力と、禍々しい殺意に恐怖するだろうか。或いは何も考えられず逃げ出すだろうか。どちらにしても、それはイレギュラーズとして多くの魔種と相対してきたリゲルには当てはまらない。
 リゲルは思う。目の前に立つ親友であるルイスが、何を経て清廉なる身を落とし、反転させるに至ったのか。
 魔種へと至れば、もう後戻りなどできるはずはない。けれど、父シリウスのようにその精神性が保たれているのならば――ルイスの為になにかできるのではないか。リゲルは一縷の望みをたぐり寄せるように口を開いた。
「……なにがあったんだ、ルイス。君が、反転するだなんて――」
 ルイスが剣を抜く。血みどろの大剣が、静かに地面を擦る。
「僕は思い知ったんだよ、リゲル。この世の中にはどうにもならないことがある。絶対的な力の前に、人の力は無力だ」
「違う、そんなことはない――」
「君は変わらないね。今も曇ることなく輝いている。
 誰かを守る。守れるという自信。
 今の君のように、あの頃の僕もまた希望に満ちて光輝いていたよ。そう輝いていたんだ」
 懐かしむように語るルイスの顔は、どこか血の涙を流しているようで――
「……だけど、希望なんて幻想だったんだ。
 絶対的な力の前では、人間なんて無力なんだよ。誰も抗うことはできない。この村の――僕の故郷のように、滅ぶんだ」
「ルイス……なにがあったんだ」
 今一度の問いかけ。ルイスは嘲笑するように笑う。
「なにもできなかったんだ。アイツを前に、僕は何も出来なかったんだ。一人、また一人と知り合いが友人が――彼女が殺されていくのを、僕はなにもできず見ていることしかできなかったんだ」
 ルイスから放たれる狂気の呼び声がチリチリとリゲルの脳裏を走る。だが、いま屈する訳にはいかないリゲルは振り払うように呼び声を弾いた。
「僕は無力だ。そしてそんな自分を許せない。これは怒りだ。何も守れない自分への怒り」
 悲しみに暮れるように語るルイス。リゲルは彼がまるで壊れかけているように感じた。
「リゲル、僕は力を手に入れた。あの頃以上の力を。怒りが僕に力を与えてくれる。
 けれどだめだ。こんなものじゃ全然だめなんだ、まだ足らないんだ。
 圧倒的に力が足りない! 力がなければ僕には何も守れない!!」
 魔種特有の波動が大地を揺らす。気圧されぬようにとリゲルは歯噛みした。
 リゲルは気づき始めていた。ルイスがどのような経験をし、その心を絶望に染めてしまったのか。
 けれど、ならばどうしたらいい?
(騎士として、いや、親友として――俺はどうしたらいいのか)
 ルイスが血みどろの大剣を振るい構える。あの頃の清直な構えの面影はない。何もかもを破壊し尽くしそうな粗暴な構えだった。
「守れないならば――壊される前に自ら壊す。そうして守れなくなる前に救ってやるんだ
 リゲル。君だっていつかは圧倒的な力の間に潰される。
 そうなる前に、僕が……楽にしてあげるよ――」
「ルイス……! 何を言って――!」
 止める間もなく、魔種と化した親友との戦いが始まった。

●覚悟
 ルイスが疾走する。
「――!!」
 常人を遥かに上回る瞬足は、刹那の呼吸で彼我の距離を零とした。
 一切の慈悲のない首を刈り取る大剣の横薙ぎ。咄嗟の判断でリゲルは愛剣を盾に受け止める。だが、ルイスの放つ一撃は容易くリゲルを吹き飛ばし、その力が人のものではないことを理解させる。
(重すぎる……! ルイスの剣のそれじゃない――これは、一人では……)
 リゲルは的確に分析する。当然だ、相手は魔種。今のイレギュラーズであっても一人で勝てる相手ではない。
 で、あれば、瞬時に撤退の二文字が浮かぶが、リゲルとルイスの関係性がそれを否定させる。
 親友であったルイス。彼を救いたいという想いが、リゲルをこの場に立ち止まらせた。
「ルイス、やめてくれ! こんなことに何の意味がある!」
 肉薄するルイスの絶大な一撃を受け流し、距離を取った、リゲルが叫ぶ。ルイスは逃がすものかと更に距離を詰めて、一撃必殺の斬撃を容赦なくリゲルへと叩きつける。
「リゲル、君は守れなかったことはあるか? 救えなかったことはあるか?
 あんな辛くて苦しい、暗澹たる惨状は僕は耐えられない。
 だから――そうなる前に僕が奪う。僕が全てを壊して、楽にするんだ――!!」
「それじゃだめだ! それでは、君も、君の愛したものも、何もかも失ってしまうだけだ!」
「そうさ! 全てを自ら手放せば、もう苦しむことなんてなくなる! 誰も、彼も、他人に奪われることなんてなくなるんだ!」
 ルイスの横薙ぎに吹き飛ばされて、リゲルは大地を転がった。土を舐めている場合ではないすぐに立ち上がらねばルイスは己の首を跳ねるだろう。
 跳ね起きて、剣を構える。予期した通り、倒れていた場所をルイスの剣が抉り取っていた。
「だめだ、ルイス。狂気に流されるな。理性を取り戻せ。魔種になろうとも、その精神を歪まされようとも、人としての心を保つことはできる」
 父シリウスは魔種に堕ちたが、それでもその精神性は変わらず、そして最期の時、父としての顔を変わらず持っていた。
 魔種となったとしても――人であったときの想いは残るのだと、リゲルは信じていた。
「ダメだよリゲル。そうじゃない。そうじゃないんだ。
 僕の、僕自身への怒りは、覆すことはできない。これは僕の意思だ。僕が望んだことだ。僕の在るべき姿なんだ」
「違う! 君は、ルイス=コーラルと言う男は、そんな弱い男じゃなかったはずだ! 清廉で、真っ直ぐで――共に立てた誓いを忘れたのか――ッ!」
 鍔迫り合いから、気合いと共にルイスを押し返す。誓いについて口にだした瞬間、ルイスの力が緩んだのだ。
「誓っただろう……人々を守るため、世界を守るため――俺達は決して最期まで諦めないって」
 泣きそうになりがらリゲルが言う。ルイスは一瞬悲しそうな顔を見せ、そして笑った。腰から一本の剣を投げ捨てた。刀身が半分で折れていた。
「誓いを立てた剣は呆気なく折れたよ。為す術無く、無慈悲に。唯の一撃もアイツに傷つけることなく――まるでそんな誓いなんて初めから存在しなかったように……ね」
「そんな……くッ――!」
 それほどの敵と対峙してしまったのか。友の誓いを投げ捨てることも厭わなくなってしまうほどの脅威に。
 ルイスの心は、完全に折れてしまったのだと感じた。圧倒的な力を前に、どうしようもなくなるほどの状況に追い込まれて、そして呼び声に屈してしまったのだと。
 魔種となってしまった以上、もはや救いはない。どんな奇跡を起こしたとしても、彼を元通りにすることは、出来ないと知っていた。
 ならば、自分に出来ることは? 何度となく自問した問いにリゲルは――
(俺が……ルイスを?)
 明確な答えが出ない中、しかしルイスを退けなければいけないと確信する。
 防戦一方だったリゲルの動きが変わった。
 自らルイスへと攻め込み銀閃を叩き込んでいく。動きの変わったリゲルに対応するように、ルイスもまた、大振りの一撃から、細かな技を重ねるようになる。
 命を懸けたやりとりではあった。しかし、同時にそれはいつかの頃に行った二人の立ち合い風景のようでもあった。
 剣を重ねていく内に、リゲルは気づく。
(魔種となったとしても、その動き、癖は変えられるものじゃない――)
 振られる斬撃の軌跡、踏み込みの足捌き、攻撃に対する反応と体捌き。付き合いの長いものだけが、友に肩を並べて戦ったことがあるからこそ分かる、ルイスの動き。
 紙一重で躱した斬撃によって血飛沫が飛び交う中、確かにリゲルはルイスを感じていた。
(長引けば、確実にこちらが不利――ならば……!!)
 ルイスの癖から次の斬撃を読み切って、見切りの極地から一歩半身を踏み込む。放たれる起死回生の一撃が、体勢の整わないルイスの身体を切り裂いた。
 確かな手応え。予想以上の感触に、リゲルが目を見開いた。
 リゲルの一撃を受けルイスの身体が大きく仰け反った。それは命の奪いあいの中では致命的な隙だ。
 リゲルに僅かな逡巡が生まれる。
 ルイスを退ける――それどころか、今この瞬間止めを――?
 幾多の戦いを経て成長しているリゲルの身体は、その僅かな逡巡の間さえもチャンスを得ようと前へと踏み込んだ。瞬息の間に腕が動き、急所を狙う一撃を放とうと構えを取った。
(……ルイスを、俺が殺す……?)
 その瞬間、リゲルの動きが止まった。
 この一撃を放てば、間違いなくルイスを倒すことができる。魔種となった者が元に戻ることはない。殺す事こそ救いになることもあるのだと、リゲルは知っていた。
 けれど、そう理解していたはずなのに――友を、この手で殺すとなったその時、躊躇が生まれてしまった。
 そう、リゲルにはもっとも大切な覚悟が、足らなかったのだ。
「……残念だよ、リゲル――」
 体勢を立て直したルイスの横薙ぎがリゲルの腹部を切り裂いた。浅い。致命打ではない。ルイスは即座にリゲルを蹴り飛ばす。リゲルは体勢を崩し地面に転がった。
 互いに肌を血に染めて、二人の視線が絡み合った。

●宣告
「くっ……ルイス、俺は……!」
「リゲル、君は優しいね。
 けれど、それはダメだ。そんな覚悟じゃ、僕を止めることなんて出来はしない。
 君もわかっただろう。この力は絶対だ。ただの人が、抗う事なんてできないんだよ」
「違うッ! たとえ強大な力を目の前にしたとしても……抗うことはできる! 戦うことはできる! 俺は諦めない、絶対に諦めないぞ! 誓いは、最期の時まで守り続ける!!」
 傷付く身体を引き摺りながら、リゲルが立ち上がる。構えた剣は支えきれず静かに揺れていた。勝ち目は薄いのは誰の目にも明らかだった。
 それでも、リゲルは諦めるわけにはいかなかった。
 誓い合った信念を曲げるわけにはいかなかったし、何よりも今は、守るべき世界の他に、守るべき愛する人もいる。
 死という敗北だけは認めるわけにはいかなかった。
 そんなリゲルをルイスは悲しそうに見る。
「嗚呼、リゲル。君は本当に変わらない。あの頃の眩しいままだ。
 でも、だからこそ、そんな君が誰かに殺され――奪われるなんてことには堪えられない。きっと君を殺せなかった無力な僕自身に、さらに怒りを覚えてしまうだろうよ」
 そこまで言って、ルイスは不意に思索に耽る。何かに気づいたように、じっとリゲルを見つめたまま。
 リゲルは警戒を強めた。そして、隙を窺い逃げに打って出ようとしたとき、ルイスが悲しみにくれていた顔を僅かに喜色に歪ませた。
「ああ、そうだ。リゲル、君はまだ悲しみの最果て、深き絶望を知らないからこそあの頃のように輝けるんだ。そうだ、だから――」
 頭を抑え、焦点の合わない目を見開きルイスが口にする。絶望への道筋を。
「以前言っていたよね。君の大事な人のことを。
 そうだ、君の大切なその人を壊す。そうして僕と同じ所へ立てば……きっと君も僕の言葉を理解出来るようになる――そうなれば、リゲル、君も僕と共に歩けるはずさ」
 瞬間、身体が沸騰する感覚をリゲルは覚える。
 自分にその凶刃が向いていれば、最悪どうとでもなるだろう。けれど、その矛先が変わるとなれば――断じて許すわけにはいかなかった。
「ルイスッ! 貴様ッ!!」
 怒りの言の葉がルイスに突き刺さる。そんなリゲルを歓迎し、そしていつかみたあの頃の面影を称えて、こう言ったのだ。
「それを否定したいのなら……僕を殺してくれ、リゲル。僕に人の心が残ってる、その間に――」
 それだけ言うとルイスは瞬く間に距離を取り、虚空に姿を消した。
 残されたリゲルは、怒りと、やりきれない想いに顔を歪ませて、身体を支える誓いを立てた剣に、己の覚悟を問いかける。
 ――愛する人を守る為、親友を殺す事ができるのか、と。

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