SS詳細
温もりを求めた鳳仙花
登場人物一覧
––お前に出逢えて良かった。
––愛しているよ、コニー。
––よくやってるよ、お前はよくやってる。
耳元で囁かれる愛の言葉は甘ったるくて喉に絡む。
朝陽が射す部屋の中。気怠げにベッドから出て行うのは先ず着替えを探すこと。隣で寝ていた起きる気配も無い男を蹴飛ばして起こし、カップ二つに粉珈琲と湯を淹れてかき混ぜる。
欠伸をしながら起き上がる野郎に舌打ちしながらマグの一つを渡そうと近付くと、渡したカップを受け取りながら身を前にして二人の影が静かに重なる。
特に拒否する訳でもなく
赦しを乞うている訳では無い。新たに希望になって欲しい訳では無い。アタシの中で広がる空洞と蝕み消えていく心を埋める為にその手を取った、その筈だったのに。
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今この時を含め、成りたかった養母のような女性から更に離れていく自分に怒りを通り越して呆れさえ覚えてしまう。
女性に囁く言葉だけ一流である、ヴェルンヘル = クンツは独り立ちして暫く、アタシが齢二十一になった年に出会った男だ。
傭兵としてなんとか食っていける程度まで稼げるようになっていたが、それでも依頼が無い月もあって安定とは程遠い日々を過ごしていたアタシは、久しぶりに実入りの良い依頼が
内容も道楽で遊び歩いているお偉いさんを極秘裏に護衛するというもの。
極秘裏に、と言っても街道を走る対象を乗せた馬車を護ればいいだけ。依頼難度に対して報酬が多いのも、相場が分かってない貴族だからと何も言わなかったわ。
「やぁ、報酬が旨い上に綺麗なお嬢さんがパートナーとは運が良いな、ヴェルンヘル = クンツ。ヴェルンと呼んでくれ」
見るからに軽薄、根から明るいこの男が初対面の時から苦手だった。
とはいえこんな事で仕事を投げ出す訳にもいかない。必要最低限な言葉だけ交わしてやるべき事をこなし、仕事は無事に終わった。
そこで軽薄男ともお別れだと、そう思っていたの。
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その後も、結構な頻度で同じ依頼に入るようになった。
ちょうどその頃、妹分だった子がアタシを仇として行方を追ってきていると情報が入ってきた時期かしら。
師匠の件から独りでここまで生きていた"つもり"だったアタシは、自分でも気づかない内に人の温もりを欲していた。
そしてそれをくれたのがヴェルンヘル……ヴェルンだったの。素直になれないながらもアイツの手を取ったのは、愛情なのか隙間を埋める利己的な想いだったのか……今でも分からないのだけれどね。
●
「何時からなの」
「最初さ、出会った時……あの護衛任務自体が君を誘き寄せる為の釣り餌だったんだ」
出逢ってから何年経った時かしら。誰も居ない街の外れでヴェルンは真顔で、何時もアタシにクソ甘い言葉を囁いてた口で零したの。
「君が依頼で手に掛けた女が……趣味の悪いパープルアイの女が居ただろう」
そう、難しい事なんて何も無いわ、身内の生命を頂戴され、残った者の報復ね。
その者の善悪なんて関係無い。奪ったアタシに対して極々当たり前の恨みであり、汚れた此の身には当然有り得る可能性だった。
「依頼人からの頼みで、出来るだけ絶望を、後悔を与えてからと言われて、それで」
数年単位で絆に来たのは、アタシにより深い絶望を与えながら死に至らしめたいと依頼されたから。
「だからコニー、此処で終わりだ……終わりなんだ」
「バカね……」
絶対に外さない距離、銃口を此方の眉間に向けているヴェルンと構えてもいないアタシ。此方より腕の良かった彼が外す筈も無い。
––なのに。
銃声が鳴り、遅れてもう一発響き渡る。
––どうして。
倒れたのはアタシではなく、ヴェルンの方だった。
「バカ、ほんとにバカ……どうして……」
そもそもどうして何も言わずにアタシを撃たなかったのか。アタシの信頼も心も身体も全て思い通りに事を運べた筈なのに最後の最後で台無しにしてしまった。
アイツが引き金を引く直前に軌道をズラした事に撃ち返して初めて理解出来た。
ヴェルンに殺られるなら仕方無いと思っていたのにアタシは撃った。
ババアの想いを受け継ぎたい。
師匠を手に掛けた罪は生きて抱えないといけない。
本当の最期は、あの子の手によって幕を下ろさないといけない。
だけどもっと、原始的であり本能。アタシはね、こんな汚くなっても、覚悟をしたと宣っても……。
『死にたくない』
そう思っちまったんだわ。
恋人まで奪ってしまったのに。
今こうして生きている自体が罪であり罰。神とやらに赦されてたまるか。
一人でも多く誰かを救い、生きてるだけで悪辣を成し、足掻いて最期を迎える事こそがアタシが自身に決めた
孤独になりたいのに愛されたい。
独りぼっちの道化。
おまけSS『花の言葉、私に触れないで』
もしあの時、アタシが撃たなかったら。
もしどちらも生き長らえていたのなら。
もし、アタシが当たってあげていたのなら。
思う事はあるわ。でもね、そうはならなかったの。
今此処に居るアタシが現実。
IFを求めて嘆いても仕方の無いこと……絶望しても、後悔してもアタシには抱えて前に進む以外道は無いのよ。