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ゆげさんぽ
登場人物一覧
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小鳥の鳴き声が響く朝、窓にかかるカーテンの隙間から木漏れ日のように日が差す。
その光は、揺れるカーテンと共に形を変えながら、ベッドの上で長い髪を乱して寝ている『Tender Hound』弓削 鶫(p3p002685)の身体を照らしていた。
……薄っすらと、少しずつ彼女の瞳が開いていく。紫安の瞳がゆっくりと光を受け入れていき、そしてやがて、身体は起き上がった。
「あ……」
窓辺には、雀の親子がやってきていた。
「おはようございます……いい天気ですね」
鳥たちは顔を右へ左へ傾けてから、またどこかへと飛んでいった――その背中を見つめながら、鶫は静かに小さく手を振ってみた。何処へ行くのだろうか、そんな事を考えながら。
そして、一度欠伸をして身体を伸ばすのだ。
「よし」
鶫の一日は、こうして始まる。
本日は、依頼も予定も、これといって無い日だ。
鶫は着替えて朝食を食べ終えてから、どうしたものかと思案した。
買い物――確かにそろそろ秋の気配はする。秋物の服を買いに行くのはアリだ。もし服を買うのなら、ついでにコスメの類の勉強をしに行くのもいいだろう。なんてったって、鶫だって女性なのだ。少しでも自分が綺麗になるアイテムがあるのなら、心躍らない事は無い。
それに、幻想の一角に新しいケーキ屋さんが出来ているとか聞いたような気もする。成程、噂のスイーツを食べに行くのもいいかもしれない。
思い立ってみれば、今日一日でやりたい事が山ほど出てきた。
「おでかけ……しなくてはいけませんね」
そう、ぶらぶらと歩きながら気ままな旅をするのも、一興なのである。
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夜長、雨が降っていたのか道路は濡れていた。朝露に濡れた花や葉がきらきらと輝いている。だからか――どうりで空気が澄んでいるはずだ。
「おや、おはよう鶫ちゃん」
「おはようございます、おばあちゃん」
「あ、鶫ちゃん! 野菜もっていくかい!」
「ふふ、ありがとうございます。帰りに寄りますね」
「鶫おねえちゃんおはようございましゅ」
「はい、おはようございます。今日は走ったら転んじゃいますから、走ったらダメですよ、ゆうくん」
「はあい」
鶫が道を歩く度に、道行く人々が声をかけてきた。
イレギュラーズはそれなりに有名人だ。だが、それよりも鶫の人としての性格がものをいうのだろう。みんな朗らかな笑顔を鶫へ向けており、そして鶫はそれ以上の笑顔で返している。
そんなこんなをしているうちに、あっという間に大通りへ来ていた。
街角の一角である此処は、イレギュラーズの見知った者たちも多く通行していた。挨拶をしながら、まじまじとお店を見てみる――此処暫くで随分様変わりしていた。なんというか店舗が増えたというか、確かにギルドショップなるものが増えていたからそれのお陰でもあるのだろう。
ふと、鶫は花壇に色とりどりの花が咲いているファンシーなお店が気になった。
店頭のVPに愛らしいお人形がちょこんと座っているのだ。吸い込まれるように出入口の扉を開くと、からんからんと鐘が鳴る。お店の奥から、少しだけ眠そうなお姉さんが「いらっしゃいませ」と小さく笑った。鶫も同じように笑って会釈をした。
お店の中には、様々な小物がある。どうやらみんな、手作りの小物であるようだ。
インテリアとしても使えるし、中には写真立てや額縁などなど。家具として使えるものも多く並んでいる。
「……あ」
その中で、鶫はとあるインテリアが気になった。
それは鳥の巣箱であり、ファンシーな愛らしいデザインのインテリアが並ぶ中なのに、逆にシンプルなデザインで鎮座しているそれが赴きがあって良い。むしろ野鳥たちが懐いてくれるような質素さが、鶫の心を引き付けたのだ――というのもあるし、朝を思い出したら、あの雀たちの羽休めには丁度良いのではないかとさえ思える。
「それ、最後のひとつなんです」
「あ、……やっぱり人気ですか?」
「そうですね、なんでそんなに売れるのか私も気になるところです」
「鳥たちが平和に暮らしている国ですから」
「なるほど、勉強になります」
――という訳で、最後のひとつという言葉に釣られて流れるように巣箱を購入したのであった。
鶫曰く、家の隣にある木に乗せておこうと思ったという。
次は洋服を買いに来た。
秋物や冬物のコーディネートができる服もあれば、別の方向を見れば戦闘用の装備も売っている。でも、今日は服を買いに来たので、戦いからは身を引こう。
しかし――……鶫は服を見つめたまま、顔を傾けていた。
詰まる所、どんなものを買えばいいのか悩んでいるのである。
すると、店員が鶫の背後に声をかけてきた。お店の服をコーディネートして、秋色のファッションを着ている店員であった。親切で話をしやすい態度で、近寄ってきたのだ。
「お手伝いしましょうか?」
「どういったものがいいか、わからなくて……」
「では、何着かお持ち致しますので、是非ご試着していってください!」
何故か店員の瞳が輝いているように見えた。わくわくしているのか、軽い足取りで店員は服を持って来ながら一枚一枚丁寧に鶫へオススメしていく。
まるで着せ替え人形のように着回しをし、その度に店員は鶫の美しいボディラインを羨ましそうな瞳で見つつ、一緒になって悩んでくれていた――。
「これなんかよさそうですね!」
「あ、新鮮です、こういうの」
「こっちのお化粧品も一緒にどうです!?」
「えっ、あっ、じゃあ!」
―――店員さんからオススメされるままに服とコスメまで買って、鶫は噂のスイーツのお店へやってきた。
内装が青色と白色のストライプの壁で、木製の机と椅子、忙しそうに動いている店員さんはロングのメイドドレスを着ており現実から離れたような気持ちになる。
まずは――朝ごはんしか食べていなかったから、既に昼過ぎになっており、お腹が減っていたのでパスタを頼んで食べた。
丁寧にスプーンの上でくるくるとフォークを回してパスタを巻き取り、口へと運んでいく。ガーリックの食欲を引き立てる味と、香ばしい風味に塩っけの利いたパスタがよく絡む。唐辛子のぴりっとした感覚がアクセントとなり、口に広がる。
成程、スイーツだけかと思ったら料理にも力を入れているのだ。
傭兵時代が長かった鶫であるからこそ、こういった美味しいものを食べたり、甘いものを前にしたりというのは新鮮味が高い。
それに、いくら傭兵であるからとはいえ、心の奥底は女性そのものなのだ。つまり、女の子は甘いものと素敵なもので出来ているとはよく言ったもので、鶫も例外なく宝石のように艶やかな大きな苺が乗ったショートケーキを目の前にすれば、その瞳を輝かせることは容易い。
お腹いっぱいにパスタを食べた後でも、別の胃があるのでは無いかというくらいに、ケーキを食べるペースは衰えない。それでいて、一口食べれば落ちそうな頬を押えて瞳を閉じて幸福に浸るのだ。
口の中に広がる酸味と甘味が、雑踏に揉まれるように目まぐるしい現実から突き放してくれる。
鶫は外を見ながら、空になったお皿にカトラリーを静かにおいてから紅茶を含んだ。
幸福な時間はいつまでも続かないけれど、偶にこうしてゆっくりと過ごせることこそ尊いものなのだと教えてくれるようだ。
また明日からも頑張ろう。
リフレッシュしたさわやかな心で、また鶫は明日の戦いへと向かうのであった。