PandoraPartyProject

SS詳細

午前0時、輪廻の先へ

登場人物一覧

金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸

「ねぇねぇ聞いたことある?」
「何をー?」
 駆ける鉄の箱の中、本来ならば流れる景色で美麗な夕焼け空もビル群に囲まれた街に住んでいると余り綺麗に感じない。
「嫌な事があった時、戻ってやり直せるって電車の話だってば! 朝もちょろっと話したじゃん」
「あぁ……あの輪廻列車デタラメのことぉ?」
「もぅ! やっぱり信じてない!」
 閑散とした電車内、人が少ないのもあって誰も注意しないし、周囲が気配が死んでいる大人達が我関せず静寂を保っていることもあって余計にその声は耳に入ってくる。
「デタラメっていうけどさぁ、今回は本当にありそうなだって。先輩の知り合いも乗ったって言ってたし!」
「なんの信憑性もないじゃん。なんだっけ……深夜0時に現れてそれに乗ると~とかだっけ」
 どうしてそこまで自信持って”ある”と言えるのか。全く持ってその通りだと思ったのは発信者以外の乗客全員が同じ事を思ったであろう。
「うんうん! 嫌だった事とかを念じながら乗れば、降りた時にはそれが無かった事にされてるらしいよ! 気になるでしょ、行こ行こって!」
「馬鹿らしい……それよりあんた明日のテスト大丈夫なの? また泣きつかれても––」
 そこで二人の話は終わってしまって、否、会話は続いているのだが既に興味を失ってしまったもので何を話していたのかは記憶に無いだけだ。

 そう、そんな馬鹿げた都市伝説なんてあるわけないと己に言い聞かせながら窓越しに流れるビルの群を眺めていた。


 彼、忍足という青年は新宿駅のホームに立っていた。
 あるわけない、信じるわけ無いと思いながら此処まで来たのはもう何にも頼る事ができない焦りと絶望か。
 22時ぴったりに■番出入口から地下に降りて■口から改札に入り、調べたルートを歩き続けた。駅内の入り組んだ道を上がったり曲がったり迷路に挑んでいる気分になる。やがて気づくのは見知った顔が前を歩いていた事、知った顔というのは誇張ではあるが記憶に残った顔なのだから仕方ない。夕方乗っていたお喋り学生の一人、”馬鹿らしい”とデタラメ輪廻列車を一蹴していた子だ。
「(何を思うか、何に絶望しているかは見た目じゃわからない、か)」
 決められたルートを歩むのだ、ここまで同道が続けば嫌でも目的が一緒ということも気づくだろう。
 しかし声はかけない。
 互いに知り合いでもないので当たり前ではあるのだが。
 会社帰りのサラリーマン、酔っ払いの若者、夜の街にこれから出勤するのであろう者。様々な人間が駅の中で行き交っている中、忍足はそれに逆行するかのように向かっていく。
 生気の無い顔で、生者とは外れたレールをとぼとぼと歩く姿も群衆に交われば然程目立ちはしない。
「(本当に、これで……?)」
 思考が過ぎった所で立ち止まり、床の黄色いタイルに視線を送る。眉唾だの暇だったからだのと理由を付けていたが心の中で期待してしまっていた事にチクリと苛立ちが刺してくる。
 突然の肩の痛みと耳元で何か聞こえてきたと思えば通り過ぎていく若者の舌打ちであった。
 道の真ん中で惚けていればぶつかりもする。自分が悪かったと思いつつ何処か悲しくもなるのは、己の存在が要らないものだと再確認出来てしまったから。


 ここまでどのくらい歩いたのだろうか、五分、十分、はたまた三十分か、直ぐと言えば直ぐだし長かったと言えば長かった。
 時間の流れに揺らぎがあるも、彼を形成している常識という枷が一歩外れた異常を認めない。
 階段を上がり見えたのはあれだけ流れていた人間達が何時しか何処にも見られない。何の変哲もないホーム血生臭い腐臭に塗れたホームには辿り着くまでに見掛けた数人が惚けながら乗車口案内に立っている。
「(此処で本当に……)」
 輪廻列車が来るのだろうか。疑念を晴らす為、又は来る事を望んでいるからか、覚束無い足取りで忍足はホームの外、線路の方へと向かっていく。特に変わった所は見られない線路レールも見えないぐらいの暗闇に忍足は身体を支えきれず、吸い込まれるように落ちようと。
「……っ!」
 朦朧としていた意識がはっきりすると同時に重力へと預けていた浮遊感が忍足自身に戻ってくる。
「大丈夫ですか?」
 落ち着いた声音に振り向いてみればどっしりとした筋肉を持った巨躯が忍足の腕を掴み支えていた。大人一人分の体重をものともせずに手に取る姿は見るだけでも只者ではない雰囲気を感じさせる。
「あ、はい……すいません。い、いえ……あの、ありがとう、ございます」
 僅かな戸惑いと共にまじまじと眺めてしまっていた事に気づき、目を逸らしながら礼を述べる。
「丁度通りがかった所を、という場面だったのでお気になさらず」
 金枝 繁茂と名乗る男は戸惑う忍足に少し休憩したらどうかと背後のベンチへ視線を促す。
 時計をみればまだ輪廻列車の到着まで時間がある、それもいいだろう、否、逆らう意味も無いと思いながら彼の誘いのままにベンチに腰を掛ける。僅かに遅れて繁茂もまた、端の席へ同じように腰を掛けた。
「輪廻列車を待っているのですか?」
 投げかけられた声が自分に対してと気づくに数秒要した。誤魔化すべきかと迷い、それも無駄だと知る。此処に居るのだからそうに決まっているし、この巨漢もそうなのだろうから。
「はい……あ、あなたも、ですか?」
 言葉を選ぼうとしたがしどろもどろになってしまったことに照れが混じって駄目だった。
「そうですね、ここに居るという事はそれが目的になるのでしょう」
 ふふ、と含みを持たせた笑みにも何故か訝しむことはしない。そこでまた無言になってしまったが、なんとなしに手持ち無沙汰を感じて口を開く。
「ほんとに来るんですかね」
「輪廻列車がですか?」
 頷く、此処まで来て言う事では無いが他に出せる話題も無かったのだ。
「さてどうでしょう、話に拠れば人生を強くやり直したいと願う者の前に現れるとの事。現れるかもしれないし、現れないかもしれない。全ては自分自身の想い次第かと」
「はは、確かにそうですね! うん、そうだ」
 心が揺さぶられる。強く願う者、果たして自分にはそれがあるのか。やり直すとして何処からかも考えていなかった己に動悸を隠しきれずに思わず声をうわずらせてしまった。
「どうでしょう、あなたが何を持って此処に至ったのかを吐いてみては」
 脈絡も無く来た言葉に思わず繁茂の方を向く。蔑む訳でもなく、興味がある訳でもなく、ただ自然体の彼がそこに居た。
「どうせやり直すのです。乗車時間までの一時の仲、輪廻を回る為の予行練習です」
 何故か、この男の言う通りだからか、或いは自分自身の奥底で誰かに聞いて欲しかったからか、忍足は抵抗する気も起きずに零し始める。
「俺、枕作ってる会社で働いてて……あ、嘘、本当はニートなんです。大学の頃から賭け事は何でもやってて、就職してからも賭け事してて金がなくなって、でも辞められなくて……金を借りてもやって、知り合いから勧められた高く売れるっていう壺を買ってそれが偽物で全然売れなくて」
 吐き出してしまえば一息だ。繁茂は静かに頷いて先を促してくれる。なんだか恥ずかしくなり、視線を逸らした先にあった菓子の自販機が目に入る。小銭を取り出しボタンを押して出てきた菓子二袋の内一つを繁茂に手渡す。照れ隠しだとバレているだろうが此処まできたら気にする事でもない。
「親にも金借りて……これからは真面目にやろうとしたけどそれでも駄目で、仕事でも余裕が無くてデカい失敗して……クビになったんです。それで貯金なんて無いしまた親に金を借りて、その時のお袋と親父の悲しそうな顔で、金を出してくれたんです……」
 何かあった時の為に、息子の門出や祝い、その時に渡そうと貯めていた物を彼の前に出したのだ。
「駄目だった、あの顔を見てしまった、泣かせてしまった。もう死ぬしかない、噂でも何でもいい、過去に戻ってやり直せるなら、周りや親や自分に胸を張れるようになりたい」

「"この汚れた記憶を抱えてでも生きて"やり直したい」

 俯いて慟哭する忍足は気づいていなかったが、ここで繁茂は口元を緩める。
「あなたは列車に乗るべきではない」
 突然の繁茂の言葉に対応が間に合わず、しかし彼は紡ぐ事を止めず。
「その嘆き、怒り、想い、。嘆きは己の穢れを見えた、怒りは穢れを拒絶出来た。想いは御両親への愛を無くしていない。何より、それを抱えてでも生きたいという力を貴方から感じる」
 忍足は己の欲への弱さを知っている。
 また同じ誤ちを繰り返すかもしれない。だが、繰り返さない可能性もゼロではないのだ。だから。
「大丈夫、あなたは1人じゃありません。恥ずかしくても助けを求めなさい、手を差し伸べてくれる人は必ず居ます。輪廻列車まやかしに頼らずとも、貴方の道はまだ途絶えてはいないのです」
「あ、あぁ……」
 気づいた、気づいてしまった。嗚咽が止まらない。縋りたかったのはやり直す事ではない。誰かの手を取って立ち上がりたかった事を。
「0時、ですね。あなたはもう大丈夫そうだ、お話ありがとうございます。短い時間ではありましたが有意義なものでした」
 風が頬を撫でる、音が聴こえてくる、アナウンスが流れている。
「お菓子ご馳走様でした。前を向いて一歩踏み出してみることをお勧めします」
 繁茂の姿がぶれる、瞬きをしたその時、眼前には電車が扉を開いた所であった。
『新宿〜。新宿〜。お出になるお客様を〜』
 それは輪廻列車ではない、普通の列車。いつの間にか周囲には人の群衆、電車に乗ろうと開いた扉の中に吸い込まれていく。
 忍足はベンチから立ち上がり手元を見る。半端に残った菓子を手に持ちながら外に出る階段へ足を向ける。

 それでいい。

 夜妖を狩る者の声は、彼に届く事は無い。
 分かたれた境界の向こうで彼は微笑む。
 此処からは彼の仕事なのだから。

  • 午前0時、輪廻の先へ完了
  • NM名胡狼蛙
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月18日
  • ・金枝 繁茂(p3p008917
    ※ おまけSS『廻る』付き

おまけSS『廻る』

 輪廻列車のフィールドから青年の消失を確認する。
 金切り声のような合成音声と共に扉が開かれ乗車してみれば、外装とは雰囲気がガラリと変わって胎動する肉片と流れる血液に腐臭が混じっている。
 何を伝えたいのかもわからないアナウンスを無視しながら先頭へ向かう。
 血が伝う窓の向こう、運転席に立つのは顔の無い車掌。
 噂と妄想が捻じ曲がって産まれたまやかしの存在。繁茂の存在に気づいているかいないのか、反応もせずに立っている。
「願いし者が乗れる列車……ここで終わりにしてさしあげましょう」
 終わりは一瞬。喚びだした大鎌を振り抜けば窓毎車掌を一文字に刈る。
 断末魔と共に消えていく幻の境界線。現実だけがそこに取り残されている。
 願いし者が乗れる列車、そう。やり直したいと願うから認知出来る夜妖。
「……戻りますか」
 己の業は何時までも消えない。
 犠牲の上に立つ自分は過去の己を全て背負い進まないといけない。肯定も否定も必要としない事実だ。
 だが、たまに考えてしまうのだ。戻れたとしたら、自分という存在はどうなるのだろうかと。

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