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そこで途絶えている

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トスト・クェント(p3p009132)
星灯る水面へ
トスト・クェントの関係者
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 先日、祖父が亡くなった。
 事故だとか、病気だとか、そういうのじゃない。老衰、というやつだ。
 もちろん悲しかった。だって、祖父の死だ。死というものはいつだって悲しい。多少の顔見知りでさえ、命を失ったのだと聞けば悲しくなる。それが親類なら、尚更のこと。
 わんわん泣いたものだ。お葬式に来てくれたみんなも、私ほどではなかったけれど、誰もがその死をを悼み、俯き、時には嗚咽を零していた。
 だけど同時に、仕方がないとも思っていた。
 別に命はいつか失われるとか、そんな達観を得ているわけじゃない。
 だって祖父は45歳だったのだ。大往生じゃないか。弱っていたのは当たり前。祖父と親しかった誰にでも、祖父の現状は伝えていた。だから、覚悟はできていた。来るべきときが来たんだ。悲しい、ことだけれど。
 だけど数日も経つと、心というのは上手く出来ていて、少しは悲しみも辛さも和らいでくる。時折、ぽっかりと自分の中に穴が空いたような錯覚には陥るけれど、概ね、いつもどおりの自分には戻ってきていた。
 だからその日から、私は自分の店を再び開けることにした。別に特別なものを取り扱っているわけではない。日用品の類を中心とした雑貨屋である。
 しかし、であるからこそ、そうそう何時までも休業にしていて良いわけではない。生活の品はみんなが必要なもの。事情は察してくれるだろうが、だからといって、それにばかり甘えるつもりにはなれなかった。
 からんころんと、店の入口の戸につけてある、鳴子が来客を教えてくれる。
「はい、いらっしゃい」
 考え事に没頭しすぎていたことを反省し、顔をあげると、そこにはあまり見ない顔があった。
 なんと言ったっけか、それほど話したわけではないから名前まで覚えてはいないけれど、確か、『外』から来た人だ。
 外。この集落の外。どうやら、何かの調査をしているところを事故にあい、たまたまここに、流れてきたのだとか。
 なんとも不憫な話だ。残念ながらこの村に、自発的に外に出る手段なんてない。村だけで生活が成り立っているから、外に出る必要がなく、その手段を誰も模索していないのだ。
 だから、帰りたいだろうけど、かわいそうに思うけれど、彼が自分でなんとかしない限り、この先に一生を、この村で過ごすだろう。
 それも、そうそう遠くない未来の話かもしれない。だってこの人、元気そうには見えるけれど、年の頃は亡くなった祖父とそこまでの差はなさそうだから。
「なにか、お探しものですか?」
 使い慣れていない丁寧語で話しかける。閉じた村だから、お客さんと言っても普段は見知った相手ばかり。そんな環境では、仕方がないことだろう。
「ああ、いえ、この店、昨日まで閉まっていただろう。だから、気になっていたんだ。申し訳ないが、他に店の人は?」
 いないというと、ひどく驚いた顔をしていた。年齢を尋ねられたので答えてやると、いっそう驚いた顔を見せ、何かを考え込むような素振りで、しきりに頷いていた。いったい何に驚いたのだろう。
 しばらくそうのように振る舞った後、彼は店内を見て回った。商品のひとつひとつから、調度品、照明に至るまで何もかも。もの好きもいるものだ。とくに飾り立てていない、ただの雑貨屋なんて、別に珍しくもないだろうに。
 いや、もしかしたら、そういうことに興味をもつことも彼の仕事なのかもしれない。彼は調査をしていたと言っていた。学者さんか何かなのかもしれない。だから、彼が行ったことのない場所にあるものは、何もかも気になるのだろう。きっとそうだ。
 からんころん。
 また入口の戸が開く。今度は見知った顔だった。ただ、悲しげに顔を伏せている。
 いらっしゃい、とは言わない。その要件はわかっているから。だから彼女が深々と頭を下げたのに対して、私もただ同じように返した。
 彼女は私に、思い出話をしてくれる。正直なところ、私が生まれる前の話で、いまいちピンと来るものはなかったが、それでも彼女の持つ、大事な思い出だ。語れるのなら、話したいのなら、聞くべきは私にあるのだから。
 最後にまた深々と頭を下げて、彼女は去っていった。送ろうかとも思ったが、店には客がいる。だからその場で、また返すように頭を下げた。
「……あの、今の女性は?」
 彼女が去って間もなく、まだ店内を見て回っていた『外の人』が私に話しかけてきた。何にでも興味を持つ人だ。学者さんというのは、みんなこうなのだろうか。
「祖父の幼なじみですよ。祖父の式には出られなかったので、顔を見せに来てくれたようです」
「幼なじみ? 随分と若く感じたが……すまない、お祖父さんに何かあったのかい?」
「祖父は亡くなりました」
 随分と不躾なことを聞いてくる人だと思った。さっきの様子で、わかりそうなものだろうに。
「それは―――すまない、配慮が足りなかったようだ。その、ご愁傷様です」
「ありがとうございます。でも、仕方がないんです。祖父も45でしたから、大往生ですよ」
「…………は? すまない、お祖父さんは、その、幾つだったと?」
「……45ですよ。その、なんか何でも知りたがるんですね」
 私は少し、この男の態度にイラッときていた。私だって、半ば無理矢理に気持ちを切り替えて仕事をしているのだ。だというのに、この男は知識欲を優先して根掘り葉掘り尋ねてくる。心を荒らされているような気分だ。
 外から来たんだかなんだか知らないが、私はもう、この人のことがあまり好きではなくなり、同情していたのも馬鹿らしくなり始めていた。
「45だって!? それで大往生ってどういうことなんだ!? おかしいじゃないか!!」
 何がおかしいというのだろう。この人は本当に学者なんだろうか。言っていることがよくわからない。祖父は随分と長生きをしたじゃないか。
「君も、いや他の店や仕事をしているひとも見させてもらったが、みんなそうだ。若すぎる! どうなっているんだこの村は!?」
「あの……もう出ていってくれませんか?」
「…………え?」
「さっきからあなた、失礼です。こっちは祖父が亡くなっているんです。さっきの女性は幼なじみを失ったんです。悲しい思いをして、それでもこうやって仕事をしている。なのに、あなたはなんなんですか? どうせ買うものもないでしょう。出ていってください」
 強い語気で言うと、彼は黙りこくり、数秒の後、私に深く頭を下げた。
「すまない。たしかに君の言うとおりだ。傷つけたことを申し訳なく思う。ここも出ていこう。すまなかった。だがひとつだけ、最後に教えて欲しい」
「…………なんですか?」
「マリアン・ホーネッカーという人物を追っている。心当たりは?」
「ありません。もういいですか?」
「十分だ。申し訳なかった」
 彼はそう言ってもう一度深く頭を下げると、店を出ていった。
 以来、彼はここを訪れていない。近所付き合いのある人の話でも、顔を見ていないということだから、どうにかして帰ったのだろう。
 それでいい。あの年で、あんなにも声を張り上げるなんて。
 外の人は、おかしなものだ。

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