PandoraPartyProject

SS詳細

面倒くさい女/面倒くさがりの男

登場人物一覧

ディルク・レイス・エッフェンベルグ(p3n000071)
赤犬
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)

●苦手なタイプI
 扱い易い女は最高だと思う。
 ちょっと優しい言葉を投げてやれば簡単にコントロールが利く。
 眼の前のロクデナシの本質を見ようともしないで、子供の手首をひねるより簡単に思った通りに動かせる。
 何せ彼は目の前に星が散る位の『いい男』だから何の苦労もなく、何の疑いも無くそれ位はやってのける。
 これまでも、恐らくはこれからも。
「――で、お嬢ちゃん」
 故にディルク・レイス・エッフェンベルグ (p3n000071)が目の前で悄然とした顔をするエルス・ティーネ (p3p007325)にやや剣呑な視線を向けたのは実に珍しい出来事だった。
 先述の通り、海千山千のラサ傭兵商会連合の事実上の首魁として、誰かをコントロールする中でも自分の事を好きな女等というものは一番手っ取り早いからだ。
 そしてこのエルスという名の女は彼にとってどうしようもなく簡単な一番手である。
「申し開きがあるなら聞くがね」
「……………その」
 執務室の机に片肘をつくディルクの目前に座らされたエルスの頭上にぺたんと垂れた犬耳を幻視する事は難しくない。
『主人』の明らかな不機嫌に当てられて、どうしようもない位に戸惑っている。
 
 同時に酷く自罰的な彼女は何が原因であろうとも、それは己の失点であると承知するしかないのだが――
「……あの、申し訳ありませんでした。私が到らないばかりに、今回の仕事で……」
 逃げ出したくなる位の気持ちで絞り出された声は強い謝罪の色を帯びていた。
 事の始まりは数日前の出来事である。

 ――ディルク様! 私、随分強くなりましたよね!?

 ――ん? ああ、まぁ。そこそこじゃねーの?

 ――そ、そこそこ……

 ――まぁ、俺の敵じゃねぇしな。だからそこそこだ。

 ――むう……

 ――でもまぁ、そこそこである事には違いない。お嬢ちゃんの言いたいのは赤犬の話だろう?

 何年か前にエルスはディルクに『赤犬』入りを懇願した事があった。
 その時には大意を言えば『足手まといはいらない』と一蹴されたものだったが――
 時を経たエルスはひとかどの実戦経験を積み、破竹の勢いを持つローレットの中でも主力と呼ばれる位に成長していた。

 ――まぁ、お試し位はしてやるか。

 ――!!!

 ――今度、赤犬が遠征に出る。お嬢ちゃんもついてってみな。

 このディルクの言葉がエルスにとって望外であり、特別極まりなかったのは言うまでもない。
 彼女がこの砂漠の国の自由な気風に惹かれたのは確かだ。拠点とするラサの繁栄や平和を祈って止まないのも間違いのない事実である。
 だが、そんな『建前』はディルク・レイス・エッフェンベルグ個人に捧げる想いと愛を前には如何にも軽く、語るに落ちる。
 
「……呆れるな、この期に及んでそう来やがる」
「……え?」
「何一つ分かってねぇのがいい加減ムカつくぜ」
 ディルクは相手によって硬軟を使い分ける。
 砂漠の傭兵は商人の色合いをも帯びており、より有利に事を運ぶ為なら幾らでも化けてみせる。
 故にローレットの――取り分けエルスの見てきた彼は、本来の彼の中でも何時だって『甘口』に寄っていた。
 少なくとも吐き捨てるように言うディルクの姿はエルスにとって見慣れないものである。
「……っ……」
 思わず胸が詰まって鼻の奥がつんとした。
 泣き出せば歯止めが利かなくなりそうだったから辛うじて堪えたが、エルスは彼の中にある失望から尚更自己嫌悪を強めざるを得ない。
「サービスだ。最初で最後だ。『先輩』からお嬢ちゃんに人生のいろはを教えといてやる」
「……はい」
 処刑台に上るような心持ちで暗鬱なエルスは頷いた。
 ラサにはもういさせて貰えないかも知れない、と思った。
 少なくとも彼はもう自分に気安くしてはくれないのだろうと絶望した。
 優しい言葉を向けてくれる事も、意地悪くからかわれる事も、悪戯のように口付けされる事も――
「お嬢ちゃんは今回何をした?」
「赤犬の先遣隊で、ターゲットに遭遇しました」
「……それでどうした?」
「友軍と一緒に応戦しましたが……亜竜は強力で、劣勢になりました」
「それで?」
「……退却を命じられましたが、聞き漏らして……その場で戦いました」
「で?」
「何とか撃退しましたが、怪我人が出てしまいました」
 長い脚を組み替えたディルクが身を前に乗り出した。
 ぬっと手を出し、エルスの細い腕を取る。真新しい包帯には薄く血が滲んでいる。



●苦手なタイプII
 扱い易い女は最高だと思う。
 ちょっと優しい言葉を投げてやれば簡単にコントロールが利く。
 眼の前のロクデナシの本質を見ようともしないで、子供の手首をひねるより簡単に思った通りに動かせる。
 俺はいい男だから万に一つも失敗なんてない。軽く、簡単に上手くやるさ。
 嗚呼、くそったれ。相手が面倒くさすぎる――大苦手なタイプじゃなかったら!
「……っ……!」
 言葉を向けられる度、面白い位に肩をびくつかせるエルスにディルクは深い溜息を吐き出した。
(……どうやらこのお嬢ちゃん、本気で理解してねぇらしい)
 それは百戦錬磨のプレイボーイを自認するディルクですら理解出来ない『阿呆の極致』である。
 どんな美女も軽く口説き落としてきた自信家は、初めて直面する『真の阿呆』の間抜けっぷりに本気で目眩を禁じ得なかった。
「どうして退かなかった?」
「折角赤犬に認めて貰えて――チャンスだと思って。皆さんも戦っていて、私は……」
「命令が降りただろう」
「……それでも、ラサの為に死ねるならって」
 頭を振ったディルクはその所作でまたこびりつく頭痛を追い払う。
「……お嬢ちゃん、アンタなんでそんなにラサに拘る? 旅人のお前からすりゃたかが数年の付き合いじゃねぇか」
「あなたがいる国だし――ここは自由を教えてくれた国だから」
「だから、命も要りませんって」
「はい。一度は死にかけた身で――命を惜しむ心算はありません。
 私はディルク様は――ラサに何かあったとしても、生きる事を優先とした選択をされると信じています。
 だから私はその時、自分が出来る事をやりたい」
 言外に滲むのは『例えこの身がどうなっても』だ。
 ディルクは何度目か特大の溜息を吐き出した。
 徹底的に――徹頭徹尾、芸術的なまでに何一つ。
 この女は物事の理解というものを知らないらしい。

●苦手なタイプIII
「気に食わない理由を結論から言う」
 死刑宣告を聞くような青ざめた面持ちで自分の顔を見るエルスにディルクは心底辟易した。
 しかし、これまでの短いやり取りから目の前の女が胡乱な物言いで通じない『阿呆』である事は確定している。
 故にディルクは今日、趣味でもない悲惨な物言いを強いられる事を理解していた。
「一つ。現場で指揮系統を無視するんじゃねえ。
 納得出来る出来ないに関わらず命令は遵守しやがれ。『掛かってて』聞こえないとか冗談きついぜ、ド素人」
 返す言葉もなくエルスは唇を噛んだ。
 やはりもうディルクは自分を信じてくれないのだろうと涙ぐむ。
「二つ。戦い方が気に入らねえ。
 アンタ、何時も身の置き方が雑なんだよ。
 俺を理由にするな。ラサを理由にするんじゃねえよ。
 子供染みた執着ばかり口にして――諦め顔でやる気のねぇ生き方するんじゃねえよ。
 ラサや俺を分かってるって言うなら、泥水啜ってでも生き残る心算でいやがれ、ド素人」
 エルスが繰り返し口にする滅私と自己犠牲は偏に彼女の人生についた疵が言わせる『後ろ向きな救済』である。
 彼女は何時も自分にとっては望外と言える素敵な終わり――例えば『好きな人の為の最期』を否定し切れない。
 一度はずたずたになった心が、諦念が薄い希死念慮となり彼女に纏わり付いていた。
 健やかなる時も、病める時も。ある種で彼女は緩やかな死神を振り切れていない。
「……続けるぞ」
「……………はい」
 目元を拭ったエルスは頷いた。
 最後ならば刻みつけねば、とせめて心を奮い立たせていた。
「三つ。コイツが一番だ。
 
「……へ?」
 これまでと幾分かトーンの変わったディルクの台詞にエルスは少し間の抜けた声を上げた。
「納得するしねぇじゃねぇ。命令は守れって言っただろうが。
 俺の女が俺に断りもなく勝手に傷物になってんじゃねぇよ。
 ……ったく、何の為にお守りをつけてると思ってやがる」
「……はい?」

「――――」
「二秒で答えろ」
「はい! ディルク様の女です!!!」
「宜しい」
 頷いたディルクはエルスの頭が後ろに揺れる位に強烈なデコピンをした。
「……んぐ!」
「お嬢ちゃん、二度と生きるだ死ぬだ言うんじゃねえぞ。
 1500
 俺を満足させるんじゃねぇのかい?
 どうしても死ぬなら、俺が死んでから死にやがれ。
 ……ま、俺の目の前じゃそんな事にはならねぇだろうけどよ」
 ディルクの言葉は露悪な冗句であり、ある意味の本気であり、一族エッフェンベルグの見えない業でさえあった。
 幼く不出来な逃避行為のような愛を語るエルスは何時も危うい。
 翻ってディルクが尊大で我儘に――自分勝手な情を語るのは慰めであり、窘めであり、忠告だ。
 何時壊れるかも知れない硝子細工のような少女の在り様は彼にとって許し難い事実であった。
『成り行き上とは言え』、『些か青臭いとは言え』、『一人の女に縛られるなんて真っ平御免とは言え』だ。
(……嗚呼、遠い爺様の有様を笑えねえ)
 至上の人の良さと悪さが何時だって同居している――
 関われば危ない誘蛾の炎に違いないのに、その癖煌々と裏表が無い。
 手を付けてしまった女が勝手に不幸に転がるのはどうしても放っておけないのもまたエッフェンベルグの男だった。
(ディルク様は――私が心配だっただけ……?
 あのディルク様が、私の事なんてどうでもいいと思っていたのに)
 エルスの偏りは盲目に近しい。
(……私が自分を大切に出来ないから……怒ってくれた……?)
 あの世界一の傭兵が。自分の方が大事だと言っている。
 ……まぁ、多少の失敗は全てリカバリー出来る腕前があるからかも知れないが。
「俺の女だろうが」
 コクリと頷く。
「お前、もうちょっと自信を持てよ」
「……はい」
「俺が好きなら、ラサに恩を感じるならちゃんとしやがれ」
「……はい」
「俺より先に死ぬんじゃねえよ」
「はい」
「命令したからな」
「はい!」
 無骨な掌が黒髪をわしわしと撫でた。


 頬を紅潮させ、涙をぼろぼろと零すエルスの顔にディルクは天井を仰いだ。
(嗚呼、本当に最悪。何てらしくねぇ台詞だこと。
 何の罰ゲームだ、カッコ悪ぃ――)
 ディルクはレオンに見られなかった事を心底感謝した。
 相棒の方も『本気になってよ』だの何だの見られたくないシーンは山程あるが置いといて。
 何が悲しくて天下の伊達男、世界一の傭兵、獰猛なる赤犬――
 ディルク・レイス・エッフェンベルグが子供をあやさなければいけないのかと。
 彼は心底、心底から嘆きに嘆いている。
 実際問題、他にどう言えと――彼の手管をもってしてもど真ん中の棒球以外思いつきもしなかった。
(……とは言え)
 心身の中心に蟠り続けた澱を追い出すかのように涙を零すエルスの顔を見ていれば、それも良い。


 ――Happy Birthday.

 ディルクは内心だけで「今日だけは勘弁してやるか」と嘯くだけ。

  • 面倒くさい女/面倒くさがりの男完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月06日
  • ・ディルク・レイス・エッフェンベルグ(p3n000071
    ・エルス・ティーネ(p3p007325
    ※ おまけSS『好み』付き

おまけSS『好み』

●ワロス・オルタ
「ディルク様って」
「あん」
「どんなタイプが好きなんですか?」
「自信家で」
「はい」
「華やかで」
「……はい」
「凛と強くて」
「……………はい」
「迷わない」
「……………」
「当然美人の大人の女」
「……わざと言いましたよね!? 今のこれ!!!」
「あん? 美人だけは合ってるだろ?」
「――――」

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