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終幕、そしてアンコール
登場人物一覧
整備された石畳に設置された街灯の光がゆらゆらと揺れている。
小綺麗な服に身を包んだ人々がカツンカツンと石畳を踏む音が響く。
そんな世界から隔絶された薄汚い路地裏で、一人の子供が転がっていた。
細い体躯を覆う汚らしいぼろ布からは至るところに生々しい傷跡が残っていて、一瞥すれば死体のようにも見える。しかしよくよく見ればゆっくりと上下する体は、その子供が確かに生きているということを証明していた。
朝になるとその子供はもぞもぞと動き始めた。フラフラとしながら壁に手をついて身を起こし、周囲を見渡す。路地裏から見える大通りには仕事に行くであろう人々が多く行きかっていた。そちらとは真逆の路地裏の奥に行くと、そこには自分と同じような格好をした子供が見えた。違う点といえば冷たくなっていることだ。
今回はアタリのようだ。
手頃な石を周辺から拾ってきて死体に振り下ろす。余り肉はついていないが四肢を合わせれば十分な量になるだろう。関節を何度も何度も叩いて潰して引きちぎった。先ほど寝ていた場所まで持って帰らなければ、ここに長居をすると厄介ごとに巻き込まれかねない。
暗闇に潜み、同じ人間の肉を食らう、さながら怪物のような生き方だ。だがこのような方法しか知らない。否、知っていたとしても出来ないのだ。
職はなく人間の食べ物は買えず盗めば殺される。残されたものといえば残飯だが、そこではそれを狙うライバルたちとの殺し合いが始まる。その熾烈な争いは身をもって体験した。最終的に口に入れられるものが人肉だけだった。全身を血で汚しながら肉を嚙み千切る。決して美味いものではないが既に気にならなくなっていた。
足を食べきり、二本目の腕を食べていた所で路地裏で聞きなれない靴の音が聞こえた。路地裏にいる者は靴なんて高価なものは持っているはずもない。顔を上げると上等な服を着た富裕層であろう男がこちらに向かってきていた。
「ヴァァ……!」
気まぐれに嬲りに来たのだろうか。そういう輩は時々現れる。せいいっぱいの威嚇をするが男は気にした様子はなく歩みを進め自分の目の前で止まった。
「人の肉を食らい獣のような唸り声をあげるか、ふむ、これくらいがちょうどいい。ついてこい」
しかし、子供は動きはしない。
「言葉がわからんのか。まぁこんな環境であれば珍しくはないか。手荒な方法になるが仕方がない」
男が子供を蹴り上げ、子供が意識を失う。その後、路地裏に残されたのは血にまみれた食べかけの子供の腕だけだったがそれもすぐに他の子供に持ち去られた。こうしてまた一人路地裏から子供が消えた。この世界に誰もそれを気に留める者はいない。
●
「起きたか」
鉄格子の嵌められた部屋で目が覚めた俺を品定めするように男が鉄格子の先に立っていた。
後で分かったことだがこの男はこの町で有数の権力者だったらしい。
俺はそこで裏稼業、いわゆる汚れ仕事をさせるために拾われたんだ。まずは言語から叩き込まれた。反抗すれば殺されることはわかっていたし、従順であればそれなりに、路地裏であれば考えられない質の生活ができた。表向きは主人に仕える執事として、裏では政略の駒として生きていくことになった。既に人肉を食らうほど倫理観が壊れ、生きるために何でもする子供がちょうどよかったのだろう。俺も最初から裏の仕事に抵抗などはなかった。人を殺し、騙し、拷問し、そうするうちに私はその世界へと適応していきました。
そうして主人はついに国の中枢にかかわるまでに昇り詰めました。しかしそのころには主人の体は不治の病に蝕まれていました。徐々に肉が落ち皮だけになっていく主人は己の死期を悟り、家を取り壊し始めました。
「どうして今まで築いた地位も名誉も捨てるのでしょうか?」
「俺ァ自分で手に入れたモンを他人に利用されるのが我慢できねぇんでな、死ぬ前に全部真っさらにしてやろうってわけよ」
ニヤニヤとベッドの上で主人が笑う。
「これに気付いた上のやつらの顔を見るのが楽しみだぜ。そうだ、お前もここで死んでいけ」
「お望みならば」
路地裏で野垂れ死ぬだけの自分をここまで育ててくれた恩は感じている。主人の最後の望みとあらば地獄まで連れ添おう。
そう思い、常備しているナイフを取り出す。
「あー、ちげぇよ実際に死ねってことじゃねぇ。俺の育てた俺の執事が死にゃいいんだ。俺の執事は俺のモンだ」
「どういうことでしょう?」
主人は少し考える素振りを見せた。
「そうだな……よし、俺が死んだらお前はどっかに言っちまえ。俺を知るやつらに見つからねぇ遠いとこにな。あとは……そうだ名、名も捨てろ」
「名、ですか」
「おう、今の■■■■はここで死ぬ、代わりは……フォークロワ、フォークロワ・バロンって名乗れ。滅多にやらねぇ退職金代わりだ。嬉しいだろ?」
滅多にやらない、というがそもそも退職できる時まで生きていること自体が稀な為である。
「それは光栄です。で、遠方に行った後どうすれば?」
「知らねぇよ。自分で決めな、そいつはもう俺の執事じゃねぇんだ」
「自分で……」
●
そのすぐあと、主人はなくなりました。
屋敷と共に火葬してくれという最後の命令を聞いてから上の者の顔を見に行くと主人の言っていた通り凄い顔をしてらっしゃいました。これを見れなかった主人はさぞ悔しがっているでしょうね。
一通りの身支度を済ませ、遠方に向かう駅に行く道すがら路地裏から音が聞こえました。その路地裏を覗くとぼろ布をまとった子供がネズミの死体を齧っていました。
そこで私はいくつかの食べ物を投げました。貨幣を渡したところで汚らしい子供にモノを売る商魂たくましい店などありはしませんから。
顔を上げ、食べ物を投げた私の顔を見た子供からは疑惑、恐怖の感情が見て取れました。
「別に毒など入っていませんよ。あぁ言葉が通じませんかね。まぁ構いません。それを食べようが捨てようが貴方の自由です」
そう言ってから駅に向かいました。この行動に意味などありません。あの子供がどうなったかなんて興味もありません。あれはただの気まぐれ、しかし今思うと無意識に主人と自分を重ねていたのかもしれませんね。
そのあとすぐこちらへ呼ばれたので確認しようもありませんが今となっては少しあの子がどうなったか知りたい気もします。
「いかがでしたでしょうか、私の身の上話は、余り楽しい話ではなかったでしょう。ただ、貴方の寿命が少しでも延びたという点では嬉しいのかもしれませんね」
ーーーーそれでは、さようなら