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イカサマ占い師の恋愛相談
登場人物一覧
「そこの貴女……そう、今少しうつむいていらっしゃる貴女。少しだけよろしくて?」
夕暮れ時の、とある町の街灯の下、チェル (p3p005094)は今にも泣きだしてしまいそうな女性を呼び止める。
いかにも悩み事がありそうな女性は、チェルの声を聞いて足を止めた。
「なんだかとても辛そうなお顔をされていらっしゃるわ。わたくしでよければ、お話を聴かせていただけないかしら」
目の前の
──同い年の恋人がいること
──彼は画家を目指していて、遠い所へ行こうとしていること
──彼としては遠距離恋愛で関係を続けたいが、彼女としては傍にいたいこと
「……成程。応援したい気持ちはあっても、愛しい人と離れたくないというのも、分かりますわ」
チェルはうなずくとカードを混ぜ始めた。
「わたくし、こう見えて占い師をしておりますの。どうです、占っていかれませんこと?」
藁にもすがるような思いだったのか、女性は縦に首を振って、お願いしますと小声で頼んだ。
一呼吸おいて、チェルはカードを1枚めくる。
「魔導士のカードですわね。このカードが意味するのは『転機』」
「てんき……雨とか晴れとかの?」
「それは『お天気』ですわ! わたくしが言いたいのは、何かが変わるきっかけでしてよ」
こほん、と咳払いをすると、チェルは続ける。
「いつの日か、お二人の間に『選択』を迫られるような日が来ることでしょう。その時こそ、ちゃんとお互いの思いを伝えるべき時だと思いますわ。」
勇気のいることだとは思いますが、頑張ってくださいまし。
その日、チェルは女性を笑顔で見送った。
数日後。
女性がまた訪ねてきた。しかも、嬉しそうな顔で。
彼女はチェルに一枚の絵を見せて、小さな子供のようにはしゃぐ。
「彼が、私の誕生日に絵を描いてくれたんです。そしたら裏に、今度話があるんだって。こんなの初めてで……これって、転機じゃないかと思って!」
「これを転機と言っていいのかは分かりませんが……とにかく良かったですわね? 折角ですし、貴女の方から彼に何かプレゼントを贈ってみるのはいかが?」
「プレゼント、ですか……どんなものがいいでしょうか。ちょっと個性的な人形、とか?」
ぷっ、とチェルは吹き出しそうになった。
「人形は少し驚かれてしまうのではなくて?……彼の好みを聞いてみてはいかが?それこそお互いに話すきっかけになりましてよ?」
確かに、と女性は頷くとチェルの話を最後まで聞かずに近くの雑貨屋さんに向かっていった。
それからまた、数日後。
女性は嬉しそうに、でも少し寂しそうに、チェルのもとを訪れた。
「彼の絵が有名な人に気に入られて、遠い所に引っ越すことになったんです」
チェルには、彼女が少し迷っているように見えた。
一緒にいたいのであれば、ついていく選択肢だってあるだろうに。
「それで、貴女はどうしたくて?」
まっすぐ目を見て、彼女を確かめるように問いかける。
女性は懐から小さな箱を取り出し、チェルに中身を見せた。
その中には、銀色に光る綺麗な指輪がちょうど良い位置に収まっている。
「これが、私の気持ちです」
──いやいや、ちょっと極論の選択ではありませんこと?
顔を赤らめる女性に、そんな戸惑いを隠しながら、チェルはにこりと笑いかけて答える。
「それなら、貴女のその気持ちを、大切にしてあげるべきではなくって?」
貴女にとっての転機でしょう?
チェルの言葉に勇気づけられたのかはわからないが、女性は何かに気づいたようにハッとして、一瞬ペコリと頭を下げると、走ってきた道を戻っていった。
更に一月が経ったころ。
女性がまた訪ねてきた。
彼女曰く、お礼を言いたいとのこと。
──彼と、話をしました。結局、すぐに結婚ともいかず。彼も遠くに行ってしまったのですが、夢は応援したくて。
チェルが女性の左手を見やると、薬指にそれはなかった。
「必ず幸せにするよ」と、彼は言ったそうなのだが。
そんな彼女は、友達に惚気るようにチェルに彼からの手紙を見せた。
──大好きで愛おしい君へ
無事に整理も済んでアトリエで一枚目の絵を描き始めたよ。
出資してもらっている以上、しっかりと色んな人に覚えてもらったその時に、君を呼びたいと思う。
無理を言って、寂しいをさせてしまってすまない。いつか必ず、二人で暮らそう。
(追伸)
人形ありがとう……ちょっと、個性的だったね。
え、結局人形を送りましたの……?
そう思いながら、ふと彼女の
彼女に聞こえない声でチェルはぽつりと呟く。
「この世に、必ず、というものはありませんのに。」
これ以降、女性はチェルの元を訪れることはなかった。
彼女が結ばれたのかを知っているのは、誰もいない。
おまけSS『愛する人へ』
◆◆へ
そっちは、どうですか。
今頃は、一枚目の絵が出来上がっているころかしら。
指輪を渡そうとしたとき、受け取ってくれなかったときはどうしようかと思ったわ。
だって、私たちこんなに愛し合っているはずなのに……。
でも、貴女の夢を応援しようと思ったのも、本当の気持ち。
だから、ね、いつか、絶対に……
○○より
「絶対に、か……」
男は手紙をたたんで、窓から外の景色を見遣る。
暗い空が、静かにしとしとと雨を降らせ、遠くでは稲光が見える。
「今は、君の気持ちに応えることはできない。こんな
悲しそうに男は笑うと、キャンバスに向かって絵を描き始めた。
「せめて、俺のあきらめがつくまでは、夢を追いかけさせてほしい」
一心不乱に、筆を滑らせる男が一人。
飾られているキャンバスには、ただ一人の愛した