PandoraPartyProject

SS詳細

欠けた月/満ちる太陽

登場人物一覧

ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
御天道・タント(p3p006204)
きらめけ!ぼくらの

●六月の雨
「……何も変わってないんだね」
 小さく零したジェック・アーロン (p3p004755)の言葉に御天道・タント (p3p006204)は「ええ」と頷いた。
「変わらない。随分時間が経ったのに――始まりの場所は始まりのままなんだ」
 しとしとと地面を叩く大粒の雨はまるで天が流す滂沱のようだ。
 些か感傷が過ぎる考えかも知れないが、確かな傷みを刻んだその場所に立てば――気の所為すらも本当の事に思えてくる。
 森の中の古びた廃屋はジェックにとって終着点と開始点、全く属性を逆にする二つの強い意味合いを持っていた。
 結局、最初から最後まで徹頭徹尾分かり合う事なんて出来なかった『憎たらしい』異父弟おとうとの眠る場所は、長らく拘束具ガスマスクに支配されていたジェックの解放そのものでさえあった。敢えて訪れて弟の冥福を祈る位に温かい関係では無かったけれど。きっと最後まで欠けたままだったその月をずっと無視出来る程にジェックは割り切れていない。
 だから、ジェックは告げたのだ。二人の記念日――奇しくもそれはジェイドの命日でもある――にあの場所に行きたい、と。
「……ジェック様、大丈夫です?」
「うん」
「私は――御家族への理解という意味ではジェック様の気持ちに寄り添う事が難しいかも知れませんが!
 その、私はもうジェック様の家族のようなものと言うか、そう思っていると申しますか……」
「……ふふ」
 不器用な慰めの言葉にたっぷりの情が滲んでいた。
 タントの顔は、目は、かなり分かり易い言葉以上に彼女の意思を伝えている。
「『大丈夫だよ』」
 淡く微笑んだジェックの指先がタントの頬にそっと触れた。
 実際の所、慮るように上目遣いで自身の顔を覗き込んだタントに頷いたジェックは無理をしている訳ではなかった。
『少なくともジェックはべたついた感情で弟の死を悼んでいる訳ではないのだから』。
「むしろ、変わっていない事に安心したんだ」
 黒々と茂った梢の向こうに太陽は見えない。
 ぐるりと回った廃屋の傍には如何にも手作り感のある小さな墓が設えられている。
 それは他ならぬジェックが仲間達と共に埋葬した弟の居場所である。
「やい、生意気な弟。来たんだから感謝しなよ」
 ジェックはそんなささやかな墓に野辺の花を一輪捧げる。
 やや冗句めいた言葉は彼女の気丈さであり、タントに心配をかけまいとする気持ちの現れか――
「……本当に心配しないでね?」
 家族への恩讐に意味はあっても、それはジェイドの抱えた決して埋まらないピースでは無い。

「……」
「多分、アタシは確認したかっただけなんだ。
 きっと、何回来ても同じだと思う。
 季節が巡っても、この先何が起きてもさ。
 ジェイドは断絶した未来で、アタシには交わらないものだったんだって。そう思う――
 ――でも、それでもね。多分アタシは時折こうして確認したくなるんだ。『ここが違う』って事だけをさ」
「ジェック様」
「アタシの家はタントの家だけだよ。今日までも、今日からもずっと。
 ずっと、ずっと先まで。アタシがおばあちゃんになっちゃっても一緒。ずっと居たい場所だから」
 過去の出来事、些か不幸な行き違いを彼女はきちんと消化している。
 今日ここを訪れたのも、『あくまで彼女が彼女自身の為に』もう誰にも省みられる事の無い彼を一人にしたくなかっただけだ。
 感傷が無いとは言えないが、誰が為であると語りたくないのはジェックの少女性の為せる技かも知れない。
「タントのいるところが、アタシの帰る場所だから――」
「――ジェック様!」
「わ!?」
 視線を再びジェイドに向けたジェックの背中にタントがぎゅっとしがみついた。
「どうしたの!?」と尋ねるまでもなく、心優しい太陽の少女の気持ちは分かっていた。
 傷付いて、強がって――湿ったジェックの気持ちを乾かそうとするタントは今日もタントであるだけだ。
「ジェック様は絶対に幸せになりますわ!」
「う、うん……」
 やぶからぼうの勢いにジェックは思わず気圧された。
「ジェック様には私がついておりますもの!
 これでも、私! 太陽の娘ですのよ!? きらきら輝く――この煌めきはこんな雨なんかに負けませんの!」
「……うん」
「こんな雨雲――思い切り、蹴っ飛ばして差し上げます!
 ジェック様の未来を幸せで満たすのが、きっとわたくしの生まれた意味ですから!」
 あまりにあんまりで、乱暴で――力一杯の宣言にジェックは思わず破顔していた。
 何の事はない。彼女も不安なだけだ。かつての自分と同じように。
 
「幸せにしてくれる……?」
「はい! 必ずや! ずっとずっときらめき満点の日々ですわ!」
 試すように聞いたジェックにタントは小さな胸を張った。
「タントはアタシが幸せにする。タントはアタシを幸せにする――じゃあ、約束ね?」
「ええ、ええ。約束……ふふっ、改まると面映ゆい気もいたしますけれど……
 ふふふっ、これって――何回目の約束ですかしら?」
「忘れた。沢山したのだけは覚えてる」
 おままごとのような茶番劇も心新たに宣言すれば毎度毎回新鮮な意味を持ってしまう。
 互いに我ながら『馬鹿げている』と思っても、『そうなのだから』仕方ない。
 何度何回繰り返した約束もその度に常に特別で、胸の中を温かくする特別な言葉の価値は幾ばくも曇るまい。
「……雨、止みそう」
「オーッホッホッホッ! 早速効果覿面という訳ですわね!?」
 季節柄、止むとは思えなかった雨が気付けば小降りになっていた。
 頭上を覆っていた厚い雨雲はタントに恐れを為したのか随分と薄くなり、幽かな光を森の中の光景に届けている。
「……ねぇ、タント」
「オーッホッホッホッ……どうしましたの?」
「キスしていい?」
 突然の言葉に可愛らしく目をぱちくりとさせたタントの顎先を余りにスムーズにジェックの指先が持ち上げた。
 言葉は質問の体をとっていたが、このジェックに『待ち』はない。
 狙撃手は執拗に粘り強く好機を待つものではあるが、同時にシュート・チャンスを見逃さないものでもある。
「――」
「――――」
「――は……」
「は?」
「早業、でしたわ……!」
 咄嗟に目を閉じたタントとジェックの唇が触れ合ったのは一瞬の出来事。
 しかし、二人にとっては実に特別に――『長くも感じられた刹那』だったに違いない。
「……う、うう。してやられた気がしますわ……!」
 決して嫌ではない――むしろ嬉しい。歓迎で、益々惚れ直すのは間違いないが、タントの顔は真っ赤である。
「えへへ。したくなっちゃった」
 はにかんで笑ったジェックもそれは同じで、余りに愛らしいタントの姿に自分まで照れてしまった風。
「……」
「……………」
「……もう一回、いたします?」
「……………うん」
 今度はタントが背伸びをする。触れる程度の口付けはやはり甘やかで。
 今度は受けたジェックの胸は一杯になった。

 ――あーあ。

(……気の所為?)
 それはきっと気の所為なのだろう。
 気の所為に違いないのだが――

 ――弟の前でイチャイチャかよ。ホント、お前って勝手な『姉』だよ! とっとと帰れよ、もう来るなよ!

 ――ジェックの聞いた幻聴からは確かに険が消えていた。

  • 欠けた月/満ちる太陽完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月02日
  • ・ジェック・アーロン(p3p004755
    ・御天道・タント(p3p006204

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