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エスコートは紳士的に
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――突拍子もない依頼で申し訳ありませんが、夜妖の捕獲を行いたいためにパーティーへと同行して欲しいのです。
以前、エスコート頂けると仰ってたので……パートナー役としてご同行いただけると嬉しいのですが。
澄原 晴陽が國定 天川にそう頼んだのは、近頃はカウンセリング等で関わる機会が多かった事や年齢的に『澄原の令嬢』のエスコート役には適任であろうという認識だったからだ。
勿論、『希望ヶ浜怪異譚』に於ける調査に積極的に参加する彼は晴陽が可愛がっている従妹の水夜子の世話を焼いたり、両槻の花見から開始された調査にも積極的に赴いてくれている。仕事があれば、と声を掛けてくれたこともあり頼み事をしやすい相手であったことも確かであった。
「先生、パーティーにはどんな服装で行くんだ?」
「服装、ですか」
打ち合わせの為に訪れていた天川に晴陽は「ふむ」と呟いた。衣装持ちと呼べる程ではないが恥ずかしくない程度には所有しているはずだ。伽藍堂ではないクローゼットの中身を思い出しながら晴陽は「何か懸念がありますか」と逆に問い返した。
「いや、パートナー役としての指名だろ? それなら違和感のないコーディネートをしていた方が良いだろうからな」
「それは確かに。……天川さんは着用予定の物はもう見繕われましたか?
なければ私の既存のドレスに合わせるか……いえ、違和感を拭うなら同じテイストのものを新調した方が良いか。出掛ける時間はありますでしょうか」
淡々と言葉を発しながらも目の前のパソコンでスケジュールを確認する晴陽は午後からは大した予定が入っていないことに気付いて顔を上げた。
白衣を脱ぎ上着を羽織れば直ぐにでも出掛けられそうである。天川はジャケットのポケットから手帳を取り出してから「今からは空いてる」と返した。
適当な店で軽食を取ってから店舗に向かう提案をした晴陽に「サンドウィッチ以外を食べた方が良い」と天川は嘆息した。
手軽に摘まむ事が出来るからと軽食ばかりを好むとは従妹の少女から聞いていたが、栄養バランスも悪そうだ。晴陽は天川を眺めてから「鉄心さんにも仰られましたか?」と問うた。
「鉄心か……まあ、注意する事位はあっただろうな」
「なら私もその言葉に従いましょう。『弟』とは大切にするものですから」
表情に余り変化はないが――晴陽が驚く程、自慢げに言葉を発した事が天川には分かった。
刑事としての長年の勘もあるがカウンセリングなどで互いの心境を吐露し合う事もあってか彼女の僅かな感情の機微を察知できるようになった気さえする。懐かない猫が懐いた心地か、それとも――何とも言葉に出来ず天川は顎を指先で掻いた。
「パスタは如何でしょう? 水夜子が美味しいと言っていた場所なんですが」
「ああ、構わない。ランチタイムで混み合ってなければ良いが……」
「多少待つ程度ならば辛抱は出来るでしょうし、その間にどの様な服を選ぶかを各自で考えておくのも良いですね」
ランチを食べ終えてから、晴陽が仕事用に使用するaPhoneに来ていた通知を確認する作業を一瞥して「ちょっと先に一服してくる」と天川は席を立つ。喫煙を行う配慮だと認識し晴陽は「ごゆっくり」と目線を落しながら返答した。
喫煙様にコーナーを設けてくれていたカフェの片隅に向かう事無く、天川は伝票を手にレジへと向かった。会計を済ませてから少しの頃合いを見て席へと戻る。
「先生、もう大丈夫か?」
「はい。お待たせしました。午後の確認だったようで。次へ――……天川さん、伝票は」
「ああ、会計か。もう済ませてある。『年下』と飯を食うんだ、『年上』の面目を立たせてくれよ」
そう言われてしまえば晴陽も弱い。自身より年若いイレギュラーズ達の活動費用やちょっとした外出の費用は自身が払うと晴陽も決めていたからだ。
天川の側からすれば好意を受け取る事を苦手とする彼女に少しでも慣れを与えたかった。無論、割り勘が良いと最初に宣言された場合はそれに従うつもりである。
天川のスタンスは『無理強い』はしない、だ。何事も話すときは自身の事を話しギブアンドテイクの形に持って行く。晴陽にとっても其れが丁度話しやすいのかカウンセリングの際には話が弾むことも多かった。
「……ご馳走になります」
「ああ。その代り、先生が『必要物品』の購入店舗を選んでくれるんだ。その手間賃だろ」
「そ、うですね」
ぎこちなく頷いた晴陽に「案内してくれ」と告げながら天川はさりげなく車道側に立った。距離を余り詰め過ぎない様に配慮し、晴陽が歩きやすい様に気を配る。
彼の配慮に気づける程に晴陽は人と出歩く事に慣れ居ない。寧ろ、『大好きな弟』か其れより年下の従妹を相手にする時には自身がその配慮を行おうと考える側の人間だ。
「少し歩くのですが」
「ああ、構わない。少し考えたが、先に先生のドレスのコーディネートをしないか。男より女性物の方がバリエーションがある。
折角なら全身のトータルコーディネートの方が違和感は出ないだろうな。好みのカラーリングを先に聞いて置いても?」
「そうですね……年齢的にも寒色系統の方が着用しやすい気がします。華やか過ぎない方が良いでしょう」
淡々と意見交換を行いながら到着したブディックに晴陽は慣れた様子で入店した。どうやら澄原家の令嬢として両親に連れられてパーティードレスを選ぶ機会があったそうだ。
デザインも豊富に取り揃えられ実物も確認出来るが、流石に大口顧客として認識されていたのか半個室状態の店舗の片隅へと案内され、飲み物と衣装カタログを店員は慣れた様子で手渡した。
店員はカタログを覗き込んだ天川を一瞥してから穏やかな微笑みを浮かべる
「本日は、お揃いの物をお選びになられますか?」
「ええ。ですからシンプルにテイストを合わせやすければ嬉しいのですが」
男性のバリエーションは女性より少ないと告げた天川の判断通り、先に晴陽の衣装を選んでそこから合わせやすいものをセレクトすることとなった。
かと云ってデザインはペアと言うほどではなく二人でパーティー会場に赴いても違和感がないものを選ぶことを第一に考えた。
試着を行い、アクセサリーなどの細部にまで拘ってから購入を決定した晴陽が支払いへと赴こうとした肩をぽん、と叩いた。
「先生は待っててくれ」
「天川さん、また――」
慌てた様に顔を上げた晴陽に天川はにいと笑う。此処で待機してしまえば此度の買い物は彼が全て済ませてしまうのだろう。
食事代などの安価なものではない。両者の年齢にそぐうようにと其れなりに質の良いものを選んだつもりだ。
「有り難いですが、受け取れません」
「おいおい先生。よく考えてみてくれ。今回の仕事は先生からの依頼だぜ?
当然、先生から少なくない依頼料を貰う。ある意味先生が自分で買っているのと同じだと思わねぇか?」
「ですが、安い物ではありませんし……依頼料は依頼料。此方は必要経費で依頼主が出すべきでは」
流石に引き下がらないかと天川は晴陽を見遣った。元から誰かに頼ることが下手クソなのは『お互い様』だ。
天川自身も自己の心境を吐露できた相手は晴陽だけであり、仲間であるイレギュラーズ達には心配を掛けたくはないと過去については伏せて居る。
だからこそ、晴陽が似た者同士だと感じたのだ。誰かに甘えることも、頼ることも出来ない人間は自滅しやすい。
少しずつでも他人の好意に――それは自分だけのものではない。勿論、天川自身も晴陽を甘やかそうとは考えているのだが。――慣れてくれる事が目的なのだ。
彼女は友人と呼ぶべき存在を多くは持たないだろう。友達だと口にしながらも内心では少し距離を置きたがる。
(まあ、俺に依頼を持ちかけたのは年齢だけではなく、『似た者同士』で話慣れたってのがあるんだろうな……)
カウンセリング切欠で互いに心境を吐露し合う事となった二人は考え方も良く似ていた。年齢を気にする事だってそうだ。
「それでも納得できないなら、いい年したおっさんが、年下の見目麗しい淑女に良い格好をしたい。って理由を付けてみるのはどうだ?」
ぐ、と詰まった。『年上が年下に負担を掛けたくない』という意図なのだろうと晴陽は天川を見遣る。
そうして彼を見上げてから見目麗しい淑女という言葉に気付いて晴陽はそっと目線を逸らした。気恥ずかしさが浮かんだのだ。
「はは! わりぃ。先生をからかうのはこれくらいにして真面目な話だ」
「揶揄って……」
「まあ、聞いてくれ。俺はな、先生を医者として――澄原病院のトップとして――頼りにしているし、敬意も持ってる。
だがそれとは別に……『澄原 晴陽』って一人の人間を信頼しているし、恩義も感じている。
先生が俺をどう見てくれているのかは分からねぇが、ビジネスパートナーって言葉一括りにして割り切る関係って言い張るのは、もう俺には難しい」
それは、どういうと口を挟み掛けてから晴陽は天川の言葉の続きを待った。
基本的なイレギュラーズとの関係性は『知人』もしくは『友人(らしき方。努力をする)』である晴陽は天川に自身の関係を問われたときに『良きビジネスパートナー(友人となるべく鋭意努力中です)』と応えていた。
だが、その言葉では彼が自身との関係を割り切れないというのだ。幾度もカウンセリングや依頼で言葉を重ねてきたからこそ、晴陽はその言葉の続きを待とうと考えた。
「改めて関係を言語化するのも難しいが……少なくとも俺は先生に好感を持ってるし頼られると嬉しい。
それに幸か不幸か、俺達は共に誰かに頼るのが苦手ときてる。さっき言ったような方便で、頼ったり甘えたりする相手がいるのも悪くないと思わないか?
先生に頼りっ放しの俺が言うな! って話なんだがな。ははは!」
からからと笑った天川を見上げて晴陽はぽかんと口を開いた。
「好意ですか」
「ああ。隠す事でもないだろ?」
澄原 晴陽は多様な英才教育と、学生時代から夜妖診療に携わってきた。
特に『高校時代』の一件の後は直ぐに父親に夜妖診療の助手にしてくれと懇願し、猛勉強を行い続けてきた。
それ故に、そうした言葉をどう受け取れば良いのかが分からなかったのだ。
自分が龍成を愛おしく思う気持ちと同じようなものだろうか。自分が水夜子を可愛がるような気持ちと同じようなものだろうか。
「鉄心さんにも?」
「先生は鉄心が気に入ったな」
「まあ、似ているそうですし……弟は大事にしなくてはなりませんから」
――また、弟の話をしたときだけはきはきとした、と天川は苦笑した。彼女が戸惑って仕舞うよりは幾分か良い。
つい、口にはしてしまったが全てを受け止めて「分かりました」と言える程に目の前の女医は人の好意に慣れていない筈だ。
「好意にも様々な種類があると思います。
ですが、そう、ですね……私自身も『似ている』貴方を不快だとは思っておりません。
距離にも幾分か気を遣って下さっていることを分かりますし、心地よい、と思います。……はい、ならば今日は引き下がります」
「おう」
ぽん、と頭を叩いた天川が会計の為に席を立つ。
どの相手よりも頼りにしていたことは確かだ。
カウンセリングに同席し、仕事のツテを求める彼に依頼を行い始めてからの事だ。書類整理に付き合い酒宴の席にも誘ってくれた。
依頼が欲しいと言う営業も度々あり、水夜子の調査依頼である『希望ヶ浜怪異譚』の事前調査を行う万年桜の地や有柄にも向かってくれたそうだ。
度々の仕事の度にお土産を持って帰ってきてくれる事を楽しみにしているのは確かで。
アーカーシュの紹介をしてくれ、『空を飛ぶ』事に恐怖を感じると話せば彼は「何かで体験してみようか」と誘いを掛けてくれた。
気遣われていた事は確かであり、彼が自身の話をしてくれるものだから、ついつい自分も話し込んでしまった所はある。
過去を根掘り葉掘りと問うのではなくあくまでも此方主体に任せてくれていた事から晴陽の当人比で頼りすぎていたのは――そう、確かなのだ。
残された晴陽は「好意って、仔細は何に該当するのですか」とぼやいた後、猛烈に龍成に会いたくなった。
もはや燈堂に居ようが居まいが関係なく、龍成に会いたくなった。
――屹度、弟に全てを話した場合は「姉ちゃんのアレコレに巻込むな」と渋い顔をされるのだろうけれど。