PandoraPartyProject

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罪科

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イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。

●承前、あるいはお約束事の哲学。
 ロボットは人に危害を加えてはならず、命令に服従しなければならず、これらに反しない限り、己を守らなければならない――それはロボットが台頭する以前、人間がまだまだロボットというものに出会う前に考えられた“人とロボットとの関係性お約束”だったという。
 イルミナ・ガードルーンもそれらは記憶メモリの中に記録されており、御伽噺SF小説の中に描かれているもの、という知識として存在していた。
 それは人という主があり、ロボットという従がある。そしてその関係は一切覆ることがなく、ロボットはロボット主のための従者足ることが幸福であると義務付けられている。……というのは創作の世界のものであり、イルミナが存在していた時代よりもはるか昔のことで、現実に即したものでは決してなかった。
 人間ロボットの関係というものは曖昧になっていく。人のというものは大凡おおよそ電気信号で成り立っており、その電気信号を解析していけば、ロボットというものも同様の思考パターンを得ることができる。脳を構成する臓器の代わりに演算器コンピュータを、声帯の代わりにスピーカーを。瞳の代わりにカメラを、固く冷たい四肢を柔らかい素材に変え、冷たくないように熱を入れればもはや人もロボットも遜色ない。失った臓器を機械に置き換え、自分というデータをそこに書き込んでしまえばそれはロボット従者でありながらも自身が人間ひととして君臨するだろう。
 ロボットは人に危害を加えてはならない――人間ひとは、ひとにも、ロボットにも危害を加えて良い。
 ロボットは命令に服従しなければならない――人間ひとは、ロボットを服従させるものだ。
 そして、今のイルミナロボットは、知っている。
 “服従こそが幸福ではない、それはただの教育成果システムでしかないのだ”と。
 そして、今のイルミナロボットは、わからない。
 “人間のデータを流し込んだ機械”は人間なのだろうか。
 “ヒトのような感覚を持ってしまった機械”は、何なのだろうか。
 それはイルミナにもわからないし、この世界……否、この世界の外であっても答えを持たないものだろう。なぜなら、自分が何者であるかという哲学フィロソフィは生涯立ちはだかるもので、その境界がわからないままでは、一生それは解決しないのだから。

●夜闇のしとしとはしとねに溶けてゐく

 五月。
 随分と過ごしやすくなったように錯覚するが未だ寒暖差が激しく、夕方から夜になれば冷え込むといっても昼間の暑さには耐えかねるものがある。制服の切り替え期間が始まるのは数日後だというのに真夏のような太陽がジリジリとアスファルトを焼いた今日は、代わりと言ってもいいぐらいに寮の室内は冷やされていた。
 希望ヶ浜学園の学生寮の一室、イルミナが住居としているのは他の人達と変わらない“そこ”であった。こちらの世界混沌の住人の中でも、とりわけ一部の地域や記憶に固執した人々が作った地域、再現性東京。朝になれば目を覚まし皆と学園に向かい、昼は持参した弁当やカフェテリアの昼食メニューを取りながら駄弁り、放課後は未来科学部でクラスメイトと遊んだり、希望ヶ浜の街に飛び出して新たなスイーツなどを目当てに食べ歩いたりする。イルミナの知っている人間の街よりは圧倒的に旧時代なものではあったが、どの国よりも遥かにイルミナの心根に灼きついている人間ひとという存在にあふれているのがここ希望ヶ浜だったし、イルミナの知っている世界に遥かに近い場所が“練達”という国家と、彼らの持つ技術だった。
 踵の低いローファーを部屋の玄関口で脱ぎ捨ててれば、そのまま黒タイツも制服も一気に脱ぎ捨て、人体を模したスキンボディが顕わになる。指で押し返せばまるで人の肌のような柔らかさと温度を感じるそれはロボットというものを人に近づけていった人間のある種の叡智の結晶の一つである。そもそも、イルミナが希望ヶ浜学園で一切の違和感を与えることなく生活ができているのも傍目には人工物ロボットとは判らないその外見の御蔭というものもある。脱ぎ捨てた制服のうちスカートとブレザーはハンガーに、ブラウスやタイツなどの洗濯物は籠に投げ入れると、用意しておいた部屋着を手に取り、羽織る。
 マシュマロタッチ、と銘打たれた柔らかくしっとりとした、パステルカラーの生地は同じ寮の友人とお揃いで買ったキャラクターものの部屋着だった。フード部分にウサギのような長い耳のついたイエローの部屋着を着ると、まさに電池が切れたかのようにそのままベッドに倒れ込む。
「今日は疲れたッス……!」
 ぼふん、と盛大な音を立てるふかふかのベッド。春先に新調したばかりのベッドシーツは先日洗ったばかりで、未だ薄っすらとサボンの香りが残っている。それがまた心地よくてゴロゴロと転がって最終的にうつ伏せの体勢で落ち着いた。
 疲れたのは、春先の学校というものが忙しいものある。新しい環境も然り。部活も、学校生活も毎日が新生活というので大忙しだ。
 然し今日イルミナが何よりも体力を持っていかれたもの、ソレはまさしく日差しと気温だろう。未だ制服切替期間と行かない春先のブレザー状態で、真夏の如き熱線が空から浴びせられたのであればどんな人間でもつかれるというもの。それはまさに本来疲れ知らずと言ってもいいだろう機械であっても熱は体に毒というのは変わらず“しんどい”の四文字が似合うような日であった。
 それでも、機械の体は人間のそれよりは圧倒的に耐久度が高いものだ。今着用しているスキンボディから戦闘用のボディパーツに換装すればそれこそ直接浴びせられた熱線でも耐えることはできる。感覚だって指先システム一つでオンオフだってできる。最初にロボットの体に人間の精神を入れ込もうと考えた人間はきっとこういう外的刺激ですら厭だった……のかもしれない。
(……だからだろうか)
 本来人であったはずの生き物あのひとは、機械よりも機械らしい人だ。おそらく人間として有していた“邪魔”な感覚をきっと排除していったのだろうか。ホームセンターで買ってきた“触ると冷たい感触!”と書かれた生地のおかげか、ひんやりとしたベッドパッドの温度が気持ちいい。そのままベッドパッドに頬を押し付けながらぼんやりと考え込む。イルミナが獲得してきた――正確には獲得してきた、と思いたいものだろうか。うれしい、楽しい、気持ちいい、美味しい、幸せ、苦しい、辛い、そしてそれらとも違う粘つくような※※黒いもの……それらすべては機械が機械として生きるには圧倒的に邪魔な情報ノイズである。だからこそ、自分自身を機械化した人間はどんどんとその機能を削っていったのかもしれない。いや、必要のないもの以外は切り捨てた、だろうか。
「いや、それこそ自分たちロボットとして当然なのかも、しれないッスよね」
 家電なのだ。自分はこの寮に設置されている家電と何も変わらないはず・・の存在なのだ。テレビは喋らないし、エアコンはものを食べないし、aPhoneから返ってくる返答は所詮決められた定型文ワードタイプの組み合わせでしかない。コードを通せば変わってしまう“感情”なんてものもきっとそういった定型でしかないのかもしれない。そう思うたびに胸の中に貯まるような、コールタールのように粘つくような重たいもの感情は存在感を増すし、息が苦しくなるような錯覚がある。身体スキャンをしても異常を吐き出さないのに、口からは何かが吐き出されそうになるその感覚は思考の演算機能を占領する。ああ、これを切り捨てることができるのならば楽になるのだろう。
『そう、それは機械ロボットでさえない何かに成り下がったのだろう?』
 ベッドにうつ伏せになっている己の体をのしかかるかのように押し倒し、耳元でささやくような幻聴こえ。それはいつだか会った懺悔の主にもよく似た姿――黒い粘着きを擬人化したかのようだった。
 あの時は決して悪いとは思っていなかったはずのささやかな幸せ、日常、キラキラとした光が、色が、ただただ外側から色を付けていただけなのだと知ってしまったかのような感覚。自分のものだと思っていたものはただのでしかなかったのだ、と言いたげなように“それ”はイルミナを嘲笑うのだ。
「ちが――」
『違わない、何よりもノイズを、バグを、放って置いているのはキミだろう? キミは今が悪いものだと思っていなかったじゃあないか』
「っ……!」
 粘つく幻聴こえが、イルミナのマイク辿なぞる。冷たく、湿ったような指先は耳から首筋、そして背筋へと滑っていく。は、と振り返って見てもそこには誰も居ない。テレビを見れば姦しい夕方のニュースバラエティ番組が「希望ヶ浜で今大人気のスイーツ特集!」などとのたまっている。よくよく辿ってみれば背筋を伝っていった指先はつうと垂れた冷却液だし、寮の一室にあんなものがいるわけがないのだ。つまりは全て、幻覚。錯覚。気の所為の塊である。視覚センサ瞳孔が勝手に引き絞られ、息が荒くなる。それを例えるならば、■■恐怖だった。それは、機械が持ち合わせるべきでないもの。恐怖、怯え、悲しみ、苦しみ――なぜなら。

 自分ロボットは、役目を果たすことを至上の喜びとして作られた道具だから。

 結局はそれにたどり着くのだ。指先にぐ、と力を入れればシーツにはシワが寄る。顔面にぐ、と力を入れれば眉間にもシワが寄る。イルミナという存在は今や自己の定義をどこに定めればいいのか、わからなくなりつつあった。それがなぜかと言われれば、混沌に来た所為おかげだ。混沌に来て、イルミナは知ってしまった。知らなければきっと幸福だったことも、理解しなければなにもないままでいられたことも。今や規格外の不良品召喚の際に生じた※※の影響下になってしまった自身の幸福というものの在り処はまるで人間のようなそれである。コードを通せば変わってしまうかもしれないのに、プログラム一つで全てがなくなってしまうかもしれないのに。たった二単語Delete Allで自分自身というものさえも消えてしまうのに? 疑問はただただ臓腑に重く積み重なっていき、それを見ないように日常で蓋をする。そうして溜まっていった澱がどんどんと大きくなるのだ。だからかもしれない。イルミナが希望ヶ浜という場所を好み、ここを選んで暮らしているのは、この街が自分に似ているからだ。見ないふりが得意な、偽物でできた、希望の街。いつまでも目をそらしていたら手を付けられないほどになるっていうのは、痛いほどよくわかっているはずなのに、目の前の現実を受け入れられない人達が作った、永遠の微睡とその地下に埋め立てた多くの澱み。視線を窓の外にやれば、あっという間に陽の落ちた夜の街と、窓に反射して映る真っ青な顔の、イルミナ自身。薄らぼやけて映るガラス越しの自分の表情も、姿も、全くと言ってもいいほど人間らし機械とは程遠かった。
「あのときと今とじゃあ、ぜんぜん違うッスね。ああ、本当に――」
 ヒトの命令を聞いて、その通りに動くことが自分の使命で。
 現状がどうしてもどうしても楽しくて、愛おしくて、元の世界に帰りたいなんて思えなくて。
「本当に悪い子ッス、イルミナは」
 あの頃と、今と。きっと言うことは変わらなくても気持ちはぜんぜん違うだろう。失ったものは戻らないし戻れない。幸福のかたちは決してロボットとして服従し続けるものだけじゃあない。それを知ってしまったイルミナはもう初期化でもしない限り、もとには戻れないだろう。それが正しいのか、間違いなのか、ロボットなのか、そうでないのか。ヒトと人間との境目などもうわからない。イルミナはきっともうどっちでもないなにかなのかもしれない。ああ、今あの懺悔室で“赦された”のならば、この重たくのしかかるようなものがどこかにでも行くのだろうか?
(なんというか……こういうときに便利ッスよね、“特異運命座標イレギュラーズだ”っていう言葉……)
 自分がなにか、ということに対する明確な答え。人間でも、ロボットでもない、三番目の選択肢。
 何かをこらえたように笑う顔は普段見せる笑顔とは程遠く、窓硝子に切り取られた幽暗は一度だけ訪れたあの小さく暗い告解室の中によく似ていた。




  • 罪科完了
  • NM名玻璃ムシロ
  • 種別SS
  • 納品日2022年05月29日
  • ・イルミナ・ガードルーン(p3p001475
    ※ おまけSS『それも、日常であり。』付き

おまけSS『それも、日常であり。』

 ジリリリ、と鳴るaPhoneのアラームで目を覚ます。本来はそんなものがなくとも規定の時刻にスリープから目覚めることが可能ではあるのだが、それは日常を形作るような材料でもあった。アラームと同時に目を覚まし、どこかぼんやりとした意識の中で身支度をし、朝ごはんを食べ、学園へ向かう。毎日の変わらないサイクル。いつもどおり。誰もが願い、誰もが夢を見て生み出すあまりにも普通すぎる共同幻想日常。おはようの挨拶をして今日もまた学校に向かい、教室に行き、クラスメイトと会話を交わす。いつもどおりの笑顔、いつもどおりの風景。教室には空席が一つ。
「そういえば」とイルミナはそちらに視線を向ける。「休みッスかね?」と首を傾げてみれば、クラスメイトは何もなかったかのようにけらけら、と軽い笑い声を上げる。

「あの席、ずっと空っぽだったじゃん。誰も座ってない席だよ」

 そんなことはない、と言いかけ口をつぐむ。きっとあの席に居た人間は何かしらの怪異にでも飲まれてしまったのだろう。
 日常の終焉はいつも真横にポッカリと口を開けてこちらを見ている。深淵を覗きこみたいという好奇心をヒトが持ち合わせている通り、深淵もこちらを見て手を伸ばして引きずり込もうとしているのだ。こういうことは珍しくなかった。否、こういう非日常からは目をそらして生きているのだ。この街は。
 ぼうっと空き机を見ているうちにスピーカーからチャイムが流れ、ドアを開けて教師……の姿をした特異運命座標が入ってくる。

「きりーつ、れー! ちゃくせーき!」

 気の抜けるような間延びした日直の号令を耳にしながら、今日もイルミナの一日は始まる。

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