PandoraPartyProject

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蒼炎は燻る

登場人物一覧

リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
リディア・T・レオンハートの関係者
→ イラスト

 ザ、ザ、ザ、と。雑踏を征く一人の少女の顔面は蒼白であった。今し方、知ってしまった恐ろしい真実。
 鵠 薙刃くぐい なぎはは絶望と歓喜をその身に宿して、思い出した。
 目に灼き付いて、離れない。
 とても綺麗な、焔の揺らめき――あの、人の

 幻想王国の片田舎に生を受けた薙刃は幼少期から剣を握ることが好きだった。そのルーツを辿れば曾祖父がニホンと呼ばれた国より遣ってきた旅人であったらしい。
 剣の才に溢れた曾祖父が産まれたばかりの薙刃に「凄い奴になる」と告げたのだと祖母は嬉しそうに語っていた。
 その言葉の通り、剣才に恵まれた彼女は辺境の領主へと召し抱えられることになった。
 最初は傭兵ギルドへと登録を行い、剣の腕を磨こうと考えていた薙刃ではあるが領主の助けとなり弱き民の盾となることが出来たならばどれ程に素晴らしいことであろうか。
 両親は年若くして貴族へと仕える事になる薙刃を心配したが、彼女は揺るぎない信念を胸に辺境領主の許を選んだのだ。
「人を殺すことになるかも知れない」と不安がった母に薙刃は首を振った。「傭兵となろうとも、悪党を斬る事はあります」と。
 元より命のやりとりを行う修羅の場に踏み込むことは承知の上であると彼女は堂々と母に宣言したのだ。
「それよりも、助けを求める者に手を差し伸べる。そんな素晴らしいことが出来ると言うならば、私は其れを求めましょう。
 お母さんとお父さんの教えも、この鵠の剣の在り方も。分って居ます。人を助けるために私はこの剣の腕を磨いたのですから」


 清廉なる志は日々の生活で疲弊し続けた。武による働きのみで成し得るはただそれだけである。
 剣で悪事を切り裂けど、齎されるのは勧善懲悪と人死にのみである。
「薙刃、顔色が悪いようだが……」
「いいえ、ご主人様。申し訳ありません。私の剣が至らぬばかりに――剣の才で私を買って下さったのに迷いで刃を曇らせるなど」
 高級品ばかりが並んだワインセラーに背を向けて領主は心労の滲んだ薙刃のかんばせをまじまじと眺めてから嘆息した。
 暇を乞う事も出来たがその間に民が悪党に傷付けられる可能性があると領主がわざとらしく告げれば薙刃は簡単に休息を得ることもできない。
 磨り減り続ける精神は全てが義の為に武を振るう事のみに注力されていた。
 幼い頃に一度だけ曾祖父に教わった剣の指南。あの時、剣を握る楽しみを見出した筈だというのに――今は、どうしても腕が重たくも感じられていた。
(……こんな事では腑抜け同然ではないか、鵠 薙刃。鵠の剣は人を助けるためのもの。そう教えられ生きてきたではないか!)
 自身に与えられた部屋に戻り剣の手入れを行っていた薙刃は背筋をぴんと伸ばす。
 己の惑いが民が悪漢により苦しむ時間を長引かせることなどあってはならないのだ。
 澄んだ剣こそ、民を救う。己を律せよ、鵠 薙刃――!

 幾許か経ち、ノックの音が聞こえた。薙刃が顔を上げれば領主は如何にも困ったと言った様子で手を擦り合わせ「お休み中でしたか」と問うた。
 彼の絵に描いたような善人そのものである姿が薙刃は気に入っていた。民を思いやり、悪逆非道なる存在を許さぬ正義感。其れが薙刃の信念と同一の方向を向いていると確信していたからだ。
「薙刃、少し頼みたいことがあります。領内の集落で悪党の征伐を頼みたく……普段は別の者が行っていたのですが怪我で向かう事が出来ず。
 簡単な仕事ではありますが、悪党の征伐は重要な仕事ですから……良いですか?」
「はい。ご主人様」
 頷いてから剣を手に取る。薙刃を帯同し訪れた集落は酷く窶れた気配を感じさせた。食物は育たず、住民から漂うのは汚物の香り。畑の苗たちは栄養が足りないと喘ぐように地へ伏せる。
 薙刃は「これは」と呻いた。表情を変えない領主は内心で心を痛めているのだろうか。優しい主人のことだ、彼が言う悪党が此程までに領民を傷付けたというならば薙刃は許しては置けないと剣に手を掛けた。
「領主――!」
 酷い憤怒をその目に乗せて男が鍬を振り上げた。受け止め、反撃に徹する。迷いも澱みもない剣による一閃。
 薙刃はそれが民を救うためには必要不可欠であると知っていたからだ。地を踏み締めれば影より様子を伺っていた武装もおざなりな男達が農具を手に襲いかかってくる。
 領主を傷付けさせるわけには行かない。薙刃はそれをであると認識し、幾重にも切り伏せた。
「お前がいるから!」
 その言葉に僅かな引っかかりを感じた。がこん、と音を立てたのは納屋の片隅であった。賊がまだ潜んでいるのか――薙刃が体を滑り込ませれば「ギャア」と叫び声が上がる。
「……ヒッ、こ、殺すんですか……?」
 物陰に潜んでいた女は生まれたばかりの赤子を腕に抱き泣き叫んだ。薙刃を見る両の眼は恐怖が滲み、体ががくがくと震えていることが見て取れる。
「いいえ、私は――」
「あの領主の用心棒でしょう! もうこれ以上税は治められません! 食っていくのもやっとなのに……! う、飢えて死んでしまいます。
 アンタが男衆を殺したから、あ、あたしらはこれからどうすりゃいいんですか。どうやって、生き延びれば……ウ、ウウッ……」
 薙刃の胸の奥でどくり、と音を立てた厭な気配は振り向いたときに確かなものとなった。
 領主が立っている。何時も通りの善人を絵に描いたような笑みを浮かべて。穏やかさを其の儘形に為たような姿を為て。
「薙刃」
 名前を呼ぶ声すら、優しかった。それは肌を撫でてから離れていく温い気配。
「は、はい……」
「何をしているのですか?」
「救出を……この人達は巻込まれた者達です。助けなくてはなりません」
 領主ははあと大仰なため息を吐いた。何を嘆息したのかと薙刃の脳は理解を拒む。振り向けば夥しい死体が落ちていた。
 腐りきった穀物に積み重なった人のいのちが女の視界を熱く覆う。指先が震え、息がぜいぜいと切れた。まさか――
「殺しなさい」
「ど、うして」
「そのもの達は悪党ではありませんか」
「な、なにゆえ」
「税を納めることも出来ない者は民ではありません」
 今まで見てきた村は、貧困に喘いでいた。食う者さえ足りず、着るものにも困る生活を送ってきた彼らは領主が訪れた事で厳罰を与えられる可能性を認識し襲いかかってきたのだ。
 死んでいるも同然の生活を送らされてきたのだ。これ以上の責め苦、死と迎え撃つことになろうともと一縷の望みを掛けて。
「鵠 薙刃。殺せと言って居るではありませんか!」
 いやだ、とはくはくと唇が動いた。上手く呼吸が出来ず、ずんずんと歩いて遣ってきた領主が物陰の女の手から赤子を引っ手繰る様子をスローモーションで眺めている。
 優しい笑顔であった領主の表情は酷く歪んで見えた。赤子の泣き声が響く、薙刃の脳内を掻き乱す。酷く胡乱な風景が目の前に広がり始める。
「いや――――――!」
 女の叫声に意識が戻された。赤子を振り上げた領主は其れを地に叩きつけようとし――

 視界が紅色に染まった。熱い、と感じたのは最初だけだった。脳内にが響く。
 何かが焼ける匂いが鼻を擽った。酷く、気分の悪くなる脂の気配。そろそろと振り返ると女が一人立っている。
 揺らいだ金の髪に俯いた女の傍には銀髪の女が一人立っていた。
「あーあ、また堪え性のない」
「……」
、きみはね?」
 女の楽しげな声音とは対照的に、金髪の娘の纏う焔が大地を焦がす。全てを無に帰し、世界を壊すような勢いで。
 その気配に剣を取り零して薙刃は呟いた。きれい、と。アレは悪党ではない。アレは敵ではない。アレは、救いだった。
 焔が揺れている。
 あの人はと言うらしい。脳内を掻き混ぜる気色悪いノイズが心地よい響きに変化した。
「助けを求めている者に手を差し伸べる。たったそれだけの事が満足にできない世界。――私はそれが、心の底から許せないのです」
 そうして、纏ったのは蒼き焔。それが彼女の誘いを手に取ったのだと云う事に薙刃は気付いて居た。
 己が両親の元に二度と戻れないことも。不甲斐ない程に世界には悪が溢れていて、狭い視界では人々を救うことも出来ない愚か者であったことも。
 それでも、確かに薙刃は誰かを救いたかった。
 弱者を救済し、悪を成敗する。そうして生きてゆく事を彼女は望んだのだ。
「……ホムラミヤ」
 名を呼べば、その人の眸がぎょろりと動く。領主も、女も、赤子も、何もかも死に絶えた。
 残ったのは紅き焔に、灰と脂の焼ける匂い。饐えた村の残り香だけ。
 全てを灰燼と化した死の絨毯の上に佇んでいた憤怒の焔に包まれてその人は言った。

 ――モウ、何モカモイラナイ。コンナ世界ハ、壊レテシマエ。
   全テ、全テ、全テヲ燃ヤシ尽クシテシマエ――!

 彼女は誰も彼もを炎に包んだ。燃やし尽した。世界を壊すように。気付けば女と共に居た銀髪の姿は消え失せる。
 気が済むまで燃やし尽くして――ホムラミヤはその場から姿を消した。只一人、薙刃だけを置いて。
 あの美しい焔に女は魅入られた。弱者を虐げる者が居るからこそ、彼女のようにが産まれるのだ。
 弱者に仇成すならば強盗であれ、為政者であれ何人足とも許すことは出来ない。
 あの人が世界を壊してしまう前に。弱者全てを救ってやらねばならないのだ。
 主義主張も、善悪も何もかも関係はない。
 鵠 薙刃は弱者を救わねばならないのだ。そうある為に生を受けた。そうあらねばならなかった。
 剣の才能は弱者のために。全てはそう決まっていたのだから。
 それが鵠 薙刃の生きる道。それが鵠 薙刃と呼ばれていた笑える程に善人であった娘の在り方だった。

 勧善懲悪、大いに結構。そうして貴女は明日もまた、大義名分の下に誰かを斬り捨てる。――そうでしょう、王女様?

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