PandoraPartyProject

SS詳細

水底を照らす、僅かな光

登場人物一覧

トスト・クェント(p3p009132)
星灯る水面へ
トスト・クェントの関係者
→ イラスト



「クシー? おーい、クシー?」

 ゼシュテル鉄帝国のとある研究所。トスト・クェントはそこの主の許を訪ねて部屋の一室をノックした。……が、返事はない。トストは慣れているのか、それを気にした様子も無くそのままガチャリと鍵のかかっていない扉を開けて中へ入っていく。

「あーあ……相変わらずだな……」

 文献、論文、魚のスケッチ、赤字で細かくメモされた地図……部屋は雑多としていて、ありとあらゆる資料が散らばっている。水槽の中で静かに泳ぐ、大小様々なアーカーシュ固有の魚たちだけが綺麗だ。足の踏み場もなさそうな研究室内で辛うじて足を下ろせそうな場所をぴょんぴょんと跳びながら、トストは研究室の奥のテーブルで分厚い資料を食い入る様に読んでいる男の肩を叩いた。

「クシー!」
「うっわ!? ちょっと、急に声をかけないでくださいよ!」
「何回も声をかけたよ……」

 集中していて全くトストに気が付かなかったこの研究所の主──クシーは柔和な顔に驚きを顕わにして飛び上がる。トストはそれに対して呆れた様に言葉を返した。

「それで? 何の用で来たんです? はっ、私の所に来たということはもしや何か新種の魚が!?」
「いや、忘れたの? 君がエリザベスアンガス正純と比較したいから、陸上のハヤを獲ってきてくれって依頼してきたんだろ?」
「……ああ、そういえば貴方に頼んでいたんでしたっけ」

 あからさまに「スンッ……」って感じでテンションが下がったクシーは、そこに置いてくださいと近くの水槽を指差した。新種が運び込まれたわけではないと知った途端にこの態度だ。

「つまらないですね。他になんか珍しい魚、噂とかもないんですかぁ」

 ブーブーと文句を垂れるクシーに苦笑いしながらトストは指定された水槽に鮠を放すと、そうだなぁ……と周囲を見渡す。すると床に落ちている資料の中に見覚えのある姿を見つけてそれを指差した。

「うーん……こういうのは故郷で見たことあるけど」

 トストが指差したのは大きな目と、ぬらりと虹色に輝く生白い鱗が不気味な魚の絵のスケッチだ。クシーはそれを聞いてふむ……と顎にほっそりとした指を当てる。

「ああ、ラデンラブカね。深海魚は確かに内陸じゃあ珍しいですが。貴方って深海の出身でしたか」
「いや? 海じゃないよ。おれは川、ってか地下水脈の生まれ」
「へぇ!?」

 トストの言葉を聞いた途端、クシーは勢いよく立ち上がった。驚くトストを余所にクシーは1人でブツブツ呟く。

「地下かそれは盲点だった……てかそんなとこまで調査に行けたヤツいるか? クソ、オレに鰓があったら! 一般の現地民は貴重な種をそうとも知らずに食いやがるこれだから」
「あ、あの……クシー?」
「新種の可能性がある。それもアーカーシュではなくこの陸上でだぞ!」

 おそるおそるトストは声をかけるが、ばっと顔を上げて叫んだクシーに思わず身をのけぞらせた。そのトストを追いかける様にガッと肩を掴んで揺さぶり始める。

「こうしちゃいられません。貴方の故郷はどこですか今すぐ案内なさい! 新種ですよ新種! わかってるんですかトスト・クェント!」
「そのっ……ちょっ、待って待って。おれはちょっと、迷子なんだ。地理もよく知らないまま、空中神殿に召喚されたから……帰り方が、わかんなくて。調べて探してはいるんだけど……」
「はぁーーーー!?」

 ガクガクと揺さぶられながらトストは慌てて言葉を紡ぐと、それを聞いたクシーは手を離してがっくりと落胆した様子を見せた。

「えー……。なんですか……役に立たないやつだなぁ……」
「ご、ごめん……」
「本当に仕方ないですね……それでは、他の情報から推測しましょう」

 クシーは研究室内から文献や地図をかき集めてきた。それを開くとトストに見せて次々と質問を投げかける。他ににいた魚の種類は? 大きさは? 近くにはどんな植物がある? 地底湖地で光が僅かにしか入らず植物が殆ど自生しない、と。ではこんな実や葉が地上から流れ着いたことはないか?
 矢継ぎ早に繰り出される質問にトストは、えーと……とか、うーんと……とか懸命に記憶の糸を手繰り寄せて答えていく。

「フーン……じゃあ可能性が高いのはこのへんですかね」

 何個も質問を重ねた後、クシーは少し思案した末に天義の辺境の山岳地帯を指差した。君が故郷で見た深海魚の生息域を鑑みるに、どこかでこの海と繋がっているかもしれません。と更に鉄帝側の海岸をクルクルと囲む。それを聞いて今度はトストが飛び上がった。

「えっ、うそ、すごい……ありがとう!凄いよ、ずっと手がかりも見つからなかったのに!」
「探し方が悪いんでしょ」
「そうかも!! えっとえっとあとは、川が地下水脈に繋がってないかと、鉱石の産出する種類も被ってたらもしかし」
「地学は専門外スわ」
「うん! 俺の方で調べるね! 本当にありがとう!」

 こうしちゃいられない! とまるで先ほどのクシーの様にトストはバタバタと出ていく。早速、今見つかった故郷への手がかりを元に調査を始めるのだろう……と思いきや、開きっぱなしだったドアからニュッとトストが顔を出した。何故か戻ってきたらしい。

「魚! また見つけて来る!」

 それだけ言ってトストは今度こそ扉を閉めて研究所から去っていく。その勢いにクシーはしばし呆気に取られていたものの──

「……はは。せいぜい期待してますよ、トスト」

 何せ、事によってはまた新種の魚がザクザクと見つかるかもしれないのだ。その時はぜひ、自分も調査に行きたいものだ……とクシーは上機嫌にその花の様な顔を綻ばせたのであった。

おまけSS『呼び方』

●研究一筋とはいえ、気にならないわけではない

「クシーくん、これが七色嫁魚の写真なんだけど」
「クシーくんは物知りだな〜」
「クシーくーん」

………………
…………
……

「……貴方、何歳でしたっけ」
「おれ? 21だったかなぁ」
「……クシー」
「え?」
「クシーでいいです。歳下にくん付けされるというのも、ちょっと」
「えっ、あっ、そう? ごめんねクシー」
「よろしい」

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