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比翼連理の契
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グラン・テストメッス。
それは幻想、バルツァーレク領の近くに在る小さな街だ――が。
ここでは大事件が勃発していた……そう!
「はぁ、はぁ、はぁ、もうだめ……限界だよぉ!」
『リ』で名前が始まる女性をメス化させる大精霊が暴れていたのである――!!
説明しよう! 『リ』で名前が始まる女性をメス化させる大精霊とはその名の通り、『リ』で名前が始まる女性をメス化させるのである! 他にも某リリファとかが犠牲になっていたとかの話もあるのだが……まぁ其方の事はひとまず捨て置こう。それよりも!
「カイ、カイトさぁ~~ん!!」
「んッ――なんだ、リリーか!!? いきなりどうし……うわぁ!!?」
つまり『リ』で名前が始まる女性をメス化させる大精霊の所為で――リトル・リリーはメス化しちゃってたのだ! 具体的には目にハートが浮かんでしまってる。明らかにいつもと違う様子で突入するのは――カイトの懐!
偶然にもグラン・テストメッスの一角にいたカイト。ちょっと用事があって海洋の大使館に寄っていた(なんでこの街にそんな施設があるかは色んな事情がきっとあるんだぞ! 多分!)のだが、用事が終わりて街を歩いていれば……いきなりリリーが突入して来た事に困惑。
いや彼女が飛び込んできただけならばまだ焦りはしなかったのだが。
メス化してしまっているリリーの様子は尋常じゃなく……!
「えへへ~カイトさんの匂いだぁ……」
くんかくんかすーはーすーはー。
思いっきり深呼吸。顔をうずめてカイトの匂いを存分に堪能せん――
大使館の帰りであればこそフォーマルな正装に身を包んでいたカイトだが、知った事ではないとばかりにリリーはシャツを掻き分け潜る様に。傍から見れば何事かと思う事態である。ちらほらと、通行人の視線がある様な気もするが。
――人の目? 何を言う、そんな事を気にする必要があろうか!
大好きなカイト。どこの誰よりも愛おしい彼の――その一番近い場所にいるというのに。
他の何も目に入らない。その緋色の毛並みこそが至高で……
「おいおいどうしたんだよ。へへ、まぁいいけどな――ていうかよく俺を見つけられたな?」
「だってカイトさんだもん! リリーならすぐ見つけられるよ!」
赤くておっきな鳥さん。まぁ他には早々いないけれど――
仮に例え人の波の中に揉まれていようと、他にも緋色のカイトが千人いようと。
リリーは見つけてみせると言うものだ。
正に全力。本気を出してファミリアーも駆使して見つけられない事があろうかと――んっ? 何故カイトがそもそもこの街にいる事が分かっていたかって……? それはリリーによる、彼の片割れとしての直感である――あぁそうだ、それよりも!
「カイトさんカイトさん! あのね、リリーね!」
一息、つく。
意を決すように。カイトをまっすぐに見据えて――
「リリーね……リリー・シャルラハになるぅ!」
「んっ……リリー・シャルラハ!? へへっ、そいつは嬉しいな!
けどよ、どうしたんだマジで? わ、なんだ、リリー熱いぞ? 熱でもあるのか?」
いつもよりも大分積極的だ、と。
リリーはカイトの胸元にて頬ずり。
シャツのボタンをかき分け心地よき毛並みに身を委ねる様にリリーは往くものだ。紅く染まった心の熱がその顔色に宿っていれば、情熱の欠片に思わず風邪でも引いているのかと――胸元にいるリリーの髪を嘴にて触れてみれば。
合う瞳と瞳。
吸い込まれそうになる美しさが其処にあった――であれば。
「カイトさん――リリー、本気だよ」
蕩ける儘に告げるものだ。
魂が彼を呼んでいる。突き破れそうな程の鼓動にすら帯びている熱が此処にある。
だけどこの想いは決して勘違いや一時の暴走などではない。
大精霊の光線の影響など、言の端が緩んだ一つの理由に過ぎぬ。
――元よりその心に宿りし感情に、答えは既にあったのだから。
「じゃあ、今後はシャルラハを名乗ろう」
故にカイトも受け入れるものだ。
今の言の全てが真であるのなら。全てが在りの儘であるのなら。
その感情に、己も応えるだけの熱は在ったのだから。
「家族になろう、リリー。これからはリリー・シャルラハだな」
「うん! カイトさん――だいすき!!」
往来の場である事も気にせずに互いに結ぶ誓い。
――プロポーズだ。
違う場所で生まれた二人が、一つとなる儀式。二人にとっての必然の時。
……ただもうこれはどうこう以前に眼の端を涙で潤ませながら此方を上目遣いで見てくるリリーに――我慢など出来るものか! なぁなぁで済ませられる筈もねぇ!!
特に。リリーが、胸元で受け入れられた事による――
にこやかにして至上の笑顔を向けられたら、あ、もう駄目だ。
「――リリー」
「ん、なぁにカイトさん――んむっ!」
互いを受け入れる抱擁と。
交わされる口付けが――其処に在った。
彼女を護りたい。彼女をこの腕に留めておきたい。彼女を誰にも渡したくない。
愛おしさが溢れてくる。溢れんばかりの想いと熱量が。
リリーの頭の後ろに己が手を添え、逃さないと言わんばかりに彼女の口を貪る。
一種の暴力的な、しかしどこまでも深い、深い感情を感じれば……リリーもまた受け入れるものだ。
柔らかき桃の如き感触を、自らも彼の口元へ。
リリーの滑らかな肌。カイトの、全てを受け入れるかの様な羽毛が絡み合いて。
……時が止まったかの様であった。
誰にも邪魔されぬ。誰にも邪魔させぬ。二人の逢瀬……
――だいすきだよ、カイトさん。
――ああ。俺もだぜリリー。
そして二人は街の中へと消え往く。
この場で更に情熱の儘にあるのも良いが。
閉じられた空間の中で――蕩ける様な一時を、共に過ごしたいと願ったから。
どちらから告げるともなく、歩みを合わせて。夜の瞬きの中へと……
――そして翌日。
朝の穏やかな日差しが降り注ぎ。
どこか遠くでは雀の鳴き声が聞こえてくる中でカイトは目覚めた――
彼らがいるのはグラン・テストメッスに存在するホテルの一室。
カーテンを開ければ陽光が出迎えてくれる……あぁ気持ちのいい朝だ。
「ん……むにゃ……カイトさん、もう起きてるの……?」
「おっと。悪いな――起こしちまったか?」
「ううん。いいよ」
さすれば。毛布に包まっているリリーの瞼も開かれた様だ。
夢の様な一時だった。いや、夢ではなく確かなる現出逢ったのだと分かってはいるが。
どこまでも幸せすぎて夢の様に感じてしまっている。
これほど幸福であって良いのだろうか。これほど甘美であって良いのだろうか。
「まだだぜ、リリー?」
「うん?」
「俺達はこれから――だろ? 早速街の方に行こうぜ! この街、色々あるみたいだからな!」
「――うん! そうだよね、一緒にいこう!」
だけど。これが幸せの絶頂期ではないのだとカイトは分かっている。
これからも作っていくのだ。二人で、二人だけが見る光景を。
――グラン・テストメッスはなんの偶然か、デートスポットとして有名な街だ。
故に随所に『らしい』施設が無数に存在しているものである。
見晴らしの良い公園。そこから少し歩けば、今度は大海原も一望できる場所もあり。
あぁ共に往けば楽しめる水族館もあったか。内部に至れば多くの魚があちらこちらに……海洋出身のカイトにとっては魚の類は身近であり、物珍しいものとは言えないが――
「ねぇねぇカイトさん! あれはなんて言うのかな!!」
「ん、ああ――おっと結構貴重なモノを此処は仕入れてるんだな。
あれはフラワー・ホーネストっていう種類で、幸運の魚って呼ばれてるヤツだな。ほら。頭にコブがあるのが見えるだろ? あれがデカければデカイほど幸運が訪れるっていう逸話があるんだ」
リリーの瞳が輝く様が見られるだけでも満足するものだ。
ガラスに張り付くように彼女は多くの魚達を見据えている――
彼女の微笑みだけでどうしてこうも愛おしくなるのだろうか。
互いに。真正面から想いを伝えあった翌日であるという事もあるのかもしれないが。
「わぁ……! カイトさん! 見て、ここからだと水面も見えて綺麗だよ――!」
「あぁ……キラキラしてるな」
どこまでも、煌めいて見えた。
世界の全てが変わった様な気もする。呼吸の一つ一つすら清々しい感覚で。
時も身も重ねていれば、こうも変わるものか――
更に、歩こう。
どこまでもどこまでも永久に。
近くの教会へと往けば『幸せの鐘』という運命を齎す音色を鳴らさせてもらい。
響く旋律が街のどこまでにも伝わっていく――
その最中にも二人の距離はほとんど零距離だ。
常にべったりと。最早メス化の光線の効力が切れているのかいないのかすら分からない、が。
どちらでも同じことだ。先述したように、光線の力など今回の事態の起因の一つにしかすぎず。
この愛はとうの昔から抱いていたのだから。
「うぉお。体の芯にまで響いてくるなコイツは……! と。リリー、どうした?」
と、その時。未だ鐘の衝撃が身に残っている中で――先往くリリーが何かを見ていた。
何事かと。思いてカイトもそちらに視線を向ければ……
「おっ。こいつは……ウェディングドレスか!」
「わわわ。うん、ええっとね、いつか着るのかなって思っちゃって」
「ハハ。当然だろ! いつか絶対、似合うのを選びに行こうな!」
「……! じゃあその時はカイトさんもタキシードだね! カッコいいんだろうなぁ……!」
そこは衣服屋。ウィンドゥに並べられていたのは――ウェディングドレスの類だ。
男用のタキシードも存在している。白と黒の混在が生え、思わずリリーの目に留まったか。
……互いに想いを伝えあったとはいえ、まだ結婚式をする訳ではない。
けれど『いつか』がきっと来るだろうか。
いつか。これを着て、己らの家族を、知古を呼んで。共になるのだと報告する。
……リトルのみんなも驚くかな。でもきっと喜んでくれるよね!
「だってこんなにカッコいいカイトさんと一緒になるんだもん」
だからめいいっぱい、可愛くしよう。
絶対に色褪せない記憶を刻む為に。皆と祝福の一時を、いつか……
「お客様、如何ですか? 今なら試着キャンペーンを行っているのですが」
「えっ? カ、カイトさんどうしようか……!」
「おうおう、じゃあ折角だし頼んでみっか! 俺もリリーの晴れ姿を見てみたいしな!」
おっと……見るだけのつもりだったのだが、なんたる幸運か。もしやこれもフラワー・ホーネストを見る事が出来た影響か? それとも先程の幸せの鐘か――いやまさかな。
そんな事を想いながらも、折角の機会であればとカイトは店員に頼んでみるものだ。
……なによりリリーが。ドレスに見惚れていたのであれば。
予行演習として着用してみるのも良いかと思いて。
「では奥様はこちらにどうぞ。旦那様もあちら側の方で、タキシードをご用意させて頂きますね」
「お、奥様……! うんッ!!」
刹那。店員の声に思わずリリーが思考するものだ。
他人からもそう見えているのだろうかと。互いに纏っている雰囲気が既にそうなのかと。
――そして幾らかの時間を置いて、二人は対面するものだ。
リリー用のサイズに調整されたドレスは純白にして煌めいており。
カイトの体格に調整されたタキシードは漆黒と白を纏いて存在を際立たせるモノ。
「わぁ……お二人ともお似合いですよ!」
「へへ。ありがとな! ――さ、リリー」
そして。カイトから彼女の手を取らんと――己が指先を差し出して。
「リリー、絶対に幸せにしてやるからな。覚悟しておけよ?」
「カイトさんも、絶対絶対一緒に幸せになるんだよ!」
誓い合う様に。或いは返答する様に――リリーも己が指先をその手に重ねるものだ。
――リリー・シャルラハは今日この日。確かにこの世に生まれたのだ。
大好きな、貴方と共に。
永久に切れぬ、比翼連理の契をここに……