SS詳細
洒落日和
登場人物一覧
●
国土の殆どが山脈であり、一部の平野部に主に人口が集中し、気候は四季ごとによる寒暖差が顕著するが基本的には温暖で過ごしやすい気候の島国。
その主要都市であるはここ
着物や袴、簪に飾り紐、刀に薙刀。豊穣はそう言った和風文化が広がる国なのであった。
「どれもこれも高級品やなぁ……」
そんな高天京のとある呉服店を悩ましげに眺めている女性がいる。
解れを直した跡がある古びた着物に修繕した跡が残る帯を見る辺り裕福ではなさそうだが、その顔の造形は美人と言っても差し支えない程の美貌が垣間見えた。
「まぁでも……どんべべにしよけかしらねぇ」
そんな女性が眺めていたのは綺麗な着物の数々。
着物はその手間やこだわりの素材が故に高級品である。京に住む女性からすればそこまででもないかもしれないが、同じ京でも端の方へ着目すれば彼女のように着物を買うことが出来ない女性の数人は存在してもおかしくはないだろう。
ただ、今日のこの女性は漸く貯めに貯めたお金を懐に新たな着物を新調しに来た様子とも見受けられた。
「また暫く着ることになるでっしゃろら、慎重に選ばへんとね」
着ている着物はもう修繕の限界を超えるところまで直しきってしまったのを悟り、彼女は地道に働いて今日を迎えたようだ。
貧乏人として考えるのならば間違いなく機能性、耐久性などで選びたいところではある。しかしそこは女心、流行だと宣伝されている着物の造形もまた心惹かれて店の前を右往左往してしまっているのだ。
早く着物を選んで両親の仕事を手伝うべきだとは思っていると言うのに、こうなってくるとなかなか迷いの沼に嵌まり込んでしまっている様子なのである。
「ほんに迷ってしまう。いっそんことどなたか変わりに選んでくれやらんかしら……」
「ならば吾輩が選んであげるあるよ」
「へ? きゃあ?!」
急に聞こえてきた声の元へ振り返れば、その声の主にとんでもない距離感を詰められていおり思わず悲鳴を上げてしまった。
「叫ぶなんて酷いある。まるで人を幽霊みたいに……」
「急にこないな距離詰められてしもうたら誰でも驚きはるやろ!」
「そんなに驚いたあるか? それは悪かったあるねー」
悪かったと言う割にはなかなか軽々しい雰囲気の男に、女性は妙にムッと苛立ってしまう。
「ほんに悪いと思っとるん? まぁええわ、うちはせわしないさかいさいなら」
「おおっと! つれないあるねーさっき選んであげるって言ったあるよ?」
「選ぶ?」
「店の前で迷ってる様子だったある、『どなたか変わりに選んでくれやらんかしら』〜って叫んでたの聞こえたある」
「べ、別に単なるしとり言やさかい! そない気ぃせんでも」
「そうあるか? 相当悩んでるように見えてるあるよ?」
確かに相当悩んではいる。この店の前を彷徨いてかれこれ数刻……この男がそう言うのも無理もないかもしれないと女性は大きくため息を付いた。
「……確かに悩んでおいやしたやけど」
「それならもう悩む必要ないある、吾輩に任せるよろし」
「アンタに?」
見た目からして如何にも怪しいこの男に任せてもいいものかと女性は疑うような眼差しで男をジッと見つめる。
「疑い深いあるねー吾輩はただの世話好きあるよー?」
「ほんまに?」
「ほんまほんまあるよー」
「……随分軽いお人やこと。……まあええわ、そない言ってくれるっちゅうならウチも悪い気はしまへん。一つ、頼まれてくれまへん?」
「よろし、そうこなくっちゃある」
怪し気な男への疑いが晴れたというわけではないが、ここまで言われるのはなんだか悪い気もしない。それにこれ以上ここで悩んでいては、この男以外の誰かにも変な目で見られそうだった事は避けたいかもしれない。そう考えた女性はこの男に頼み混んでみようと決意した。
「そう言えばアンタ名前は?」
「吾輩は
「……嬢ちゃんって歳やてへんにゃやけど……花言うものですわ」
「花殿あるねーよろしくある嬢ちゃん」
「また……まぁええわ、その怪しい目ぇお手並み拝見といきましょ」
黒龍の距離感に気疲れを浮かべながらも花は行くかどうか迷っていた呉服店に足を踏み入れようとした時だった。
「花殿」
「?!」
急に黒龍に腰を抱かれ引き寄せられた花は驚く。
「この呉服屋より良い品揃えていてリーズナブルなお店知ってるあるよー」
「み、せ? ああもう! 急に引き寄せられへんから何やと思ったわ!」
吃驚させへんといて! とムッとする花に対して黒龍はごめんあるよ〜と軽めに謝るばかり。
「さ、こっちあるよー」
「こっちゃなん? こないなトコにあるなんて知らおへんどしたわ」
「知る人ぞ知る場所あるからねー」
「……そないなんね」
覗き込んでみても顔色からも声色からも全く性質を探ることが出来ないこの男について行ってみれば、確かに町の外れに当たるこの先にそれっぽい店が見えた。
「さ、入った入ったあるよー」
「きゃ! ま、まるっきし……強引な」
花の肩を抱いて店へ促す黒龍に花は小さな悲鳴を上げて驚く。睨んでみても相変わらずのヘラヘラ顔には通用していないように見えた。
「ああ、アンタかい」
「またよろしくあるー」
「……知り合いん店やったん?」
花の疑問にまぁねと軽く答えた黒龍は彼女を奥の部屋へと案内する。
「こ、こらどないなことなん……?」
するとそこには様々な種別の着物が所狭しと並んでおり、鏡の前の台には化粧品やきらびやかな装飾品も用意されてた。
「吾輩の気まぐれある。大人しく受けておくとキレイになれるよろし」
「やて……」
「さ、お喋りはここまである。大人しく施しを受けるよろしー」
有無を許さず花を鏡の前の椅子に座らせた黒龍の手が後ろから花の髪をすくい取り項を掠め、彼女はキュッと目を瞑った。
「……へ?」
緊張でずっと目を瞑っていた花が黒龍の目を開けるあるという言葉で開いた第一声である。
「やっぱり嬢ちゃんにはこの色あるねー」
「な……え、えらいこっちゃ……」
目の前の鏡に見たこともない自分の姿に花は戸惑いを隠せない。
「さて……吾輩のぷろでゅーすはここまでね」
お題は取らないあると言いながら背を向けた黒龍に花は慌てて立ち上がり振り向いたが。
「……ま、幻やて見とったんか?」
そこにはもう黒龍の姿はない。
「ねえ店ん人! さいぜんん人出ていかいなかった?」
「ああ、アンタのお題を置いて出ていったよ」
「そない?! まやねぎにやはるかしら……おおきに!」
慌てて店を出ていく花に店主はヒラヒラと手を振りながら
「毎度毎度アンタも物好きなことしてるね」
「今日も感謝あるよ」
その店主の背後からヌッと黒龍が顔を出す。
「ま、いいさアンタには世話になってるし……アンタの遊びに付きあるのも悪くない」
「遊びじゃないのに酷いあるねぇ」
「そんな顔してよく言うぜ」
底が知れねぇよアンタはと店主は肩をすくめ、『尸解老仙』李 黒龍(p3p010263)という人物は満足気に怪しい笑みを浮かべていた。