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『願い』の行く末
登場人物一覧
●少年と剣
「――君には、何か叶えたい『願い』はないか?」
森の中。切り株に突き刺さった一本の剣に近づいた少年が聞いたのは、その言葉であった。
「私はお前さんの『願い』を叶えよう。…でも、心してくれ。…願いが大きくなるほど、その代償も大きくなる」
誘うように。促すように。
その言葉が目の前の剣から聞こえて来る事を少年が理解するのに、そう時間は掛からなかった。
――少年は剣に近づき、それを切り株という鞘から抜き放ち、掲げた。
「――僕には、何かを引き換えにしても、叶えたい願いはないよ」
●安らかなれ
「……何故私を持ち帰った?」
「……話す剣なんて、珍しいでしょ?」
「……私の話はお前さん以外には聞こえんぞ?」
「それでもいいよ。話し相手としては十分だから。あ、言っておくけど今のは願いじゃないからね?」
――その少年の家には、本の山があった。
「…僕の家はあまりお金持ちじゃないからね。父さんが残してくれたこの本の山くらいしかないのさ」
「本を売ってお金に変えようとは思わんのか?」
「まっさかぁ! 数少ない娯楽を奪うつもり?」
少年の明るい表情が、僅かに曇った。
「それに……実は一度、母さんが知り合いのおじさんに相談した事あるんだけど、あまりお金にならないって…あ、母さんが帰ってきたみたい」
そう言うと、少年はベッドの下に剣を押し込み、その上に本を積み上げる。
「大人しくしててね? 母さんに見つかると、売られちゃうかも知れないし」
(「『願い』の代償が怖いとしても…私を売って多少のお金に換える選択肢はあるはずである」)
それを敢えてしないのは、果たしてこの子の優しさか、それとも――
剣は、心の中でため息をついた。
●平穏の行く末
少年との会話を通し、剣は現状を理解していた。
――ここは国境の近くにある小さな村。
隣国とは睨み合いが続いており、いつ戦争が爆発するかは分からない為に、商人ですら近寄らなかった。
軍の砦と食料品等の貿易をする事で何とか生活を維持していたが、豊かとは言えないその村。
――だが、少年は幸せだった。父親を早くに亡くした彼は、然し母親に愛され、日々父が残した本を読む事で暇をつぶし、過ごしていた。
「――お前さんは、その本に描かれている世界を実際に見てみようとは思わないのか?」
「たまに見てみたいとは思う。…けれども、それは母さんと一緒に居れる時間を犠牲にしてまで、欲しいと思うものではないんだ」
そう答える少年を見て、剣は、これもまた悪くない、と思うようになった。
――だが、平穏は長続きしないのが、世の常。
●戦争の犠牲者
「起きて!」
少年が起こされたのは、いつもに増して緊迫した母の声。
眠い目を擦り、起き上がった少年が聞いたのは、金属のぶつかり合う音。
――戦争が、始まったのだ。
「急いで逃げるがいい」
少年に語りかける剣の声も、心なしかいつもより慌てているように見える。
剣を毛布に包んで抱えると、少年は家から飛び出す。
「母さん!」
村の出口で待つ母に手を伸ばす。
――その瞬間、少年の後ろから、一人の兵が飛び掛かる!
「危ないっ!!」
――兵の振り下ろした剣は、母の背を切り裂いた。
「母さんっ!」
悲痛な少年の叫びに、その懐に抱えた剣が応じる。
「……急げ! 母の助命を私に願え! 命が失われたら、さしもの私でも――」
少年のまだ若い精神には…即座に剣の言葉は理解できなかった。
「逃げて……」
最後にそれだけを言い残して、目を閉じる。
少年は、ただ母の亡骸の上に覆い被さり、涙するだけであった。
「なぁ、どうしますかいこのガキ」
「後々どっかに連絡されても面倒だ。殺しちまえ」
兵士の剣が、少年の頭上に振り上げられる。
「……願え、己が助命を! 憎き仇への復讐を!」
「……それで何になるの? 母さんが、戻るの?」
剣の沈黙から、その願いが叶わぬことを察した少年は、ただ、僅かな微笑みを浮かべた。
「生きていれば何かしらの事はできるはずだ! あるいは母を生き返らせる方法を見つけることとて――」
剣にも、何故自分が、少年にその促しをしているのかは分からなかった。
ただその瞬間、少年に死んでほしくはなかった。
「間に合わんか…ならば、私が、君を救おう…!!」
それは、魔剣にとっての最大の禁忌。
(「私が私自身たる『願い』のローデッドに願う!この少年の敵を滅ぼし、彼を救いたまえ!!」)
――光が、辺り一帯を包む。
だが――
「僕は、母さんがいない世界で生きる気はないんだ」
少年は、静かに目を閉じる。
「その僕が、最後に願うとしたら――」
「――魔剣さんに、僕の代わりに世界を見て、いろんな知識を得てほしいんだ。
それはきっと、とても楽しい事なのだから」
――光が収まった後。そこに村も、人の姿もなく。
残されたのはただ、一本の剣。
「私はローデッド。『知識』の魔剣、ローデッドである」