PandoraPartyProject

SS詳細

崩落空想の宮廷パヴァーヌ

登場人物一覧

ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
謡うナーサリーライム
ポシェティケト・フルートゥフルの関係者
→ イラスト

「綿毛ちゃん、ちょっといいかな」
「なぁにー?」

 ある日、森の中の小さなおうちで暮らしているポシェティケト・フルートゥフルはお師匠さまに呼ばれました。
 ポシェティケトのお師匠さまは森に住んでいる魔女で、とても物知りなのです。
 魔女はポシェティケトのことを「綿毛ちゃん」や「かわいこちゃん」と呼びますが、すらりと手足の伸びたポシェティケトはもう赤ちゃんではなく少女の姿を取る獣種です。
 頭の角も大人に近いものが生えるようになってきましたし、見た目も「綿毛ちゃん」というよりも「雪白ちゃん」です。
 そのせいか、最近は「綿毛ちゃん」とちいさなもので例えられるたびに、ポシェティケトはぷくりと頬を膨らませるのでした。

「とつぜんで悪いんだけど、しばらくミシェラリルケ……お庭のお姉様のところへ泊りに行ってくれないかしら」

 いつも優しいにこにこ顔のお師匠さまが、今日はちょっぴり怖い顔です。
 それを見た時の驚きといったら。
 ポシェティケトはむすりとしていた事も忘れて、白尾をびびっと震わせました。
「お庭のお姉さまのおうちへ?」
「うん。僕は少しの間、森を出る」
 お師匠さまが物事を断言することはあまり多くありません。
 けれどもそう言わざるを得ないという事は、何か森の外で大変なことが起こったのでしょう。
 ポシェティケトの気持ちは夕方の朝顔のようにしぼみましたが、若芽のように即座に復活しました。
 なぜなら大好きで仲良しなお姉さまに会えるのですから。
 頷いたポシェティケトにお師匠さまはホッしました。
「ミシェルのところに行ったら、ついでに角と髪を切ってもらっておいで。あいつは僕よりも上手だからね」
 ポシェティケトは季節外れの夏毛になった時のことを思い出します。
 涼しくて良かったのですが、その時のことを話すとお師匠さまは浮かない顔になるのです。
 それ以来というもの、ポシェティケトの角と髪を切る鋏はミシェラリルケの優しい手なのでした。
「くれぐれもノピンペロデイの表側を通るんだよ」
「はーい、わかってまーす」
 これが俗に言う反抗期というものでしょうか。
 やれやれ、と言った様子でお師匠さまは首をふりました。

 ミシェラリルケというのはお師匠さまの古いお茶飲み友達で、ポシェティケトにとっては叔母様のような存在です。
 どのくらい昔からの関係なのか尋ねると二人は決まって話を煙にまくので、ポシェティケトは未だに二人がいつから友達なのかを知りません。
 少なくともポシェティケトがまだ本当に綿毛サイズだった頃からお世話になっているのは確かです。
(赤ちゃんだった頃のポシェティケトに関しては「兎ぐらいだった」とか「食パンぐらいだった」とか、森の魔女たちによって証言する大きさが違うのです。けれどもポシェティケト自身は自分は仔鹿くらいの大きさであったと信じています。何故ならポシェティケトは鹿なので)
 薬棚の抽斗を通り抜け、金色の鍵穴をひっくりかえすのも慣れたもの。そもそもノピンペロディの道は裏側さえ行かなければ怖い事なんて何もないのです。魔法たちは女主人の賓客を丁寧にお庭まで送ってくれました。

「ようこそ、ノピンペロディの箱庭へ」

 四季折々の自然と小鳥の囀り、そして優美な貴婦人がポシェティケトを出迎えました。
 滝のような藤色の髪から真っすぐ伸びた目が覚めるほど美しい真珠色の一本角。
 お庭の女王であるミシェラリルケ・ノピンペロディはいつだって目が眩むほど美しく高貴な魔女なのです。
「おせわになります、お庭のお姉さまっ」
「ちゃんとご挨拶ができて偉いですわね。リトルディア」
「ワタシ、もうリトルじゃないわ」
 そう言ってポシェティケトは胸をはりました。
「大人になるのよ。角も立派なのが生えそうだし」
「あら、もう角切りの時期ですの?」
 ポシェティケトのミルク色の頬にノピンペロディの女主人は手を添えました。
「うつろう時間の何と早いこと。少し寂しいですわね」
 ポシェティケトは撫でられながら、どうしてか分からないけれど、大好きなお姉さまが悲しんでいるように見えました。
 それを証明するように花咲く春だった庭園の季節が秋色に変化していきます。
 ノピンペロディの箱庭は女主人の機嫌や感情を正確に反映する、とても不思議なお庭なのです。
「お姉さまはワタシが大きくなると悲しいの?」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
「でも悲しそうよ」
「悲しそうに見えるのなら、そうですわね。命の砂時計のことを思い出してしまったのかも」
「いのちの砂時計?」
 ええ、とミシェラリルケは優しく頷きました。
「すべての生き物は命の砂時計を持って生まれてくるのですよ。砂が無くなった者は、この世界とお別れしないといけないのです」
「おわかれ? さよならのこと? もう会えないの?」
「とても永い永いさようならですから、普通は会えませんわね。大人になった、ということは命の砂時計から砂が落ちた証。わたくしたちとお別れする時間が近づいているということでもあるのです」
 ミシェラリルケが目を伏せると、長い睫毛が氷柱のように光りました。
「でも、おねえさまやエルマーは昔から変わらないままよ? 砂時計の砂はどうしているの」
「わたくしやエルマーの砂時計は普通のヒトが持っている砂時計よりも、とても大きいのですわ」
「ワタシより?」
「ええ、貴女より」
「たいへん」
 ポシェティケトは口を手で隠しました。
「ワタシがおばあさんになっても、お姉さまたちは、ずっとお姉さまのままなの? それじゃあ、いつか鹿の方がお姉さまになってしまうわ」
「いつか、そんな日が来てしまうかもしれませんわね。けれども今は、わたくしが貴女のお姉様。さあさ、難しいお話はここでお終い。角を切ってあげましょうね」
 庭園の女主人の角の切り方は少し変わっていて、とても不思議で魔女らしい切り方です。
 ミシェラリルケの細い指がポシェティケトの角に触れると、ちりりんと一回、銀のベルに似た音が鳴るのです。
 そうすると角はさらさらと砂時計のように零れ始め、地面に着く前につむじ風に乗って二人の周りでダンスを踊るのでした。
「お庭のお姉さまは角を切るのがお上手ねぇ」
 ポシェティケトは自分の周りを回る白銀に目を輝かせました。
「そうですわね。昔はこうやって、子供たちの角を切ったものです」
「お姉さまの子供?」
「ええ、沢山いますのよ。こうやって角を切ったり、髪を結ったり」
 そういって、ミシェラリルケは慈愛に満ちた手でポシェティケトの髪を結い直しました。
「お姉さまの子供たちにお会いする日が、たのしみねぇ」
「……そうですわね。今は遠くにいますから、すぐに会うのは難しいかもしれませんわ」
 ポシェティケトはぴょこんと椅子から飛び降りました。
 サラサラと、さっきまでポシェティケトだったものが雪のように花壇へと降り注ぎます。
 ミシェラリルケの手にかかればポシェティケトの角はお花が元気になる、魔法の粉になるのです。
「ワタシ、いつか土の下へ行くのなら、お姉さまのお庭がいいなあ」
 子鹿は無邪気に言いました。
「そしたら鹿は花壇の土になれるもの。キレイなお花を咲かせて、ワタシはここよってエルマーやお姉さまに見て貰うの」
「ねえ、わたくしたちの可愛い仔」
 ミシェラリルケは優しい声で言葉を紡ぎます。
「今日は秘密のお庭に行ってみませんこと?」

 ポシェティケトは手を引かれて大輪の花に飾られた金の道を歩きます。
 木陰では蒼褪めた鳥や動物たちが戯れ、豪華な服を着た人たちが楽し気にお話をしていました。
 何度もミシェラリルケのお庭に来たポシェティケトでしたが、魔女や自分以外に人がいるのを始めてみました。
「みんな角が生えてる。お姉さまとお揃いね」
「ええ」
 歩いているうちに壮麗な宮殿群が二人の前に現れました。
「雪の朝日みたいなおうちねぇ」
「ここはわたくしの記憶の宮殿。今までわたくしが出逢ってきた『全て』が詰め込まれた箱庭」
「ここもお庭なの?」
 ポシェティケトは感心して言いました。
 小さな金花に白孔雀の羽。緑柱石の神殿に天まで届きそうな大きな書棚まであります。
「沢山の人や動物たちが居るでしょう? あれらは全て、自然へと還ってしまった者たち。わたくしの記憶の中にいる、わたくしがお別れしたヒトたち。どうしても会いたくなったら、ここを訪れるのです」
「鹿がいなくなっても、ここに来たら、お姉さまはいつでも鹿に会えるってこと?」
 ポシェティケトは不思議そうに小首を傾げました。
「ええ。大人になりたいポシェティケト。貴女もいつか、この宮殿に来るでしょう」
「きおくの宮殿ってステキな魔法ねぇ」 
「魔法ではありませんわ。ただの思い出です」
 ミシェラリルケは母親のように笑いました。
「大切なヒトと出逢ったら、その姿を、言葉を、在り方を、覚えておきなさい。そうすれば其の人がいなくなっても何時でも会えますからね」
 うーんとポシェティケトは唸ります。
「ワタシの記憶のおうちは、こんなに大きくならないわ。だって逢いたいヒトが魔女のお姉さまがたとお庭のお姉さまと、エルマーしかいないもの」
「……いつか貴女は森を出て、世界を識るでしょう」
 長命種と短命種。
 魔女たちはポシェティケトより大きな砂時計を持っています。
 けれどもポシェティケトの砂時計もまた、この世界ではとても大きいのです。
 そのことをポシェティケトは知らなくてはいけません。
 その「いつか」は間近まで迫っていました。

「わたくしは箱庭庭園の女王、旅人ミシェラリルケ・ノピンペロディ。不滅の聖域庭園ノピンペロディ・サンクチュアリが女主人」
 いつか見送る小さな少女へ、魔女は小さな呪いを言祝ぎました。
「今はまだ理解できなくても、どうか数多の出逢いと別れを畏れないで頂戴ね。魔女わたくしたちの可愛い娘リトルディア
 

おまけSS『どうして魔女と書き物机は似ているのか?』

イメージ

・増築を重ねに重ねたミシェラリルケの記憶の宮殿
 小鳥が歌う庭園(友人) 絢爛豪華な宮殿群(壮麗な過去) 盤上遊戯の回廊(謀略)
 賢人の蔵書室(知識)  宙の神殿(神) 暖炉のある団欒室(家族)

箱庭の女主人が城築した堅牢なる要塞の一端であり、無限迷宮や秘密の花園なども存在すると思われます。
宮殿の地下は■■があり、■■■――。
物事を「人間」「貴族」「母親」として見てきた経験から、様々なものを察する能力に長けています。

・魔女のお師匠さまの記憶の宮殿
恐らく大部分が森。しかも迷いの森。
僕がどこに居るのか、誰も知る術はない。知る必要もない。

「最近、森に変な奴らが増えたなぁ(肥料)、くらいに思っていたら、いつのまにやら白鹿の角や一角獣の角を狙う猟師たちの組織が近くの町に出来てたんだよ。うふふ、驚きだよね。ミシェルは自分で対処できるだろうけど、ほら。うちの子を森で一人暮らしさせる計画に支障がでそうだろう? ……何だい、その目は。僕だって育児書くらい読むさ。獣もヒトも、子は成長すると親から離れて、自立していくものなんだろう? なのに近場の治安が悪いだなんて物騒だ。安心して一人暮らしができないじゃないか。だから――潰してくる。二度とそのような暗愚が寄り付かないように脳に、歴史に、土地に、呪いよりも深く刻みつけてくるわ。
日帰りだと根が残りそうだし、数日、森を留守にするのだけれどねミシェラリルケ・ノピンペロディ。僕が害虫を滅ぼしてくる間、ウチのかわいこちゃ、いえ、かわいこさんを預かっていてはくれないかしら?」
「そんな本気の言霊を使われたら断れませんわよ。いえ、そもそも断る気など無いのですけれど」

リトルディアの情緒や死生観、善悪感情が中庸寄りに育つ理由が分かったわ、とお姉様。

・ちいさなポシェティケト
まだ生死どころか、さようならの意味も本当には理解していないお年頃。

お庭のお姉さま、
ワタシ「寂しい」というのが、わからないわ。「恐い」もしらないの。
森のなかでは夜も、独りも、霧も、優しくてあたたかいものだったから寂しくも怖くもなかったわ。
鹿がお花を元気にしたら、お庭のお姉さまはよろこんでくれると思ったの。

エルマーが言ってたわ。
死んだら、お花の養分になるのが一番良いんだって。
うぅんっと。「ミツリョーシャさん」を埋めたお花畑に連れて行ってくれたときに言ってたわ。
その前は「ムラビトさん」のお花畑だったかしら。
どうしたの、お庭のお姉さま? そのお手紙を小鳥さんに運んでもらうの?

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