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ゼファーの話~ごちそうの村~

登場人物一覧

ゼファー(p3p007625)
祝福の風

 しなびたじゃがいものピッツァ。にんにくばかりのアヒージョ。硬い黒パン。虫食いだらけのサラダ。そんなものがどっさりとゼファーの前へ並べられていた。
「まあお食べなさい、旅の方。お疲れでしょう。これで英気を養ってください」
 前歯の欠けた村長が笑う。ゼファーは型どおり礼を返すと、薄いスープへ手をつけた。舌先に違和感はない。毒は入ってなさそうだ。このところ携帯食しか食べていなかったゼファーにとって、じゅうぶんすぎるほどのごちそうだった。旺盛な食欲を見せるゼファーを、使用人らしき村人がにこにこと見つめている。
「旅の方、お名前は?」
「ゼファーよ」
 一飯の恩義には報いるためゼファーは応えた。
「御職業は何を? なんでまたこんな僻地まで」
「イレギュラーズをしているわ。ただのその日暮らしと思ってもらってかまわないわよ。ここへきた理由は、ニノ村へ人探しに行くため」
 ほうと村長は目を丸くした。
「およしなさい、旅の方。ニノ村は昔からよくない噂がたっております」
「それならもう聞いてるわ」
 ゼファーはうっそりと笑った。
「訪ねた人が帰らない村。そうでしょう?」
 村長はおもくるしい顔でうなずいた。
「ニノ村ではなにか恐ろしいことをしておるに違いないのです。旅の人。行きなさるな。そんなことより、この村へ定住しませんかな」
「定住? ここへ?」
 ゼファーはざっとあたりをみまわした。窓の外から見えるのはくたびれた農村の景色、砂埃が舞うなか、黙々と労働に励む人々。きっと互いに身を寄せ合い、憎しみ合い、どうにか土地にへばりついている。そんな困窮した村だ。ぶっちゃけていえば夢も希望もないようにゼファーには思えた。泥水をすする生活は苦しいに違いない。いまテーブルの上を飾っている食事も、彼らの精一杯なのだろう。
「若い働き手がほしいってんならよそを当たったほうがいいわよ」
「いや、わしはただ単にその日暮らしはつらかろうとおもいまして。それにこのあたりは狼も熊も出ますから傭兵のひとりもおらんと、不安で仕方ないのです」
「ええ、ええ、イレギュラーズさんが居てくれれば安心です」
 使用人まで加勢してくる。
「そう言われてもねえ。私は今の暮らしが性に合ってるし」
「たまには地に足をつけた生活をしてみませんかな。見えてくるものも違ってくるかも知れませんよ」
「交渉決裂ね。悪いけれど、私は根無し草のほうが良いのよ」
 あなたにとっても、私にとっても。
「そうですか。残念ですねえ。せめて一晩泊まっていってくださらんか。旅の話を若いものに聞かせてやってください」
「そうしたいところだけれど、いちおう依頼なのよね、ニノ村行きは。ごちそうさま、おいしかったわ」
 村長は顔を曇らせた。
「わざわざ虎穴へ入りに行くとは、恐れ知らずな方だ」
「虎子を得るためにはねー、しかたないでしょ」
「そういってみんな帰ってこなかった。私としてはお止めしたい」
「心配ありがとう。でも、こう見えてもイレギュラーズだから」
 ゼファーは長い髪をかきあげ、不敵に笑った。

 ニノ村へついたゼファーは拍子抜けした。
 そこは明るく、笑顔に溢れた村だった。手前の村より豊かなのだろう。五十歩百歩ではあるが、この僻地において五十歩の差は大きい。皆貧しくつましい生活をしているようで、靴が足りないのか、子どもなどは素足でそこらを駆けずり回っている。
「旅の人だ」
「ほんとうだ、旅の人だ」
「今夜はごちそうだね」
 ゼファーの周りに子どもが集まってくる。肉刺だらけの手、分厚くなった足の皮膚を見て、ゼファーは彼らの苦境を知った。それでもなお子供たちは子供らしくいられるようだった。貧しければ貧しいほど、子供でいられる時間は短い。生きる術を叩き込まれたゼファーはそれをよく知っていた。
「はじめましてぼっちゃん、おじょうちゃん。人探しをしているのだけれど、協力してくれる?」
「やだやだー!」
「きゃははは!」
 子供たちは恥ずかしがって逃げてしまった。どうしたものかと首を傾げていると、年長らしい少年が近寄ってきた。
「旅の人、村でなにかするなら村長に顔を通さなきゃ」
 まったくだとゼファーは少年の後をついていった。
「旅の人はどこから来たの?」
「こんな辺鄙な村よ」
「その槍は本物?」
「そう。本物」
「何をしてるの?」
「イレギュラーズ」
 少年の瞳が瞬いた。きらきらした瞳がゼファーを映している。
「イレギュラーズって初めて見たよ、俺」
「そう? 最近じゃ数も増えたしそのうちここにも大挙して押しかけてくるようになるかもね」
 少年は年頃らしい好奇心でゼファーを質問攻めにした。質問に飽きると、今度は村の施設を紹介しだした。風車がゆっくりと回る製粉所の前を通ったとき、少年は誇らしげに説明しだした。
「この風車はロランさんが作ったんだ」
「ロラン? ロラン・デボルテのこと?」
「そうだよ」
「その人は今どこに?」
「さあ……。また旅立っちゃったからなあ」
「そう」
 では今回の調査は空振りということだ。探しびとは旅立ったというのだから。
 太陽が西へ傾いていた。ゼファーはニノ村の村長宅でもおおいに歓待を受け、一晩泊まることにした。

「……ん」
 夜中にゆすり起こされ、ゼファーは目を覚ました。彼女を起こした人影へ細い月の光が差し込んでおり、歯の欠けた特徴的な顔を照らしていた。
「手前の村の村長じゃないの。何しにきたわけ」
「この村は人食いの村です。過去にも何人も犠牲になりました。あなただけでも助けたい」
「人食い?」
「そうです。やつらは旅人を村へ散々奉仕させたあげく食らうのです。そうやって生き延びてきた」
 ゼファーは槍を手に窓を飛び降りた。猫のように音もなく着地する。縄をつたってスルスルとおりてきた村長がゼファーの手を取った。
「さ、こちらへ」
 ふたりで夜道をひた走る。だが村へ帰ったとき、ゼファーを出迎えたのは、中央の広場に備え付けられた大釜だった。ぐつぐつと湯気が立ち込め、熱気がここまで届いてくる。
「これは?」
「問答無用だ、やれ!」
 村長が豹変した。村の若衆がゼファーへ向かい襲い来る。
「ああ、なるほど。人食いはじつはあなたたちだったってことね」
 鼻で笑ったゼファーが正面からくる男の胸を正確に突く。正中線を三段突かれた男はもんどり打って倒れた。
「喰って、喰われて……其れが摂理って奴なら、貴方もまた、牙に砕かれる時が来た……それだけのことよ」
 次々と襲いくる刺客をゼファーは柄でいなし、穂先でえぐる。右から飛び込んできた影へ蹴りを入れ、槍を大きくしならせて円を描くように正面を牽制する。一歩下がった間隙を縫い、貫き通す。背後から音もなく忍び寄る輩は振り向きざまに打ち据え、悲鳴を上げる暇もなく心臓を射止める。
 そうしてゼファーは徐々に後退していった。村の端に近づいたところで身を翻し、スピードを上げて走り去る。頭にあったのはニノ村の少年のこと。こんな近くに人食いの村があることを知らせなければ。ゼファーは暗闇を突き進み、ふと殺気を感じた。しなやかに草むらへ身を潜める。
 闇に慣れた目には、山狩りでもするように鎌や鉈で武装した人々の姿。村人たちは険しい顔をしたまま何かを探すようにうろうろしている。その中にあの少年がいることにゼファーは気づいた。
「ちぇ」
 少年が吐き捨てた。
「イレギュラーズっていうから、どんな味か楽しみにしていたのに」

  • ゼファーの話~ごちそうの村~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2022年05月12日
  • ・ゼファー(p3p007625

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