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縛り桜、遠く呼ぶ声

登場人物一覧

カナメ(p3p007960)
毒亜竜脅し



 闇。どこまでも真っ黒な空間。
 声は響く。脳にまで響くような錯覚に陥るほどに、響く。

 ──カナメ。
 ──嗚呼、カナメ。

 ──可哀想に……きっととても悲しいことがあったのね。
 ──忘れてしまってもいいのよ。忘れてしまえたらきっと楽になる。

「どうして? そんな事ない……カナは……カナは……」
 あなたを守る為に……と言いかけて声が震える。あれ、カナって誰を守りたいんだっけ?
 ち、違う! カナはお姉ちゃんを守りたいんだ。でもお姉ちゃんってカナより強いよね?
 守る必要って、どこにあるの?

 違う!
 違う違う違う違う!!
「カナは……カナは……っ」
 お姉ちゃんの心を守りたく、て……。
 でもそれってカナの役割なのかな?

 少女は抗いたくて泣き出してしまうけれど、その足元では以前より増えた桜根が優しく巻き付いていた。
 優しく優しく……アナタに気づかれないように……。





 朝。
『毒亜竜脅し』カナメ(p3p007960)はゆっくりと目を覚ます。酷い夢を見ていた気がするけれど、何も覚えていない。だから、だから大した夢では無いのだろうと思えた。
 例え冷や汗を流した痕跡があったとしても、鼓動が煩いぐらい鳴り響いていたとしても……これは疲れてるからで、気の所為なんだと。
「カナメ」
「……お姉ちゃん?」
 ふと、瓜二つの姉に呼ばれて声の方へと振り向く。すると、そこには真剣な表情を浮かべる姉の姿があった。
「どうしたのお姉ちゃん? 怖い顔なんかして……」
「……魘されてたッスよ。何か悩みがあるんなら……」
「へ? またそれー? やだなー気の所為だよ! だってカナ、夢の内容覚えてないもん!」
「そうッスか? 何かあったらすぐ僕に言うッスよ!」
「……お姉ちゃんは大袈裟だなぁ〜!」
「そんな事ないッス! この前だって抱え込んでたじゃないッスか!」
 カナメはヘラりと笑って見せたけれど、当のお姉ちゃんはムッとしてしまったようだ。
「あ、あれは〜……あはは〜」
「……何かあったら小さい事でも言うッス! お姉ちゃんとの約束ッスからね!」
「大丈夫なのに……でもわかったよ、約束ねお姉ちゃん!」
 カナメは大丈夫だからと精一杯誤魔化したけれど、きっとお姉ちゃんは納得していない気がした。お姉ちゃんにしてみれば、唯一無二の妹、家族である。……それにこれまでの経緯カナメの刀の件を思えば心配しないはずもないのだが、カナメとしてはそれが少し煩わしいと思えてしまっていた。
(なんでだろう……推しであるお姉ちゃんに心配されるなんて情けないとか……そんな感情かな……?)
 カナメ自身もこの感情の名前を見つけられずにいた。別に大した事ではないと思うけれど。
 でもあの時無意識に浮き出た思いの所為なのかもしれない。



 ――いつか鹿ノ子を殺す。



 あの時ふと浮き出てきた言葉。
 自分がそれを胸に秘めていたなんて信じられなかったし戸惑っていたけれど、今はそれをそこまで否定しない自分にも驚いている。
 何かがおかしいはずなのに、カナメはその気持ちに対して今はあまり疑いを向けていなかった。いや、自分の心底に何が起きているのか……気づくことが出来なかったのだ。
(まぁいっか! 悪いことなんてそうそう続く事じゃないしね)
 だから軽く考えてしまう。それともこの軽視すら『何か』のせいなのだろうか。カナメの以前より増して異常なまでのポジティブさは周囲からしたら若干の違和感と歪さを感じる。……だが当の本人が気にも止めていない事態なのである。
「カナメ」
「うん? どうしたのお姉ちゃん」
「今聞いてなかったんスか? 僕今日は豊穣カムイグラで仕事があるッスから……」
「ああ! わかってるよ! 遮那っちのところにも寄ってくるって話でしょ? ゆっくりしてきなよ☆」
「ま、まぁ聞いてたんならいいんッスけど……」
 本当は上の空だったがお姉ちゃんが『豊穣』を出す時の話題はわかっていた。いいな……お姉ちゃんにこんなに思われていて。なんて、独り占めしていた妹のような感情はなかったとは言わないけれど今は素直に応援している。
 だってお姉ちゃんはいつも何かを抱えていて、カナの前でも平気な顔をしようとしていて……そう考えかけて心の中で首を横に振る。
 とにかく応援しなくちゃ何だからと自分の気持ちを誤魔化す。応援の気持ちは素直に抱いているはずなのに……。
 ──どうして違和感があるんだろう。





 カナメが気づいた時にははいつか見たような気がする桜の前だった。
「ここ……」
 前にも来たことがあるような気がするのに、その時の記憶が思い出せない。少しだけ不安げに桜を見上げると、それは何故か悲しそうに揺らいでるような気がした。

 ──カナメ、カナメ
「どうしたの?」
 カナメは記憶がないというのに桜から聞こえてくる声に驚く様子は見せなかった。なんとなくからだ。
 ──ワタシ、怖いわ
「どうして?」
 ──だって、カナメと引き離されちゃうかもしれないのよ?
「大丈夫だよ! だってカナがアナタを守るから☆」
 得体のしれない『何か』に胸を張ってそう言いのける。以前ならばお姉ちゃんだけに言っていた言葉だったはずなのに、今はこの得体のしれぬ者へカナメの口からすんなり吐いて出てしまった。
 ──でも……カナメのお姉さんは強いでしょう? ……カナメよりも。
「それはそうだけど……でもアナタとカナが離ればなれになるはずがないよ☆」
 ──そう? ふふ、カナメは心強いのね。
「ポジティブだけが取り柄だもんね☆ でも……本当に守るよ。だってアナタはカナの唯一無二だもん!」
 ふざけていると認識されかねないほどのポジティブな言葉だが、その言葉の後に真剣さを見せていた。
 ──カナメが守ってくれるのならば……ワタシ、とっても安心できるわ!
「うんうん! だから安心してて!」
 ──ええ、ええ。……ありがとうカナメ。ワタシの優しい子……。

 桜からカナメへ忍び寄る根がカナメに優しく巻き付く。その根はここに来る度に増えているような気がした。
 桜には取り込まれるほどには巻き付けられていない。今はただその下にカナメを抱いておきたいとでも言いたげにゆるりとした力加減で巻き付いているようだった。
 そんなゆるりと巻き付かれていることにすら違和感はなく、寧ろ安心感を覚えるカナメ。この桜の傍に居ればきっと何も怖いことなんてあるはずがないと、盲目的に思う。
 だってこんなに綺麗に咲いている桜が自分に害を与えるなんて思えない。この桜は守り神みたいなものだよ。

 彼女の心がその桜の支配下にあるなんて、そんな事があるはずがない。
 だって目を覚ました時には何も覚えていないのだから。





 ──別の日。
 カナメはずっと同じ夢を見ている。だが変わらずぐっすりと寝れてスッキリと起きれるものだから危惧していることはない。何しろその夢の記憶すらも全く無いのだ、別に大したことではない。カナメはそう思えた。
「カナメ? 大丈夫ッスか……?」
「へ? 何が?」
 だから、些細なことで気づけるのは本人も含めて瓜二つのお姉ちゃんだけだった。幻想レガド・イルシオンでの依頼帰りにカナメはお姉ちゃんにそう聞かれた。
「何って言われると困るんスけど……なんか……元気ない気がしたッス」
「えー? そんなことないよーやだなー☆ ほら、こんなに元気元気☆」
 不安に思うお姉ちゃんに対して、腕を上げて元気な素振りを見せるカナメ。
「そーッスか? でも……」
「大丈夫だって!!」
「カ、カナメ?」
「あ、ぅ……ごめんね? でも本当に大丈夫だから……」
 別に怒鳴るつもりはなかった。おかしいな……なんでだろ? こんな反応を返したら益々お姉ちゃんに心配されちゃうのに。カナメがやってしまったと言った素振りを見せるとお姉ちゃんは大きなため息を付いた。
「……はぁ、全く。……カナメ、今はカナメの言葉を信じるッス。でもまた具合悪そうにしてたらその時は……」
「わかったわかった! もーお姉ちゃんは心配性だなぁ〜!」
 ヘラヘラと笑うカナメにお姉ちゃんは不満げだがそれ以上詰め寄ることも出来なかった。別に喧嘩をしたいわけではなかったし、本人が大丈夫だと言うなら仕方がないと思う他ない。信じるしかない。
「さ、この話は終わり! ね、お姉ちゃん。どこかで食べてから帰ろ? カナ、お腹空いちゃったよ〜」
「そーッスね、遅くなっちゃったッスし……あそこのお店で何か食べようッス!」
「やったー! お姉ちゃんと外食なんて久々だから楽しみ〜!」
 話を変えて無邪気に喜んで見せればきっとお姉ちゃんを安心させてあげられると思うから。
「?」
 なんとなく、隠している腕が疼く。
 初めて自身のこの腕を見た時は言葉に出来なかったけれど……きっとお姉ちゃんもそうなるに違いない。お姉ちゃんに嫌われるのだけは駄目だ。妙に不安感に襲われたカナメは無意識に腕を強く抑える。
「カナメ、カナメ!」
「……へ?」
 だからお姉ちゃんに声をかけられたことに気付けなかった。
「……やっぱりどこか悪いんじゃないんスか? ……あんまし言いたくなかったッスけどその刀──」
「お姉ちゃん!!」
「!?」
 カナメは大きな声を上げ、お姉ちゃんはいつものカナメからは聞き慣れない声の大きさにとても驚いていた。あまりにも食い気味に大きな声を上げたものだから、それはまるでを話題にすることを拒んでしまったようだった。しかしその通りなのだろう、カナメには自覚がなかったが。
「ごめんねお姉ちゃん大きな声なんて上げて……ビックリしたよね」
「……別にいいッス。僕も疑い過ぎたかもしれないッスから……でもちゃんと助けは求めて欲しいんスよ?」
 僕はカナメのお姉ちゃんなんだからと気さくに声をかけた。お姉ちゃんはそんなつもりだった。
「……わい」
「カナメ?」
「こわい……」
「カナメ……? そ、その眼は……?」
「っ! 近づかないで!!」
「な、カナメ! カナメ!!」
 カナメはお姉ちゃんを振り切って駆け出す。自分より強いはずのお姉ちゃんを押し返せたことに驚く余裕もなかった。怖くて怖くてたまらない。何が怖い? なんで怖い? カナメにはわからない。しかわからない。
「お姉ちゃん……どうして? どうして突然刀のこと……っ、緋桜はカナの大切な唯一無二……もしも本当にカナの様子がおかしくてても緋桜のせいなんかじゃないのにっ!」
 きっとお姉ちゃんは前から少し気になっていたことを何気なく聞いたつもりだっただろうし、お姉ちゃんは緋桜のこととは言っていなかったはずだがカナメは酷く動揺していた。刀に憑いていた彼女は成仏したし、あれからのに。だからこの刀は緋桜はこの恐怖心に関係あるはずがないんだ、と。
「おかしいな……どうしてこんなにお姉ちゃんが怖いんだろ?」
 大好きで大好きで仕方のなかったお姉ちゃんを今は怖がっている自分に驚いている。
「でもあんな態度は良くなかったよね……次はどんな顔して会えば……」
 自分の取ってしまった態度に悲しみを覚えてか涙が溢れる。涙に濡れたマゼンダの眼……そこから消えた元々はシアンだった白い瞳孔に黒い靄が走る。じわりじわりと進行する何かをお姉ちゃんは見てしまったのかもしれない。
 だが……カナメ自身は何も気づいていないのだ。





 ──カナメ。
 ──嗚呼、カナメ。

 ──可哀想に……きっととても悲しいことがあったのね。
 ──忘れてしまってもいいのよ。忘れてしまえたらきっと楽になる。
「そうかな?」
 ──ええ、ええ。ワタシがカナメを守ってあげるわ
「うぅっ……■■……っ!」



「……」
 カナメは静かに目を覚ました。身体を起こす、いつも通りの朝だ。
「カナメ……」
「お姉ちゃん?」
 そこへお姉ちゃんが覗き込んできた。いつの間に部屋に来ていたんだろう?
「カナメ……昨日はごめんッス」
「昨日? 昨日って……何かあったっけ?」
「え? お、覚えてないんスか?」
「え? うーん……何だっけ。まぁ覚えてないってことは大したことなかったんだよ☆」
 あれが大したことではない? と疑問を抱くお姉ちゃんにカナメは気づかずいつもの調子を見せる。
「カナメ……っ!」
「ん? お姉ちゃん?」
「あ、ぅ、な、なんでもないッスよ」
「? はは、変なお姉ちゃん☆」

 そこで気づいてしまったのだ。
 黒々しい瞳孔の靄に。

  • 縛り桜、遠く呼ぶ声完了
  • NM名月熾
  • 種別SS
  • 納品日2022年05月18日
  • ・カナメ(p3p007960

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