PandoraPartyProject

SS詳細

Sunny Day ≒ Fanny Day

登場人物一覧

エア(p3p010085)
白虹の少女
百合草 瑠々(p3p010340)
偲雪の守人

●エアのお出掛けプラン! ~朝ごはんはしっかりと~
「瑠々さん起きてますかー?」
「んン"〜〜」
 百合草 瑠々の朝は遅い。
 ただし今日に限っては違う。
 小鳥のさえずりが聞こえる時間に無理矢理起こされた。
 身体は根が生えたように動かないし、金縛りにあっているのではと疑うレベルで重い。
 今日も黄色い朝がカーテンの裏側で輝いている事実に虫唾が走るし、目覚めた瞬間から希死念慮に励んでいる。
「朝ごはん持ってきたので一緒に食べましょうっ」
 だと言うのに。
 それでも覚醒せざるを得なかったのは、自分の領域に人の気配がしたからだ。
 聞き覚えのある声がトタトタとした足音と共に部屋の中を動き回っている。
「アァ……オムライス?」
 ついに瑠々は片目を開けることに成功した。
 瞬間接着剤でひっついている。
 恐らくそうとしか考えられないほど重く薄い皮膜をこじ開ければ、ぼやけた視界のなかでプリズムの髪と黄色いスカートが踊っていた。
 そもそも考えるまでもないのだ。瑠々の家に朝から無断で上がりこむ人間など一人しかいない。
「おはようございます、瑠々さん!!」
 エアはそう言ってミモザのように笑った。
 黄身色の優雅なシフォンワンピースに、黒スカーフのカチューシャ。明らかに『今からお出掛けします』と言わんばかりの格好だ。
 不穏の前兆。背反事象の到来。楽しい休日が始まってしまう気配がする。
 寝返りを打った瑠々の眉間の皺が深くなる。
「こんな朝っぱらから……飯は食うけど」
「良かった、食欲があるんですねっ」
 だから。
 なんでそんなに元気なんだよ。おかしいだろ、まだ朝の8時だぞ。
 声を出す気力もなく、瑠々は横向きの世界で鼻歌を歌うエアをぼんやりと目で追いかける。
 食器の音、水の音、包丁の音。
 自分の知らない内に大切な巣が侵食されている気がする。特に台所周辺が。
 座敷童かよと毒づいた瞬間、シャッと蛇の威嚇音のような音と共に薄暗い部屋に強い陽射しが射しこんだ。
 溶ける。
「くそっ」
 開いていた眼球が溶解する。ついでに全部溶けちまえ。
「はーい、朝ごはんができましたよ。起きて下さ~い」
 唸りながら掛け布団の中に潜れば、手慣れた様子で引きずり出されローテーブルの前に座らされた。
「いただきますっ」
「……」
 こんなテーブルとクッション、瑠々の部屋にあっただろうか。
 そもそもこの部屋、こんなに片付いていたか?
 何かがおかしい。けれどもその正体を突き止めるだけの気力と、現実を受け止めるだけの精神力が、今の瑠々にはない。
 水分をさがして黙々とコーンスープをすする。エアは上機嫌でレモンドレッシングのかかったサラダを食べていた。
「瑠々さん、今日は一緒にお花を見に行きませんか? とっても大きな植物園が出来たらしいんですよ」
「花?」
 エッグベネディクトに齧りついていた瑠々は、口の端についた温かいオランジェソースを親指で拭いとった。エアから淹れたての珈琲が入ったマグを受け取り、ふぅんと気の抜けた声をだす。
「……別に良いけど。エドワードと見なくて良いのかよ」
 再びエッグベネディクトを齧ろうとした瑠々は何となくエアの方を見てギョッとした。エアが女神のような、後光が射さんばかりの笑顔を浮かべていたからだ。
「わたし、瑠々さんと一緒に行きたいですっ」
「……あっそ」
 語尾に音符がついているときのエアは強いと瑠々はよく知っている。
 よく知ってしまうだけの回数、エアからの突撃あそびのさそいを経験してきた。
 瑠々は無気力な笑みを口端に浮かべる。不思議と嫌な気はしなかった。
 空になった皿を残して立ち上がり、ふらふらとクローゼットへと近づいていく。
「瑠々さん?」
「着替えるんだよ、邪魔すんな」
「~~っ!!」
「うっぜ」
 いつもより強いエアのキラキラオーラが背中に刺さる。
 いっそこのまま薄暗いクローゼットの中に入って扉を閉めてしまおうかと思うくらいには強烈だ。
「今日は少し暑くなりますからね、脱ぎ着の出来る恰好が良いかもしれません。髪留めはどうしますか? ああ、ヘアアイロンも温めておかないといけませんねっ。それに歯磨きも」
「介護じゃねえんだ、自分で出来る」
「ふふっ、そうですよね。それじゃあ、わたし、お皿洗ってきますっ」
「おー……」
 とは言ったものの既に眠気に推し負けつつある身体が怠い。毒気や毒舌は二度寝を決め込んだようで出てこない。
 手足を引きずり、服のカーテンからこれぞと思うものを選んでいく。
「植物園なァ……」
「あ、瑠々さん」
 訝し気に廊下を見やれば、皿を洗いに行ったはずの当人が再び顔をのぞかせた。
「香水って使いますか?」
「はあ?」
 唐突な質問だった。
 瑠々は、考えるように菖蒲の眼球と肩から流れる黒髪を動かした。
 しかし答えるのが面倒になったのか、のろのろと服を選ぶ作業に戻っていく。
「コロンとかトワレは使う」
「お嫌いですか?」
「別に。あの聖者の神殿みたいな店に入ってまで買う必要性を感じねえだけだ」
「! そうですか〜っ!」
「何なんだ、さっきから一体」
 輝いたエアの笑顔を見る瑠々の表情は若干引き気味だ。
「いえいえ、なんでもありませんっ。あっ、この荷物、瑠々さんのお家に置いて行っていいですか?」
「あ? 荷物? ……でっか」
 部屋の片隅に置かれた見慣れぬキャリーバッグに瑠々は目を留めた。
 朝食の他に何を入れてきたんだと言う驚きに似た感情を抱くが、藪をつついて蛇を出したくはない。
「まぁ、いいが……」
「中身は……秘密ですっ」
「聞いてねえし」
 瑠々は、エアが自分を害するものを持ってくるとは微塵も考えていない。
 もしかすると己の矜持マイナス思考が邪魔されるかもしれないが、それだけだ。

●エアのお出掛けプラン! ~翠の植物園~
「わぁっ……!!」
 ベルリーズ・グリーン・ガーデンと看板のかかった赤煉瓦の門を潜れば、数えきれないほどの色が二人を出迎えた。
 紫水晶と雪白のフラワーカーテン。
 ウェディングドレスに似たシャクヤクの花が咲き乱れる小さなお庭。
 茜色のアザレアに、朝露が乾いたばかりの萌黄色の芝。
「評判通りの絶景ですね!」
 百花繚乱、千紫万紅。
 滝や川に流れる水のように、あちらこちら花が咲き乱れている。
 エアは手で目の上にひさしを作ると、期待に膨らんだ眼差しで見渡した。
 五感から伝わってくる初夏の気配。深く息を吸い込めば、甘い草木の匂いがする。
「眠ぃ……」
 そんなエアの隣で、ゆらゆら、亡霊のように揺れる黒が居た。
 むりやり散歩に連れ出された黒猫のように、それでもエアに繋がれた手をほどくことなく瑠々は歩く。
 うつむいた彼女は他の客から向けられる微笑ましさをはらんだ眼差しに気づかない。
 それで良かったのかもしれない。
 手をつないで歩く二人の姿は、どこからどう見ても仲の良い友達か姉妹にしか見えなかったのだから。
 結い上げた黒髪と零れた芍薬色のウェーブ。
 黒いノースリーブワンピースを締めるコルセットベルトには拘束具のような銀の金具と朱のリボンが付いている。
 グラデーションと隈で彩られた双眸はすでに半分以上が睡魔に負けており、気を抜けばすぐに閉じてしまいそうだ。
「瑠々さん、あっちのお花畑を見に行きましょう」
「あんま引っ張んな。良い景色だけどさ」
 手を引かれ、欠伸混じりに返事をしながら鈴蘭の咲く小道を人形のように歩いていく。
「良いお散歩日和になって良かったですっ」
「そりゃ何よりで」
 丹念に刈りこまれた新緑のトピアリー、小高い丘の上に見えるガラスの宮殿は温室だろうか。
 真っ青なブルーベルの森を抜けると、満開の春薔薇で飾られた迷路への入り口があった。
「凄い花の数ですね!」
「植物園なんだから花が咲いてるのは当たり前だろ」
 甘くなめらかなバラの香りに包まれる。太陽が天中に向かうにつれ熱と花の香りが強くなっていくようだ。
 冷たい風が火照った肌と肺に触れるのが心地よい。
「ふふっ、どうですか? たまにはお外の空気を吸うのも悪くないでしょう?」
「外の空気なんぞ依頼で吸ってる」
 エアに深呼吸を見られた気まずさから瑠々はそろりと視線を外した。
 風が吹き、木苺の花が雪のように白い花弁を降らせた。
「まあこれだけ花に囲まれた空気は新しいな」
 頭痛がマシなせいか、今日の瑠々は少しばかり外の世界に優しい。
 薔薇の迷路には人が少なく、設置された白いガゼボのベンチテーブルは二人の貸切だ。
「瑠々さん、くたびれてませんか? 休憩がてらお弁当、一緒に食べましょう」
「察しがいいな。お前にめちゃくちゃ振り回されてくたびれてるよ。で、何作ったんだ今度は」
「そうですね。今日はクロワッサンにハムや卵を挟んだものと」
 エアが藤で編んだピクニックトランクをよいしょと開くと、中には食器のセットが一式ずらりと並んでいた。
「それからキュウリとローストビーフのサンドイッチにラベンダーのスコーン、サーモンとディルのマリネにジャガイモのキッシュを作ってきました」
「……」
 よいしょじゃねーよ。二人分とは言え硝子容器に詰めて持ってきてんじゃねーよ。何キロあるんだよソレ。ずっと持ってたのかよソレ。
「おしぼりをどうぞ」
 今までの経験からエアが昼食に全力投球してくることは薄々予想していた。
 予想はしていた、が。
「…………」
 思ったより大事おおごとだった。
「瑠々さん、飲み物は紅茶で良かったですか? あっ、デザートに林檎とチーズのマフィンもありますからね」
「そんなに食えるか」
 そう呟いて黙々とフォークを動かす瑠々に微笑みかけると、エアは保温式の水筒を手渡す。
 瑠々が行かないと言っていたら、エアはこの食事をどうするつもりだったのだろう。
 誘いを断るとは思っていなかったのか。それとも無理矢理にでも連れてくるつもりだったのか。
 どちらにせよ。
「はぁ〜〜〜〜」
「どうかしましたか?」
 わからない。
 無償の献身を重ねようとするエアの無駄な努力に呆れているのか。それとも絆されかけてきている自分に呆れているのか。
「別に」
「あっ、お代わりもありますからね」
「いらねえ」
 わからない。
 これ以上、深く考えるつもりも無かった。
 何故ならどこまでも明るくて広大な景色と笑顔が、沈む瑠々の思考を邪魔をするので。

●エアのお出掛けプラン! ~白と黒の百貨薫香巡り~
「とっても楽しかったですね〜っ」
「ああ、そうかい」
 緑の園を出た二人の間に、探り合うような沈黙が流れる。
 エアのそわそわとした挙動は「まだ行きたい場所がある」と言っているようなものだ。
「瑠々さん。実はもう一か所行きたい所があるんですが……付き合ってもらっていいですか?」
「アァ? まだあんのかよ。まあ良いけど」
 エアからの提案に瑠々は即座に了を唱えた。
 っていうか、あれだけ分かりやすい顔を向けられたら分かるだろ。
 早めのランチのお陰でまだ日も高い。
 自発的に行きたい場所は無いが、エアが望むならもう少しつきあってやっても良いと気まぐれを起こす程度には体調も安定している。
 瑠々は腕を組んで片眉を持ち上げる。一見すると否定にも見えるポーズを取ったが、それだけだ。
 ほっとしたようにエアが歩き出せば素直に隣に並んで歩く。
 ライラックの街路樹通りを十分も行けば丸いドーム状の硝子屋根が見えてくる。
 ベルリーズ・ガーデン・ショッピングセンターはベルリーズ・グリーン・ガーデンから歩いて行ける大型のショッピングモールだ。
 植物園と同じオーナーが経営しており、ここも沢山の花や植物で賑わって来客の目を楽しませていた。
 外観は温室に似ているが、中の商業施設は豪奢な百貨店に似ていた。
 ターコイズブルーの装飾とミルクホワイトの壁を基調とした五階建ての建物は貴族の屋敷を改築したらしい。
 豪奢な金細工の柱や優雅なクリスタルシャンデリアに出迎えられて瑠々は足を止めた。強い化粧品の香は、自然とは違う人工的な計算高さを感じた。
「……」
「瑠々さーん、こっちですよっ」
 開放的な陽の気に包まれる。
 その他視界に収まる諸々の情報を統合して「眩しい」という感想を抱いた瑠々は己の頬が引きつっているという実感があった。
 が、早く早くとエアに手招きされてしまえば行くしかない。
「くそが」
 死地へ向かうのだと思えば少しは気が紛れた。
「んで、どこに行くんだよ」
「えっと」

 家具インテリア/紋章旗織物/儀礼用装飾剣
 紳士用衣類/魔術媒体/装身具
 カジュアルファッション/フレグランス/防具・具足
 アクセサリー/キッチン用品/錬金術具
 化粧品/飲食店/武器/お土産物

「探しているお店は三階にあるようです」
「部分的にはウチの知ってるショッピングモールだわ」
 普段から職場のギルドで豊富な商品を目にしている瑠々は鋭くブランドリストと店頭に並んだ商品に目を走らせた。
「現行賃料が商品価格に反映されてんだろうな、これだけ客層絞った高級店舗並べたなら当然か」
「瑠々さん凄いですっ」
「あ?」
 失言したと気がついた時には遅く、瞳に尊敬のきらきら星を宿したエアに覗き込まれる。
「凄腕の商人さんみたいですっ!」
「いやウチはただの経理であって商人じゃ……」
 反論しようとした瑠々は冷静に考え直した。
 今のエアには何を言っても、誉め言葉が返ってくるだろう。ならば別の話題に誘導して話を誤魔化したほうが早い。
「……場所が分かったンなら行くか」
「そうですね。あ、硝子のエレベーターがありますよっ!?」
 ファンタジーな白大理石の床を歩けばオレンジの照明が眩しい店が軒を連ねる。
 メルヘン世界の甘いシフォンドレスにスチームパンクを思わせるレザージャケット。
 狂った帽子屋のコレクションにショコラティエの作った靴屋。
「あっ、ありましたっ。ありましたよ、瑠々さんっ。このお店です」
「分かった、分かったから引っ張るなって。あ。あの服良いな……」

Miaulerミュゥレイ

 エアがもつ雰囲気によく似た、愛らしく神秘的な銀文字が店に掲げられている。
 小さな星のランタンを照明に掲げたパステル調の店は、パフュームと書かれていなければインクの量り売りをしているようにも見えた。
 けれども一歩店の中へと足を踏み入れれば、途端に包まれる花の香り。
 ネモフィラ、ミモザ、ローズに鈴蘭……まるで先ほどの植物園へ舞い戻ったような錯覚をうける。
「このお店はオーダーメイドで香水を調香してくれるんです」
「ふーん」
 から返事で答えた瑠々は、朝にエアから聞かれた不思議な質問について思い出していた。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか」
 接客スマイルの店員が二人の傍に現れたが一瞥もせずに瑠々は背をむける。
「ウチはウチで勝手に見るから」
「はい、分かりました」
「か、かしこまりました……」
 混乱する店員と話し始めたエアと別れ、瑠々は糸の切れた風船のように店内を見てまわる。
「う~ん、こっちの涼し気な香りも良いですが……優し気なこっちの香りも良いですね……」
 遠ざかっていくエアの声を聞きながら瑠々は得心がいった。
 成程。この店が目当てだったのか。
 涼風の森を彷彿とさせる爽やかな笑顔ウッディノートも、満開の花園を思い出す優しい思いやりフローラルノートも、どちらもエアのイメージに合っている。
 ガラス瓶から透けて見える香水の色彩は美しく、香りは柔らかい。
 優しい、可憐な商品ばかりだ。だからこの店の香水は、瑠々には少し綺麗すぎる。
 もう少し毒々しい棘のある品は無いものかと回れば、店の奥にひっそりと咲く小さな真紅と巡り合った。
「ふぅん、ちったぁマシなのもあるじゃねえか」
 蓋は宝冠を模しており緋色の棺桶に似たガラス瓶に茨の装飾が絡みつくように施されている。
 瑠々は香水瓶をまじまじと見つめると、元の位置に戻した。
「……で、あんたらはさっきから何してんだ?」
「悩んでいます」
「そうなのでございます」
「ああ、そう」
 いつの間にか背後に立っていたエアと店員のひどく真剣な表情を見た瑠々は軽く肩をすくめた。
「すみません、瑠々さん。もう少しお買い物に時間がかかってしまいそうなのですが」
「別に、ウチは向こうの店で服見てくるから」
 しょんぼりと眉尻を下げるエアに瑠々は外をちらりと見やった。
 買い物なんて時間がいくらあっても足りやしない。ならば各々で好きなものを見てきた方が効率的だ。
「ありがとうございます。終わったら迎えに行きますねっ」
「はいはい」

 香水屋パルフュメリの向かい側にある店は退廃や耽美をモチーフにした服屋である。
 幸い、バイトで給金が出たばかりで瑠々の懐具合は温かい。イレギュラーズとしての仕事に励んできたエアも恐らくはそうなのだろう。
 散在する罪悪感などない。仕事着が普段着であるゆえ、或る程度の服飾費も投資だと割り切れた。試着を何度か繰り返し、夏用に二、三着購入する。
 瑠々が店を出るとエアの買い物は終わっていないのか、店の前には誰もいなかった。
 オーダーメイドというのだからそれなりに時間がかかるのだろう。
 特段気にした風でもなく瑠々はじっくり店の前の陳列を眺めることにした。
 どうやらオーダーメイドの他にもフレグランスに関係した既製品を売っているようだ。
 花の形をした入浴剤はどれも植物園で見かけたものばかりで、恐らく、植物園の土産物として仕入れたのだろうなとぼんやり思う。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
 先ほどと同じように店員が声をかけてきた。
「……なあ」
 しかし今回の瑠々は少しばかり悩んでからぼそりと店員に声をかけた。
「ここにある入浴剤って花の種類が多かったりすんの?」
「ええ」
「……探してる花が、あんだけどさ」
「よっしゃァァーい!!」
「は?」
「何でもございません。どういった花をお探しでしょうか?」
「あー……」

・・・

「お待たせしました瑠々さん」
「おー」
 白い小さなショップバッグと、紫色の大きなショップバッグ。
 お互い戦果を掲げて合流する。
「お陰様で買いたかったものが買えましたっ」
「そうかい。ウチも服買えたよ」
 笑顔のエアを見れば良い買い物が出来たのは一目瞭然だ。
 どちらともなく並んで歩く。
「どこかでお茶して帰りますか?」
「まだ食うのかよ。飲み物くらいなら付き合ってやってもいいけど」
「実は一階にあったクレープ屋さんも気になっていて。目の前で作ってくれるんです」
「あっそ」
 エアはサクランボ入りのクリームを花束の形に絞ったブーケクレープを、瑠々は一輪の薔薇に模したラズベリーのジェラートを注文した。
「この生クリームの絞り方、大変参考になりますね。やはり本職の方は凄いです」
「気になっていたのは食うためじゃなくて研究のためか」
「えへへ。味が気になっていたのも本当ですよ? 瑠々さんもクレープ、一口どうですか?」
「……いる。ウチのジェラートも食べてみるか?」
「はいっ、是非!」
 傾く夕暮れに、二つ並んだ影が長く伸びていく。
 充実した一日だったと胸をはれる、そんな二人のガールズデイ。

●エアのお泊りプラン!? ~こんなの確信犯じゃん~
「今日は一日ありがとうございました。晩御飯は用意しますので瑠々さんはゆっくりしてて下さいねっ」
 瑠々の家に戻ったエアは、今日一日歩いたという疲れも見せず、キラキラした満足げな笑みで頭を下げた。
「別に。ウチもそれなりに楽しめたし」
 そんなエアを見ようともせず、紙袋を部屋に放り投げながら瑠々は擦れた声で答えた。
 狭い部屋だ。恐らくエアにも聞こえているだろう。
 もたれかかるようにソファへと身を預ければ疲労が一気に襲い掛かってくる。
 案の定、良かったですと弾んだ声が台所から返ってきた。
 あっという間に出来たトマトベースのスープパスタはあっさりとしていて僅かな酸味が疲れた身体に染み渡る。
 瑠々がベーコンやバジルの香りと共につるりとした食感を楽しんでいると、エアと視線が合った。
「なに?」
「瑠々さんが美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて」
「……」
 瑠々はフォークを置こうとして、止めた。
 食べるという行為に楽しみなど無い。
 栄養素は薬で摂取できるのだから、手間暇かけて加工するのは無駄だ。
「そこそこ食えるもん出してくるんだから仕方がないだろ」
 変わったのはこいつが来てから。
 他人の家にあがりこんで、朝飯どころか晩飯まで作って食わせようとするお人よし。
 生を取り込む行為には未だ吐き気を覚えるが、回数は明らかに減った。
「今日の瑠々さんは優しいですね」
「……文句言う気力が残って無えんだよ。見りゃ分かるだろ」
 空になった自分のボウルを見ずに瑠々は鼻で笑った。
「ふふ、そうですね。今日は本当にお疲れさまでした」
 慈愛とでも言うのだろうか。エアのこの眼差しを向けられると、いつだって居心地が悪くなる。
「お皿洗ってきます。飲み物は紅茶で良いですか?」
「別に。何でも」
 ウチは楽しかったのか?
 瑠々は自問する。
 エアと過ごす穏やかな時間が心地よいと認めたくない、捻くれた心が煩くがなり立てる。
 『さっさと帰れ』。普段なら軽く言い出せる一言が、どうしても、今日に限っては言い出せない。
「はい、瑠々さん」
「なんだよ」
 がさりと音を立て、小さな白のショップバッグが瑠々の目の前に置かれる。
 虚をつかれたのか、無防備に驚く瑠々の表情は珍しい。
 差し出された紙袋ではなくエアを見上げると、嬉しくて仕方が無いという表情をしている。
 全ての情報が、瑠々に小さな驚きを与え続けている。
「これは日頃お世話になってるお礼です」
 白の紙袋には見覚えのあるショップロゴ。
 包装紙を開けてみれば、見覚えのある小瓶が大切に仕舞われていた。
「……香水?」
「はいっ。瑠々さんの好きな香りが分からなかったので半分以上ショップの人にお手伝いしてもらったんですけれど」
 エアは丁寧に言葉を紡いでは絹のように笑う。
 くすくすとした微かな笑い声が白い花のように咲いた。
「日頃からお世話になっているお礼ですっ」
「お礼って、ハ。こんな死にたがりによく買う……」
 銀の王冠に黒い茨。
 棺桶型の瓶に入った血色の香水。
「盾の形をした瓶に、真紅の薔薇が咲いている香水にしてもらったんです」
 同じものを見ているようで、まったく違うものを見ているウチとお前エア
 癖の強いジャスミンとローズ、その後に薄く続く木苺の香り。
「高貴で、格好良くて、綺麗な香りが中々決まらなくて。でもお陰で素敵な香水になったんですよ。瑠々さんにとってもよく似合うと思うんです」
 薄暗い部屋の照明にかざしても店で見た時のような豪華さはない。
 けれども薄く澱んだ真紅色は、店で見た時よりも眩しく見えた。
「……貰っとく」
「えへへ、お気になさらずっ」
 エアはそう言うと、部屋の隅においてあったキャリーバッグへと近づいた。
 ぱかっと音を立てて留め具が外れると、中に入っていたのは真っ白でフワフワな物体。
「代わりに今日は泊めてもらいますからっ!」
「オイ。そういう魂胆かお前」
 じゃーんと枕を掲げるエアはどこか誇らしげだ。
「マイ枕持参で来たのかよ。泊まる気満々じゃねえか」
「えへへっ、パジャマも明日の朝ごはんの食材もありますからね」
 瑠々は整髪料で固めた髪を崩しながら、ああ、もう、と諦めたような、優しい笑みを唇に浮かべる。
「ったく……強く言えねえよ今日は」

 ――こんな死にたがりの面倒を見て、こんなに嬉しそうな顔をするのは、お前くらいなもんだよ。

「瑠々さん、何か言いましたか?」
「別に、何でも。一応、ウチからも礼」
「礼? って、わわっ?」
 リボン付きの何かが放物線を描いてエアの掌に収まった。
 可愛い小箱の中には一輪、虹色に輝く乳白色の鈴蘭が大切に仕舞われている。
 鼻を近づけると、僅かに爽やかな森と優しい花の香りがした。
「これは……」
「入浴剤。香水屋で見つけた」
 やるよ、とぶっきらぼうに瑠々は言った。
「時々、帽子にヒヤシンスだかスズランだか分かんない花を付けてるだろ。それっぽいなと思って買っといた」
「る、瑠々さ~~んっ」
 蒼色の瞳を潤ませて、エアは瑠々の座るソファへとダイブした。
「おい息ができねえ、枕ごと飛びついてくんな。いや、枕を置いたからといって飛びついて良いとは言ってねえ。やめろ、離れろ離れろ、暑い」
「えへへ~っ、また一緒に遊びに行きましょうねっ。次はどこに行きましょう。先ほど、お出掛け情報とイベント情報が載った雑誌を貰ったんですよ~」
「行かねえ。次のご予定を立てんな。っていうか誰だよ、そんな余計なもんを持たせやがった奴は」
「香水のお店の方ですっ」
「畜生が」
 苦虫をかみつぶした表情の瑠々と満面の笑みを浮かべたエア。
 少女たちの賑やかな夜は、こうして過ぎていく。

  • Sunny Day ≒ Fanny Day完了
  • NM名駒米
  • 種別SS
  • 納品日2022年05月14日
  • ・エア(p3p010085
    ・百合草 瑠々(p3p010340
    ※ おまけSS『Mary, Mary Quite Contrary』付き

おまけSS『Mary, Mary Quite Contrary』

試着室

ワンピース売り場
白水色古典アリス/黒紅軍服女王

水着売り場
水兵帽付きの白セーラー/チョーカー付きの黒セーラー

豊穣&海洋特集
紫袴と白着物の女学生風/黒揚羽風ミニ丈浴衣ロングブーツ

日傘売り場
爽やかエンジェル薔薇レース白青/蜘蛛の巣ヴァンパイアベルベット黒赤


「……そうでございますか。先ほどのお友達に香水をプレゼントしたい、と」
「はい。難しいでしょうか?」
「正直、自信をもってお任せ下さいとは言い切れません。けれどもお客様のそういったご要望は大好物でございます」
 私は静かに闘志を燃やした。
 先ほどの友人に香水をプレゼントしたいと来店された可愛らしいお客さまのために全力を尽くそうと決めた。
 瑠々さん、と仰ったか。
 確かに独自の美学を持つ方のようだ。
「どうして香水を贈りたいのですか?」
「瑠々さんはお外に出たがらないので、少しでも外に出るのが楽しくなるようなものをプレゼントしたかったんです」
「よっしゃァァー-い!!」
「えっ」
「なんでもございません。少々気持ちが高ぶりました」
「ふふ。瑠々さんはぶっきらぼうにも見えますけど、実はとっても優しいんです」
「恐れながらエア様。私の曖昧なイメージで瑠々様の調香をするより、瑠々様をよく知るエア様がイメージして作った香りを贈った方が喜ばれると思います」
「わたしが、ですか?」
「全力で調香のお手伝いをします。少々お時間は頂きますが……幸い瑠々様は店内をご覧になっているようです。こっそりお好きそうなデザインや香りを確認していきましょう」
「わ、分かりましたっ」
 素直に頷くエア様を見て、私はとても微笑ましく思ったのでした。
 まさかその時は後から供給がもう一つやって来るとは夢にも思っていなかったのです。

PAGETOPPAGEBOTTOM