SS詳細
×× are meant to be torn apart
登場人物一覧
「あ、ああ、あ、あ……」
「おっと……此れは結構深いあるね?」
刺した掌からは思った以上に何も感じない。
心臓の拍動、溢れ出る血液の温もりだとか、そういった想像できる全てが其処に『無かった』。
本来ならば泡を口から吹いたっておかしくない筈の彼は。
「ん? そんなに顔を青くすることないあるよ~、すまいるすまいる、あるね」
ずっと、ずっと、笑っていた。
●
お母さんがおかしいんです。
或る日を堺にくるりと変わってしった。
其の日迄は普通の家族だったように思えるけれど、もう其れが唯の幻覚だったように思えてしまって仕方ない。
幸せだった筈の額縁をなぞってみてもひび割れているから正確な全てを思い出すことは出来ない。
お父さんはどこかへ行ってしまった。
お母さんがおかしいんです。
あんなにも大人しくて穏やかで普段笑っていることのほうが多い優しいお母さんだったのに。
あんなにも派手な格好をして夜の街に行ってしまうようになった。
此れ迄見ていたお母さんの姿が嘘だったのだろうか?
お父さんはずっと悲しそうな顔をしていた。
地雷系だとか。そういった格好で少女を評価するのが世界ならば、母は唯一の理解者だった。
どんな格好をしても、どんな化粧をしても、かわいいね、素敵だねと認めてくれる。そんな母が大好きだった。
けれど母はいつからか変わってしまった。そうだ、ちょうど先月の桜が綺麗だった、満月のあの日から、少しずつ狂ってしまったのかもしれない。
高いツインテール。母が特にお気に入りだった其れを今日も高く結い上げて、小さく溜め息をつく。
変わってしまった母から渡された其の『愛情』は、ちっぽけな光を携えているのに酷く重くて、其れが苦しかった。
――――ねえ、××ちゃん。『お母さん』のお願い、聞いてくれるわよね――――
そう言えば今日は母の日だったか。
其れが母からの初めてのお願いであった。皮肉だ。
夜の街に居るから、探して、×して。なんて、なんと曖昧なことか。
有り余った時間で獲物を引っ掛けて金を集ってみても満たされることはなく、空虚な心ばかりが浮き彫りになる。母から託された『愛情』は、触れてもないのにじくじくと痛んだ気がした。
――――ねえ、××ちゃん。彼は、とっても素敵な人なのよ――――
嘘だ。
あんなにも父と愛し合っていた母の姿が、嘘だったのだろうか。
嘘だと断言しきれない己の弱さに反吐が出そうだ。
悲しいと言えば救われるのだろうか。
苦しいと言えば救われるのだろうか?
解らない。どうすれば元通りになるのか、解らない。
――――ねえ、××ちゃん。彼は、――――
頬に、龍の刺青があるのよ。
そんなに都合よく其の頬に刺青のある男が見つかるとは思えなかったけれど。
どうしてだろう。今日は、ついていたのだろうか。
「嬢ちゃん、我輩の顔に何かついてるあるか?」
「……そ、その。『壺を直して欲しいんです』」
母から教えてもらった合言葉。
「…………解ったある。此方に着いて来な」
――――ねえ、××ちゃん。此の言葉を言った後――――
彼を、殺してね。
「あの、私……」
「……さてと。嬢ちゃん、我輩は其処迄優しくは『しない』あるが」
底の見えない真暗な瞳。
艶やかな黒い髪。
頬にある赤い龍の――今動いたようなきがするけれど――刺青。
男は笑っていた。けれど、心から笑っているとは思えない。
警戒と威圧感を織り交ぜた美しい笑みだった。
眦に引かれた笹紅は艷やかに光り、瞳を捕らえて離さない。
「其れも承知の上で、此処に居るあるな?」
錆びた路地裏、二人きり。愛し合う恋人の逢瀬ではなく、惹かれ合う男女の密会でもない。
小さく頷いて見せれば、冷たい手が私の手を握った。大きくてかさついた、男の手。其れなのにどうしてだろう、こんなにも鋭く感じるのは。
(……怖い)
俯き、其の手だけをよすがに更に奥へと進んでいく。其の選択が正解だったか失敗だったかを考える暇も無い儘、真っ直ぐに。
甘ったるいピンクのネオンライト。香るのはどうしてか、喪服に包まれたあの時の香り。終わりを告げるかのように鼻先を擽る線香の匂いは、もう元には戻れないことを暗に示して。
其の災禍の中央にある
「……怖がることはないある。さ、此方へどうぞ」
母とも、こうして繋がったのだろうか?
整った顔から齎される耽美な快楽の調べ。頷いて近付き、母よりの『愛情』を内に秘めたまま彼を押し倒した。
「ねぇ、」
「××って、知ってますか」
「――――嬢ちゃんのお母さんのことあるか」
嗚呼。
●
女と出会ったのはとあるバーでのことだった。
其れなりの家庭を持ち、家族を持ち。左手薬指に鈍く輝いたエンゲージ・リングとマリッジ・リング。
女は酷く泥酔していた。そして、壊れてしまったのだろう。
「娘がね、居るんです」
「あの子、いじめれていたみたいで、上手く馴染めないみたいでね、」
「私、どうしていいか解らないんです。大切にしている筈なのに、どこかで子育てを間違えたんじゃないかって、」
「夫はあの子のことをよく思えないみたいで、でも、そんなのってあんまりじゃないですか、」
「ようやくあの子がなにか大切なものを見つけられたのに、」
泣きながら、ぼろぼろと。涙を溢れさせる女の姿は、無関心だった男の心を酷く誘惑した。
「お姉さんや、幸せになれる壺を買わないあるか? ……今ならワンコインで良いある」
「ほんと? 壺なんかで幸せになれるなら、買ってみようかしら」
結果。
彼女は破綻した。
男は其れ等が望む・望まれる者に対して初めて『古物商』の顔を見せる。そうだ。だから、男は見せたのだ。
壺が望む主と、其の縁を繋いだ。唯其れだけのこと。
(……愛情、か)
豹変してしまった女は、今男の腕に絡みつき、嫌らしく笑みを浮かべていた。
以前のようにアルコールの香りを漂わせて。
あれ程愛しているのだと語っていた娘や夫への不満を語って。
壊れていった。
「お姉さん、帰らなくていいあるか?」
「あんなところ帰ったって何もありませんもの、今は貴方と一緒にいたいです」
「そうあるか~」
けた、けた。
男は只笑みを浮かべ、明確に拒絶はしなかった。
其れがいけなかったのだろう。女は其れ以上を求めてきた。
もっと。もっと。薄いリップは赤いルージュへと変わっていく。
毒づいていく花は盛り、そうして女は破滅を選んだ。壺は求めた。女の骸を。
「……今日で最後ある。其れじゃあ、さようなら」
「ねえ、どうして? どうして?!」
理由ならば既に充分だ。其れは古物商たる男の仕事ではないから。そして。
(……此の壺、なかなか修羅場を望むあるね?)
新しい壺が縁を見つけたからだ。
●
ギシ、とスプリングがきしみ、白いシーツが乱れていく。
やけに白い男の身体は引き締まっており、本来の少女ならば目を向けることですら恥じらったに違いない。けれど、少女は正気ではなかった。
「あのね、」
「××って名前、わ、私の名前なんです」
「お母さんと繋がっていたのは、あ、貴方なんですね」
自分の身体が誰かに乗っ取られてしまったようだった。
声は震えて、上擦っているのに。其れなのに、無防備に母からの愛情――包丁を取り出して、男の上で構えた。
男はたじろぐ様子もなく、只少女の瞳を見つめるだけで。
「私、の、お、お母さんを返してください」
「あ、貴方の、せいで、わた、私の家族、めちゃくちゃに、なって、て」
「其れで、お母さん、私に、言ったんです」
「貴方を殺せば、元に戻ってくれるって」
泣くつもりはなかったのに、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
こんなことをしても意味はないと解っているのに、其れでも身体は止まらないのだ。
まるで操り人形みたいだと、長い袖で目元を拭う。きっと化粧はめちゃくちゃだ。
「だから、貴方を殺させてください」
「まぁ、良いあるけど」
(いいんだ……)
「でも、屹度無意味あるね?」
にぃ、と笑みを浮かべ。其の笑みは挑発的で。どうせ出来っこないと笑っているようで。其れが、悔しくて。
大きく振りかざして――ぐさり。
びくん、と大きく身体を跳ねさせて、男は死んでしまった。ように、思えた。
「あ、ああ、あ、あ……」
殺してしまった。
殺してしまった。
でも此れで、お母さんが戻ってくる。
「おっと……此れは結構深いあるね?」
刺した掌からは思った以上に何も感じない。
心臓の拍動、溢れ出る血液の温もりだとか、そういった想像できる全てが其処に『無かった』。
本来ならば泡を口から吹いたっておかしくない筈の彼は。
「ん? そんなに顔を青くすることないあるよ~、すまいるすまいる、あるね」
ずっと、ずっと、笑っていた。
「あーあー、また泣いてるある……ほら、化粧が台無しあるよ?」
「ど、どうして、どうして生きているの」
「どうして? ……さあ」
パンドラの加護があることを知らない少女にとって、男は脅威に他ならない。
くっく、と笑みを浮かべた男の顔は相変わらず意地悪だ。心臓には相変わらず綺麗に包丁が突き刺さって、ベッドにもしっかり刺さっていた筈なのに、男は起き上がって少女を抱きしめた。冷たい身体に少女の熱が溶けて、飽和して。
「っ――――」
少女は泣いた。
どうしたって、元には戻れないことを悟ったから。
「……ほら、目瞑って」
「で、でも」
「気にすることないある。此れでも我輩、長生きあるからね」
「そんなあ……」
泣きつかれて、正気に戻った少女に対して男が提案したのは化粧直し。
そういう場所にはそういうものもいくつかはあるようで、アメニティの一部を使って少女の化粧を落とした。
「あんまりすっぴん可愛くないから嫌なんですけど……」
「目鼻立ちがくっきりしているから、こんなに重ねなくても屹度輝くあるね。ほら、目を閉じて。粉はたくあるよ~」
「わ、は、はい……」
屹度上質な化粧品を使っているのだろう。甘いのに化粧品独特の粉っぽさの少ない其れは、次に少女が目を開けたときには別人のような顔に仕上がっていたのだった。
「わあ……」
「力作あるね。後は……ヘアセットあるか? まぁでも、其の格好に合うようにはしておいたある」
「な、なんでそんな……化粧にヘアアレンジまで……?」
「所謂処世術あるね。まぁ嬢ちゃんは気にしなくていいある」
ぽんぽん、と頭を撫で。男は服を着、問うた。
「ところで嬢ちゃん、今日中に家出をすることって出来るあるか?」
●
「……ただいま」
「××! おかえり、どうだった?」
「……其の。ね。逆に、追いかけられてる。もうすぐ此の家にも来ると、思うの」
母の顔を直視することは出来ない。
父に連絡を取った。すぐに迎えに来てくれるとのことだった。
母は駆け寄って。
「ねえ、何其れ」
少女を、叩いた。
「其の化粧、彼と同じ匂いがするわ。ねえ、どういうことなの?」
「こ、此れは、」
「ねえ!!? 何が違うの?!」
嗚呼。どうしてだろう。
玄関に置いたままの小さな花瓶。母が買ってきたのは、此れよりももう少し大きなものだったっけ。
あの男の人は救ってくれると言ったけれど、其れならどうして私は押し倒されて殴られているのだろう?
母だった何かに対して積もっていく軽蔑、軽蔑、軽蔑。
歪んだままの赤い三日月は、ずっとずっと此方を見続けている。
「リー、さ、……」
ピンポーン、と警戒にインターホンが鳴った。
せっかく整えてくれた化粧も、屹度此れではまためちゃくちゃだ。
リビングにて倒れた私を庇うように立っていたのは、父と、彼だった。
「…………」
「おい、此れは一体どういうことだ!!」
安心したのか。其れとも、拒絶か。
私は意識を保つことが出来なかった。
●
ゆめをみていた。
おかあさんとおとうさんがわらっていて。
それから、わたしもわらっているゆめだ。
おかあさんがつくってくれたはなかんむりからは、うみのにおいがしたんだ。
●
「ど、どうして貴方たちが、一緒にいるの」
「……××から連絡を貰ったんだよ。どうして××に手を出しているんだ」
「どうしてって……此の子がいけないのよ!! 此の子が、私の彼を奪うから!!」
「お前の夫は俺だ!!」
「違う、違うわ、此の子のことを認めない貴方なんて家族でもなんでもない……!!」
いやだ、いやだ、と。首を横に振った女の頬を叩き、夫は彼女を強く抱きしめた。
「……すまなかった」
「………………」
「お前の優しさに甘えすぎていたんだな」
「……」
「もうお前を失望させたりなんかしないと、誓うよ」
物語はハッピーエンド。
「に、なるわけないある」
抱き合った二人の男女の真ん中を貫いたのは、誰の腕だったか。
二本の腕が貫いた其の身体より取り出されたのは、二つの心臓。
「うーん、新鮮な心臓は瑞々しくて良いあるね……我輩にもこんな頃があったような気がするある、が忘れたあるね」
恐怖に満ちた顔をする二人を。男――黒龍は。
「ちょっとオテツダイ、して貰うあるね?」
フルーツナイフで、切り開いた。
おまけSS『フルーツパフェ』
●
「美味しいあるか?」
「は、はい……あの、私、何も覚えて無くて……」
「ご両親あるか? 改心して海外に労働に行ったある。ご苦労なことあるね~」
再現性東京のとあるスイパラ内。仲睦まじく語らう男女の様子があった。
「ええと……此のお礼は、どうすれば?」
「そうあるね……あ、あの壺を大切にしてくれればいいあるよ?」
「そ、それだけでいいんですか? でも、他にお手伝いとか……」
「……其れじゃあ、ちょっとアイバンクにお使いに言ってもらえるあるか? 丁度4つ、新しいのが入ったあるよ」