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ふたりならんで
登場人物一覧
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紫の瞳がレシピ本の一文をなぞる。
「牛もも肉 150g、赤ワイン 100ml、黒胡椒を適量……適量? それはつまり、何gの事なんだ?」
『一ノ太刀』エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)は眉をハの字に寄せた。初心者向けのレシピ本だと聞いて手に取ったというのに、適当な説明をされては困る。
「お次は人参の乱切りか。……乱切りってのは、どんだけ細かけりゃいいんだよ?」
レシピ本の解説を一行読み進めるごとに、悪戦苦闘するエレンシア。そんな彼女の背中に影が落ちた。流麗な男の声がキッチンに響く。
「エレンシアさん」
「乱っていうからには適当でいいんだろうけど、デカく切りすぎても格好がつかねぇし……」
「エレンシアさん」
「あぁっ、もう全っ然わかんねぇ! もっと初心者のあたしにも分かりやすく説明して――」
大きな影はそのまま――迫った。
ドン! と耳の傍で音がして、エレンシアは肩を縮こませる。ゆっくりと見上げれば、息をのむほど丹精な顔がすぐそこにあった。
壁際に追いやられ、『穹の天使』ルシ(p3p004934)のあまりの近さにエレンシアは言葉を詰まらせる。
「~~ッ!」
ざわざわ。羽根の末端まで、くすぐったい様な奇妙な感覚が駆け抜ける。早鐘をうつ胸の音に、彼は気づいているだろうか?
――気づけよ。
――気づくなよ。
いつもならスパッと言えるのに、距離感のせいだろうか……矛盾する想いが心の中で交差する。
「あなたにとって料理とは、そんなに熱中できるものなのかい?」
「なっ、……」
――私よりも、と暗に含めるような声音に、エレンシアはあたふたと視線を彷徨わせた。
どうにも距離感がバグっているせいで、返答ひとつにさえ困ってしまう。なんとか壁ドンの状況から抜け出そうと思考するが、ルシには隙が見当たらない。
(どうなってんだよ、この状況……ッ!)
最後には観念し、持っていたオタマを口元に当てて、そーっと視線を上げて彼を見た。エレンシアの頬はほの赤く、上目遣いの瞳がほんのちょっとだけ潤んでいる。
「だっ、誰のせいでこうなってると思ってるんだ!」
「私のせいですか? ……すみません?」
「そこ疑問符つけるのはおかしいだろーー!」
彼女の精一杯の叫び声に、ようやくルシは身を引いた。
ぐったり脱力するエレンシアを横目に、本気で心当たりがなかったのか顎に手をあて記憶の奔流を遡る。
「そういえば、あの日は随分とテンパっている様だったね」
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「子ロリババアのフィレ肉のステーキでございます」
「きたきたぁ! 待ってたぜー!」
ノジャアアァァ……と鉄板の上で焼ける音を立てる肉を、ナイフで大きめに切り取る。
成人男性すら躊躇しそうなサイズのそれを、あーんと大口を開けひと口でかっ食らい。エレンシアは噛みしめるように至高の味を堪能した。
肉汁の甘さは材料の品質もさる事ながら、料理人が手を尽くして下ごしらえしたであろう努力も伺える物だった。
「やっぱりルシが連れてきてくれるレストランは美味い店ばっかりだな。おかわり!」
「相変わらずいい食べっぷりだね、エレンシアは」
「なんだよ、食いすぎだって言いたいのか? ひと悶着あったんだ。いい事した後ぐらい、ご褒美に好きなだけ食ったってバチは当たりゃしないだろ」
持っていたフォークを指揮棒のようにゆらゆら揺らして彼女は語る。失われたAPは美食でしか取り戻せないのだと。
今日は本来なら、昼から2人で幻想の街をショッピングする予定――だった。街中で強盗団を見つけるまでは。
いざ相手取ってみれば、盗賊が仲間を呼ぶたびわらわら増えて、気付けば街道がならずものだらけになっていた。
『このままではキリがないね』
『だったら尻尾まいて逃げるか?』
軽口をたたくエレンシアに、まさかとルシは笑い返した。エレンシアは最強を語るに相応しい攻め手を持つが、その力を維持するには守り手たるルシの協力が必要だ。
攻め入ってきた盗賊団のボスを、ルシがブロッキングバッシュで強かに打つ。ハルバードでくり出した一撃が見事に決まり、もんどりうって倒れた所へエレンシアが白銀麗刀・白鴉を振り上げる。
『守りは任せて、好きにやるといい』
『言われなくても遠慮なく……楽しいデートになってきたじゃねぇかッ!』
覇竜穿撃――竜撃の一手がボスを仕留めた。主格を失い同様が走る盗賊団を押しのけ蹴散らし、衛兵が駆けつける頃には、陽が沈みかけていた。ディナーの時間だ。
ルシが得物をおろしてエレンシアを見る。折角のデートがこれだけ邪魔されてしまえば、不満のひとつは出るだろうと思っていたが――意外にも、彼女は笑っていた。
盗賊団の被害にあった親子から何度も何度もお礼を言われ、「あたしは別に……」なんて返事に戸惑う姿も、そんな親子の背中を見送りながら「よかったな」と静かに呟く横顔が、とても美しいものに思えたのだ。
――興味深い。
怒ったり自慢したり、彼女の心は万華鏡のように移り変わる。その彩りは何千年と生きたルシにさえも目新しく、興味深いものだった。
そんな中で、この日彼女が見せた色に、ルシは更なる興味をそそられた。人を慈しむ時は、こんなに繊細な
この感情の行く末は何処へ行くのだろう。それを知るには、相手を深く理解する事だ。
食事の合間に、もっと彼女を知っておこう。まずは――
「あなたが美味しそうにご飯をいただいている姿は、私としても食欲を分けて貰えるから構わないけれど」
「だったら何も問題ないじゃねぇか」
「――エレンシアさんは料理をしないのかい?」
単純な質問だった。これほど食に感心が向いているのならば、自炊にも興味があるだろうと。
急に静まり返るテーブル。エレンシアは――新しく切った肉を口に入れたところで動きを止めていた。
「おや。何かまずい事を聞いてしまったようだね」
「むぐっ! ん……べべべ、別にぃ!? あたしはそれなりに作れるけど!」
因みに、彼女の"それなり"が指すのは「魚を焼いたやつ」や「肉を焼いたやつ」の事である。
(料理なんて従者がするからサッパリだぜ。でも、それをルシに知られるのは……なんかムカつく)
「あたしより、ほら。ルシはいいよな! 料理なんか出来なくたって、作ってくれる女性がまわりに沢山いるんだろ?」
「エレンシアさんが作ってくれるなら、そうかもしれないね」
「そうそう、あたしが――って、何であたしが!?」
「おや、作れないのかい?」
「できらあっ!!」
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そう――勢いあまって言ってしまったのである。料理ぐらいできると。食事会のひとつぐらい俺の館でやってやるさと。
結果、ルシが訪問する時間を過ぎた事にも気づかずエレンシアは調理に没頭する事になった訳で。
「それで、何を作ろうとしていたんだい?」
「……笑うなよ?」
「嗚呼、このページならビーフシチューだね」
「自己完結するぐらいなら聞くなよなッ!」
恥ずかしくて顔から湯気が出っぱなしだ。呻くエレンシアの傍らで、ルシが服の袖を捲った。
「何してるんだよ」
「完成しないと私も今夜くいっぱぐれてしまうからね」
ほら、と促される前に台所で二人は並び立つ。はじまった調理はぎこちない物だけど、ルシは咎めるでもなく任された作業をこなして行った。
「次は赤ワインを少量だね」
「だから少々とか適量とかって、どうすりゃいいんだ馬鹿野郎ーーっ!!」