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苛烈に強き鬼神へ
登場人物一覧
――常に想い描くのは心捕らわれたあの瞬間の"あなた"。
エメラルダ・バージェスは、恍惚とした表情を浮かべながら。
目の前に居る存在を越え、遠くを見つめるように翠色を細めていた。
「……あのとき私は、胸を貫かれてしまいました。……そう」
赤く濡れた片腕を天に掲げ、そのまま片手の拳をグッと握って。
「文字通り……激しく、グワシッと! 情熱的に!」
叫ぶように声を張り、握った拳に力が篭る。
エメラルダの翠の瞳は、目の前の光景を映していない。
彼女が想起し、見つめているのは一人の男――逞しい巨躯、凛と着こなされた袴姿、結われた長髪の黒髪、鬼神の如くの雰囲気を纏う強き武人。
「鬼、迅衛……」
名を口にした瞬間、エメラルダの身体に沸くように痺れが生じて。
思わず、熱吐息を零し、握った片手を寄せて、胸元を掻き抱く。
その掻き抱いた胸元――エメラルダの美しき白い柔肌に似合わぬ苛烈な傷痕は、彼女と鬼迅衛の縁。
強き者との戦いを望み、好む者同士――出逢えば死合う、それは必然の事。
得物の三叉槍を振るい、持てる技術と気迫を全て以て臨んだ一戦。
それは、鬼迅衛の得物の大太刀――ではなく、彼の素手の手刀、その貫手によって彼女は敗北を齎された。
「ああ……」
深く肉に食い込む貫手の感触。
心の臓腑まで貫かんとする手刀の熱、苛烈さ、圧倒的な強さの体験。
思い返すだけで、鼓動が疾る。
「私は……あなたと、どうなりたいのでしょう。……私は、あなたとどうしたいのでしょうか」
彼を想う感情に、折り合いがつかない。
この胸の鼓動が示すのは、同じ戦士としての尊敬や憧れなのか。
または好敵手として、友情にも近い親しみの感情なのか。
それとも女性として、一人のハーモニアとしての恋慕の情なのか。
掻き抱いた掌を離し、胸元を眺めればそこにはぬるりとした赤色に濡れていて。
ますます、貫かれて心を――命を、掴まれた時の感覚が蘇り、漲ってしまう。
「……ねえ、"あなた"はどう思います?」
翠の瞳に色が戻り、ふい、と視線が遠く離れた先から至近距離へと戻る。
足元に視線を落としながら、エメラルダは美しい顔に微笑みを浮かべて――踏みつけていた"それ"に尋ねた。
それは名もない凡百の魔種。
エメラルダとその魔種は決闘していたのだ。
赤く濡れた彼女の腕、それは魔種の返り血であった。
三叉槍を刺し抜き、地へ伏し這い蹲る魔種を踏みつけ。
戦いの最中に彼女は想っていたのだ――鬼迅衛、その人を。
「……あら、これは困りましたわ」
……ふと、突き立てた三叉槍が魔種の胸元を貫いていたことに気付くと、エメラルダは自身の胸元を指先で愛おしそうに撫でながら囁きかける。
「あなたの傷、私と同じ位置ではないですか。……ふふふっ、お願いですから私には惚れないでくださいましね」
苛烈に心を奪われた、惚れてしまった彼を想いながら――そう語りかける彼女の言葉は、冗談でも何でも無く、真にそう思っているのだと感じさせられる声。
童女のように、くすくすと楽しげに笑いながら言葉を紡いでから、三叉槍を引き抜いて、槍に感じた肉の固さに。
「……あらあら? 静かだと思ったら、あなたもう死んでらしたのね?」
愉快気に三日月を描いた翠の瞳を、つまらなそうに細めて呟く。
事切れ、血も肉も固まってしまった名もない凡百の魔種は、興味を失くした彼女の視界に二度と映ることはなく。
嗚呼、願うならば。
鬼迅衛のように完膚なきまでに屈服させてくれるような強者を。
魔種、それにイレギュラーズも良い。
最近『拳でビームを破壊した』なんて風の噂を聞き、興味の湧いたイレギュラーズ。
未だ逢い見えぬ強者の予感に胸を躍らせながら、美しき金糸を靡かせて。
決闘相手だったものをそのままにして、エメラルダは次なる強者を求め、その場から立ち去るのだった。