PandoraPartyProject

SS詳細

例えば僕らの間に

登場人物一覧

鮫島 リョウ(p3p008995)
冷たい雨
鶴喰 テンマ(p3p009368)
諸刃の剣


 聞いてないぞ。
 触れれば折れてしまいそうな小さな手を見ながら、俺はぐるぐると“聞いてない”の五文字を頭の鍋で煮込んでいるのだった。



 俺とリョウは、一つの依頼を受けた。
 家事の手伝いをしてほしいという簡単なもので、荒事もなさそうな文面だったし、なら、と俺達二人が引き受けたのだ。
 場所は幻想内、住宅街。何でこんなに美味しい依頼が放っておかれていたのか不思議なほどだった。
「不思議ね」
 道中にリョウが言う。
「こんなに簡単な依頼、誰でも出来そうなものだけれど」
「そうだな。でも……皆他の依頼で忙しいのかもな」
 例えば覇竜領域が開けただとか。
 例えば鉄帝の上空に浮遊島が現れただとか。
 そういう“新鮮”な話題に他の特異運命座標は敏感だから、そちらを優先したのかもしれない。
 俺は別に其れを責める気はないし、出来る奴がやればいいと思う。俺達のように幻想に残っている特異運命座標が、幻想の安全を守ればいいと思う。今はきなくさい話も無いし。多分其れはリョウも同じことを思っているだろう、……と、思う。

「あらあら、よくいらっしゃいました」

 出迎えてくれた夫人はとても優しそうな穏やかな顔をしていて、幻想に住む一般の人、をかたちにしたような人物だった。
 赤子を一人抱えている。俺はいつも不思議で、どうして女性はこんなに脆い生き物を抱えていられるんだろう、と思わずにはいられない。俺が抱いたら折れて崩れてしまいそうだ。
「見ての通り、赤ちゃんのお世話が大変で……他の家事がお恥ずかしながらおろそかになってしまっているの。だから色々と手伝って欲しいのだけど」
「判りました。あがっても宜しいですか」
「ええ、勿論! 貴方がたは……」
 夫人は首を傾げる。ご夫婦? って聞きたいんだろうな。
 俺としては頷きたい気持ちで一杯だったが、リョウが「姉弟です」と言ったので、小さな企みは失敗に終わった。
「まあまあ、ご姉弟で受けて下さったの? 仲が良いのねえ。じゃあ、ええと……いえいえそうだわ、どうぞおあがりくださいな」
「ではお邪魔します」
「お邪魔します」
 どうもこの夫人はそそっかしいところがあるようだ。僅かな会話で其れが伺える。
 家に上がらせて貰うと、成る程、部屋は散らかっていたし洗濯物はそのまま。お恥ずかしいわ、ごめんなさいね、と夫人が言う。
「いえ。では、何からすればいいでしょうか」
「ええとね、じゃあ、この子を見ていて下さる?」

 ん?

「其の間に私がお部屋を片付けてしまおうと思っていたの。もし他の方……例えば屈強な男の人とかね? そういう方が来たのなら、お部屋の片づけをお願いしようと思っていたのだけど、貴方がたはご家族だし、女性もいらっしゃるから。だから、この子をあやしていて欲しいの。大丈夫! ミルクはさっきあげたし、おむつも替えたところだから抱っこ以外で泣く事はないと思うわ!」
 夫人はぽや~、とのんびりした顔で笑う。
 見知らぬ存在に赤子を預ける事に不安を感じないのだろうか。お人よし過ぎて逆に心配になって来る。
「……」
 どうする、と俺はリョウに視線を送った。
 リョウは俺をちらりと見て返すと、夫人に向き直り、判りましたと頷いた。……マジかよ。今の一瞥はアレか、“大丈夫”の視線か。大丈夫か?
「まあまあ! じゃあお願いするわね! 何か判らない事とかあったら聞いて頂戴ね! 名前はティモシーっていうの、男の子よ」
 あう、と赤子が声をあげる。
 生まれて数か月といったところだろう。見知らぬ客人である俺達を興味深そうに翠の目でじっと見ている。
 リョウは夫人から赤子を受け取ると、大事そうに抱いた。何処でそんな経験を積んだのだろうと思う程、慣れた抱き方だった。
「判りました。ではティモシー君を少しお預かりしますね」
「ええ! 客間は綺麗だから、其処で暫くあやしていて貰えると助かるわ~!」



 赤子……ティモシーの手は本当に小さくて、俺が触れたら壊してしまいそうだ。
 リョウはティモシーを抱いてゆっくり揺らしながら、不思議そうに俺を見上げた。
「さっきからどうしたの」
「え」
「テンマ、この子の事避けてるでしょう」
「……」
 避けていない、というと嘘になる。
 赤子なんて遠目に見た事しかないし、こんな近くで見た事も、触れた事もない。……寧ろ俺が不思議に思うのは、其れはリョウも同じな筈なのにどうしてリョウはティモシーを楽々と抱いていられるのか、というところだ。
「……寧ろ、リョウはなんでそう抱いていられるんだよ」
「え?」
 だから、素直に其の疑問を口にした。
「赤ん坊と触れ合う機会なんてなかっただろ。なのに、抱いた事あるみたいに、……」
 巧く言えない。何と言ったら良いのだろう。
 余り言い募ると赤ん坊に嫉妬しているみたいに聞こえるかもしれない。俺は別に嫉妬している訳じゃなくて、純粋に不思議なだけなのだ。
 其れとも、女性にはそういうものが生まれつき備わっているのだろうか。
「……そうね。確かに、どうしてかしら」
 あう、あう、と意味を成さない言葉を吐きながらリョウを見上げるティモシーを揺らしてあやしながら、リョウは呟く。
「赤ん坊を抱くのは初めてなの。でも、なんだかすんなりと出来て。……小さい頃にテンマをあやしていたからかも?」
「え。そうなのか」
「判らない」
「……なんだ、冗談かよ」
「ふふ」
 小さい頃の記憶なんてないから、リョウにあやされたかどうかの真偽は定かでない。リョウもきっとそうだろう。
 俺もティモシーがいるという事実に少しずつ慣れて来て、人差し指を其のふくふくとした手に伸ばす。まだ掴むと壊れてしまいそうだという気持ちは消えないから、指先だけ。
「あ、うー」
 其れは赤子特有の反射なのだろう。伸びてきた俺の指が小さな掌に触れると、きゅ、と小さな人形みたいな指が俺の指を握り込む。其れはとても弱々しくて、でも、確かに生きているという熱を俺に伝えてくれる。暖かい。

 ……俺とリョウの間に、もしも。

 そんな事を考えてしまう。
 想いさえ伝わっていないのに何を、という感じだが、其れでも考えてしまうくらいは許して欲しい。リョウにも言えない、俺の一方的な妄想だ。ティモシーの翠の目は夫人に似ているが、俺達の間に子が出来たら、何処が誰に似るのだろうか。瞳はリョウに似て欲しい。彼女の本来の目の色――空のような薄青い色は、とても綺麗だから。俺の赤より、そっちの色に似て欲しい。
 髪の色は……どうだろう。女の子ならリョウの桃色になって欲しいし、男の子なら俺の黒で良いんじゃないかと思う。男で桃色の髪となると、苦労する事もあるかもしれない。俺だって一応人並みの情はあるので、子に苦労して欲しくないという気持ちはあるのだ。

 指を握り込むティモシーの手はとても小さい。この手がいつか、家族を守る手になるのだろうか。俺が小さい頃、リョウを護ると誓ったように。剣を握る手に、盾を取る手に、なるのだろうか。其れとも商人の手になるのだろうか。
 赤子の可能性は無限大だ。小さく手を揺らしてみると、楽し気にティモシーは目を細めて笑った。もう反射でなく笑う年頃だと、夫人は言っていた。だからきっと、楽しいのだろう。
 俺が“壊れそう”だなんて思ってる事、知らないんだろうな。
 思わず苦笑すれば、リョウが不思議そうな顔をした。
「どうしたのテンマ、さっきから百面相して」
「してたか?」
「してたわよ。笑ったり、考え込んだり、苦笑いしたり」
「……色々考えてた」
 俺とリョウの間に、だなんて、そんな事は伝えなくてもいいだろう。
 だって、俺はリョウに想いを伝えるだけで精一杯で。子をもうけられるなんて思っていないし、下手すれば一生姉弟のままって可能性もあるんだ。
 だから、言わない。これは俺だけの秘密だ。
「……テンマも抱いてみる?」
「え?」
「暖かいわよ」
 赤子の魔法だろうか。
 リョウは少しだけ、でも確かに微笑んでいた。手で円を描くようにしてみて、と言われて、俺はぎこちなく言われた通りにする。リョウが赤子を抱く腕を伸ばして、俺の描いた円の上に赤子を乗せた。
 ――頼りない重みだ。とても軽い。放り投げたらそのまま空へ飛んで行ってしまいそうな、儚い重さだった。
「だ、だ。うー」
 ティモシーは矢張り、意味を成さない言葉を繰り返して大人しくしている。他人二人に抱かれても泣かないのは正直偉いと思う。
「う」
「ほら、揺らしてって言ってるわよ」
 楽し気にリョウが言う。楽しそうなリョウを見るのは久しぶりかもしれない。
 俺は言われるままに、左右に揺らしてみた。強すぎると言われたので、もう少し手加減して……これって揺らしているっていうのか? 微動すぎやしないか?

「……ティモシー」

 優しくリョウが、名前を呼ぶ。ティモシーの円い翠色の目が、彼女を捉える。
 どうしてだろう。俺は嫉妬はしなかった。胸がぽっと暖かくなる気さえした。其れはきっと、ティモシーを男だと思っていないからなのだろうけれど。
 この優しい時間が続けばいいのに。
 もし終わってしまっても、またいつか、訪れれば良いのに。
 そんな事を考えてしまった。

 ああ、でも――リョウのあの優しい目に、俺を映して欲しいとは……ほんの少しだけ。

  • 例えば僕らの間に完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2022年05月03日
  • ・鮫島 リョウ(p3p008995
    ・鶴喰 テンマ(p3p009368

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