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Who are you?
登場人物一覧
夢を見ているんです。
血に濡れて、寂しそうに何かを求める誰かの姿を――。
●あかく、あかく
ぽたり、ぽたり、ぽたり。
多くの場合、マリエッタ・エーレイン(p3p010534) の夢はその音から始まる。一定間隔で何かが落ちるその音の中で、マリエッタの視界は明瞭になっていくのだ。
次に感じるのは、「赤い」ということだ。ポタポタ落ちる赤や、広がっている赤の中に『マリエッタ』はいる。しかし、いるのはマリエッタではない。鏡を見つけるとまるで自身の美貌を確認するかのように、フ、と笑みの顔を作ってみせる
夢はいつだって、マリエッタの意思とは関係なく進んでいく。――とは言っても、マリエッタに意識らしい意識はない。いつも目覚めた時に覚えていたら「またあの夢を……何であんな事を……」と思うことしかできない。
女が行う悪行は、同じ時もあるし、違う時もある。けれど共通しているのは、全て『悪行』と呼んで良い行いだった。普段のマリエッタならば到底しないような、どれも血なまぐさいことばかり。
生きている人間にナイフを振り下ろす日もあった。
死んでいる人間を切り刻んで解体する日もあった。
生きているのか死んでいるのかわからない人間を何人も磔にして、滴る血を猫脚のバスタブに溜めている日もあった。
お家に帰してと泣く子供にしいっと指を立てて笑み、ゆっくりとナイフを挿し込んでいく日もあった。
何のためにそれらが行われるのかは、マリエッタにはわからない。難しそうな古めかしい本が積まれた薄暗い部屋と儀式めいたあれやこれやの記憶が薄れてしまいそうなくらい、いつだって夢の中は赤――血色一色と悲鳴に染まっていた。
そして今回の夢は――。
コツコツ、コツ。
石畳を硬い何かが叩く音が続いていく。眼前からはバタバタと慌ただしい音が響き、ガシャンと何かを倒したり転がる音、そしてヒイヒイと引き攣るような息遣いが聞こえてきた。
コツコツという音はひとつも乱れもなく、流れていく景色とともにそれが
「ねえ」
女が口を開く。鏡の中に見た綺麗な
前方から、辛うじてヒイと聞こえるような妙に嗄れた声が上がる。
鼠が我が物顔で闊歩するような薄暗い路地の片隅で、襤褸のような男が必死に身を縮めている。
「あたしのこと、美しいって言っていたたわよね。綺麗だって、何よりも綺麗だって。あたしの美しさがあれば他に何もいらないって。そう、言っていたわよね」
歌うように告げられる言葉は、きっと事実なのだろう。事実、男はそう言って、女は嬉しいと美しく微笑んだ。
なのにどうしてと、女は朝露の重さに首を擡げる白百合のように憂うような吐息を零した。
「あたしの美しさのために貢献できるのは、喜ぶべきことでしょう?」
ねえ?
女がまた、美しく笑う。
恐怖に見開かれた男の瞳に、楽しげに笑う女の姿が映る。
寸前まで隠されていた月が雲間から覗き、ギラギラと怪しく光るナイフの柄に嵌った大きな宝石を煌めかせる。
視界が赤く赤く染まり、女の楽しげな笑い声が響き――。
「……ああ、違うのね」
最後にひとつ、悲しげな声が落とされた。
赤に沈む男はもう、うめき声ひとつ返さない。
●しろく、しろく
目覚めるといつも、マリエッタは自身の手を見てしまう。
その手を見て、赤く濡れていないことにホッと息を吐くのだ。
(どうしてあんな夢を見るのでしょう)
あの白髪の女性が何故あんなことばかりをするのか、マリエッタにはわからない。
あまりにも同じ女性の夢を見るものだから、誰かに相談してみるのも良いのかもしれない。
解決しなくとも、話せば楽になることだってある。確か専門のお医者さんもいたはずだ。
内容は詳しく話さない方が良いだろうが――そこまで詳しく覚えている訳ではない。
(もう少し様子を見て、それでも夢を見続けるのなら相談してみましょう)
覚えているのは、知らない女と。赤く染まる
(血は苦手ですし、いつか悪夢を見ない日が来ますように)
そうして見下ろした手は、いつもどおりの白を湛えていた。
――夢の中の彼女が『