PandoraPartyProject

SS詳細

花見酒

登場人物一覧

死牡丹・梅泉(p3n000087)
一菱流
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士

●道場破り
「たのもーう!」
 幻想北部に存在する商都サリュー。
 アーベントロート派より実質的な自治権を獲得したバダンデール家の麒麟児として、『サリューの王』とも称されるクリスチアン・バダンデール邸は『一見しては』サリューの民にとって重要な政治拠点であり、民草が商用や陳情で訪れる事も多い場所ではあるのだが――実際の所、この所のバダンデール邸はそこまで気安い場所では無い。
 嘘吐き大サーカス(シルク・ド・マントゥール)事変で生じた『原罪の呼び声』により、魔種としての覚醒をしたクリスチアンはその圧倒的な才覚をそれまで血道を上げていた『公的な維持と発展』の逆に振り分けるようになったのだから当然なのだが。幻想に潜む危険の残り香、その闇の一端は幸か不幸か『魔種化の影響さえ完全に自身の内でコントロールするというクリスチアンの圧倒的な才覚』という離れ業により、これまで顕在化はしていない。
「たのもーう!」
 だが、本質というものはそう簡単に隠し遂せるものではなく。バダンデール邸はその当主の変質、そして玄関から響く少女の声に眉をピクリと動かした剣客の存在により、以前に比べ多少剣呑な場所になったのは事実である。
「たのもう!」
 少女の声が三度を数えた時、ソファに座って白磁のカップを傾けていたクリスチアンが遂に噴き出した。
「バイセン、彼女は君に用なのだろう?
 何だっけ――こういうの、君達の文化圏における『道場破り』ってやつだっけ」
「他人事と思って愉しみよって」
 楽しげなクリスチアンを睥睨し、こちらは湯呑を手にした梅泉は何とも不機嫌な顔をした。
 死牡丹梅泉がローレットのイレギュラーズと偶然に会敵し、刃を交わしたのは暫く前の事である。その戦い――死牡丹遊戯は彼にとっても旧知であるイレギュラーズの奮戦もあり、非常に充実したものとなったのだが――
「何人か足りぬとは言ったが、まさかこんなに早いとは」
 思わず一人ぼやいた梅泉が脳裏に描いたのは彼曰くの「面妖な娘」。
 即ち、自身とは何かと数奇なる縁の深い声の主――サクラの顔だった。

 ――私は絶対に退かない。先に言っておくけれど――ああ、最後まで言わせてね。
   私だって……本当は貴方と戦いたいわ。
   でもついでは嫌。邪魔されるのも嫌。仕方なく戦う、じゃ嫌!
   心置きなく、私の全部で貴方と戦いたいのよ!
   誰かに作られた状況も、目的もいらない!
   ただ貴方と戦う! それだけで良い! それだけが良い!!!
   それでも押し通るって言うなら、意地でも邪魔するわ! まず私を斬り捨てて進みなさい!

 髑髏の夜に大層な啖呵を切っただけはあり、サクラが『諦める』訳が無かったのは知れていた。
 何処か不思議な所のある彼女がクリスチアン曰くの『道場破り』に出たのも分かる。
 とは言え、表立ってのものではないとはいえ敵の渦中にこのように飛び込んでくるのは相当の危険が伴う事だ。
「信頼されたものだね、バイセン」
「……ふん」
 揶揄する調子のクリスチアンの言葉が一瞬だけ真剣味を帯びた。
 サクラがこうも馬鹿馬鹿しい程に『敵の手の内に飛び込んでくる』のは偏に『今回の件でサリューが卑怯な手等とる筈はない』という確信めいた信頼によるものだろう。当主のクリスチアンがそういう感想を抱かれる訳はないのだから、その信頼は全て梅泉に向けられたものであると言える。
「果し合いか。君達らしいと言えばらしいが――念の為聞くが、手出しは無用だよな?」
「したら、主を最初に斬るぞ」
 外で呼びかける少女の声は幾度を数えたか。
 湯呑を置き、腰を持ち上げた梅泉は二本の刀を腰にさし、クリスチアンに言葉を返す。
「先にも増した戯れじゃがな――たまには好敵を育てるも、良き時間になるというものよ」
 肩を竦めたクリスチアンは酷く意地の悪い顔をした。
 その言葉はそれ以上でも以下でも無かったが――本人も知らぬ内に僅かに言い訳めいていた。

●梅か桜かI
「私がいないところでイレギュラーズと戦ったらしいじゃない?」
 漸く呼び出しに応じた梅泉を見るなり、サクラはその可愛らしい唇を尖らせて早速とばかりに噛みついた。
「……ずるいんだけど。ずるい。ずるいわよ。そんなのって絶対、ない」
 恨みがましく彼を――背が高いから必然的に上目遣いになる――見るサクラは高揚と興奮に頬を紅潮させ、梅泉がイレギュラーズに強いた『理不尽』と同じだけを彼に贈りつけた。
「あれだけ言ったのに、あの時――相手にしてくれなかった癖に!」
 聞きようによっては痴話喧嘩にも聞こえるその台詞だが、当然彼女の言うのはそんな艶っぽい話では無い。
 ただ、死牡丹梅泉なる剣豪と戦う機会を夢見ていた『乙女』は仕方ない事とは言え、一言文句を言ってやらずにはいられなかったのである。
「そう囀るな。耳に刺さるわ」
「だって――」
「むぅ」と頬を膨らめたサクラは平素の彼女より瑞々しく、分かり易く感情を発露していた。
 厳格な家と天義らしさ、騎士らしさは素の彼女を抑圧する事がある。されど、まさに取り繕う意味も無い――目の前の男は彼女にとって戦いを、闘争を求める血を、『素の獣性』を晒す事が出来る珍しい相手であるとも言える。
「……まぁ、過ぎた事は良いよ。だけどこのままじゃ収まりつかないの」
 サクラの言葉に梅泉は先刻承知の顔をした。
 そう長い、多い付き合いがある訳ではないが、人斬りは人斬りの匂いを嗅ぎ分けるものだ。
『サクラがそれを為した事が無かったとしても、梅泉に言わせればその本質は自身に近い』。
 光にも闇にも転ぼう、五分咲の桜は彼に言わせれば愛でる程度のものである。さりとて、故に分かるのだ。
「だからちょっと付き合って」
 そう強請る彼女の瞳に期待と高揚を綯交ぜにした歓喜が揺れる理由が。
「わしと一人で斬り合いたいと――死ぬぞ、主は」
「勿論、結果私が死んでも恨まない」
 梅泉に被せるように言ったサクラは続ける。
「貴方ならわかるんじゃない? 自分より確実に強い相手。負ける事は確実でも挑まずにはいれないって気持ち。
 ううん? 言い換えさせて。『あなたが今未熟だったとして――死牡丹梅泉を前にして我慢出来る?』」
「無理じゃな。成る程、死合いに命は勘定という事か」
 気乗りしない調子だった梅泉がこの言葉には苦笑する。
「どの道、止める気もないのじゃろ。主如き、わしが相手にするまでもないが――
 はるばるサリューまでやって来たのなら、今更追い返すも無粋というものよ。
 じゃがな、娘。わしに抜かせるのだ。退屈なぞさせたら、その首――一瞬で落ちると受け止めよ」
 傲慢なる梅泉の言葉は取りも直さず「少しは楽しませろ」という要請に他ならない。
 ひとかどの戦士が受ければ侮辱とも取れる言葉だが、サクラはといえば満面の笑みで「うん!」と頷いた。

 ――六月の風が温く間合いを吹き抜ける。

 バダンデール邸の中庭で始まる剣戟は剣鬼の舞踏めいてもいて、成る程この二人にはダンスよりも相応しかろう。
 禍斬・華を抜かぬまま、懐深く居合を構え、体を低く落としたのはサクラ。
「じゃあ――行くよ」
 短い言葉と共に息を戦闘のリズムに整える。
 己が内より噴き上がりそうになる衝動を必死に抑え込み、目の前の『敵』を睥睨する。
 抜身をぶら下げた梅泉が『真打』を抜いていない事に気付いた彼女の口元が歪む。
(『抜かせて』やる――!)
 獣の吐息を吐き出せば――そんな事実さえ、彼女を闘争心を煽るスパイスに過ぎない。
「あああああああああああ――ッ!」
 彼女が練るは一菱流、その桜花。奇しくも――いや必然と言うべきか。
 目前の男に似た剣は吐き出した叫びよりも疾く、感情的に梅泉に迫るのだ。

●梅か桜かII
 鋼と鋼が咬み合えば、剣戟は美しくも妖しく――高く高く泣き喚く。
 或いはこの覚悟、敢えて受けぬは無粋と判断したか――先手を取ったのはサクラの方だった。
 精緻にして神速の居合、鞘走りが桜花(ひばな)を散らせば、渾身の桜花閃は彼女の生涯で――最高とも言える程に深く鋭く閃いていた。
 だが、この刃が刀を縦に構えた梅泉に止められる。
「主も幾分かマシになったものじゃな」
「ありがと」
「初手より、仕留める気で来るのが良い。元より負ける心算の相手なぞ、斬る意味すら覚えぬわ!」
 余人では反応する事も難しいであろう『完璧』な一撃を『完璧』に見切った梅泉の口元が歪んでいた。
 強烈な技の反動に息を呑んだ彼女も同じく微笑んでいる。
「勝てるとは思ってないよ。そんな馬鹿な自惚れは無い。でもね」
「『血が通う人間ならば斬って斬れない相手は居ない』といった所か」
「ふふ」
 受けた刀を膂力で振り切った梅泉に笑みで肯定したサクラはバックステップを踏む。
「もっとも――」
「――っ!」
 弾丸の如く地を蹴った梅泉にサクラは防御の姿勢を見せる。
 そんな彼女に殺人剣を振るう梅泉は高く笑った。
「――わしは相手が神仏でも悪魔でも、この手で斬って見せるがな!」
 卓越した受けの技術を持つサクラだからこそ、刹那の攻防を僅か『逸らせ』た。
 梅泉の手数はまさに狂気的である。変幻自在、四方八方より繰り出されているかのようにさえ錯覚する刃の瀑布はその全てが一筋縄では読めぬ軌道を描き、その全てが一撃必殺の鋭利を備えている。
「キェェェェェェェェェ――!」
 猿叫に似た裂帛の気合が耳を突けば、生きた心地もせぬ防御の時間を強いられた。
『サクラはその実、何をどうさばいたか、避けたかも全てを自覚出来ぬ侭、本能でこの時間を凌ぐだけ』。
「まずは十秒か。重畳よ。娘、まだまだ死んでくれるなよ」
「ええ。今日は嫌って程、付き合って貰うからね……!」
 そのしなやかな身体を早晩血に染めたサクラが凄絶に笑う。
『お返し』と梅泉を攻め返した彼女の打ち込みはやはりこの男には及ばない。
 閃く刃を『見て』避けて。死の匕首は常にサクラの首を狙う。
 戦いは続く。同時に続く程に絶望的である。
「はぁ、はぁ、はぁっ……!」
 荒い呼吸。全身から汗が噴き出す。
 生物が生物であるが故に覚える本能的な死の恐怖はサクラにも無い訳ではない。
 サクラの身体は確かにその刃の意味を知っていた。狂気的な技量を、殺人剣を畏れていた。
 だが、しかし――
(このまま、何も出来ないまま、終わりになんて出来ない……そんなんじゃ、永遠に追いつけない……!)
 正義を重んじる騎士の家系――ロウライト。
 生まれ落ちた自身が異端である事をサクラは早い時期から自覚していた。
 戦いが、愉しい。戦う事こそ、強くなる事こそ生きがいである――私欲に塗れたその願望が『不正義』である事を彼女は知っている。ロウライトの係累として何処までも間違いである事を確信していた。
 故に彼女は己が獣性を押し殺す。正義の騎士、かくあれかし。己を律し、その不正義を封じ込めてきたのだ。
 瘧のような衝撃。精神を舐め上げる喜悦。獣性の理解。即ち、甘露過ぎた罪の果実。
 恋にも、憧憬にも、似て――同時にそれにあらぬもの。
 嗚呼、目の前で自身を殺そうと――無数の斬撃を繰り出してくるこの男に出会ったその日までは!
 脇腹を貫いた激痛にサクラは破れる程に唇を噛んだ。
 覚悟を鈍らせる痛み等何処かへ行けと――鉄分の味を強く強く噛み締める。
(……神様、今は、今だけ許してください)

 ――今だけサクラを見ないでください――

 未だ剣理の頂きには程遠い未熟者。
 されど求めし理想に近い者を知っている。
 求むるは、憧れへの差を少しでも詰める為の一瞬の集中力。
 命さえ賭けた戦いにも満たぬ遊戯の時に――彼女はその殻を破り得る。
「……む」
 眉を僅かに動かした梅泉がサクラの気の変化を察していた。
 至近より放たれた剣気に彼の足が僅かに後退する。
 獅子が兎を狩る如く、攻めしか知らぬ剣鬼が――『兎を前に後退した』。
 サクラにとってそれは最初で最後の機会。
(楽しいなんて言えない。悔しくてたまらない。
 貴方との差に涙を我慢するので精一杯。でも、それでも――)
 全力の打ち込みは目の前の男から盗んだ殺人剣のその一。
 彼に言わせれば児戯にも満たぬ真似事。まるで洗練されない不恰好、そんな邪剣。
「はああああああああ――ッ!」
 だが、果たして。裂帛の気合と共に放たれた超高速の斬撃はこの時梅泉の受けを上回る。
 間合いに赤が散り、前傾のまま体ごと飛び込んだサクラはそのまま地面に倒れ込んだ。
「……っ……」
 地に伏せた彼女が慌てて視線を持ち上げればその首には刀の切っ先が突きつけられている。
「死んだな、主は」
「……そうだね」
「主はまだ弱い。わしに挑むなぞ、まだまだ足りぬ」
「悔しいけど。ああ、悔しいけど――約束だから」
 サクラは目を閉じた。本望とは言えない、悔しくてたまらない。
「約束だから、一思いに。出来れば、上手にやって」
 結局、まるで届かず――強がりながらもこの男の本気がついぞ、永遠に見れない事が心残りに過ぎていた。
「戯けが」
「……?」
 梅泉の声から険が抜けたのを察したサクラが目を開ければ、彼は刀を収めていた。
「やれと言うなら、泣くでないわ。そんな女子供なぞ、斬って楽しいものでもない」
 呆れ半分、梅泉の指摘にサクラは顔を真っ赤にした。
 彼女の長い睫には知らぬ間に僅かな露が遊んでいた。
「……ご、ごめんなさい!」
「いや、良い」
『満足』したからか梅泉はそんなサクラに――彼には珍しく酷く柔和な笑みを見せた。
「主は良い。たまには好敵を育てるのも悪くは無かろう。それに」
「それに?」
「何時か主は言ったではないか、わしに稽古をつけて欲しいと」
 それだけ言った梅泉はもう愛想も無く。踵を返し、風に詠む。

 ――葉桜よ
   大願遥か
   終に咲け
   梅か桜か
   惑う程にぞ――

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