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同人誌『君の心にチェックイン アカ×シノの日常』
登場人物一覧
●頼もしい君、無力な俺
空が泣き出した様に雨が降る中、刀が激しくぶつかり合う。
チカチカ遠巻きでも分かる程に激しく火花が散る様は、削り合い爆ぜていく命を体現しているかのようで、戦況を見つめるばかりの赤斗はグッと手を固く握った。
「史之、後ろだ!」
「――ッ!!」
彼の声に反応し、史之はソード・オブ・アルマデウスを素早く持ち替える。半身捻って己の死角まで刃を振り切り、力任せに放たれた覇竜穿撃が剣客を抉った。
どうと倒れる敵の死を確認する間もなく、新手の攻撃を受けようと史之は刃を躍らせて――
異世界の繁華街で辻斬り事件が頻発している。
今回はその調査を行うという依頼だった。しかし史之と赤斗のコンビは無駄がなく、とても優秀だった。――いや、優秀すぎたのだ。結果的に、調査に必要な内容以上を掘り当ててしまった。
相手はマフィアの子飼いの暗殺集団。あたかも"たまたま被害にあった"風を装い標的を殺すのが常套手段だ。
手際が良く、次の辻斬りが発生するまでに恐らくあと1時間もない。増援を呼んでいる間に事は終わり、次の標的がいなければ事件は迷宮入りしてしまう――そう判断した二人は、果敢にも犯人を止めにかかったのだ。
こちらの戦力はたった二人。それも片方は並の剣術が使える程度。いっぽう相手は人殺しのプロ。手練れの剣客十人という圧倒的に不利な状況を知りながら――
(やっぱり数が多すぎる。かと言って逃げる訳にはいかないよな……)
史之の視界の端では、赤斗の腹部に赤い色が滲んでいた。辻斬りの被害者を庇おうとしたせいで深手を負ってしまったのだ。
あまりの痛みに立ち上がれない、そんな風の赤斗が雨音に負けず史之へ叫ぶ。
「史之、もういい! 俺に構うな!」
「嫌だよ。特異運命座標はライブノベルで死んでも図書館に強制的に戻されるだけだけれど、境界案内人が死亡したら後がないでしょ?」
護る事には慣れている。それこそ特異運座標となる前から、史之は大切な人の刃であり盾であった。名乗り口上で敵意を一身に浴びながら、勇猛に斬り結ぶ。
返り血を浴びようと怯む事なく次の敵へ。死合いのピリピリとした空気を肌で感じながらも、彼の集中は途切れない。
「――次!」
気迫と共に吠えたくる史之。あまりの気迫に剣客が怯む。その一瞬さえ見逃さず、銀の刃は再び大きく振りかぶられた。
●想いを一歩、踏み出して
「しっかしアイツら、スーツ姿でポン刀ぶん回して、お侍さんゴッコにしちゃ趣味の悪い奴らだったよな……いてて」
「はいはい。考察はいいから大人しくしといてね。仕事の話はまた後で」
スプリングの悪い大きなベッドが部屋の殆どを占拠する、安っぽいホテルの一室。辻斬り暗殺集団とカタをつけた後、怪我を負った赤斗を治療するため近場の宿に転がり込んでいた。ロビーの受付で怪訝な顔すらされなかったのは、恐らくこの街一帯の治安が悪いせいだろう。
今回起こった辻斬り暗殺事件は、このライブノベルでは日常茶飯事。それでも阻止した意味はあるのだと赤斗は言う。
「あの集団をのさばらせておいたら、このライブノベルの歴史を変える重要人物が被害にあっちまうところだったんだ」
「だからってこんな少数で調査に向かわないといけないなんて、境界案内人の仕事って命がけすぎない?」
「どの異世界をいつ救うかは境界案内人たちに委ねられてる。特異運命座標との付き合い方も」
だから俺は好きで特異運命座標といるんだと、赤斗は笑った。楽しい事も危険な事も、可能な限り寄り添って、分かち合おうと思うから。
「まぁ今回は調査のつもりが、たまたま事件に踏み込む事態になっちまったってだけさ」
「独りの時はこんな無茶しないでね。赤斗さんがいなくなったら悲しむ人もいるんだから」
「悪かったよ。まぁ、こんな綱渡りみたいな仕事ばかりじゃ、史之みたいにいい奥さんを見つけるのが無理そう……ってのが最近の悩みなんだがな! ははは」
上裸にした赤斗の身体に包帯を巻き終え、史之は半眼で赤斗をじぃっと見つめる。
「そんな事いって、本当は好きになった人に想いを伝えないで自己完結するタイプだからじゃ?」
「お……、おいおい。何だその唐突な分析」
一瞬言葉を詰まらせたのは図星ゆえか。ベッドの上で組んでいた足を崩して枕を手繰り寄せ、史之は話を続ける。
「そもそも赤斗さんが仕事人間なのは、人を好きになるのが怖いから距離を置くためだよね」
「さっきから聞いてりゃ好き放題言ってくれんじゃねぇか」
弾かれたように赤斗が立ち上がった。史之の前へ来るなり、どっと肩を押してベッドに押し倒す。目を見開いた史之に構う事なく、赤斗はそのままベッドに乗りあがり組み敷いた。ギシギシとベッドのスプリングが悲鳴を上げる。ベッドの衣擦れの音がして、互いの息遣いが部屋に響く。
「ッ……なに、赤斗さん。どいてよ」
「どかねぇよ。そこまで言われたら俺だってな、押し込めてた想いをぶちまけてやる」
「冗談でしょ、こんなの……俺が結婚してるの知ってる癖に!」
「知ってるから我慢してきたんだろうが、今まで!! ……なァ、もう分かってんだろ」
『俺、史之の事が好きなんだよ』
『やめて、赤斗さ……あっ、ぁ……』
『ギシッ、ギシ……バキッ!! ……ザザーー』
それ以降、受信機が新たな音を拾う事はなかった。砂嵐の音を聞きながら、ホテルの外で盗聴していた黒ずくめの男達は目を見合わせる。
「チッ! アイツら、どんだけ激しいプレイしてやがるんだ!」
「馬鹿、からかわれてんだよ。さっさとアニキに連絡して増援呼ぶぞ」
***
壊れた盗聴器をベッドの上に放り、史之は深く溜息をついた。
「虚しい……。偽の情報を流すからって、なんでこんなホモくさい演技……」
「枕の裏に仕込まれた盗聴器を壊すためだ、仕方ないだろ」
ひと芝居うった後の赤斗は窓の外の様子をこっそりと伺った。黒ずくめが何処かに電話をかけている様子をまじまじと観察する。
「ありゃ増援を読んでやがるな。さしずめ、暗殺集団の飼い主からの差し金か」
「マフィアだっけ? 調べてた時から面倒な気配はしてたけど、赤斗さんを守りながらドンパチする気力は流石にもうないよ」
「もちろん分かってるさ。こういう時の俺、だろ?」
窓を閉めた赤斗は、入口の方へ手をかざした。空間が歪み、見知った赤い扉が現れる――ライブノベルから境界図書館へ戻るための脱出口だ。
「てっきり重症で出せないのかと思ってたよ。もっと早く帰ればマシな手当が出来たのに」
史之は器用な方ではあるが、図書館には医術の心得がある者もいる。効率を取らずに赤斗が行動するのは珍しい。
「それはあるが、どちらかっていうと史之とゆっくり話したかったんだ」
「俺と?」
「さっき言われた通りだよ」
――好きになった人に想いを伝えないで自己完結するタイプ。
気づいた瞬間、史之が即座に身構えた。
「俺には睦月がいるから、ごめんなさい」
「違ぇよ、さすがにそういう方向の"好き"じゃねェから!」
「さっきはそうだったよね?」
「あれは演技だ! いったんボーイズラブから離れろよッ!?」
ツッコミなら心おきなく本音でぶつかりあえるのに、いざ大切な気持ちとなったらそうもいかない。
やっぱり俺は頑固なのかと赤斗は天井を仰いでから、頬の火照りを感じながら史之へ向けて口を開いた。
「さっきは助けてくれてサンキューな。……いつもありがとう」