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足掻け、火末まで
登場人物一覧
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風を鋭く切る音が闇夜を裂いた。
強靭な骨棘の尾が大きく薙ぎ払い、男を横合いから大きく打つ。
「ぐあああああぁッ!!」
衝撃に腰がくの字に曲がり、吹き飛ばされたその身は、既にボロボロだった。
嗚呼、だがしかし。
男は諦める事を選ばない。
幾度も壁に叩きつけられ、罵声を浴びせられようと、四肢を奮い立たせて、何度も、何度も。
少年は青ざめる。
なぜ、彼は立ち上がるのか。
なぜ、挑み続けるのか。
楽になるのは簡単だ。負けを認めれば、この瞬間にだって終わる事が出来る。
「おじさんッ! サレンダー(降参)してよ!!」
「何でだよ」
穴のあいた軍帽を拾い上げ、埃を掃い目深に被り直す。片目が隠れるくらいの角度が男にとっての定位置だった。
ひしゃげた煙草に火を灯し、研ぎ澄ませた神経の全てを指先へ。
山札に人差し指と中指の腹を添えて、鋭く引き抜くその一枚は。
「いいか。カードはな――」
唇が動ききる前に、追撃が男へ降り注ぐ。砂埃が男の姿をかき消した。
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練りに練った作戦。空地で積み重ねたシミュレーション。その成果がこれだ!
「何これ! 見たことないノーマルカードばっか!」
住宅街の裏路地で、カード束を抱えて少年の顔が叫ぶ。大人が使うデッキなら、レアカードが入っていると思ったのに!
「お店で買い取ってもらえるかな?」
「ほぅ。盗んだ上に売る魂胆だったのか」
背後からの声に気付いた時にはすでに遅く、小柄な体が宙に浮かんだ。この声には聞き覚えがある。さっき道でぶつかった……もとい、盗ったデッキの持ち主だ。後ろから首根っこを掴まれ表情は伺い知れないが、怒気を含んだ声である事は明らかで。
「ち、違うよ! おじさんが落としたの拾ったから……」
「さっき俺に勢いよくぶつかって、そのまま振り向かずに逃げてったじゃねぇか。最近のガキは手癖が悪ィな」
「……僕だって、こんな事……したくなかった。でも、勝たなきゃ」
「あァ?」
「奪われちゃったんだ、僕のカード! 大切な……弟に貰った一枚だけでも、取り返したくて」
「……」
(あぁ、これだからガキは嫌いなんだ。面倒くせぇ……)
堰を切ったように泣き出す少年に、男は舌打ちしてから歩き出した。
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トレーディングカードゲーム。通称TCG。
それにおいて『アンティ』とは、互いのカードを賭けて戦う事を指す。
子供相手にそんなルールをふっかけたゴロツキは、プレイングも大人げない。
場に出したのは、今年の世界大会で猛威を奮った魔物カード《強欲竜ベアトリーチェ・ドラゴン》。召喚者のデッキを貪る代わり、初手から怒涛の攻撃を仕掛ける闇の竜だ。
その破壊力は凄まじく、冒頭のように一方的な戦いが繰り広げられていた。
「ヒャハハハァ! やっぱお前、最高の鴨だったわ。まさかネギ背負って戻ってくるなんてな!」
少年のリベンジマッチが行われているのは、裏カジノの闘技場。
TCG『アプデトスピリッツ』は子供から大人まで楽しめるゲームだ。練達の技術が成せるVR――ヴァーチャルリアリティにより、プレイヤーが発動したカードの虚像を映し出す。
受けた攻撃の反動を男が受けているのは、システムの違法改造による物だった。
「今の一撃でテメェのライフは0。俺様の勝ちだァ!」
わっ!と歓声があがる。ギャラリーの声援を受けてガッツポーズを取るゴロツキ。
――その身へ、砂埃を貫き鋭く何かが迫る。擦れる金属音。爆ぜる火の粉。猛火を纏う黒鉄の鎖。
「なっ……!?」
「勝手に終わらせんじゃねぇよ」
埃がおさまり視界が開けると、男が堂々と立っていた。場に出したカードからは鎖が伸び、ゴロツキと強欲竜を縛り上げている。それは微動する事も出来ない拘束力と、灼熱をもってライフを削る神秘カード。
「神秘カード《熱鎖連環(チェーンバーン)》発動! このカードを呼び水に、手札から魔物カード《炬火の豆狸》を特殊召喚! そして――こいつは場に出て来た時、お前の捨て札にあるカードの数だけ増殖する!」
「捨て札だと……!」
「そう。アンタが強欲竜に喰わせてきたカードの墓場だ。聞こえるだろ。その魂の嘆きが」
使って欲しかった。活躍したかった。恨みが星のように場を狸で埋め尽くす。その火のひとつひとつは小さいが、ゴロツキのライフを削るには余りあるほどの数。
「カードはな、持ち主を見てんだ。悪意あるゲームをする奴には、相応の裁きが待ってんだよ。
やっちまえ!!」
『『『了解でやんす、おやびん!!』』』
ぶち上がる火柱。悲鳴すら灰に還すほどの猛火をもって、その試合は幕を閉じた。
「今度は無くすなよ」
少年のデッキは、元の持ち主の手に収まった。そのまま帰ろうとする男の背中に、少年は大きく叫ぶ。
ただ一言、ありがとうと。
「うるせぇ」
緩んだ口元を隠すように、口をついて出て来た悪態。
男は最後まで名を名乗る事もなく、燃える狐の尾をゆらりと揺らして去っていった。