PandoraPartyProject

SS詳細

秘めた色彩に揺蕩う

登場人物一覧

エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年
エドワード・S・アリゼの関係者
→ イラスト
エア(p3p010085)
白虹の少女

●温泉を求めて
 王都メフ・メフートから街道を西へ西へ。
 文化人と名高いガブリエル・ロウ・バルツァーレクの治める領地を南に臨みながら旅を続けていくと、緑豊かな幻想の景色に砂の色と香りが徐々に混じ始める。

「水筒は持ったかーっ!!」
「ピャイッ!」
「はいっ!」

 傭兵は国土の大半を砂漠地帯に覆われた自由と商業の国である。
 南は幻想、北は鉄帝に隣接し、広大かつ自然の驚異に満たされたこの国には人の足が入り込まない未踏の地が数多く存在していた。
 ある時期には浪漫と名声を求めた冒険者が、ある時代には金脈や新たな商売の種を求めた商会が。夢を抱いた胸が数多く挑んでは潰え、人知れず消えていく。
 しかしながら、魔物、盗賊、自然。数えきれないほどの脅威から彼らが持ち帰った情報の断片はクエストと化し、成功に魅せられた新たな冒険者や商人たちを呼び寄せた。
 人気の秘境とは、そんな矛盾した性質で成り立っている。

「水着は持ったかー-っ!!」
「ピャイッ!」
「はいっ!」

 秘境と言われる存在の中でも比較的危険と人気が低いことで有名なアル・シャムス渓谷は、幻想に近い国境に位置するためか、傭兵中心部ほど本格的な砂漠地帯ではない。
 それでも道の両脇に聳え立つ地層の岩壁に圧倒される程度には手つかずの自然に溢れた濃い渓谷であった。
 この谷が開拓されず両国に放置されたままである理由は主に二つある。
 一つは幻想と傭兵の国境に近いため、武装した者が入りこむと国同士の揉め事に発展する懼れがあるということ。
 そしてもう一つは、この渓谷に来る迄の労力や金銭的負担に対してあまりにも見返りが少ないと云う事だ。
 鉱石も素材も無く見渡す限りの岩山と僅かばかりの草しかない土地に、誰が挑むと云うのか。

「みんなで温泉にいくぞーーーーっ!」
「ピャピャピャー-イ!!」
「わぁーいっ! 温泉楽しみですっ!!」

 いた。
 テントに寝袋。ピクニック用シートにバスケット。
 おまけにタオルに水着、着替えまで完璧に揃えてきた野外温泉準備パーフェクトパーティーが、ここにいた。
 無人の渓谷に愛らしい拍手と歓声が反響する。
 拳を掲げたエドワード・S・アリゼの隣では胸元で手を組んだエアが嬉しさを全身で表現するようにぴょんと跳ね、二人の足元では雛ワイバーンのコトが両翼をぱたぱた動かして駆け回っている。
 元気さ百万点。
 彼らはアル・シャムス渓谷の白い温泉を探すべくやってきた(そして発見した暁には全力で温泉を楽しむ予定の)二人と一匹のパーティだ。白い温泉の伝説は昔から伝えられてきたものだが「こんな乾燥地帯に温泉なんてあるはずがない」と大半の冒険者が鼻で笑いとばしてきた案件でもある。
 しかし彼らは温泉が必ず見つかると信じているのか、足取りが軽い。
 手慣れた様子で険しい山道を探索し、適度な休憩を取ってはまた先へと進んでいく。
 ワイバーンのコトはまだ赤子だが、元気いっぱいだ。
 生まれ故郷である覇竜と近い環境であるアル・シャムス渓谷は、コトにとっては良い遊び場のようであった。
 甘える仕草でエドワードに肩車をねだったり、岩肌にはりついた謎の虫を観察してみたりと久しぶりのお出かけを全力で楽しんでいる。
 そんなコトを優しく見守るエアはあれは何でしょうねとコトの興味を上手く誘導し、前へ前へと進ませていた。
 普段から一緒に遊んでいるからこそできる、匠の手腕ほごしゃパワーである。
「おーい、次はあそこで休憩にするぞー」
「はぁーい」
「ピャー」
「のびゃー」
「!?」
 先導するエドワードの掛け声に続いた返事に聞き慣れない声が混じった気がして、一行は一斉に振り返った。
 だれもいない。
 全員で首を傾げる。
「気のせいか?」
「ピャイ?」
「うーん……」
 一行は落石を椅子代わりにして思い思いに足を延ばす。
 エアは荷物のぎっしり詰まっている準備万端のリュックサックの紐をほどくと、中の荷を確認した。
「お弁当に水筒、コトちゃんのおやつ。それと水着。うん、全部揃ってます! ここまで結構歩きましたものね。コトちゃん、喉乾いてないかな?」
 コトは大丈夫だ、と言わんばかりの得意げな顔でエアを見た。斜めがけの布鞄をぽんぽんと翼で叩き、疲れていないアピールをしている。
「こっから先は厳しい道のりになるからな。コト、はぐれないように特に気をつけるんだ、ぜっ!?」
「ピャピャッ!?」
「わっ!?」
 ちょうどコトが返事をした時だった。
 靴底に小さな振動を感じた二人は、警戒した眼差しで腰かけていた岩から立ち上がった。
「……なんでしょうかこの音。な、なんだかこっちに近づいているような」
 地面の小石が生き物のように揺れ、岩壁から砂が零れ落ちていく。
 エアの言う通り、雷太鼓のごとき騒音が次第に近づいて来る。
「上かっ!?」
 エドワードは叫んで上を見た。
 見えたのは、岩壁の上を蒸気機関車の如き速度で土煙が疾走してくる光景。そして――……。
「ノッビャーーーーイッ!!」
「わああああ!?」
「ビャァァァ!?」
「きゃあぁぁ!?」
 騒がしい鳴き声と共に、空から得体のしれない黒い影がバラバラと降ってくる。
 逆光になり輪郭しか捉えることの出来ないそれらは、一見すると小型の亜竜、もしくは巨大なトカゲに似ていた。
 身体の大きさはコトぐらいだろうか。
 渓谷に溶け込むような赤茶けた体色をしている生き物だ。
 アーモンドサイズの大きな、黒々とした目がぱちぱちと瞬きをしながらエドワードたちを見つめている。
 何よりも特徴的なのは、それらのトカゲの表情であった。
 薄らと微笑んでいるような。全力の笑顔のような。それでいて酸いも甘いも嚙分けた世情の虚無を帯びているような。ブレーキの壊れた暴走二輪の如きスピードを発揮するトカゲの群れは一様にして同じ表情をしていた。

 (・▽・)

「こほっこほっ、コトちゃーん!」
「コト、どこだー!?」

 分厚い土煙はエドワードたちの視界をあっという間に奪ってしまった。
 二人は土色の視界のなかで咳込みながらも必死でコトの姿をさがした。
 エアとエドワードの膝丈より下は、どこを見ても二足歩行で爆走珍走するトカゲの海である。

ノビャノビャーイ?(・▽・)ノシ
ピャピャピャーイ(・ω・)ノシ
ノビャノビャ(・▽・)
ピャイピャイ(・ω・)
……(・▽・ ・ω・)


れっつd(・▽・ ・ω・)bごー


「コトォォォーーーーっ!?」
「コトちゃー-んっ!?」
 エドワードの絶叫がこだまする。
 ようやく見つけた赤いワイバーンの雛は、トカゲたちにわっしょいわっしょいと担ぎ上げられ、成す術もなく高い高い岩壁の向こう側へと消えていった。
 あとに残るは砂埃に塗れ、呆然とする二人。
「コ、コトちゃん……」
 砂煙に咳込んでいたエアが岩壁を見上げ、ぽつりとつぶやいた。
「なんだか、連れて行かれたというよりも、最後の方はついて行っちゃったように見えましたけど……」
 エアの瞳は一番気づいてはいけない真実を正確に捉えていたが、気にしている余裕はなかった。
「あ、あんな高い岩壁の向こうに……」
 あっけに取られたエドワードは珍しく再起動に時間がかかっている。
「き、危険な雰囲気は感じませんでしたけど、とにかく追わなきゃですね!」
「そ、そうだよな!! あっ、あそこに洞窟があるぜ!?」
 視線の先には岩影に隠れて見過ごしてしまいそうなほど、小さな洞窟が開いていた。
「狭そうですね」
「ああ、でも風の通り道ができてる」
 横穴から吹いてくる風は妙に湿度を含んで生暖かく、音を吸い込むほど深い暗闇がどこまでも続いている。
「ここから岸壁の向こう側に抜けられそうだな」
「い、いきましょうっ。エドワードくん」
 震える声でエアは拳を握った。己を奮い立たせるためか、力強い声色と空色の瞳は洞窟の奥を見据えている。
「ああっ。コトが待ってる」
 エドワードとエアは迷う事なく洞窟の中へと足を踏み入れる。光のない完全な暗闇があっという間に二人の姿を飲み込んだ。
「暗いな……」
 片手で燐寸に火をつけたエドワードは、前方の安全を確認しながら告げた。
「はい。ちょっと、怖いくらいです……」
 洞窟の気配を探っていたエドワードの耳が、微かに震えたエアの声を拾い上げる。気が付けばエドワードは自然と後ろに手を差し出していた。
「エア、つまづいて転ばねーように、手を繋いで進もうぜ。ほら」
 返事はない。けれども掌を握る柔らかな体温を感じ、離さないようにとエドワードはその手を強く握った。
 進めば進むほど洞窟の中が狭くなっていく。二人の背負った荷物が岩壁にぶつかり始めた頃。
「と、出口が見えてきたぜ」
「ほ、ほんとうですかっ?」
 一番星よりも明るい外の光に導かれ、エアの声に安堵の色が混じった。
「無事で居ろよ、コト……!」
「待っててね、コトちゃん!」
 どちらともなく早くなる足取り。二人は走って洞窟を駆け抜けた。
「うっ!!」
「きゃっ!?」
 白光が、暗闇を抜けてきた二人の視界を覆い尽くした。
 まずはじめに見えたのは雪のように鮮やかな白。
 それからターコイズ色の青い空。
 辺りに広がる岩の色は、見慣れた赤茶ではなく鍾乳石の綿雲色。
 空の他には白しか無い不思議な世界は突如として現れた天空の神殿を思わせる、荘厳な神秘さを漂わせていた。
「コトーッ、どこだー!?」
 しかし二人にはそんな美しい景色をゆっくり楽しんでいるような余裕は無かった。
 いま探している色は静謐さを感じる白ではなく、可愛く賑やかな緋色なのだ。
「しかし、なんでしょうかこの匂い」
 エアは鼻をひくひくとさせた。
「風はあちらから吹いているようですし、香りもそこから漂ってきてるみたいです。エドワード君、行ってみましょう?」
「ああ」
 幸か不幸か、二人の緊張が続いたのはそこまでだった。
「わぁっ……!」
「スゲーっ!?」
 今度こそ、絶景が二人を迎えた。
 天の川に青い玻璃の雫を落とせば、水はこのような色に染まるのだろう。
 岸壁の内側に広がった白き湯の楽園。
 幻想的な白い鍾乳石の棚田が蓮葉のように連なり、幾層にも重なりあっている。
 鏡面のように満ちる秘色の水面からは朝靄のように湯気が燻た、白亜の浴槽から溢れた幾筋もの湯の滝が豊かに零れ落ちては虹を描いていた。
 そして何より。

「ピヒャ〜〜(・ω・)」
「ビビャ~~(・▽・)」

 白と青、それからサクランボ色の生き物が、背泳ぎスタイルでどんぶらっこっことお湯の上を流れていく。

「「いたー-っ!!??」」
 二人の探し仔が、ようやく見つかった瞬間だった。

「コトー-っ!」
「コトちゃん!」
「ピャ~イ?」
 やっほ~と言わんばかりに翼を振るコト。すでにくつろぎモードに入っており、緊張もしていない。
 見知らぬ生き物に囲まれてもなおペースを崩さない、堂々とした大物の貫禄だ。
 コトにつられたのか、周りにいた白いトカゲに似た生き物たちもエドワードたちに手を振っている。
「無事だったんだな〜、良かった〜! って、めちゃめちゃ温泉浸かってるし……」
「もうっ、心配させてぇ~!」
 エアはへなへなと、エドワードはがくりとその場に座り、緊張のほどけた息を大きく吐いた。
「……まったく、誰に似たんでしょうね」
 未知に動じぬ勇気と誰とでもすぐに仲良くなってしまう明るさ。
 コトとエドワードを見つめるエアの瞳は楽し気だ。
「しっかし、こんな所にあったとはなぁ。白い温泉」
 周りが高い岸壁に覆われているため、この場所を発見するまでには至らなかったのだろう。
 通ってきた洞窟もエアやエドワード、もしくは小動物くらいの体躯ではないと抜けられない。重装備の大人が見つけられるとは考えにくかった。
「なぁ、エア。オレたち目的地に着いちゃったみてーだ」
 まだ実感が湧かないといった、惚けたエドワードの表情に思わずエアは笑った。
 不思議の国へと誘われたアリスのように、二人はコトを追いかけて暗い洞窟を通り抜けてきた。
 その時は必死で温泉のことなどすっかり頭になかったというのに、気が付けば、こうして全員が伝説の温泉に揃っている。
 まるで物語のようだ。
「しかし本当に凄い場所ですね」
 エドワードとエアは夢見る眼差しで、ひととき白と淡い瑠璃の世界に浸った。
 湯の流れていく音と水飛沫が描く虹。シャボン玉のように柔らかな色彩に包まれて遊ぶ生き物たち。
 熱気と湿度をふくんだ風にのって穏やかな時間が流れていく。
「話に聞いた通り、きれーで不思議な場所だよな〜」
「ええ、一体いくつの天然浴槽が連なっているんでしょう!」
 まったりタイムはここまでだ。
 エドワードとエアは顔を見合わせて、ニカリと笑った。
 ここから先はエンジョイタイムである。
「よーしっ、そうと決まれば!」
 迷うことなくエドワードは外套の襟に手をかけた。次の瞬間、間欠泉のように盛大な水飛沫があがる。
「ひゃっほーう!!」
「え、エドワードくん!?」
 白い温泉にぷかりと浮かぶ赤と黒。この日のためにと購入した艶のある漆黒に燃えるような赤のラインが刻まれたサーフパンツは、スポーティーで活動的なエドワードによく似合っていた。
「はぁ~~、気持ちいい~~」
 髪がお湯に入らないように気を使ってか、いつもは首元で結わえられた緋色の髪が高くポニーテールで括られている。
 お湯から少し離れた岩陰には白のパーカーが丁寧に畳まれて置いてあった。準備の良さは流石といったところか。エドワードの早着替えにエアは目を丸くする。
「な、エアも早く来いよ〜。気持ちいいぜっ」
「分かりました。わたしも、ちょっと着替えてきますねっ」
 小走りで岩陰へ向かうエアにくっついて、白トカゲが何匹かお湯からあがり自然な調子で着いていった。
 そして、どこからともなく現れた別のトカゲに回収され、別の岩陰へ連行されていった。
 そこで何が行われているのか。守衛の如きトカゲによる笑顔の圧で完全に黙殺されている。
 どうやら彼の生き物たちには彼らなりの掟があるようで、それらは温泉の秩序を守るために定められている様子であった。
「お待たせしました。どっ、どうでしょうかっ」
 自然界の仁義劇場をはさんでいる間に、エアの着替えは無事に終わったようだ。
「似合ってるぜ、エア」
「ぴゃぴゃ~~」
「びゃ~~」
「コトちゃんも、トカゲちゃんも、ありがとうございます。エドワードくんの水着も素敵ですよ」
 エドワードの水着が格好良さを重視したスタイルなら、エアはエレガントさを重視したスタイルと言えるだろう。
 フリル状のレースが重なった淡い水色のキャミソールに、動きやすさを重視した白のショートパンツというタンキニ水着。そしてシュシュで髪を纏めたお団子姿で現れたエアに、お湯を楽しんでいたエドワードとコトは拍手を送った。
 恥ずかしげに笑いながら、足からお湯に入ったエアは溶けるようにするりと肩まで浸かった。
「はぁ。本当に気持ちいいですね。まさに絶景です……」
 エドワードとエアとコト。三人が川の字になって並ぶ。
 浅いお湯のなかに身を横たえて青空を見上げていると、まるで空に浮かんでいるようだ。
「ははっ、お前らもこの温泉を探して走ってたのか?」
「ノビャビャー」
 横を見れば秘色のトカゲたちもまた「極楽」といった顔でお湯の柔らかさに感じ入っていた。水たまりほどの浅さでも、滝つぼのような深さでも、どの場所でも温泉と一体化した彼らは幸せそうだ。先ほど見た時には赤茶けた渓谷と同じ体色をしていたのに、今は白や淡い瑠璃色の体表を持つ個体ばかりである。

 エドワードは温泉を求めて何百キロも旅をするトカゲの群れの話を思い出していた。
 名前は確か、温泉トカゲだったか。
 良質な温泉にしか姿を見せず、秘湯を求めて旅をする冒険者のようなトカゲの群れ。
 彼らは一体どこから来たのだろう。特徴的で純朴な笑顔を持つ彼らに、コトも親近感を抱いているようだった。
 まったりと温泉を楽しむ温泉トカゲのグループに、泳いだり水をかけたり温泉スライダーを探して遊びまわるグループ。それぞれに加わっては、生まれて初めての温泉を満喫している。
 来て、よかった。
 心からの思いに、気づけば言葉が溢れていた。
「エドワード君、今日はこんな素敵なところに連れてきてくれてありがとう」
「こっちこそ。一緒に来てくれてありがとな、エア」
 肩がふれあうほどの距離に寝転ぶ。背中が、全身が、ぽかぽかと温かい。隣り合った二人は穏やかに会話を重ねていく。
「ここから見上げる星空は、きっと、とても綺麗でしょうね」
「そうだな。晩飯食ったらもう一回、入ろうぜ」
 エアは幸せそうだ。コトも楽しそうだ。
 だからエドワードも幸せだ。
 空を見あげる。
 白い羊雲がゆったりのったりと風に乗って流れていく。
 漠然と抱いていたエドワードの夢が、具体性を伴って蔓草のように枝葉を伸ばしていく。
 そして輪郭を伴い芽吹こうとしていた。

●かえる場所
 日が傾き始めると、白亜の温泉はあふれる湯に春の夕を映しはじめる。パチパチと鳴るのは赤々とした焚き火の炎。
 そこに集う小柄な影たちは小さな木切れを胸に抱き、そわそわきらきらと満面の笑みをエドワードに向けている。
「キャンプの準備はいいかー!?」
「ぴゃーいっ!!」
「晩飯の準備はいいかーっ!?」
「はいっ、腕によりをかけて作ったお弁当です!!」
「宴会だぁーー!!」
「ノッビャビャー!!」
 温泉トカゲたちを巻き込んだ晩御飯会はお弁当というよりもちょっとした楽しいパーティーとなった。
 エアが作ってきた豪華なお弁当……サラダやサンドイッチを始めとしたガチ系キャンプ飯といっても過言では無いそれらは、少しずつ温泉トカゲたちにも分け与えられている。
「それじゃあ、いきますよ」
 トウモロコシの粉で作った薄い生地を鉄板で焼くと、その上に真っ赤なトマトソースをたっぷりと乗せ、刻んだ玉ねぎや香草、野菜を乗せていく。
「野菜を乗せた奴は、次こっちなー」
 じゅうじゅうと香ばしいスパイスの香りはエドワードが焼いている肉の塊からだ。肉汁滴る肉をナイフで薄く切ると小麦色の生地に乗せ、くるくると手際よく巻いていく。
 簡単なトルティーヤだったが、その味に感動した温泉トカゲたちは、温泉卵や水分を多く含んだ塩味の多肉植物、それに炭酸泉を感謝の印として二人の足元に積んでいった。
「ピャ」
「コトちゃん、どうしたの?」
「ピャピャ」
 おやつとして持ってきたリンゴをエアに差し出したコトは、温泉トカゲたちを翼で示した。
「皆で食べたいんですね?」
「ピャ〜!!」
 エアはにっこり微笑むと、手早くリンゴをカットした。花のように盛られた林檎の皿を運ぶコトはウェイターのようで「エドワードくんのこと、よく見ているんですね」とエアは温かい気持ちになるのだった。
 
「賑やかな夜でしたね」
「そうだな。今は静かすぎるくらいだけど」
 ちゃぷりと湯が揺れる。
 温泉トカゲたちも夜は眠るようでアル・シャムス渓谷には久方ぶりに水の音だけが響いていた。
 同じサイズの友達と遊び疲れたのか、コトもテントですやすや寝息を立てている。
「やっぱり星がきれーだな〜」
「この辺りには星の光を遮るものもありませんから、よく見えます」
 紺碧の天に白銀の星が流れていく。
「……な、エア」
 流れ星へと願いをこめるように、エドワードは隣で寝そべるエアに声をかけた。
「オレさ、そろそろ居候をやめて、自分達で活動拠点を持とうと思うんだ」
「活動拠点? とってもいいじゃないですかっ!」
 自分の活動拠点を持つ。
 それはエドワードが一人前の冒険者になるための一歩として、ずっと考えていた計画だった。
 この話をすれば、エアはきっと祝福してくれるだろう。
 彼女ともそろそろ長い付き合いだ。自分がどう話せば、どう応えてくれるか。それくらいは分かる。
 今まで一緒に過ごしてきた経験が教えてくれる。
「エア、いま一人で暮らしてんだろ?」
「はい」
 エアは不思議そうな微笑みを浮かべた。けれどもエドワードの話を遮ることはしない。
 エドワードが拠点を持つことと自分の一人暮らし。
 二つの話題は結びつかないがエドワードが今、とても緊張していることくらいは分かる。
 今まで一緒に過ごしてきた時間が教えてくれる。
「エアはつえーけど寂しがりだし、誰かと居る時のが楽しそうだし……」
 エドワードは回りくどいのが苦手だ。
 けれども、自分の心を伝えるためには必要な言葉だと、ゆっくりと綾なしていく。

「だから、だからさ。拠点ができたらさ。エアもそこで一緒に住まね?」
「え」

 エアは言葉を失った。
 サファイアのような瞳が大きく、透明に輝いた。
「わたしも一緒に……ですか?」
 時が、止まる。
 湖面のような眸から、ほろりと一滴、感情を吸いこんだ雫がこぼれた。
「って、わ、なにも泣くこと……!?」
 慌て声を出したエドワードは一息で憔悴を飲み込むと、涙の膜で揺れるエアの髪を琴を奏でるように優しく何度も撫でる。
「……よっぽど寂しかったんだなー?」
 慈愛に満ちた声には微かな笑い声が滲んでいる。木漏れ日のような優しい声に、エアはほんのりと笑顔を咲かせた。
「え、えへへ……ぐすっ。わたし今、とってもとっても嬉しいです。ホントはずっと一人でご飯を食べるのが寂しかったので……」
 拭った夜色の涙が指を伝い、乳白の湯に溶けて消える。
「これからは毎日一緒に居られるんですねっ」
 エドワードにとっては、宝石のように輝く嬉しそうなエアの笑顔が返事の代わりだった。
「よっし、そんじゃ決まりだなっ!!」
「はいっ!!」
 お湯をかきわけ立ち上がったエドワードに続いてエアも立ちあがる。
「コトもエアが居てくれた方が嬉しいだろうし。オレたちにとっての、最高の拠点にしよーぜっ! 約束な!」
「ええ、わたし達にとっての最高の拠点にしましょうねっ」
 月光のなか、エドワードが差し出さした小指にエアは己の小指を絡めた。
「ぴゅひゅ~……」
 遠くで、眠る仔ワイバーンが返事をするように寝言を呟く。
 それを聞いた二人ははしゃぐように笑った。
 これからの未来を夢見るように。

おまけSS

・アル・シャムス渓谷
イメージ パムッカレ/木星

トルコ、パムッカレの石灰棚と木星の見た目や神話的要素を魔合体させました。
通俗的に石灰棚と呼称しておりますが、石灰成分とは違う何か素敵な混沌成分が混ざっているに違いない
浪漫と夢が広がります。

・温泉トカゲ
(・▽・)<へろー。

イメージはカメレオンのように変色するエリマキトカゲ。
走るトカゲといえば、二足歩行のあの走り方が印象的だったため、エリマキトカゲになりました。
当初の鳴き声は「びばびば」「のんのん」でしたが、深く掘り下げられた場合に言い逃れができないため
ノビャーとなりましたノビャー(・▽・)
エリマキ部分はスカーフのように首に巻いており、温泉に入る際はタオルの役割を果たしています。
彼らはフィーリング……もとい念話で通じあっているので、時々別の種族とも仲良く温泉に入っていると思います。


・そこに至るまでの話は、時を遡ること一週間前。
 喫茶「メーティス」に珍客が再訪したことから始まる。

「いらっしゃいませーっ……あっ!?」
「やぁ、今日も元気だね。少年」
 ようやく客足も落ち着いてきたアフタヌーンティー タイム。ホールで疲れ知らずの働きを見せていたエドワードは、その日初めて足を止めた。
 ぽかんと開いた丸い口と目には愛らしい驚きが満ちており、白と黒の大人びたカフェスタイルに包まれた彼を年相応の幼さに見せている。
 エドワードが驚くのも無理はない。迷い蝶のような身のこなしでふらりと店を訪れたのは、見覚えのある幻想種の吟遊詩人だったからだ。
「吟遊詩人のにーちゃんじゃねぇか。久しぶりだなーっ、元気にしてたか?」
「ひさしぶり?」
 長い耳を垂らしながら、吟遊詩人はおっとりと首を傾げた。
「一昨日も来た気がするんだけど」
「来たのは二か月前だぜ?」
「おやま」
 彼が先日『儚き久遠』の歌を謡い、その在り処について含みのある助言を与えた事はエドワードの記憶に新しく、早々忘れられるはずもない。
「もうそんなに経ってたのか。歳をとると時間の感覚が曖昧になっていけないね」
 内容の老齢さに対しての軽い口調に、エドワードはやや不思議そうな顔で首を捻った。
「にーちゃん、一体いくつなんだ?」
「ナイショだよ」
「エドワードくん、お知り合いですか?」
 そこへ鈴花のような声が加わった。
「エア!」
 黒のキャスケット帽子をカウンターの上に置いたエアが柔らかい笑顔を二人に向けている。
 首を傾げた拍子に胸元で揺れる宝玉と春霧色の柔らかな三つ編みが一筋、肩に流れた。
「前に『儚き久遠』の歌を謡った吟遊詩人のにーちゃんの話、しただろ」
「はい。もしかして、その方が?」
 エアは、驚きと喜びを織りこんだ笑みを浮かべた。
「わたし、一度聞いてみたいと思っていたんです」
「そんなに期待された瞳で見られちゃあ断れないな。それじゃあ風のように美しいお嬢さんのリクエストに答えよう」
「うふふ、ありがとうございます」
「オレも、もう一度聞きたいと思ってたんだよなっ。ちょっと待っててくれ、休憩とれないか聞いてくるっ」
 吟遊詩人はキャスケット帽子のリボンに挟まれた淡い虹色の花に目を留めると、少しだけ寂しそうに笑った。
「……そうか。今は君が継いだんだね」
「?」
「何でもないよ。そうだ、歌う前に水を一杯いただけるかな?」
「おーい、コトー。水、持ってきてくれるか~?」
「ぴゃーいっ」
 しんみりとしかけた空気をエドワードと元気な生き物の声が払い去った。
 てっちてっち。
 キッチンからお盆を頭に乗せて現れたのは、真っ赤な鱗のちいさな生き物だった。頭の上に水の入ったコップとお盆を器用に乗せ、両の翼の爪で固定して歩いている。二本の太い脚で水を運ぶ姿はどこか愛らしく、満面の笑顔をたたえた青い大きな瞳には誇らしげな色が宿っている。
「秘境の温泉でも無いのに、なんでこんな所に温泉トカゲが?」
「ぴゃい、ぴゃーい!」
「ありがとう?」
 はい、どーぞ。
 そう言わんばかりの生き物から、吟遊詩人は驚きながらも水を受け取った。
「いや、温泉トカゲじゃないな。何だこのイキモノ!?」
 吟遊詩人の反応を見て、エドワードとエアはいたずらっ子のように微笑んだ。
「コトはワイバーンだぜ」
「ワイバーン!?」
「ぴゃいっ!」
「お水も上手に運べるようになったんですよ。ねっ、コトちゃん」
「ぴゃいっ!」
 お仕事モードなのか、普段よりも若干キリッとした表情でエアに頷くコト。まるで人の言語を解しているようなタイミングでの鳴き声に、吟遊詩人は感心したように呟いた。
「……まったく、この店は面白いなぁ」
「だろ?」
 看板ウェイターは得意げに笑ってみせた。
「ところで、にーちゃん。秘境の温泉って何だ?」
「温泉トカゲって、コトちゃんに似ているんですか?」
 エアとエドワードの声が重なる。
「……ははっ」
「ふふっ、かぶっちゃいましたね」
「君たち、息ぴったりなんだね」
「ぴゃいっ」
 思わずといった様子でこぼれた吟遊詩人の言葉に、最初に同意を示したのはコトだった。
「相方、だからなっ!」
「相方、ですからっ!」
 そこからは音楽と笑い声の多い会話になった。
 エドワードとエアは吟遊詩人から様々な冒険や伝説の歌を聞いた。
 至高の温泉を求めて旅をする二足歩行のトカゲ。
 幻想と傭兵の間に存在する渓谷の秘色の温泉。
 エメラルドの湖が広がる幸運の白砂丘。
 虹玻璃よりも儚い花を守る獅子の話。
 そうして冒険欲と温泉欲をほどよく刺激されたエアとエドワードとコトは、次の休日にアル・シャムス渓谷まで秘色の温泉を探しに来たのである。
 空中神殿を経由して各国に降り立つことができる特異運命座標である二人に距離的は問題では無い。普通の旅団が護衛を雇い、装備を整え、三週間近くをかけて踏破する距離も半日で到着できるのだ。

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