PandoraPartyProject

SS詳細

そうして、ちいさな手をとった

登場人物一覧

リスェン・マチダ(p3p010493)
救済の視座

 すべてを白に閉ざした雪が解け出し、小川へ流れて大地をゆたかにするように。日々周りが変わり続けるなか、そこにあり続ける故郷・覇竜の森を吹き抜ける風にリスェン・マチダの耳はかすかな異変を拾い上げた。
 きゅぅ。きゅぅ。聞き逃してしまいそうな声に彼女の足は迷わない。急かすのは『守りたい』『助けたい』——あの日、空中庭園で宿した想いだ。
「……よかった」
 震えるちいさな命を茂みの先に見つけてほっと息をついた。羽リスが1匹。しょんぼりと垂れた特徴的な大きな茶色の尻尾や背中の白い翼はどこかに怪我や病気の可能性があると教えてくれている。
「今、助けてあげますから」
 鋭い声。地面へ突っ張った短い手足に、ピンと立てた尻尾を揺らすポーズ。敵と認識されてしまったようだと気づくのは簡単で、けれどふくらんだ尻尾の付け根に赤が滲んでいるのを見れば引き下がれない理由になる。
 勿論、それは羽リスだって同じこと。安心させようとリスェンが常に持ち歩いている動物用の救急セットや食糧を見せても警戒心をあらわにするばかり。
「わたしは味方ですよ、ほら……ッ」
 差し出された手には爪を、歯を。手加減のなさは捕食者に追い詰められた結果なのかもしれなかった。それならば。
「大丈夫、痛くありません。怖くもありません。あなたが感じるものに比べたら」
 ギッと指に食い込む抵抗も、流れ出した血も、気にしてなんていられない。こんなのは慣れっこだと怯まず微笑んでみせれば驚いた様子で逃げだす羽リスを追いながら、リスェンは何度も何度も投げかけた。けっして荒げず、静かに。救いたいのだとまっすぐに乗せた声で——諦めたのか。認めたのか。体力が尽きたのか。どれが先かはわからないけれど、やがてちいさな背中が木の根元で丸くなるまで。

 カリカリと木の実をかじる音と落ち着いた空気のなか、しきりに鼻を動かしてはまっさらな包帯を巻くやさしい手の持ち主を不思議そうに見上げる。それから、もらったばかりのご飯に興味が戻る。その繰り返しの末に羽リスはリスェンの袖をぐいぐいと引っ張り始めた。
「もうすぐ終わりますよ。あとは……あっ、待って」
 はためく包帯は白いリボンのように。突然再開した追いかけっこに焦る気持ちが生まれなかったのは、地面を蹴る足にも、広げた翼にも、もう弱々しさを感じなかったから。立ち止まっては振り返る羽リスが『待ってくれている』と察したのなら、なおのこと。足は誘われるままに森の奥へ奥へと歩き出した。
 一段と深くなった茂みを手で開いた先、まさに秘密の入り口だ。屈んだ大人が通るのでやっとといった小さなトンネルを、ちいさな羽リスと少女のように小柄な女性が抜けていく。この体でなければ諦めるしかなかった、なんて思えば複雑な心もあるけれど、やがて一気に広がった景色を前にしてすべて吹き飛んでしまった。
 一言で表すのなら——『羽リスの園』だ。ぽっかり空いたそこへ降りそそぐ光は高い枝葉の向こうから。そのなかをたくさんの羽リス達が思い思いに飛びまわる、彼らのための楽園だった。
 空を覆う植物に見守られ、あのトンネルが地上からの侵入も拒んでいるこの場所に外敵の恐怖は見当たらないし、リスェンはこんなに大規模な群れを他に知らない。
 何もかもに驚いて身動きを忘れた彼女を現実に引き戻したのは忙しなく鳴きかわしては1匹、また1匹と集まり始めた羽リス達だ。手を引かれ、背中を押され、腰かけた苔むした岩の椅子。くるり、くるり、と木漏れ日を浴びながら舞う羽リス達。包帯を巻いた羽リスが膝の上にいそいそと木の実をのせるのを見て、どうやらお礼のつもりらしいとわかれば思わず顔が綻んだ。

 彼らのおもてなしを存分に受けたあと、そろそろ帰りますね、と立ち上がったリスェンの元へあの羽リスがやってくる。解けかけた包帯を整える指に、きゅうっとしがみついて見上げる真っ黒な瞳は『置いていかないで』と訴えていた。
「この園で仲間と暮らすのが、きっとあなたにとっての幸せです」
 抵抗してつけてしまった傷を舐めては、一生懸命にやわらかな体を擦り寄せてくるのは納得していないからか。
 ひとりで出歩いて怪我をするような子だ。まだ外の世界の恐ろしさを理解していなくて、だからこんな無謀なのでしょう、と諭す方法を探すリスェンの前に雰囲気のよく似た別の羽リスが現れる。ぺこりと頭を下げる姿はまるで『うちの子をどうぞよろしくお願いします』と挨拶するようで。
 それならば、2匹の間で交わされるのは一人前として送り出す時の最後のお説教だ。たとえば『一度決めたことなら貫きなさい、きちんと恩返しをしておいで』——そう見えてしまった以上、再び指を掴んで縋るように鳴く羽リスを無理やりに引きはがすことはできなかった。

 望むだけでは届かない、自分から手を伸ばすことの強さを誰より知っている、彼女だからこそ。

  • そうして、ちいさな手をとった完了
  • NM名氷雀
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月20日
  • ・リスェン・マチダ(p3p010493
    ※ おまけSS『なんちゃって称号』付き

おまけSS『なんちゃって称号』

『ふたりの冒険譚』

 もうひとつのはじまりの物語を胸に、奮い立つような心地で呼びかける。
「行きましょうか、ナルちゃん」
 祖父がよく聞かせてくれた英雄譚からとった自分とおそろいの名前に、肩の上で大切な旅のお供が「きゅ!」と応えればふたりの冒険が今日も幕を開ける。

PAGETOPPAGEBOTTOM