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あなたは、どこから?
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- P.P.の関係者
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――手を繋ぐという事。
それは親愛の証。それは愛情の証。それはきっと、多くの者に在って然るべきモノ。
だけれども――きっと。
『彼女』にとっては違ったのだ。
●
「衛兵さん! この前はありがとう――! 今日はゆっくりしていってね!」
「え、えぇ、そうね……ありがとう……その、アベリア」
R.O.Oの伝承国。その一角に存在する屋敷に招待されたのはP.P.だ――
事の始まりは先日……眼前にて笑顔を見せているアベリアという少女を、ある事態から救い出した事に起因する。それ以来何かと縁があり……そしてこの度アベリアはP.P.を己が屋敷に招待したのだ。恩もあるP.P.が困っていたようであったから――
……アベリアからすれば分からぬ事であるがP.P.はR.O.Oに囚われていた。
外に出れぬ事態。原因は――まぁともあれ、だ。
それよりもP.P.……いや『リア・クォーツ』は戸惑っていた。
アベリア。R.O.Oの世界における己――『かもしれない』存在との差異に。
この世界はそもそも現実と比して『過去』の様な世界として再現されている。
勿論あくまでそのような雰囲気があるというだけで実際にあった正確なる過去という訳ではないのだろうが――しかし、少なくとも眼前のアベリアは『過去』なのではないかと、どことなし想うものだ。
……だからこそに戸惑う。
己が幼少期との差異に。それに何よりアベリアという名前にも……
彼女は以前ハッキリと名乗った。『リア』ではなく『アベリア』だと。
(……クオリアは、ないのかしら? それとも、あるけれど特になんとも……?)
斯様な程に朗らかであれる理由はなんだろうか。
斯様な程に己の儘であり続けられる理由はなんだろうか?
バグもあるR.O.Oの世界が故の事情はあるかもしれないが、それにしても……
「アベリア。お客様か?」
――と、その時。
どこぞから聞こえてきた声の色にP.P.は聞き覚えがあったものだ。
故にとそちらへ視線を向ければ、いる。この世界においても『巨匠』と謳われる……
「――マエストロ。これは、ご機嫌よう」
ダンテ・ウェルギリス。
……現実側でも会った事のある人物だ。あの奏でる旋律を誰が忘れようか。
そして彼は――この世界においてアベリアの父親だ。
アベリアを救出する折に、微かだが会話もした事があり……故に此方でも面識あるもの。
「これは……! 先日アベリアを助けて頂けた方ではありませんか! その節は誠に……」
「あ、ああ……いえ、いいのよ。私も当然の事をしただけだから」
が。出会いが異なるが故にか、彼の物腰も現実とは違いがみられるものだ。
なんと言うべきか――全体的に『圧』が見られない。
……言葉にするに難しいのだが、とにかくどこかが致命的に違うのだ。
優しい? 柔らかい? 現実の彼に抱いていた緊張感というべき代物が、ない。
「アベリア。お客様を招待するのは構わないが、そういうのは先んじて私達にも話を」
「衛兵さん! お茶の用意もしてるの! 中庭の方に行きましょう!!」
「アベリア! 待ちなさ……アベリアー! あぁ怒っている訳ではない! だからアベリアー!」
声を張るダンテ――だが。一方のアベリアはP.P.の服の袖を掴みて駆け抜ける。
無邪気なる感情を顔に滲ませながら。
……あぁ。
「――お父さんとは、仲がいいのね」
「? うん、そうよ! お父さんはね、とっても優しいの!」
感じ得るP.P.は自然と口端から言葉を零していたものだ――
先の短いやり取りだけでも分かった。
ダンテはアベリアを愛している。アベリアもまたダンテを……
交わる親子愛が其処に在るのだ。
……あぁ『やはり違う』のかもしれない。
一時はアベリアの事を現実におけるリア――己であると思っていた。
だって姿がそっくりなのだ。
だけどやっぱりあり得ない。ダンテが父親であり、そして何よりこのような。
親子同士の『幸せ』など。
「さ、衛兵さんどうぞ! クッキーもあるのよ! それからね、それからね……」
「え、ええ。落ち着いて、あたしはどこにも逃げないから」
彼女は穏やかに過ごしている。
何も憂いがないかのように、ただただその心中に在るのは笑顔だけだ。
――そうだ。そう、何を心煩わせる事があろうか。
アベリアはダンテの娘。そして『アベリア』は『あたし』ではない。
それだけの話である。
だから、彼女もまたアベリアに応える様に微笑みながら席に付かんとするものだ。なんとも、積極的に踏み込んでくるアベリアの姿勢には戸惑うものだが……P.P.……いやリアにとって他人は世話を焼くものであり、焼かれるモノではないから。
――ふと。瞼の裏に浮かんだのは修道院の子供達。
ノノ、ソード、レミー、ファラ、ラシード、ソラ、ミファーに――それからドーレ。
全く。風呂に入れるのを苦労したやんちゃな子もいただろうか……
それらを想えばこそ、逆にこちらの世話をせんとするアベリアの行動に受け身になるのは、慣れぬモノ。だがせめてこの一時はと……全ての疑問を呑み込んで。己が心に納得をさせて。ただ今は目前だけを楽しもうと――
した、刹那。
「――アベリア。其方は、お客様なの?」
一つの声が中庭へと届いた。
それはまるで先程『父親のダンテ』が娘に問いかけた様な声色。言の内容も似ているか――
だけれども違う。その声はダンテの様に低くなく、むしろ女性の様な……
「あっ……」
だから、P.P.は振り向いた。
振り向いて、しまった。
それは自然な動作。ただ声の主を知りたがったが故の振りむき。
ただそれだけで――
彼女はまるで、時が止まったかのような感覚を得た。
そこにいたのは一人の女性。
美しき純白の髪を風に靡かせ佇む、一人の女性――
彼女の名は、ベアトリクス。
「あっ、お母さん!」
「お母、さん?」
――其処にいる『アベリアの母』にして『ダンテの妻』たる人物である。
「――」
息を、呑んだ。
まさか、そんな、どういう、事なの?
親がいる。それは当然だろう――父がいれば母がいる。それは何もおかしい事ではない。
けれど。P.P.が……いや『リア』が、まるで時が止まったかのような感覚を得たのは。
「あた……し?」
その風貌が瓜二つであったからだ。現実のリアと――どこまでも似ている。
他人の空似? いやそれにしても、おかしい。似すぎている。
これは、他人などというレベルではなく……
「初めまして。アベリアの母の――ベアトリクスよ」
「えっ あっ そ の」
「……? あら、どうかしたかしら?」
言の葉が紡げない。
口が開くのみ。何か、絞り出さないといけない気がするのに。
喉の奥が枯れ果てる様な感覚だけが今のP.P.に在る。
一度は飲み込んだ筈の疑問を、吐き出してしまいそうだ。
だって。
なんで。
どうして。
貴女は、だれ?
アベリア。ダンテ。ベアトリクス。
三人が親子。仲の良い、親子。なんのおかしい事も無い筈なのに。
胸がざわつく。心の臓が抑えきれない。
『もしもこれが現実であるのならば』その立ち位置にはどこに誰がいる――?
私は――
「……衛兵さん? どうしたの?」
「あっ――あ、う、ううん。なんでもないの。ええ――なんでも、ないの」
瞬間。P.P.の様子が明らかに変わったと感じたのか、アベリアが服を引っ張る。
その感触に、ようやくにもP.P.は意識を眼前へと取り戻すものだ。
……尤も。辛うじて胸の奥底から声を出すことが出来ただけで、心の臓に落ち着きはないが。
「貴女は――『衛兵さん』ね。アベリアから窺っているわ」
さすれば。中庭の小さなテーブルに席を置き。
言を切り出したのは――ベアトリクスだ。
「以前の騒乱の折に助けて頂いたと……本当に、ありがとう。
貴方達がいなければどうなっていたか……
あの時は所用で故郷の翡翠の方に出向いていたものだから、駆けつける事も出来なくて」
「あ、いえ、その。ダンテ――
旦那様の方にもお伝えしましたが当然の事をしたまでで……んっ、翡翠……?」
「ええ。昔は、翡翠にある……玲瓏郷ルシェ=ルメアにいたの」
翡翠。現実では深緑に相当する国家――か。
成程。落ち着いて彼女を見据えれば……純粋な人間ではないと感じるものだ。
恐らく精霊の類。ならば自然豊かな翡翠の出身であって何も疑問はない、が。
「でも、今は……こちらの方に?」
「ふふ。ダンテと出会って、ね。まぁ、その……色々あったのだけれども。彼から求婚されて、アベリアを産んで――それからはダンテの仕事先として伝承国が中心だから、移り住んでいるの。尤も、時々故郷の玲瓏郷にも戻っているのだけれど、ね」
「……玲瓏郷」
なんだろうか。
彼女の言葉が耳に届く度、不思議な感覚に捕らわれる。
その穏やかな声色が。その穏やかな旋律が……
(……なに、これは……あたしはこれを……)
知って、いる?
脳が微かに揺れる様だ。奥底に眠る、遥かなる記憶の雫の果てに……
沈む何かが共鳴している。
ベアトリクス。あたしとそっくりな、人――貴女は。
「ところで――衛兵さんはどちらから?」
「えっ?」
瞬間。今度はベアトリクスからP.P.へと、声が一つ。
あたし。
あたしはどこから?
R.O.Oの外から――? ううん、そうじゃなくて。
「あた、しは」
どこ?
クォーツ修道院だと、応える事は。己が心に納得させるのは簡単だが。
しかし違う。そうではない。
ベアトリクスが、その生まれが翡翠からという事であれば、それに対する答えは……
「――――」
どこだろう。どこからなのだろう。
思考が巡らない。考えが纏まらない。喉が渇いて苦しく溺れる。
「衛兵さん……? 大丈夫?」
アベリアが此方を見据えてくる――あぁ駄目だ。
考えてしまう。アベリア、ダンテ、ベアトリクス、その意味する所を。
思考が巡らないのに考えてしまうという矛盾、脳が焼き切れそうになる。
……きっとアベリアなら応えられるのだろう。
此処がお家だと。ダンテと、ベアトリクスのいる此処が自らの場所だと。
だけれども、あたしはどうだ?
あたしは、応えられるのか?
あたしは。
あたしの物語は、何処に在る?
「……すみ、ません。ちょっと、気分が悪い、様でして……」
「あら……! それはまずいわね、アベリア。お父さんを呼んできてあげて。
空いている部屋があったでしょうし、そちらの方に衛兵さんを――」
うん、わかった!
――アベリアの軽快なる声が周囲に響き渡る、と同時。
P.P.の視界が歪む。倒れる程ではないが、なんとなしに頭が軋むのだ。
だけど、倒れる訳にはいかない。
「……ベアト、リクスさん……」
踏みとどまって彼女は――覗く。
アベリアの母の顔を。こちらを心配そうに見てくる……ベアトリクスの容姿を。
忘れられない。どれほど眺めてもやはり己と瓜二つだ。
ねぇ。
もしも。貴女が『あたし』と関わりがあるのなら。
「……玲瓏、郷、ルシェ=ルメア……」
「えっ? どうしたの――今、なんて?」
「…………ん」
そこに行けば何かわかるだろうか。
現実では其処に――貴女がいるのでしょうか?
ねぇ。おかあ――
●
夢を見た。
リア・クォーツは夢を見た。それは、一組の親子が街中を歩いている夢。
その親子は、手を繋いでいた。
お父さんとお母さんの間には、一人の小さな子がいて。
二人の手を取りながら――歩いている。
――手を繋ぐという事。
それは親愛の証。それは愛情の証。それはきっと、多くの者に在って然るべきモノ。
だけれども――きっと。
『彼女』にとっては違ったのだ。
リア・クォーツにはそのような経験はない。
少なくとも彼女が記憶しうる過去に『親』はいなかったのだから。
だから。そんな光景は夢なのだ。
――きっときっと、夢なのだ。