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故郷は遠く、なればこそ美しい

登場人物一覧

カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
カイト・C・ロストレインの関係者
→ イラスト

 星と月が近い丘にひっそりと、明朝と深夜の気温がいつだって凍えるほど冷たい小国、キュルマオンネラーマ。
 厳しい住環境にも住人たちは手を取り合って助け合い、慎ましくも穏やかに暮らす美しい、小さな小さな国。
 まさに妖精族だけの楽園とも言える国だった。そこからひとつ、蒼く小さい星が旅立った。

「わっとと、わあ、あぁ!」
 昼が宵に溶け合う頃、ピンポンマムの頭が釣り上げた魚を掴み損ねて地面に倒れる。上半身を起こし、びちゃびちゃと跳ね回る魚を両手で掴んで用意していたバケツへ放る。
「ったく、もー……」
 汚れちゃったじゃないかと文句を言いながら全身を叩き、細身ながらもしっかりと筋肉がついた身体がしなやかに伸びきる。軽く吐息を吐きながら、ゆっくりグリーンアゲートとレッドトルマリンの瞳を開く。
 『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)、その人だ。鍛練のため、幻想王都メフ・メフィートとバルツァーレク領の境にある森で数日間の単独野営を始めたばかりだった。
 ここ最近は不正義の汚名を晴らすべく、ありとあらゆる忠義を行っていた。それらは目の回る忙しさでゆっくりすることなんか出来ず、今になってやっと落ち着いてきたのだ。
 そもそもこんな平和ボケとまでは言わないが、嫡子でありながら長らく家を空けていた騎士に不正義を灌げとは無茶振りではないかと言いたくなってしまう。
「ま、言ったところで仕方ないんだけどね」
 下の妹はぼんやりとしている性質で、なにより塞ぎ込んでいて耐えられそうにない。魚、もう一匹いればお腹は膨れるかなと思考を夕飯に戻して竿の状態を確認する。

「来ないでってば! もう!!」
「そっち行ったぞ!」
「こんの、ちょこまかと!」

 少女の声に続くように男たちの怒声が響く。それからバタバタと森を走る音。こんな森の中腹で走り回るとは、どう考えても非常識だ。それもあの焦ったようなやり取りは捨て置けない。
 カイトは釣竿を手早くまとめ、武装を確認する。それからちょっと悩んでから釣果をそのままに声の方へと駆けていく。
 果たして声の主たちはすぐに見つかった。腹の出た男とひょろ長い男が二人、なにやらキラキラしたものを追い掛け回していた。
「何をしているんだ」
 いつでも短剣を抜けるように構えたまま、語気を強めて問う。男たちが振り返り、そしてそれよりも早く少女の声が鼓膜を揺らす。
「助けて!」
 どこからと見上げた先、真円を描く月からレモンイエローの翅を広げて飛び込んできたのは紫かかったサルビアブルーの髪の先がくるくると泳ぎ、シアンの瞳を持つ小さく可憐な存在だった。
「……妖精…………?」
 手のひらに収まってしまうそのサイズ感に戸惑いが生まれる。少女がカイトの傍へやって来て肩の先を掴み必至に頼み込む。
「あいつら急にアタシを掴んできたの!」
「おい、ガキぃ! 寄越せ!」
 少女の叫ぶような懇願と男たちの脅す声。比べるまでもない。カイトは短剣へかけた。
「君、向こうの沢へ! はやく!」
 少女をさっきまで釣りをしていた沢に行くよう指示し、カイト自身はそれを追い掛けようとする男たちを足止めする。
「悪いが行かせない!」
 男のうち、腹の出た男の間合いに大きく踏み込み短剣を当てないように振るい、脚を絡ませてズドンと転ばせて動けないよう、肩の間接を外し、植物の蔦で大きな樹と足首を結び付ける。
 続いて少女を追って走るひょろ長い男の肩を掴み、後ろへ引き倒す。そしてやはり、肩の間接を外してから蔦と樹を結び付ける。
 まるで芋虫のように男たちはうごめく。短剣を腰に収め直し、カイトが溜め息を吐く。
「あんな少女を追い回して……一晩、ここで反省するように!」
 とはいえ流石に間接を外したままでは目覚めが悪いと思ったのか、それを治してやってから上半身を樹へ括りつける。明日の朝にでも外してやれば自力で下山するだろう。ゆっくりと沢の方へ向かう。

 少女はカイトが置いていったバケツの縁に座り、中で泳ぐ魚を見ていた。足音に顔をあげる。
「大丈夫だったかい?」
 少女へ話しかけながら近付けば、バケツから少女が離れてカイトの前へ飛来する。
「ありがとう、ベビーフェイスの騎士様♪」
 そう言って少女はカイトの頬にキスを贈り、その肩先へ腰掛け直す。
「どういたしまして。ねえ、良かったら経緯を教えてくれないか?」
 それに少女が良いわよと返事し、食事にしながら話すことになった。

「まず自己紹介ね。アタシはニア・アムレッティ、小さな妖精族しか住んでない国から来たの」
 妖精の少女、ニアはラッフルミニワンピースの裾を摘まんで丁寧なお辞儀をする。それにカイトは片手を胸に宛がい、一礼を返す。
「僕はカイト・C・ロストレイン、よろしくね」
 ニアの話によると、彼女もまた特異運命座標として喚ばれ旅立ったばかりだったが、先ほどの彼らに捕らえられそうになっていたそうだ。そこにカイトが釣りをしており、事なきを得たのだ。
「アタシって人間界だと珍しいのかしら? 似たような妖精にちっとも会わないのよ」
 ニアが唇を尖らせて椅子代わりにしているカイトの荷物の上で頬杖をつく。カイトは不躾にならない程度にニアの姿を観察してみる。
 蝶の翅に見えるが、根元は木材のような雰囲気がある。シアンの瞳は清流に流れるような潤い、厳しい山を越えた者に癒しを与えるサルビアブルーの髪。
 向日葵より鮮やかなレモンイエローの翅は蝶へ似て、その内側と踵を飾るアンティークゴールドは細工が細やかで美しい。
 人懐こい、本当に普通の少女と言うべき素直さ。それらを掛け合わせてしばらく考えみるが検討がつかない。
「そうだね。僕はあんまり、妖精は見ないな」
 伝承とかで伝え聞いた特徴ともニアは合わない。おそらく人間が初めてみる種族だ。
 それもあって男たちは珍しがってちょっかいを出したのだろう。
 そっかぁと、ニアが少しだけ残念そうな声を漏らして木の実を齧る。それに気付かないふりをしてカイトは質問を重ねた。
「これから、どうするの? ギルドへ行くかい?」
 もしそうなら案内するよと添えれば、そうねえとニアがちょっと悩んでから結論を出す。
「もう少し、一緒にいても良いかしら? 一人でも生きていけるように、サバイバル知識を教わりたいの」
 この夜からカイトの単独野営は終わりを告げ、カイトとニアの二人ぼっちキャンプとなった。

 朝、まずカイトが起きて沢で顔を洗い、鍋に沢の水を掬い入れてお湯を沸かす。
 その時のパチパチという火の爆ぜる音でニアが起きて、カイトと同じように顔を洗って木の実を探しに行く。
「ただいま、カイト。たくさん採れたわ」
「おかえり、ニア」
 木の実を洗ってお湯の中へ入れて火を通し、持っていた調味料を溶かし入れてスープにするのが定番となっていた。
 それから昨日のうちに釣って、はらわたを抜いて干しておいた魚を焼けば食事の完成だ。
 それを二人で分けあって食べる日々は明日が最後。ニアがカイトの予定に付き合う形となっているので二人ぼっちのキャンプは数日だった。
 明日の朝には幻想の街に帰り、ニアをギルドへ連れていく予定だ。先に食べ終えたニアが今日の予定を聞く。
「今日で最後よね。木の実はその都度、アタシが拾うじゃない。魚はどうするの?」
 魚を食べ途中だったカイトがスープで飲み込んでから言う。
「昨日干したのは3匹だったからなあ。ウサギはここらにいないし……」
 初日は釣れたのになと、カイトが軽く肩を落とした。地道にポイントを変えてはいるが、日が経つ度に逃げられている気がするカイトだ。
「ま、健気に待つよ」
 苦く笑って朝食を食べ終える。この後はストレッチと鍛練、それから釣りをすることになる。
 結局、昼に魚は釣れなくて夕方に差し掛かって釣れた二匹がキャンプ最後の晩餐となった。
「ねえ、ニア。あなたの故郷や家族ってどんな様子? 仲は良い?」
 眠る前のひととき、不意にカイトがニアへ問い掛ける。
 実のところ、カイトはずっとニアの出身に興味はあったのだ。
 髪をかき揚げながらニアが語り出す。ニアの瞳に夢見る輝きが混ざる。
「空が近くて、とても美しい国よ。本当に小さな妖精たちの楽園でね、人間はきっと見つけられないわ」
 悪戯っ子のように舌先を出してニアが告げる。
 岩のくぼみや物陰に家を作るから、雨と倒壊は凌げるけれど防風対策と鳥対策をキチンとしないといけない。
 地面に近い所だと他の獣たちにも襲われそうになるから、やっぱり高いところが良い。
 獣の多い森に入らないと木の実も水も手に入らないけれど、それでも美しく誇り高い故郷。
「弟がいるの。生意気で可愛くないのが。なのにアタシが旅に出る時、ボロボロ泣いてね。大変だったわ」
 ニアのカイトを流し目で見つめる。 優しいその眼差しは、まっすぐにカイトを射抜く。
「……いつか、いつか世界中を回って帰るの。それでやっぱり、アタシたちの国が一番綺麗だったって言うのよ。
それがアタシの夢。
ねえカイト、あなたは? あなたの故郷は美しい?」
 言われてカイトは故郷を思い返す。
 天高く、美しい光が射し込む白亜の邸を。
 父が穏やかに笑い、母と語らう横顔を。
 その母の膝に甘え、お菓子を頬張る下の妹を。
 上の妹が溌剌に笑い、それに振り回されて困っている弟を。
 覚えている。楽しかった青春を。

 今日までの道は、美しかった。
 だったらこれからの日々だって、美しく出来るはずだ。

「嗚呼、美しいよ。いつかニアにも、見て欲しいな」
 あの美しい理想の国を、君に。


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