SS詳細
もしもし、聞こえますか?
登場人物一覧
本日未明、都内で女性の遺体が発見されました。
女性の遺体は頭部のみ、今は未だ明らかになっていませんが、身体の一部がミキサーにかけられたものが現場に残されていた模様です。
犯人の姿は防犯カメラには映っておらず、計画犯として警察が調査を行っています。
又、昨晩局所的な電波障害が起こった場所と殺害現場が重なっていることから、犯人は複数いる可能性、且つ女性に恨みを持つ者ではないかと、聞き込み調査を行っています。
其れでは、次のニュースです――
●
「……」
――それでは嬢ちゃんも、
否、忘れられる筈が無い。
屹度彼にとっては其れが日常且つ当然の事だったのだろう。但し其れを女が受け入れられるとは限らない。
契約は『こう』だった。
壱、此の契約をする者は此の契約を忘れないこと。
弐、此の契約に置いて復讐は
(其れから……)
――参、此の契約は誰にも他言しないこと。
女は約束を守って居た。其れなのに、其の筈なのに、最近身辺がどうも落ち着かない。
身近な友人が怪我をしたり、両親が倒れたり。酷い時には事故にも巻き込まれそうになった。其れを不運だけで片付けるには事が重大過ぎる。命の危機すら感じているのに、どうやって冗談で済ませる事が出来ようか。
当たり前だった、なんてことない、幸せも不幸せもあった只のシンプルな日常が、少しずつ音を立てて壊れていく。其の核心的な違和感を感じたのは、やはりあの怪しい壺売りと出会って、別れたあの瞬間からではないか。胸の中を彷徨う不信感。一人暮らしを始めた夜のような、恐怖とそわつき。誰かに見られているような気がするのに、誰もいない。誰もいないという事は解っている筈なのに、誰かに見られているような気がする。
矛盾だ。
こんなこと、今迄は無かった筈なのに。
狂い出したのは、何時からだろう?
屹度夜だからだ、とか。疲れているからだ、とか。何とか自分を納得させようと考えているのに、如何して己は納得できないのだろう?
約束は守っているのだから、何も案ずる必要はない。……只、懸念が。心当たりがあるとすれば。
(……ネットで、つぶやいちゃったからかな)
でも、言葉にしたわけではないし、相手だって顔も名前も知らない仮初の、バーチャルの存在。そんな相手が知っていたとして、何になるだろう?
(どうせそんなにつぶやいてないし、大丈夫でしょ)
そうだ。アプリを開いたとて140文字で起こったことの全容全てを伝えられる訳でも無し、恐れる必要もないのだ。心配のし過ぎ、杞憂だろう。
……そう、思って居たのだ。
「契約を守らない客に売るサービスはないあるね~」
その考えの浅はかさを呪うことになるとは、思いもせずに。
●
時刻は夜一時、つまり夜中。
テレビをBGMにスマートフォンを弄る。明日は休みだと解っているからついつい夜更かししてしまう女。ベッドに寝転んで、足をプラプラと揺らしていた。
「あ、これいいな。今月余裕あるし買っちゃうかぁ」
スマートフォンをすいすいと操作し、タップ。購入画面へ、の表示を躊躇いなくタップして、画面がリロードに入る。
「……?」
リロードに、入る。のは良いのだが。
あまりにも長過ぎる。回線の調子が悪いのだろうか、とは言っても今月はそんなに使っては居なかったし、となるとやはり『何か』起こっているのだろうか。
「……」
回線を一旦切断し再度リロードにかけてみるが、其れでも尚繋がらないホームページ。
「なんで……?」
其れどころか、回線を切断してデータ送信料を負担しても繋がらないのだ。
「う、嘘でしょ……」
局所的な停電だったりするのだろうか。其れか、電波障害か。考えても仕方ないので、テレビを見ようと身体を起こして、気付く。
「……な、なんで?」
テレビが、ざざ、と異音を放っているのだ。先程迄聞こえていた筈の流行りのコメディアンやモデルの何気ないバラエティも聞こえない。テレビが壊れたなら、画面が真っ暗になれば良いものを。如何してこんなにも、不安感が胸の内に募るのだろうか?
「?!」
パチン
電気が、消える。
どうしてそうなっているのかは解らない。
只、此れは異常だと。非常事態だと。そして此の儘、何か良くないことが起ころうとしている事だけは確かであると、本能が告げていた。早鐘のように勢いよく脈打つ心臓。己を抱きしめるように、ぎゅうと腕を組んだ。
ピンポーン ピンポーン
「……っ」
恐怖は空気を読まない。
嫌悪は状況を問わない。
夜中の一時になるインターホンの異質さが全てを物語っている。
(な、何なの、誰なの……!!!)
真っ暗な室内で、なるべく音を立てないようにカッターナイフを手繰り寄せて。女は、インターホンの応答ボタンを押さずに、扉の穴から相手を覗いた。
「へっ、」
思わず口から飛び出そうになる悲鳴を押し殺して、口を掌で覆った。
(なんで、なんでなんで?!)
インターホンのスイッチは何一つ押せない。外の情報を得るならば其の扉穴からしか無いはず。そして其れは、恐らく何の仕掛けも押されていない筈なのに。
(どうして、誰も居ないのに……)
未だに、インターホンが鳴り続けているのだろう?
電子音で編み込まれた無機質な機械音は、扉の正面に確かに来客が居るのを伝えている。其れに、インターホンは等間隔ではなく人力の如く連打されたり、インターホンの余韻を楽しむようにじっくりと押されてみたり、挑発のようだったのだ。
もう、お前が其処に居るのは解っているから、とでも言いたげだ。
でも、電気は消えているし、寝ているかもしれないと考えることは無いのだろうか? 否、屹度無いのだろう。どんどん、と扉を叩く音も聞こえだした。
怖くなって、思わず尻もちをついてしまう。扉にチェーンをかけて。布団の中に潜って、今起こっている説明出来ない現象を拒絶するように。枕で耳を塞いで。
(おねがいします、おねがいします、)
私は何も悪いことなんてしていないから。
どうか、助けてください。
そう、神様に祈って。
そうしている間に、音が止んだ。
電気が消えたのも、スマホが繋がらないのも、テレビが真っ黒な儘なのも何も変わらない。音だけが消えたのだ。
(……行ったのかな?)
思わずもそもそと布団から身体を起こして周りを見る。部屋の中が安全だとも思えなくなっていた。
カッターナイフとスマホが手から話せずに居る。
かち、かち、かち、とカッターの刃を露出させて。扉の外を覗いて。
(……やっぱり、誰も居ないじゃない)
ぱっと、電気が着いた。
テレビの音。コメディアンの大きな笑い声。きゃあきゃあとねちっこく笑う女の声。
全てが、
(……なんだったの?)
スマートフォンからの振動。先程迄電波すらも無かったと言うのに、薄情なことだ。でも、此れで安心だ。取り敢えず今は身の安全の確保が最優先だ。
カッターナイフを収めて、スマートフォンに視線を落とした、其の瞬間だった。
「ふう、抵抗は終わったあるか?」
扉からにゅるり、と溶けて出た男。
力強く首を捕まれ、押し倒される。
「……さて、契約の確認と行くある」
にぃ、と笑った男の笑顔に。
如何して、此れ程恐怖を覚えるのだろうか?
「うーん、お嬢ちゃん。いけないあるなあ、契約を破るのは心が銀河系より広い我輩でも許せないある」
笑顔は崩れず、状況も代わらない。其の身体の何処にそんな力が余っているのだろうと思わせてしまうほどの怪力。女は息も絶え絶え、首が折れていないのが不思議な程だった。
「ゎ……し、がっ……に、を、し……っ!!!」
「お嬢ちゃん、電子媒体上に我輩の情報を流したあるよな?」
問えば、即答。
懸念していた不安が確信に変わったと気が付き、女は涙を流した。
「なによぉ……!!! だめって、いってなかったじゃないの!!」
首を抑えつける腕を振り払って、身を起こした女。けれど、男は首を再度掴み、フローリングの床にねじ伏せた。
「良いとも言ってないある」
そんなの、後出しだ。如何しようも無い。
諦めにも似た乾いた笑みが口から溢れた。
「わた……は。どう、な……で、す……?」
「其れはそうあるね……まぁ、後のお楽しみある」
「先ずは、此処で処理するあるから」
●
「すみませーん、お届けものです」
ピンポーン、とインターホンを鳴らす。
が、部屋の主は出ない。
宅配便を届けに来た配達員は、とんとん、とノックを鳴らす。
そして、気付く。
(……開いてる?)
ノックの衝撃で扉が奥へと進んだ。
思わず、咄嗟に奥へと進んでしまう。不可抗力だ。
「………………ッ!?????」
中に転がっていたのは、女の生首と、真っ赤なミキサーだったから。
「うわああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
本日未明、都内で女性の遺体が発見されました。
女性の遺体は頭部のみ、今は未だ明らかになっていませんが、身体の一部がミキサーにかけられたものが現場に残されていた模様です。
犯人の姿は防犯カメラには映っておらず、計画犯として警察が調査を行っています。
又、昨晩局所的な電波障害が起こった場所と殺害現場が重なっていることから、犯人は複数いる可能性、且つ女性に恨みを持つ者ではないかと、聞き込み調査を行っています。
其れでは、次のニュースです――
おまけSS『ミックスジュース』
●你能听到我吗?
「はぁ、こういうインターネット媒体は鬱陶しいある」
アカウントを削除。
存在が合ったことも消さなくては。
どうやって処分しようか。
既に人間の形をやめてしまった其れを眺めながら、黒龍は欠伸を一つ。
「おーい、聞いてるあるか……って、聞こえてないあるな。此れで生きてたらバケモノある」
設置した妨害電波も、相変わらずの物質透過も。全て全て、唯のお遊びに過ぎないのに。
如何してヒトはこんなにも、愚かなのか。