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tear drop
登場人物一覧
––綺麗でしょう? この光景を見せたかったんです!
その言葉聞いてイルミナは、私は、当機は、理由もしれぬ胸の痛みに唇を噛む。
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「清掃ボランティアの時期が来ました」
再現性東京、希望ヶ浜学園のある教室内。担当教師が黒板に何かを記している。
ざわつく教室に教師の咳払いで数瞬静寂が挟まれる。この隙を逃すものかと口を開き出てくるのは毎年恒例らしい学生によるボランティア活動とやらの説明だ。
「学園からバスで……一時間くらいか。離れた所に行楽シーズンに開放されている山がある。もうそろそろそのシーズンも終わりに近いのだが、皆にはそこのゴミ拾いを……」
ゴミ拾い、という言葉の段階で学生達からブーイングが巻き起こる。それはそうだろう。わざわざ山に登ってゴミ拾いをしろと言うのだから、彼等にとって疲れるだけの要素しか無い。
だが教師もこの道何年の強者。この反応は既に想定してある。そもそも去年もその前も同じ反応だったのだ。これもまた恒例のやり取りにしか思っていないのだろう。
「学園生としての品性や社会貢献を見せる活動……と言われても納得はできないでしょう。しかし午前中、午後まで……いや、頑張れば昼食前には終わるぐらいの範囲です。清掃が終了した後は……」
教師の口をじっと見詰める生徒達。教師も彼等の欲しい言葉は理解しているし、生徒達も言ってくれるだろうと分かってての視線だ。
「終了した後は……自由時間とします」
わっと沸き立つクラスメイト。言わば出来レースの様な流れではあったが、先生から言質というのは彼等にとって大事な大義名分となるのだ。
「山ッスか」
流れに乗り切れず僅かに惚けながらやり取りを眺めていたイルミナ・ガードルーンは窓際後方の席で独りごちた。
「山ですよ」
聞かれていた。何とも意識して出した声では無かったので何処かこそばゆい感覚で身をよじる。
『その感覚は気の所為だというのに』
「山ッスか〜。学園の予定表に載ってたッスかね」
独り言を零していた事を触らせない為の、誤魔化しの話題振りであった。幸いにも乗ってきてくれた女子生徒、ここではジェーンと呼ぶ事とする。席替えで隣同士となり、最近よく話す彼女が言うには。
「恒例ではあるみたいですが、一定の学年だけみたいです。私達も今年行けば来年は無しということで」
「行事、というより授業の一環ということで、予定表にも載ってなかったというワケッスか。それでも書いといて欲しいッス」
全くです、とクスクス笑いながら同意する彼女と他愛も無い会話をしていればいつの間にやら教師の話も終わっていて。
クラスメイト達もわらわらと席を立ち仲良さげに会話しているではないか。
「あー、班分け」
クラスで清掃範囲が決まっているとのことで、その範囲内で二人一組で分けて行動していくらしい。
未来科学部の仲間達と組むのも手なのだが……。
「イルミナさん、よかったらなんですが……一緒に組みませんか?」
ジェーンの誘いに、水の色をしたレンズが小さくカシャンと鳴る。
最近よく話すとはいえ、催し物の相方として誘われるとは思っていなかったイルミナは、遅れた反応を隠して笑みを浮かべ。
「よかったらなんて! 誘ってもらえて嬉しいッス、こっちこそよろしくお願いしますッス!」
『嬉しい? それを
ジェーンの手を取りぶんぶんと握手をすると、早速ノートを取り出し、空いたページを使って【花見計画表!】と大きく太字で記していく。
「清掃……ですよ?」
と突っ込まれても何処吹く風である。
新しい友達と共に、イルミナは二週間後の清掃が楽しみになってきた所であった。
『楽しみ、それは余計な
●
日が経つも早く、清掃の日も一週間後に迫ってきた所であった。
「放課後、買い出しに行きませんか?」
「行くッス!」
ジェーンの提案に食い気味に頷くイルミナ。食い気味である。
「……登山用の物ですよ?」
「花見用じゃなかったッス……」
そもそも花見に行くのでは無い。
兎角二つ返事で了承したイルミナは何を買うのかと問うてみれば。
「軍手やゴミはさみ、ゴミ袋は用意してくれるらしいのですが。各自用意する必要があるタオルとか靴を買いに行こうかと思って」
イルミナのもう一つの側面、
「じゃあ放課後、お互いに部活が終わった後に
一旦別れ、各々部活へ向かう。
イルミナの所属する未来科学部はカフェ・ローレットの助力もあり運営される部活動。練達の研究を学園でも行い、より素晴らしい生活が行えるようにする。この理念の下で彼女は毎日楽しい日々を過ごせていた。
『楽しい日々、それは──』
頭を振り、活動に没頭すれば時間もあっという間に過ぎる。
後片付けは完璧、戸締りもしっかりした。鍵を職員室に預けに行き、早足で廊下を歩く。
とっとっとっ……。
たったったっ……。
向かいを歩く先生に気づいて心持ち速度を落とした足はようやく教室前で止まる。
「お待たせッス!」
勢いよく開かれたドアの音に、椅子に座って文庫のページを捲ろうとしていたジェーンの背がビクッと震えているのが見えた。
「うぁ〜! 申し訳ないッス、驚かせてしまったッス……!」
慌てて文庫を鞄に入れて立ち上がれば、少し慌てた雰囲気を出しながら「大丈夫ですよ」と、笑顔を向けてくれる。謝られてる事に申し訳なくなる質なのだろう。
このままでは互いに謝り合戦になってしまう。良い子同士で時たま起こってしまう現象だ。
このままでは不毛な連鎖謝罪にしかならないのだから、イルミナはぐっと堪えて声をかける。
「んじゃ、行くッスか」
つい先日まで冷たい風が身体を震わせていたというのに、今頬を撫でる風は僅かながらも温もりを感じる程までだ。
「桜も今週で見納めでしょうか」
公園に並ぶ桜の木から花弁がゆらゆらと舞い落ちる。咲き誇る春の訪れの証もあっという間にその生命を散らしてしまう。
「ついこの前時期が来たと思ったらもう終わりッスね」
手を広げ、掌に乗る花弁が風でまた何処かへ飛び去っていく。
毎年眺めている筈なのに何時までも慣れないのは何故だろうか。
「でも私、ちょっとこの散り際を見ているの好きなんです」
「散り際を……ッス?」
満開の桜では無く、散り際を眺めるのが好きというのも中々に珍しい。
「なんか季節の移り変わりって感じがしませんか? 桜が散り、雨が増えて夏が来る……これから梅雨が来るよーって桜が教えてくれるような」
移り変わり、それは少し盲点だったとイルミナは感心しながら首肯する。
「成程……そう言われてみれば終わりがあればその次が始まるんスね。夏になれば今度はかき氷の季節ッス!」
機械の身体にとって雨の多い梅雨は余り好きにはなれない。身体のメンテナンスをする毎に己が
僅か心のヒビはおくびにも出さず、笑顔でかき氷のシロップについてジェーンに語り始める。そして……。
「イルミナさんは、とても楽しい……
彼女は悪くない、悪くないのだ。ただ、イルミナがあの時、あれを聞いてしまった時から。
『お前達こそ、家電製品ごときが人間ぶるんじゃない。所詮そんな美観や思想すら、『コード』を通せば上書きされるんだろう?』
自分の中で違う、そんな事は無いと思いつつも言葉は
「イルミナさん……?」
そんな懊悩の渦から引っ張りあげてくれたジェーンが、心配そうに俯いたイルミナの顔を覗き込む。
「……はっ! そういえば、おやつっていくらまで大丈夫なんッスかね……!?」
バッと上げた顔にはお菓子の事を心配して焦りを浮かべるイルミナの顔。
楽しい、凄く楽しい今の時間を壊したくなんてないから。
「……300円まで?」
「それじゃあ全然足りないッス〜!!」
無理やり緩ませた頬は、満面の笑顔を型どってくれた。狂い無く、機械の様に。
●
––清掃開始、怪我するなよ。
教師の言葉を皮切りに、生徒達が二人一組で動き始める。
「うわぁ、ゴミが沢山ッス」
「登山やお花見、観光しに来る方々が多いそうで……」
アルミ製のゴミはさみをカチンカチン鳴らしながらイルミナは担当範囲をぐるっと見渡す。今日はジェーンや自分だけではなく、皆動きやすいジャージ姿だ。
清掃活動、この日の為に買い込んだ用具はバッグに詰めてある。因みにお菓子はバスの中で大半を消費した。
「折角の綺麗な風景がこれじゃあ台無しッス。早くとっぱらわないと!」
気合いを入れて鼻息を鳴らし、ゴミ袋片手に地面を睨みゴミを探すイルミナ。
その様子にクスクスとジェーンも笑いながら、そうですね。と同じく気合いを入れる。
汚してしまったのなら、同じ人間が責任を取らなければならない。本当はこのゴミ達を捨てた本人に説教して拾わせてやりたいぐらいの気持ちだが、それも叶わぬ事ならばせめて自分等が後始末しなければ。
「おっ、瓶の破片とかもあるんスね……ジェーンさんも気をつけるッスよ」
「はい、木の葉に紛れて事もありますからね……」
先日共に購入した厚底の靴は履いているが、何かの拍子で破片で肌を切ったりする可能性もゼロではない。
時には少し談笑しながら、時には黙々と拾い続けていると、二人の持っていたゴミ袋も七分目ぐらいまで溜まった。
歩いたルートをまた戻れば、ちらちらとクラスメイト達もスタート地点に戻ってきていた。正午に差し掛かる頃、教師が点呼を取り、生徒達からゴミ袋を集めると軽くこの後の自由行動について注意事項を述べ、解散と口にする。
「やぁっと終わったッス〜!」
時間にしてみればあっという間ではあったのだが、授業や仕事からの解放感は何事にも変え難い。
「イルミナさんイルミナさん」
お昼を何処で食べようか。持ってきたお弁当と水筒をバッグの中で傾いてないか確かめていた時、ジェーンから声が掛かる。
「ちょっと良い所があるんです。そこでお昼にしませんか?」
二つ返事で了承し、先導する彼女の後を着いていく、
登山ルートの途中から外れた道。木の葉を踏みしめ歩いて行けば覗かせたのは。
「────これは」
一面の桜色、無造作に根を張る木に、風に揺れるも未だ朽ちる様子の見せない桜の花。
「実は前にも来たことがありまして。ここ一帯は桜の木が並んでるのを見つけていたんです」
「綺麗……ッス」
花吹雪が散りばめられながらも、視界は桜に埋められている。花の香りがスっと鼻腔を擽るのはなんとも心地好いことだろうか。
「綺麗でしょう? この光景を見せたかったんです!」
ずきり。
どうしてだろうか、こんなにも嬉しいハズなのに、感動したハズなのに。
思わず自分が唇を噛んでしまっていた事に気づいたイルミナはそれでも止める事が出来ずに。
「(どうして……どうして……)」
心で渦巻く感情は何か、これさえも、これもがデータの出力でしかないということなのか。
涙が出ぬそのレンズは確かに煌びやかな景色を映してくれている。
共に遊べて楽しい。
こんな綺麗な所を紹介してくれて嬉しい。
でもこれは偽りのデータでしかないのか。そうでないから、この瞳から零れてはくれないのか。
人間では、無いから。
「イルミナさん、ご飯食べましょう?」
その言葉に我を取り戻し、何も流れていない目元を拭って首肯する。
「綺麗な景色の中で食べるご飯というのも良いものッス!」
この
そんなことない。と言えたならどんなに良かった事か。
秋の紅葉を見た時と同じ事を思う。
人間になりたい。
無意識下から更に肥大化していく願い。
未だ混迷の中に居る彼女の想い。終着点への光は暗いまま。
「ありがとうッス!」
でも今は、この光景を見せてくれたクラスメイトに礼を言おう。
悔しくても、辛くても、己の中の何かが強く揺さぶってくれたのは確かなのだから。
おまけSS『笑顔が見たくて』
『涙をください』
「楽しかったッスね! また機会があれば一緒に遊ぶッス!」
話したのもまだ最近なのにこんな綺麗な笑顔を向けてくれた貴方だから。あの桜を紹介したのです。
ありがとう、ございました。