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或る患者の診療に於ける備忘録、第二項
登場人物一覧
名前:『カルテ参照、このメモに於いては秘匿』
一人称:『「私」。イントネーション的には「わたし」が近いか』
二人称:『「~様」』
口調:『「です、ます、でしょうか?」。口調については相手を尊ぶという意図より、自己を遜る印象を覚えた。
尊敬ではなく謙譲を主とするその話し方は……嘗て診察した『彼女』と似たようなものを感じると言うのは、記す必要も無い情報だろうが』
特徴:
『今回の診療目的である傷は左目、およびその周辺の組織。
患者曰く、仕込み刀を相当深く突き刺されたという話だが、実際の傷の度合いはそれより遥かに軽い。
この辺りは彼女が特異運命座標であるということが大きく起因しているのだろう。
なお、このほかにも片腕に巻かれた包帯など、気になる部分が有ったが、それについては今回触れないこととする』
設定:
――――――某日、幻想内の診療所にて、とある患者のカルテに張り付けられたメモ書き。
『4/13。患者の容態を記録しておく。
診療する傷は左目。患者自身の申告では後眼部よりも深く、ともすれば脳にまで達するほど突き刺されていたという傷は現在ではその面影すら見当たらない。
これは先にも言った通り、彼女が特異運命座標であるということもあるだろうが、付け加えるならその後の応急処置が的確だったこともあげられる。
(聞けば、怪我を負った時点で彼女の友人である医者が近くに居たため、負傷の悪化や感染症などの予防を行ってくれたとのことだ)
とは言え。先述軽いと言った負傷の程度は、あくまで患者当人が申告した「本来の怪我」に比べての話に過ぎない。
まず、眼球自体の損傷。此方は外傷性白内障と診断できた。
私が元居た世界に於いては本来完治の為に手術が必要とされるものの、この世界に於いては薬草医、魔術医による専用の点眼薬が存在する。
薬が効き始めるまでの時間はかかるが、少なくとも本来の人口レンズを埋め込む手術よりは通院の期間も短く済むだろう。
問題は眼瞼……要するに目蓋についてである。
診断の結果、彼女の眼瞼挙筋、ミュラー筋などは然したる損傷が無かったのに対して、現在の彼女の目蓋は本人が相当な意識をしないと開かないようになっていたのだ。
必要であれば手術による改善も可能であると言った私に対して、彼女は少しだけ考えさせてほしいと返答したため、現時点ではあくまで眼球の損傷に対しての治療のみを進めることとする。』
おまけSS
――メモ書き2枚目。
『私が元居た世界に於いて、「幸福な王子」と言う子供向け小説が在った。
世界を行き交うツバメを介して、一人の王子が世界中の不幸な人々に自らの大切なものを施し、最後にはみすぼらしい姿となって人々に忘れ去られた後、その魂をツバメともども神々に掬われると言う粗筋だ。
彼女を診察しているとき、私はこの童話を思い出した。診察の間、彼女は自らの傷を「目立たないようにする」ことに重きを置いているように感じられたためだ。
他者の為に傷を負い、他者の悲しむ姿を見ないために自己の傷を覆い隠す。
その在り様は、先の童話の主人公のように、自己を顧みず他者を慮る姿勢が感じられた。
……問題は。
彼女は童話の主人公とは違って、他者と交流し、心を通わせる術を持っていることだ。
自身を損なうことを恐れず誰かに尽くす、彼女のその危うさを。
或いはその「果て」を。その傍らに居る者たちはどう思うか。
恐らく当人の思考には、そうした人々に対する考えが大きく欠如しており、その歪さが軈て最も望まない形で彼女に降り注ぐ可能性を、私は今も危ぶんでいる。
――それでも、若し。
その優しい魂に最後まで寄り添う「ツバメ」が、これから先居てくれるのであれば、或いは。
そう思い、願うのは、所詮私の偽善じみた考えに過ぎないのであろうか』