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とつげき! 隣(?)の幻想国!
登場人物一覧
- 紲 煌氷の関係者
→ イラスト
「ねえねえ煌氷、今度暇だったら幻想の街を一緒に歩こう?」
今回の話は炎華のこの一言から始まる。
先に告げておくと、このお話は食事以外では良い姉と弟が見れる。
……食事以外では。
●
とある日の幻想国。
今日も平和な街並みが広がっており、雲ひとつ無い晴れ間は街に心地よい日差しを与えていた。
そんな中で煌氷と炎華は仲良く手を繋いで街を歩いている。
傍から見ればそれはカップルのデートのようなものだが、2人にとっては断じてそういうものではない。
煌氷にとって炎華は姉のような妹のような、仲の良い友達のような存在。 振り回されることは多々あれど、それを嫌なものだとは思ってはいない。
炎華にとって煌氷は幼少期から付き合っている弟分で、甘やかしたくて可愛い存在。兄弟というものに憧れを抱いた故に生まれた関係だが、今もなお途切れることはない。
お互いがお互いのことを姉や弟だと思っているものだから、周囲の想像とは遥かに違った様相を見せていた。
「煌氷、まず何処に行くし?」
「ええと、そうだなあ……」
ゆるく握っていた炎華の手を少し強めに握って離さないようにしてから、辺りをぐるりと見渡してみる煌氷。綺麗に整えられた道は2人の行けそうなところをいくつも指し示し、何処へでも自由に出向いて良いと言った雰囲気が漂っている。
ただでさえ見るもの全てが目新しく見えているのに、次に行く場所なんて自由に決められない……なんて言ったら怒られる気がしたので、煌氷はまず街をゆっくり歩いてみようかと提案してみた。
「確かに、街の中よくわかんないし。結構広いみたいだから、歩き回るだけでも楽しいっしょ!」
「じゃあ、歩いてる最中に気になったところには行ってみようか。……でも自分なんかがこういう綺麗な所にいても大丈夫なのかな……」
「大丈夫だいじょーぶ! 煌氷のこと怖がってる人もいないし、僕もいるから大丈夫でしょ!」
ばんばんと肩を叩いて煌氷を励ます炎華。いつも自分を下にしがちな煌氷を励ますのも、姉のような存在である炎華の役目であり……良き友人の役目。
今日は目一杯楽しむこと。簡単で大事な目標に掲げて、2人は街の探索を開始した。
●
何をするにもまずは街の中を知る必要がある。そこで2人は適当にぶらついてみようということで、再び手を繋いだ煌氷と炎華。
出身地であるフリアノンでは到底見かけることのない、素敵で綺麗なものばかりが並んでいる幻想の街はまさに2人にとっては夢の中を歩いているようなものだ。
……しかし……。
「……あーつーいー!」
思わず炎華は吠えたくなるほどに大声を上げた。
そう、今日はとにかく暑いのだ。
雲ひとつ無い晴れ間なのは良いが、その陽射しによって降り注ぐ熱気は地中に潜ることはなく、街道のレンガで跳ね返って煌氷と炎華の身体に突き刺さる。
亜竜種と言えば自分の持つ属性に強い、という特徴があるが……流石に陽射しからの熱を受け流すまでには至らない。
自分達ではどうすることも出来ない外気温。どうしたものかと悩んでいると、煌氷がふとあるお店を見つける。ドリンクをブロックアイスにして売り出しているようで、そこのアイスを買ってみるのはどうかな? と炎華に提案してみた。
炎華はとにかく今の暑さがどうにかなればいいので、煌氷の提案には即答。2つのブロックアイスを購入して、それぞれ口に含んだ。
「んー、おいしー」
「うん……あ、でもこの食べ方いいのかな……? 怒られそうな気もする……」
「いいっていいって。食べ方なんて人それぞれっしょ?」
飴のようにカラコロと舐め続ける炎華と、バリボリと歯でしっかり噛み砕く煌氷。食べ方の違いが謙虚に出ていたが、それも人それぞれだろうと炎華は気にせず舐め続けた。
口から放り込まれた冷たさはやがて体中を駆け巡り、陽射しによる熱をすっきりと昇華させてくれる。
時折冷たさが頭に届いてしまった炎華は痛い痛いと苦しんでいたが、煌氷がぺと、とブロックアイスの容器を炎華の額に当ててあげることで和らげておいた。
「うぅ……なんでこんなに痛いし……」
「口にたくさん放り込んだから、かな……? たぶん……」
「うー……」
「ごめんね、自分が先に食べ終わっちゃって……」
「いいっていいって、僕が悪いんだし」
ある程度暑さを和らげることが出来たら、またゆっくりと歩き出す2人。それぞれ冷たくなった手を握り、はぐれないようにと街道のレンガ道を進む。
途中で子供達が遊んでいる様子が見受けられ、炎華がそれに混ざりたくて突撃しようとしていたが、ギリギリのところで煌氷が止めたりもしていた。
●
適度にぶらついたところで、ふと、炎華が足を止める。
適当に目をつけた小さな雑貨店に展示されているアクセサリーが可愛くて、思わず煌氷の手を引っ張ってでも見ていたかったようだ。
「ねえ、ねえねえ、煌氷! これ、すっごく可愛い!」
ぐいぐいと煌氷の手を引っ張って、彼の視線をアクセサリーへ向けさせる。仮面で隠されたオレンジの瞳はそのアクセサリーを見ては、可愛い、という言葉に同調をしていた。
展示されているアクセサリーはどれもこれも、銀を元に作られた代物。2人の影で太陽が隠れてもなお輝く煌めきは強く、より一層2人の視線を奪っていった。
そんな銀のアクセサリーに目を奪われたからには、せっかくだからと雑貨店に入って他の品も見てみることに。
アクセサリーだけでなく、様々な小物や服も取り揃えているお店はいろんなお客で溢れていた。
「ふわ……いっぱいいるし」
「そうだね……。か、可愛いと無縁の自分がいていいのかわかんなくなってきた……」
「もしかしたらカッコイイもあるかもしれないじゃん? ってことで、ちょっと見てみよー」
ぐいぐいと炎華が導いて、手を繋いだまま雑貨店の中を楽しむ2人。
お店に並んでいるものは可愛いが主体のアクセサリーが多いが、炎華の言う通りカッコイイも取り扱うお店のようで、2人はそれぞれお互いが似合うアクセサリーや小物を探してみた。
ピアスやペンダントといった定番のものから、ブレスレットやアンクレット、指輪などのアクセサリーやスカーフやベルトと言った小物、更には様々な人種や職種に合わせての服も取り扱っている。種類豊富な品々に対し、2人は何を選ぼうかと悩みに悩んだ。
そんな2人に対して店員が「カップルさんですか?」と問いかけてくるものだから、煌氷と炎華は慌てて違うと否定の言葉を店員に返しておいた。
「そ、そんなんじゃな、ないし……うん、そんなんじゃ……」
「そ、そうだよ。うん、違う……違うよ、ね?」
「……た、ぶん……?」
自分達は姉弟のようなものであり、友人のようなものであり、親友のようなものである。
なのでそういった恋愛感情は持ち合わせてはいない、と言い切るような言い切れないような、恥ずかしそうな声で2人は言い争っていた。
いくらか2人で言い合ったところで、思わず気恥ずかしくなってしまってお互い目を逸らしてしまった。
店員はあらあらと微笑んでいたが、2人にとってはめちゃくちゃ恥ずかしいもので。
そんなやりとりの中で、煌氷はとあるブレスレットに目がついた。淡い赤で彩られた金属に、小さくも輝く赤い宝石が列をなして散りばめられた可愛らしいブレスレット。炎華の宝石の浮いた翼と似通った色合いのアクセサリーだ。
なんとなしに、コレは炎華に似合いそうだと思った彼は即決で購入を決め、そのまま炎華にプレゼント。
「わ、わ。いいの? コレ」
「もちろん。炎華は何を付けても可愛いから、ね」
「ありがとう、煌氷! ……あ、じゃあ僕からもなにか選んで、と」
そうして炎華も同じディスプレイに並んでいた同じ系列のブレスレット――淡い蒼で彩られた金属と、青の宝石が乱雑に散りばめられたブレスレットを見つけて、それを購入。すぐに煌氷の手首に取り付けてあげた。
「はい、これでおそろい!」
「じ、自分に? いいの?」
「もちろん。煌氷と一緒なの嬉しいし!」
にっこりと、満面の笑みで答える炎華。その眩しい笑顔は仮面越しと言えども遮れきれないようで、思わず煌氷は顔をそらしてしまった。そういうことやってはいけないとわかっているけれど、どうしても、ネガティブな面が強い彼には耐えきれなかったようで。
その後も、あれやこれやと小物や服を見て回る2人。
気になったものは購入してみようと店の中を練り歩き、いくつかの小物をそれぞれで購入。似合いそうなものはプレゼント、付けて良さそうなものはそのまま付けてみることに。
そうして、時が過ぎゆくのは早いもので、気づけば外の太陽は真上を通っていた。
●
思う存分買い物をして、さあ次の場所を探してみよう! と意気込んだのもつかの間。
ぐうぅ、と2人揃ってお腹が鳴り響く。
「あ……」
「うっ……」
朝食はしっかり食べてきたのだが、時間も時間だからか盛大に鳴ってしまって恥ずかしさがこみ上げてきた煌氷と炎華。顔を少しだけ赤く染めたが、それでは腹が膨れないので急いで昼食を考える。
昼食についてはそもそも何もプランを立てていなかったのもあって、まずは何処で食べるかといった選定から入った。先ほどと同じように街の中を練り歩き、良さそうな場所で食べようと炎華が提案してくれたのだ。
「と、言っても色々あるから探すの大変そうだよねー。煌氷、何食べたいか決まってる?」
「そうだなぁ……特に決まってない、けど……」
ふと、視線が向いた先にあったのはお洒落なお店。外にもテーブルが並び、いろんな人々が美味しそうな食事を注文して食べているのが見えた。
しかし煌氷はあのお店は少し自分にはふさわしくないと考え、先へ進もうとしていたのだが……それよりも先に炎華が煌氷の視線に気づいたため、お店に入ろうと手を引っ張ってきた。
「え、えっ?」
「いいじゃん、あのお店で。煌氷が目につけるって珍しいし」
「い、いや、たまたま目に入っただけで、別に見つけたとかじゃなくて……」
「まーまー、今日は色んなとこ楽しむって約束なんだし、ちょっとは自分の意見も出しちゃえ出しちゃえー」
ぐいぐいと炎華が引っ張るものだから、煌氷は抗えずにお店へ連れて行かれてしまう。
あまり甘えたがらない弟分を甘やかしたいという、姉の小さなお節介だが……ある意味、これが2人のふさわしい形なのかもしれない。
お店の中は昼食時故に人がたくさんいて、外の席へと案内された。柔らかな陽射しがテーブルと椅子を温めていたようで、座るとほんのり温かい。
備え付けのメニューをざっと眺めて、食べられそうなものを探してみる炎華。嫌いなピーマンだけは絶対に食べたくない、その一心でずらりと並んだメニューの文字を眺めていた。
「うむむ……」
「えーと……」
煌氷も煌氷で、彼女が食べられそうなものがないかを一緒に探す。彼女のピーマン嫌いは知っているので、回避できるものならしてみたいと考えている。
だがメニューに載っているのは一部の食事の写真ぐらいで、全部が載っているわけではない。故に、どれにピーマンが入っていて入っていないか、そこを判別する要素が少なかったのだ。
「うぐぐ、仕方ない。ここは、ナポリタン頼んでみるし!」
「えっと、じゃあ自分はオムライス、かな……」
炎華にとっては、ここは最大の賭け。
写真の載っていないナポリタンはピーマンを入れるか否かは料理人の腕次第であり、入ってないことを祈るしかなかった。
それぞれが注文して食事が来るのを待つ間、少しだけ辺りを見て様子を伺う煌氷と炎華。ちらほらと目に入ったのは、大きい通りへと向かっていく人々の姿ぐらいで後は特に何も見受けられない。
人々の行き先に向かったらなにかあるのだろうか。それともただ、普通の人の流れなのだろうか。好奇心旺盛な炎華の身体が、少しだけ揺れ動く。
そうしてしばらく待って、ナポリタンとオムライス、それらに加えて飲み物が到着……したのだが……。
「うっ……ピーマン……!」
目の前に小さな山となって盛り付けられたナポリタンには、ちらほらと、
どうやらこのお店のナポリタンには少し太めに輪切りにしたピーマンが入っているようで、それらが赤のナポリタンの中からにょっきりと顔を出していた。炎華の最大の賭けは、失敗したのだ。
だったら次は、避けて食べればいい。ちまちまとナポリタンの麺を口に入れつつ、こそこそと皿の端にピーマンを避けてゆく炎華。そんな彼女に対して煌氷は少し強めに叱った。
「ダメだよ、ピーマン食べなきゃ」
「やー! ぴーまんやー! おいしくないもんー!」
「そうは言うけど……」
「ぴーまんやー! にがにがするもんー!」
今までお姉さんとして動いていた炎華は何処へ行ったのやら。いつの間にか炎華は5歳児のように駄々をこね、絶対にピーマンは食べたくないという意志を見せている。
煌氷が何度も注意しても、両手両足をじたばたと小さく上下に振っては、いやだいやだと叫ぶ炎華。やがて周囲の客の迷惑になるので、仕方なく煌氷がピーマンだけを食べてあげることに。
「もう……」
「えへへー」
そんな2人のやり取りは、今だけは兄と妹のようにも見えたかもしれない。
●
食事を済ませた2人はお手洗いなどを済ませ、次に向かったのは先程から気になっていた人の流れの先にあるなにか。食事中も人の流れは途絶えることなく、同じ方向に進んでいたので次はそっちに向かってみよう! という話になったのだ。
「なんだろうね? なにかイベントあるのかな?」
「うーん、なんだろね? 煌氷、なんだと思う?」
「えっ……いや、自分に聞かれても、こういうのって無縁だからよくわからないし……。そもそも、ほら、自分が幻想国にいるってだけでもかなり珍しいから……」
「うーん、そっか、わかんないかー……」
この道の先に何があるのか、めちゃくちゃ興味を持った炎華。何があるのかと心を踊らせていると、突如大きな音楽が街道を駆け巡る。道の先から大音量の音楽が聞こえてきたようで、興奮してきた炎華が煌氷の手を引っ張って先へ先へと走る。
そうして広がった視界の中に、たくさんの楽器を演奏する演奏者達が映し出された。
ありとあらゆる楽器が織りなす音色は広間から街道へ、街道から街の中へと広がって楽しい雰囲気を作り出している。
「わ、わ、わー! 煌氷、見てみてすごいすごい!」
「わ、わー……」
音楽で鷲掴みにされた好奇心が止まらない。炎華の手は煌氷の手を握りしめているというのに、ぶんぶんと上下に振り動かされている。
なによりも炎華が楽しんでいるんだというのは煌氷にもしっかりと伝わっていたが、それにしても連続して上下するものだから腕が痛い。
ふと、煌氷は弦楽器、管楽器、打楽器と様々な楽器が鳴る中で、スタッフらしき人物が来場者に向けて小さなタンバリンを配っているのを見つけた。アレはなんだろうと考える間にスタッフはどんどん人々に配り、ついには2人の前へ。
「どうぞ、こちらを使って一緒に演奏を盛り上げませんか?」
「えっ、いいの?」
差し出されたタンバリンを受け取った炎華と煌氷。いったいこのタンバリンはどういう目的で配られているのかを聞き出そうとすると、スタッフが丁寧に説明をしてくれた。
どうやらこのタンバリンを使って演奏会を一緒に盛り上げよう! というのが目的のようで、楽器を持っていないけど参加したいという人に向けて配られているそうだ。既に演奏会の演奏者の中には楽器を持っている人が参加しており、炎華と煌氷が受け取ったタンバリンと同じものを持っている人が複数人見受けられた。
「すごいすごーい! これは僕と煌氷も演奏に参加っしょ!」
「えっ、えっ!?」
突如決まった演奏会の参加に驚いた煌氷だったが、既にその手は炎華と繋がれてしまっているために逃げ出すことが出来ない。演奏者達と同じ壇上に上がった2人は、受け取ったタンバリンを片手にリズム良く鳴らす。
炎華は大きく振りまでつけてしゃんしゃんと、煌氷は小さく恥ずかしげにしゃんしゃんと。2人の性格がよく出ている音が周りの音楽に乗って鳴り響く。
音楽祭は長く続く。夜を迎えるその時まで。
この日、最大級の楽しさを得ることが出来た。
炎華は後々にそう語っていたという。
おまけSS『お夕飯も……』
音楽祭が終わり、人がまばらになる頃。
そういえばお夕飯食べてなかったね? と煌氷が思い出したように炎華に声をかける。
だったら帰る前に食べていけばいい。そう思っていたのだが……。
「やー! ぴーまんやー!」
「どうして……」
炎華が決めて入ったお店でも、ピーマンはひょっこり顔を出す。
抗えぬ
せっかくの楽しかった演奏会が台無しになってしまうほどに、上下に手足をばたつかせる。
やっぱり、このピーマンも煌氷が食してあげたのでした。