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異世界人類における真社会性の発見
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先日、探求都市国家アデプトの異世界学会に、異世界の人類(すなわち旅人種族)に関する特筆すべき論文が提出された。
論文は現在、学会誌への掲載のため査読中ではあるが、この論文内容が真実であるとすれば、世界際人類学に新たな一石を投じる事となるだろう。
ここに、その論文の一部を抜粋する。
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『異世界人類における真社会性の発見』(抜粋)
著:エドワーズ・ダーウィン(練達世界際理科大)ら5名
●要旨
古くより人類とアリ・ハチ類は共に同じ社会性動物として区分されてきたが、現在の定義によれば人類とアリ・ハチ類は非生殖の労働階級の有無という点で、社会性と真社会性という異なる区分とすべきである事が指摘されている。しかし、空中神殿に召喚された旅人種族を調査した結果、人類の中にも通常の社会性ではなく真社会性を獲得したと思しき種族が存在する可能性が明らかとなった。言語を理解する種族に対して真社会性の研究を行なう事が出来れば、真社会性動物が真社会性を獲得するに至ったメカニズムを解明する上で、大いに役立つ可能性が期待できる。
●序論
人類以外の動物種の社会性を分析する研究は、科学成立以前の文献を調査した報告(文献[1])によれば、古代にまで遡るとされる。その後、社会性動物に関する分類は、ゼシュテルクロアリに関する研究(文献[2])、アルティオエルムオオミツバチに関する研究(文献[3])等を通じて発展した。その結果、アリ・ハチ類の社会で産卵を行なう個体は女王に限られており、大半を占める労働階級は繁殖能を有しない事が判明した(文献[4][5])。このような特色は、階級を問わず繁殖能を有する人類の社会性とは明確に異なるものである。
これらの差異に対し、アリ・ハチ型の社会性を『真社会性』として人類の社会性と区別する必要性が生じた。その定義は幾つかの変遷を辿りながらも(文献[6][7])、現代では単独の女王の存在は重視される事がなく、特定の社会内に生殖階級と非生殖階級が存在し、後者が労働を担う事により前者を助けるという性質がいずれの論に於いても共通した真社会性の定義となっている(文献[8])。
この定義を満たす生物種は長らく昆虫類に限られており、他の生物種では発見されていなかった。ところが、Jarvisらにより哺乳類のデバネズミ科の中にも真社会性を有する種の存在が報告された(文献[9])事を端緒に、近年では無辜なる混沌原住の生物及び、無辜なる混沌原住の真社会性生物と相似した異世界生物に対しても、真社会性を有する種の捜索と検討が数多く為されている。しかし、無辜なる混沌に召喚された旅人種族についての報告は、我々が渉猟する限り為されていなかった。
この事実を踏まえ、本研究では、無辜なる混沌に召喚された旅人種族の中にも真社会性の人型種族が存在し得るという仮説の下に、調査を行なった。但し、本手法は個人的に召喚された旅人に対する調査であって、社会集団そのものに対する調査ではない。この為、旅人個人の知識水準及び協力意思に大きく左右される可能性は高いが、時間と質問者を変えて複数回同様の質問を行なう手法を用いる事により、判定精度を向上する事を目標とした。その結果、強く真社会性が疑われる人類種族の候補として、1名の旅人が発見された。
●調査対象・調査手法
・ギルド・ローレット及び練達国内の旅人種に対する無作為の聞き取り調査
(詳細省略)
●調査結果
(省略)
●特筆すべき事例
表1に示す通り、今回の調査結果のうち、本研究にて真社会性の条件とした項目(付録[1])を全て満たす調査対象は1名のみであった。
該当者(以下、調査対象A)は未成年であり、無辜なる混沌への召喚により生殖能力維持の為の物質の摂取機会を喪失している事から、既に労働階級への分化を完了していると推定される。Aは研究者を生殖階級と見做し、従属的な態度を示した(付録[3])。
以下の記述は、該当者自身の行なった説明(付録[4])を元に、Aの自種族に関する知見を、我々が理解し再構築したものである。但し、下記にはAが幼少である事に起因する何らかの誤解、或いは自社会の優位性を主張する等を目的とした虚偽が含まれている可能性を有する事に留意する必要がある。
・調査対象Aの種族
Aの出身社会は、多数の都市国家(コロニー)による緩やかな単一連邦を形成している。連邦内の各コロニーはほぼ互いに無関心であり、各種の外交・経済交流はあるものの、積極的な取り込みや戦争等を行なう状態にはない。種族の主な戦争の相手は、同一惑星内に生存する他の人類である。
コロニーの構成人員は、生殖階級である少数の『男性』『女性』と、大多数を占める労働階級に大別される。産雌単為生殖種族であり、男性は有性生殖で誕生するが女性は単為生殖で誕生する。又、コロニー間での女性の交換は稀である。よって、コロニー内の女性は遺伝的に均一に近いと推察される。
生殖階級は生殖の他、主に政治・科学・芸術等の知的労働に従事するが、スポーツ等の活動に従事する場合も見られる。労働階級はベビーシッティングの他、主に農林水産業・製造業・清掃業等の肉体労働に従事するが、知的能力が生殖階級と比べて特別に劣るわけではない為、事務・教育等に従事する場合も見られる。
本種族は自種族を『人間』と自称するが、特に他種の人類と区別する必要がある場合、種名である『真社会性人類(Homo Eusocialis)』を使用する。但し、この自称を以って『真社会性人類』が実際に真社会性を有すると断定する事は出来ない。
・生殖階級
男女ともに身長2m近くまで成長する。一般に社交的・外向的である。自身を衣服で着飾る等、他個体に華やかな印象を与える事を好む等、名誉欲・名声欲が高い。又、強い性フェロモンを発して異性や労働階級を惹きつける。
社交的活動、趣味的活動の双方に於いて他の生殖階級個体と活発な交流を行ない、配偶者を獲得する。一般に、生殖回数が多いほど社会的地位が高いと見做される。
一般に女性の方が長命・大柄である。単為生殖による繁殖が可能である事から、女性は男性の個体数と比して約3倍と多い。これは労働階級への分化数を差し引いた上での統計である。男性は旅を好み、一般に他のコロニーにて生殖行動を行なう。
有性生殖を経験した後の女性の乳腺は変質し、摂取者の性成熟を促すホルモンを含む母乳を分泌するようになる。この分泌は一生続き、このような母乳は『王乳』と称される。王乳を分泌する女性は『女王』と呼ばれ、生殖階級の中でも高い地位にあるものと見做されている。女王はコロニー内に複数存在し得る。但し、一般に『女王』と呼んだ場合、その中で最も生殖経験豊富で地位の高い、特定の1人を示す。
・労働階級
体格は生殖階級と比較して小柄で、1.2~1.5m程度。性染色体上は女性であるが、二次性徴期の性成熟を経ない為、繁殖能を有しない。真社会性人類の社会内では『女性』とは認識されず(当然『男性』でもなく)、『働き人』と呼称される。労働階級自身の性自認も同様である。
知識や判断力に関しては生殖階級との差は存在しないというのが本種族内に於ける通説である。但し、自我は大幅に抑制される。又、性フェロモンの代替として働き人フェロモンを発散する。生殖階級は働き人フェロモンを発する個体を知覚し、認識するが、特段の理由がない状態に於いてはこのフェロモンをシグナルとして意識から除外する。
性欲・名誉欲はほぼ抱かない。飢餓に対する耐性が高い。生殖階級が存在する場所で得た食糧等の資源は、生殖階級による許可を受けない限りは消費を忌避する。これは一般に生殖階級の活動が多量の資源を消費するものである為、労働階級が資源を節約する事で社会全体の資源不足を回避する目的と推定出来る。
・階級分化
真社会性人類の階級分化は、二次性徴以前に行なわれる。二次性徴期を過ぎた女性は階級が固定され、以降変化する事はないとされる。
階級分化のトリガー物質は、王乳中の性成熟促進ホルモンである。王乳は学校教育を通じて給食として児童に提供されるが、成績等を理由に学校から排除された個体は働き人養成過程に移行し、王乳食を絶たれる。性成熟促進ホルモンの摂取を中断させられた個体は、数週間程度で労働階級に分化する。
男性の性成熟には性成熟促進ホルモンは必要としない。又、女性とは異なる学校制度にて教育を受ける。
性成熟促進ホルモンの具体的な生理的作用については、調査対象Aは知識を未習得であった為、解明の機会を持たなかった。
・フェロモン物質
真社会性人類のフェロモン物質は、言語を補完する要素である。この為混沌肯定『崩れないバベル』の影響を受け、無辜なる混沌ではフェロモン感覚を有しない種族にも理解しうる、超常的要素として発現する。
労働階級の働き人フェロモンは、無辜なる混沌に於いては足枷の形状の幻として発現する。階級分化後の労働階級個体も、性成熟促進ホルモンを摂取した場合には一時的に働き人フェロモンが抑制される。調査対象Aの足枷も、同様の条件で一時的に消滅すると推定されるが、現状では検証は困難である。
真社会性人類の個体は外敵に襲われた時など極度のストレスに晒された際、救援要請フェロモンを発する。このフェロモンには、生殖階級と比べて労働階級の個体の方がより強く反応を行なう。フェロモンのない無辜なる混沌に於いて、調査対象Aは周囲の他者が求める助けを第六感的感覚により察知していると説明するが、検証には別途研究を要する。
(性フェロモン等、他のフェロモンに関する項目省略)
・該当個体に関する医学的知見
(省略)
(考察・結論・謝辞・付録・参考文献省略)