PandoraPartyProject

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闇と魔女と

登場人物一覧

レーツェル=フィンスターニス(p3p010268)
闇夜に包まれし神秘
レーツェル=フィンスターニスの関係者
→ イラスト



 無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオス……それは様々な種族が住まう世界。
 それはこの世界の種族に留まらず、別の異世界からも無造作に召喚されてくる。その異世界者のことをこの世界の民は『旅人ウォーカー』と呼び特異運命座標イレギュラーズという勇者と讃えた。数年前の大召喚以降異世界から召喚されてくる旅人はそれなりに存在する。昔は年間数人程度召喚されれば御の字だった彼らは今や月に数人という規模である。
 そんな旅人の中でも『闇夜に包まれし神秘』レーツェル=フィンスターニス(p3p010268)は艶めかしい美貌と見上げるほどの巨躯、そして怪しげに畝る触手が蠢く異形の者だった。

「ワタシもここに来て暫く経つか……」
 この世界に召喚されてきて数ヶ月が経った今は二月。この世界は心地が良い。
 任意での転移、観測ができない混沌世界に対してレーツェルは安寧を感じ始めていた。それは元いた世界、そしてこの世界までの経緯に関係してくることだろう。
 レーツェルが居た世界では元々彼女しか意思のある者が存在しない世界にて暇を持て余していたという。ただただ過ぎていく日々をつまらなそうに送っていたある日──あの【魔女】は現れたのだ。

「ラルフェ=ゾンネンアウゲン」
 普段は呼ぼうとも思わない【魔女】の名を呟く。
 あの【魔女】は唐突にレーツェルの世界の壁をこじ開けて現れたという。無邪気で悪意もなさそうな笑顔で彼女を元の世界で開けた穴から別世界へ連れ出した【魔女】。けれど当時のレーツェルはやっと退屈を埋められると歓喜し期待を抱いていた。
 ──だというのに。
「あの【魔女】は本当に厄介な存在だったな」
 レーツェルはを思い出しては大きくため息を付いた。【魔女】は救世主などではなかったということだ。
 【魔女】は彼女の異形の部分を酷く酷く気に入った。異常なほどに愛した。【魔女】は勝手にレーツェルを運命の恋人と認定した上、彼女の持つ魔術で縛り閉じ込めた。当然これを良しとしない彼女は様々な脱出方法を考え、数十年の時をかけて漸くとその束縛から逃げ出すことが出来た。その後は様々な世界を通して【魔女】から逃げ回り、最終的に辿り着いたのがこの混沌だった。

 ……というのが彼女の長い前置きになるだろう。
 レーツェルは【魔女】から逃げ切れたとは思っていない。彼女がこの混沌に来れたのも偶然だがそれはあの【魔女】にだって有り得る話。例え自分の意志で混沌ここに来ることが叶わなくても、偶然選ばれるということは十分にありえる。
 レーツェルを大切に、もとい酷く束縛していた【魔女】。それ故かレーツェルは【魔女】に自身の周囲にいた者を尽く惨殺されている。彼女にとってそれはお気に入りの本を破かれたくらいの感覚ではあるもののお気に入りはお気に入り。気にし過ぎていないというだけで、眉を潜め少し不機嫌になるということはあるだろう。まぁ自身に懐いてくれていた少女や単なる知り合いでも無惨に殺し尽くされてもそういう認識である理由は、人とはまた別ベクトルの精神構造や倫理観を持っていたからだろうけれど。
 つまるところ【魔女】に対する気持ちとしては煩わしい気持ちが大半なのだが……元の世界から連れ出してくれたという面に関しては捨て切れないプラス補正があったりなかったりするのは……レーツェルの心の中だけが知っている。
「あの【魔女】が混沌ここに来てしまったなら……ワタシは今度こそ逃げられないのだろうな……」
 ため息混じりの言葉。あの【魔女】の狂気的部分は受けがたいものだと思っているはずなのに、レーツェルの中で自分自身の前に再び【魔女】が現れるのではないかという妙なが何故かあった。
 数々の世界を跨いで漸くここまで逃げ切れたというのに……元の世界を離れてか、この混沌の世界に来たからか妙な感情がこの胸に疼く。

 ──煩わしいこの上ない。





 ──別日。
 今日は幻想レガド・イルシオンのとある不景気な街での特異運命座標の仕事があった。
「カハッ」
 口元から大量の血を吐いた男は崩れ落ちるように膝をつく。その腹部は何かで貫かれている痕跡が残り、そんな今にも息絶えそうな男を上から見下ろしていたのはレーツェルだった。
「貴様……もう堕ちたのか? つまらないな、もう少し歯ごたえがあると思っていたのだが」
 ガッカリしたような声、冷ややかな視線の先にいる男の息の根はもうなかった。
「……さて、仕事はこんなものか」
 仕事の難易度もそこそこの為かレーツェルを楽しませてくれそうな敵にはまだ遭遇出来ていなかった。
 この混沌がつまらないとまでは言うつもりはない彼女だが、そろそろ新たな刺激も欲しくなってきているということなのかもしれない。安寧を感じているはずなのに、心のどこかで刺激を求めているだなんて滑稽だと自分でも思う。この乾いた心を埋めてくれる何か……瑞々しい潤いを与えてくれる何か。
「レーツェルさん」
「ん? なんだ?」
 レーツェルがそんなことを考えていれば、今日仕事を共にしていた特異運命座標の仲間の一人に話しかけてきた。
「ローレットには俺が報告するから現地解散の流れになっていたんだけど……レーツェルさんはどうする?」
「……ふむ、ワタシもそれで構わない」
 早く解散出来るならこの辛気臭い街を見て廻るのも悪くはないかとレーツェルはそう仲間に返した。

「……本当に辛気臭い街だな」
 同じ幻想だというのに王都『メフ・メフィート』に比べるとその貧富の色は一目瞭然だった。
 この街のどこを見ても廃れており、街ですれ違う人々の顔は情けない者ばかり。王都は貴族達がいがみ合っていてまた違った意味で面倒な街ではあるが、こうも雰囲気が違うと同じ国、はたまた同じ世界出ることを疑いたくもなる。
「元の世界ではまずありえん光景だ」
 自分以外に意思を持たない世界。故に同じ世界で別のことが起こるはずもなく、この混沌で見るもの全てがレーツェルにとって新鮮だった。
 彼女はこれまで逃げることに注視していた為これまで訪れてきた他の世界に対してここまでしみじみ思うことも少なかったと思われる。どこまでも追いかけてくる【魔女】の存在はそれはもう──



「見つけましたぁ」



 聞き覚えのあるねっとりとした声、今の今までこの世界では聞こえるはずがないと思っていた声が突如聞こえレーツェルは固まる。
「はぁ……愛する貴女。私だけのお姉様……レーツェル=フィンスターニス!!」
「……貴様、こんなところまで……」
 レーツェルの目の前で恍惚の表情を浮かべるのは彼女が【魔女】と話していたラルフェ=ゾンネンアウゲン。
 彼女は【魔女】から逃げる為に意地でも動けと胸に叫んで漸く振り返れたのも束の間、振り返った瞬間【魔女】に腕を強く掴まれた。
「お姉様……? ああ、お姉様! 隠れないでください、恥じらうお姉様も魅力的ですがわたしはお姉様とお話がしたいだけなのです!」
「ワタシは貴様と話すことなど何もない」
 運命というものは恨めしい。この【魔女】がここにいるということは【魔女】も特異運命座標に選ばれたということだ。これを恨まずに何を恨めというのだろうか。
「一時はお姉様を追いかけることが出来ず世界を恨んでおりましたがそれもお姉様に再会出来た喜びで消え失せました」
 今度は逃しません。そう笑った【魔女】にレーツェルは酷い頭痛を覚えたのだった。

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