PandoraPartyProject

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祈り、願う

登場人物一覧

ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
繋げた優しさ

 今日は種子を植えた鉢を、陽に当てている。
 あの噂の花を咲かせるのに、太陽の光は必要ないのかもしれない。ただ、試してみないのも落ち着かなった。

 花を咲かせようとしていることは、まだエリュサには内緒だ。だから種を植えるのも、鉢の様子を見るのも、彼女が眠っているときにしかできない。だからこんな昼間に、彼女が起きているときに、鉢の前に座っているのは初めてだった。

「脈も普通の範囲だね。最近、体調はどうかな」
「身体が重たいことが増えたかな。でも、ジョシュ君がいるから」

 開けられた窓から、エリュサと一人の男性の声が聞こえる。さらりとした風に流されて、家の中の様子が伝わってくるようだった。

 かさかさと紙を捲る音が聞こえて、男性がそうかと呟いた。

「私にも、何かできることがあったら言ってね」

 エリュサの病は治るものではない。医者の彼――ロクスが言うのだから、本当にそうなのだろう。治療の方法も薬もないのに、それでも彼はエリュサの元を時折訪れる。医者としての使命なのかもしれないが、それよりも親切心の方が勝っているようだった。

「先生、ありがとう」
「また様子を見に来るからね」

 ぱたぱたと床を歩く音が響いて、やがて家の扉が開いた。

 鉢を隠さないと。そう気づいたのはいいけれど、自分の身まで隠すことはできなかった。鉢を物陰にそっと置いたとき、彼の声が投げかけられた。

「ジョシュア君」
「何でしょう、先生」

 こちらに向けられた青い瞳。その瞳も、水色の髪も、おっとりしていて優しいように見える。だけど、その優しさがいつまでもジョシュアに向けられるとは思えなかった。
 ごく当たり前の優しさが与えられたことは、今までほとんどなかった。皆がジョシュアの持つ毒を恐れて、避けようとするからだ。
 エリュサのように、温かく接してもらえるのは稀だ。その居心地の良さを知ってしまうと、元々の息苦しさを思い出すのは、怖い。

 ロクスとは、まだきちんと話したことはない。それでも自分の持つ性質を知られてしまったら、こちらに向けられているだけの「優しさ」も消えてしまうような気がした。

「エリュサさんが、感謝しているって。これからもよろしく頼んだよ」

 目を逸らしながら、静かに頷く。

 そのうち、こんな言葉もかけられなくなる。はやく離れるように催促するような、そんな棘のある台詞に変わるはずだ。

「では、また」

 彼と会話が続く前に、そっとお辞儀をする。そうして、家の中に早足で戻った。
 ロクスが何か言おうとしていたことには、気がつかなかったことにした。

「ジョシュ君、洗濯物干してくれていたんだね。ありがとう」

 多分エリュサは、ジョシュアが彼とほとんど会話をしていないのに気が付いている。でも、それを咎められたことはない。
 優しくて良い人だから、心配しなくていいよ。彼女はそうは言うけれど、打ち解けるように言うことはしない。ジョシュアの持つ毒を知っているからこその思いやりが、ありがたかった。

「そうだ。布団も干してきますね」
「わあ、嬉しい」

 これで今晩はふかふかのお布団だね。そう喜ぶエリュサに微笑みかける。
 エリュサの微笑みは、心が安らぐ。当たり前のように必要とされていると信じることができる。そんな当たり前がジョシュアにとっては数少ないものだから、特別で、大切だ。

 ここで過ごす日々が、愛おしい。そう思うからこそ、ロクスとできるだけ関りを持ちたくなかった。
 医者にとって、毒は悪いものだ。ひとを苦しめるものだから当然といえばそうなのだが、ジョシュアの毒は、能力を使わなければ害はない。ただ、そう言ったところで信じてもらえるとは思えない。
 エリュサの弱った身体に毒が良くないからと、離れるように言われるのが目に浮かぶのだ。だから毒について知られるきっかけを少しでも減らしたくて、彼のことを避けてしまっている。

「ジョシュ君、どうしたの」
「あ、いえ、何でも」

 エリュサに曖昧に微笑む。

「布団を干したら、お茶をいれますね」
「うん、ありがとう。ジャム、何にしようか」

 沈みそうになる心が、彼女の笑顔で包まれていくような気がした。



 噂の花について調べたり、買い出しをしたりしているうちに、少しずつ街の人と関りが増えてきた。そのときに毒について知られてしまうこともあって、ロクスの耳に届かないようにと祈った。

 その日はたまたま用事が重なって、帰るのが遅くなった。急いで家に戻ったジョシュアを出迎えたのは、寝台で苦しそうに目を閉じているエリュサの姿だった。
 昨日はまだ、穏やかな表情で出迎えてくれた。こんなことは、初めてだ。

 さあ、と全身の血が引いていくような気がした。心臓がばくばくと音を立てる。

「エリュサ様、どうされたのですか」

 震える声を抑えて、エリュサに問う。彼女から途切れ途切れに聞き取ったのは、高熱が出てしまったということだった。

 彼女の病が、急に悪くなってしまったのだろうか。それとも、他の何かが降りかかったのだろうか。
 今日に限って、帰りが遅かったことが悔やまれた。こんなに苦しそうになる前に、気が付いてあげたかった。

「ジョシュくん、だいじょうぶだから」

 大丈夫なわけがない。ただの熱だとしても、彼女は元々弱っている。大事にならないとは限らない。

 どうしたらいいのだ。このままでは、もしかしたら。

「エリュサ様。先生を、呼んできます」

 半ば転がるようにして、家を飛び出した。すっかり静かになった街を駆け抜けて、ロクスの家に向かう。
 自分が離れている間、彼女にこれ以上のことが起きないように。そう願うだけで精一杯だった。


「これは、ただの風邪だね。きちんと休んで、しっかり食べれば治るよ」

 思わず、息が漏れた。やっと、呼吸をすることを許されたような気がした。

 よかった。そう口に出し、そっとエリュサの手を握る。手のひらの温かさと、確かに巡る血を感じて、涙が溢れそうになった。

「ジョシュア君が私を呼びにきてくれてよかったよ」

 ロクスを呼びに行ったとき、彼は家族とくつろいでいたらしかった。だけど息を切らした幼い少年の姿を見た途端、ここまで大急ぎで来てくれた。そうして今は、エリュサのことを診てくれている。

 また何かあったら呼んでね。そう言われても、彼と目を合わせることができない。
 エリュサが体調を崩したのも、病が悪くなっていく一方なのも、ジョシュアが側にいるからだと言われてしまいそうで、怖かった。
 もう離れたほうがいい。そんな言葉が、今にもかけられるような気がした。

 嫌です。

 俯いて、そっと唇を噛む。

 僕は、まだエリュサ様と一緒にいたいのです。僕をこんなに大切にしてくれる人から、離れたくないのです。

 やっと、得られた温もりなのだ。当たり前の幸福なのだ。それが遠くなってしまうなんて、考えたくない。

「エリュサさんが、はやく良くなるといいね」
「はい。本当に」
「ジョシュア君は、本当にエリュサさんが大切なんだね」

 頷く。顔をあげようと思ったけれど、できなかった。
 薬や看病について説明しはじめる彼に耳を傾けながら、エリュサの方を見つめる。

 彼女と過ごす幸せが、少しでも長く続けばいい。花だって咲かせてみせる。毒のことも、隠してみせる。だから、どうか。どうか。

 痛み出した胸を押さえるように、そっと目を閉じる。
 今は、祈ることしかできなかった。

  • 祈り、願う完了
  • NM名椿叶
  • 種別SS
  • 納品日2022年04月10日
  • ・ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462
    ※ おまけSS『微睡みの中で』付き

おまけSS『微睡みの中で』

 最近、朝起きるのがつらい。

 起き上がろうにも身体が思うように動かなくて、布団の中に沈み込んでしまう。このまま起き上がれなかったどうしようなんて思ったこともあったけれど、ジョシュアがきてから、それを不安に思うことは少なくなった。

 昨日彼が布団を丁寧に陽に当ててくれたから、布団の中は居心地が良い。お日様の香りが鼻をくすぐって、ふわりふわりと眠くなる。

「エリュサ様。おはようございます」

 ジョシュアの声に、閉じかけていた瞼を開けた。

「ジョシュ君。おはよう」
「今日は、具合は」
「大分良くなったかな」

 心配かけてごめんね。そう言おうとして、気が付く。ここで言うべき言葉は、きっと。

「私が寝込んでいる間、ありがとう。先生から聞いたよ。付きっきりで看病してくれていたんだよね」

 いつか彼が、エリュサではない誰かとも心を通わせられたらいい。心から、そう思う。
 その時に自分はいないかもしれないけれど、その瞬間が訪れるのを、ずっと願っている。だから、ジョシュアがいてくれて嬉しいと思っている人がいるのだと、ちゃんと伝えたい。

 戸惑うように、照れ臭さを誤魔化すように微笑む彼に、そっと笑いかける。

「これからも、側にいてね」

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