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ヴァニタス・ヴァニタートゥム
登場人物一覧
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尸屍色の『空(から)』が変わりゆく。
何があったわけでもない。
何がなかったわけでもない。
それは違和感だった。
世界が僕に与える違和感。
生まれたときから僕には何かが欠けていた。
生まれたときから僕には何も欠けていなかった。
言うなれば『空(から)』が僕にはあった。――いやなかったのかもしれない。
その空を埋めるために死に臨むことは当たり前だった。
メメント・モリ。
死は近くにある、故に嗤え。
嗤う死なら怖くなかった。それはいつだって僕の背中にあったから。
言うなれば、友だ。
世界を渡り、『こっち』にきても何もなにも変わらない。
ああ、出会いはあったよ。『あっち』ではなかったそれ。
ああ、別れはあったよ。『あっち』では日常茶飯事のそれ。
このいけすかない、天儀とか言った国ではそれがしっちゃかめっちゃか。
あっちゃもこっちも。それもあれも。
だからべつにそれ自体は嫌じゃなかった。
然様ならだけが人生か。出会いとわかれは人の生きる道行きだという。
あのひ、数少ない知人のうちのひとりが魔の呼び声に手を伸ばした。
僕はああ、そうなんだ、と納得した。
ヒトとしての別離。
書き換えられたあり方。
たぶんそれは悲しいことだった――らしい。
僕はなんにも、それこそ驚くほどになんにも感じなかった。
彼女の友人は嘆き悲しみ怒り。
感情を顕にしたというのに僕にはその感情が浮かんですらこなかった。
ユウジンみたいに話した。
ユウジンみたいに嗤った。
ユウジンみたいに――。
そんな時間はなんの意味もなかったのだ。
結局彼女をつかって僕は『人間ごっこ』のおままごとを繰り返しているだけだった。
そうすることで、自分だって人であることを認識したかったのだ。
結果。
虚無だった。
僕は結局の所そのおままごとでなんにもてにいれれなかったのだ。
ユウジョウ、カンジョウ、アイジョウ。
なんにも、なんにもない虚無。
真っ黒透明、空まわり。
ハハッ
だから嗤った。
うん、わりとこれは悪くないな。
ハハッ、ハハハハハハハハハハッ。
気づいてしまったのだ。
やっと。
とうとうと言うべきか。ついに、というべきか。
ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)という存在はニンゲンではない。
そういう形をしているだけだ。
ただニンゲンに似ているだけだ。
ああ、ああ、ああ、ああ!!
羨ましいなあ!
なんて、なんてヒトは羨ましいんだろう。
様々なカンジョウが自分という生き方に意味をあたえてくれる。
そのカンジョウが虚無の僕には意味がない。
何かあったわけでもない。何かなかったわけでもない。
いいや、いいや。
最初っから僕にはなんにもなかったのだ。
虚無、虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無虚無。
欲しいよ。
僕も、なにか欲しいよ。
羨ましい。うらやましい。
人はなんて輝くことができるのだろう?
ヒトのイノチはなんて尊いのだろう。
それがどうして僕にはないのか?
どうして僕はそれを得ることができなかったのだろう。
欲しい、欲しい、羨ましい、欲しい、欲しい、輝きが欲しい。
ならどうすればいい?
僕は僕に問いかける。
存外僕の中の『空』はクレバーな答えを返してくれた。
――奪えばいい。
ないなら奪ってしまえば自分のものになるのだから。
なんだ、あれだけ悩んでいたのがバカみたいだ。
答えはこんなに簡潔で、
答えはこんなにシンプルで。
出てしまった答えに僕は嗤う。
ああ、これが楽しいというカンジョウなのだろうか?
うん、楽しいな、楽しいね、楽しいとき、愉しめば。
ハハハ。
奈落色の瞳を天に向ける。
なぜだろう、世界に色がついた気がする。
なぜ僕は今までこの世界の色に気づかなかったのだろう。
そう、まるで地獄のようなその色に。
僕は一歩踏み出す。
もっと地獄の色をこの瞳に映すために。
――さあ、僕に地獄を見せろ――
もっと、もっと、もっと奈落より昏いその色を。