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飛べないキミに翼を
登場人物一覧
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夏の暑さも途端に薄れ始め、肌寒さが出始めた頃。
収穫の秋を迎えて、森や林は段々と緑から赤へと染まり始めていた。
そんな中、ボーイミーツガール。
進展があったようで『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)と『小さな騎兵』リトル・リリー(p3p000955)は一層、特別な存在になっていた。触れ合うだけでも、心の中がどきどきと高鳴る間柄に。
詰まる所、今日はデートなのである。
幻想で買い物を済ませ、荷物を持ってから。
建物の屋上へと二人はやってきて、遥か下の人々が忙しく動いているのを後にして。
「じゃ、俺の肩にちゃんと掴まっててな。落ちてもちゃんと拾いに行くけど!」
「うん! ちゃんとしんじてるから、だーいじょうぶ。それにちゃんとつかんでるし、いちどめや、にどめ、じゃないから、へーき」
此処から飛び立って、空中散歩をしゃれこもう。
――カイトとリリーでは体格差は火を見るよりも明らかだ。
小人のリリーは、見上げてもカイトの頭は遠く。
カイトも、男性としてはそれなりの身長故に、リリーから見たら巨人所ではない。
故に、エスコートするようにカイトが膝をつき、そして手を地面へと伸ばす。ダンスにでも誘うような姿勢に、にぱ、と花が咲いた笑顔を向けるリリーは、そのままカイトの手に足を乗せて、カイトの肩まで登った。
カイトの肩は羽毛であるが、冬毛に切り替わっているからか、ふわふわとしたお布団のような温かさを秘めている。
リリーは羽毛を掴む事もできるし、そして何より彼の香りがふわりとするのだ。此処はリリーの、いや、リリーだけに与えられた特等席なのである。
「よし、掴まったな! じゃあいくぞ」
「はあい!」
元気よく返事をしたリリーの声と共に、カイトが勢いよく地面を蹴れば重力から解き放たれて天空の世界へと旅立つ事ができる。
重い身体から解放されたかのように、ふわふわを浮く感覚はとても面白い。幾度か空を飛ぶタイプの人種の背中に乗ったことがあるリリーだが、いつでも空という場所は希望と面白さに満ち満ちていると感じている。
「寒くないか?」
「うん、へーき!」
幸い、空は思ったよりは寒くなく、肌寒い程度だ。もちろん、もっと上へ行けば凍り付くくらいに寒いだろうが、そこまではしない。この高さでも十分水平線と地平線が見えるのだ。
十分な高度を取った所で、リリーは足元に広がる景色に「わあ」と声を漏らした。何度飛んでみても、高見から見える景色は格別で特別。
今の時期であれば、幻想の木々が緑から赤色へ少しずつ移り変わる、そのスタートラインがよくよく見えていた。
一緒になってから、二人にとって、初めて秋が来る――。
「もう少しで秋だな!」
「そしたら、もっとあのもりが、カイトみたいに、まっかになるのかな?」
「そりゃあもう! その中を飛ぶのも超楽しいからな、その時はまた一緒にいこう!!」
「いっしょに? わあい!」
きゃっきゃと騒ぐリリーに、カイトは楽しそうに笑った。
あの景色はなんだろう、あの森の光っているのはなんだろう――好奇心旺盛なリリーは、言葉の数が減ることなくカイトに問いかけた。その度にカイトが答え、もちろん答えられないものは一緒に想像してみたりしたものだ。
「おひさまは、しずんだらどこにいくのかな」
「さあ、世界の裏側じゃねえか?」
「へえー! せかいのうらがわ? いってみたい!」
「あはは、流石に怖い所には行かせたくないもんだ!」
そんな会話を広げながら、カイトはリリーを乗せて飛んでいく―――すっかり、飛び立った場所からはかなり離れ、国境なども見えかけてきた。
リリーは、瞳に映るもの全てが楽しいようで、声をあげながら嬉しそうにしている。そんな小さな少女が喜ぶ姿は、カイトにとって癒し以外の何者ではなかった。心に水を与えられたが如く、沁み込んでいく彼女の笑い声。
そんなリリーが、
「あ、あそこはなあに?」
と指させば、冒険の如く連れていくのが、カイトの役目なのである。
―――リリーが指をさして降り立ったのは、幻想の森にある湖であった。
空にある太陽の光が湖面に反射し形を変えながらも煌びやかに白い光を放つ。
水面では沢山の波紋を広げながら、水鳥たちが遊んでいた。そんな水鳥たちに「おーい」とリリーが語り掛けて手を振れば、ちょっぴりカイトがムッとしかめっ面さえしてしまう。
「イケメンの鳥はこっちにもいるだろう」
「あはは、そうだったね!」
「でも凄い綺麗な所だな……夜に来たらもっと綺麗だったかも」
「よるのもりはちょっとこわいかも?」
「確かにな」
落ち着いた和やかな風景に――カイトは湖面の直ぐ傍で腰を下ろした。
カイトとリリーが瞳を閉じて風を感じれば、葉が擦れる音が響く。季節外れの蝶が花を探して湖面を舞い、ダンスをするかのように求愛していた。
「……と、ここらへんで昼食にするか」
「うん! こんな綺麗な場所があるなんて知らなかった」
幻想で買ってきたお弁当を広げ(もちろんリリーは小人サイズ)、二人は同じ景色を見つめながら舌鼓を始めた。
お弁当は、一週間前まで夏ものだったのが、ガラリと変わっていた。今では秋に収穫できるキノコや山菜がメインのお弁当となる。その湖面はまだ紅葉は始まったばかり、という感じであったが、雰囲気も一緒に食べられるのが醍醐味とも言えよう――これはちょっとした早めの紅葉狩りなのだ。
それに。
恋人と一緒に食べるのなら、どこでだって美味しい。
「この後どうする?」
「うーん」
カイトの問いかけに、リリーは空を見上げた。
まだ太陽は天高く、今日という日の時間が半分を少し超えたくらいの時間なのだ。
「ちょっとここで、ゆっくりしていきたい、かも?」
「そうだな、食べたばかりだし、ゆっくりしていくか!」
やがて夕方に差し掛かり、空の帳が落ちていく。
東のほうは段々と暗がり帯びてきて、濃紺と茜色のグラデーションカラーが空に引かれていた。
あれから結局、湖の周りを散策したり、湖に足をつけて水遊びをしたりと、居座ってしまった所だ。
すっかり、鳥たちの声が止んでいた。カラスなら帰る時間である。あまり遅くなっても森の中は暗すぎるだろう。故に二人は、再び大空へと身体を預けて、翼を広げた。
「あ……おひさまがいなくなる」
リリーとカイトの背を照らす太陽が、段々と地平線の彼方へ沈んでいく所であった。
二人の瞳の色が、その茜の色に真っ赤に染まるくらいに眩しい光景を二人で見た。
この世界が丸いのか、どうなっているのかわからないけれど。あの太陽がいなくなれば、今度こそ夜がやってくる―――。
「夜は、どうする?」
「うーん」
今度はリリーの問いかけに、カイトが唸った。
どうせリリーの家まで送らないと気が澄まない自分がいるのは、カイトは解っている。けれども、ここまで遊んで只帰るだけ、というのもなんだか寂しいものだ。
「あのさ」
「ん?」
「リリーが良ければだけど、俺の家にまた持ち帰ってもいい?」
「……ん、いいよ?」
どこかリリーが恥ずかしそうにカイトの羽毛で顔を隠した。そんな愛らしい姿を見たら、もう我慢が出来なくなるじゃあないか。
カイトは飛ぶ速度を無意識に速めながら、早い帰宅のために星空を後にした――。
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冷たさが充満していた空とは違い、カイトの家は温かく穏やかな過ごしやすい温度であった。身体を寄せ合いながら、座り、やがて向き合うようにリリーはテーブルの上に上っていく。椅子に座っているカイトと、丁度対面になるような形だ。
「きょうはたのしかったね! また、どこかにいきたいな」
「ああ、いつでも連れていくさ! 面白いものや、楽しいものがあったら教えてくれよ」
一緒に何か、同じものを共有したい。同じ景色、同じ音色、同じ香りを楽しみたい――愛おしい相手が今、目の前で笑っている。それだけで幸せな雰囲気は溢れている。
カイトは嘴の先を、そっとリリーの顔へと寄せた。リリーは立ち上がり、その嘴に抱きついてから小さな小さな唇を嘴へと当てる。それが彼女と彼のキスの方法だ。
「えへへ」
「なんか、照れるな……!」
お互いに頬を赤く染めながら、暫く――今日の出来事の話を続けていく。
今日出来なかったことはまた、明日に。明日でもやりきれないくらいに、沢山やりたい事がある。
しかし、そうして話をしている内に、どこか相手が欲しくてたまらないような気持ちになっていくのだ。もっともっと相手の事が知りたくて、それが例えどんな恥ずかしい姿でも――。
カイトはリリーの髪の毛をついばむように挟んだ。
「わっ」
無邪気な笑顔で、「なぁに?」と問いかけてくるような笑みを浮かべたリリー。
カイトはそんな愛らしいものを魅せられたら、堪らない。彼女の鈴のような声も、花のような香りがする身体も、心が溶かされるような笑顔も、全部全部自分のものだけであって欲しいと願うくらいだ。でも本当にそんな事をしたら彼女を鳥かごに入れてずっと閉じ込めてしまうようなもので、困らせてしまう。
けれど、今なら。今だけなら、赦されるだろう。
リリーはカイトの頬へ両手を伸ばして、抱きしめた。
「なんでもうけとめるよ、ぜんぶ、ぜんぶ」
「なんでも、か……」
再びリリーはカイトの嘴へ唇を寄せた。何度も何度も。
リリーはカイトが、身体を触られることが好きなのを知っている。小さな誘惑だが、己の身体を最大限に使って、愛情と一緒に抱きしめるのだ。
「ずっと、いっしょだね」
「ああ」
やがてカイトは寝室へ、リリーを連れていく。
あまり過激な行為はリリーの身体に負担をかけるだけだから、本当に優しく包み込むように抱きしめるだけなのだが。
猛禽類ならではと言うように、少年はベッドに寝かせた少女の薄い服へと手をかける――ここから先は、誰にも知られてはいけない禁断領域となった。