SS詳細
オルレアの唄
登場人物一覧
●once upon a time
昔、昔のお話です。
少女の名は、『オルレア』。オルレアの花と同じ名の、
オルレアは一人前のドルイドとなるべく、毎日森の中でひとり、ひっそりと修行をするのが日課でした。
――ある日、オルレアはひとりの『異形の
その日もオルレアは、いつもどおり、ひとりで修行をしていました。
いつもどおり、のはずだったのですが、オルレアは森の異変に気が付きました。いつもは伸びやかに過ごしている動物たちが、慌てて何処からか逃げてくるのです。不思議に思ったオルレアは動物たちが逃げてくる先へと向かい、そこで、怪我をして倒れている『異形』の少女に出会いました。
オルレアの日課に、森に匿った異形の少女の治療が増えました。
最初は警戒を顕にしていた少女も、根気よくオルレアが話しかけ治療を重ねる内に、いつしか、ひとつふたつと交わす言葉が増えていきます。
「あなたは、旅人さん?」
オルレアの言葉に、少女は頷きます。
里の大人たちは、異形であることも、旅人であることも、きっといやがることでしょう。怪我をしているのに、出てけと言うかもしれません。
それがわかっているのでしょう。動けるようになったら出ていくと口にする少女を、引き止めたのはオルレアでした。治りきっていない体で無理をしないでとお願いしたのです。
ぜったいに、だれにもいわないから。
ここにいることは、ぜったいに、ふたりだけのひみつ。
ぜったいに、ぜったいに。
ふたりは指を絡めて誓いあい、白い花冠を贈り合い、そうして友達になりました。
オルレアの努力の成果が感じられるようになってきた、ある日のことです。
オルレアが朝鳴き鳥の声に起こされた時から、里はざわついていました。
なにかあったのかな? オルレアは大人たちの背中に隠れてこっそりと自慢の長耳を澄ませます。すると、里に魔物の群れが接近していることが解りました。子供や年寄りは家の中に隠れること、大人たちは警戒に当たること。そんなことを、オルレアの頭上で大人たちは忙しく言葉を交わしていました。
オルレアは、大変だ、と思いました。
里へ向かってきているのなら、魔物は森を通るはずです。異形の少女は森にひとりきり。それに怪我だってまだ癒えきっていません。もし彼女が魔物に襲われてしまったら……怖い想像に震えたオルレアは、大慌てで森へ、森の中にいる少女の元へ、向かいました。
……それがいけなかったのでしょう。
オルレアが急いで森に向かうものだから、こんな時まで森に行っては駄目だとオルレアを連れ戻そうと後を追いかける里の大人がいました。オルレアはその事に気が付かず、少女の元へと案内する形になってしまったのです。
少女に危険を知らせにいったオルレアは、『異形の旅人』と会っているところを大人に見つかってしまいます。必死に悪い人ではないと言い募ろうとするオルレアに、大人は怒りました。
お前が魔物を呼んだのではないか。これだから余所者は。
余所者を見掛けたら報せるのが掟であろう。オルレア、何故言うことを聞けないのだ。
強い言葉で少女とオルレアを責めた後、大人はオルレアの腕を掴むと「来なさい」とオルレアを里へと連れ帰ってしまいました。
昼が近づき、警戒は強まり続けます。もういつ来てもおかしくないと大人たちが言っています。
けれどオルレアは、里を守るために忙しくしている大人たちの目を掻い潜り、森へと向かってしまいます。
少女を守りたい、どうか逃げて欲しい、知られてしまってごめんなさい。
そんな純粋な気持ちからの行動でしたが、戻ってきたオルレアに対し、少女は冷たく突き放します。
帰れ。お前はもう友達じゃない。
顔も見たくないと言いたげに少女は身を翻し、森の中へと消えました。
オルレアはとても悲しくて、泣きながら家へと帰りました。
毛布を頭から被り、丸くなって、大切な友達に嫌われたと泣き続けました。
太陽が沈む頃、いつの間にか泣き疲れて寝てしまっていたオルレアは目覚めました。
家の窓から見る里は『いつもどおり』で、魔物への警戒態勢も無くなっているようでした。誤報でよかったと笑い合う里の人達の笑顔に、オルレアもホッと胸を撫で下ろします。
憂いがひとつ無くなったからでしょう。オルレアの心は異形の少女のことでいっぱいになりました。
誤報だった魔物の襲撃。けれど、火のないところに煙が立たないように、魔物の群れが確認されなければ騒ぎにはなりません。何故、魔物が来なかったのでしょうか。そして何故、唐突に少女の態度が冷たくなったのでしょうか。
……オルレアは知りませんでした。異形の少女が焦っていたことを。少女には、既に近くまで魔物が迫っていることが解っていたのです。
何だかとても嫌な予感が胸を満たし、オルレアは慌てて少女と別れた場所へと向かいます。
少女を追いかけるべく、少女が去った方角へと駆けて――オルレアは、少女を見つけました。
少女はひとり、戦っていました。ずっとずっと、ひとりで戦い続けていたのです。
大人よりも大きい人狼めいた魔獣を相手に、せっかく癒えてきた身体を気にすること無く、ただ屠ることだけを考え、少女は大剣を振るいます。襲いかかる魔獣の爪を受け、斬り返し、屍の山を築き上げても、止まらずに。
赤い雨が降ったかのように、自生している白花が染まっていました。艶々と濡れる草葉の上で舞うように大剣を振るう少女を見て、オルレアは全てを理解しました。少女がひとり傷付きながらも、里に魔獣が行かぬように戦ってくれていたことを。
どうして。
オルレアの喉が震え、熱い雫がひとつ、頬を滑り落ちていきます。
オルレアが誓いを果たすことができず、里の大人には酷いことを言われ、それなのに、どうして。
どうして少女は傷付きながらも戦ってくれるのでしょう。
戦う術をもたないオルレアは、戦い続ける少女を見守ることしかできません。
最後の一体を屠ると、少女もまた力尽き、ぱたりと倒れてしまいました。
オルレアは少女に駆け寄り、泣きました。
どうして、むちゃをするの。
どうして、まもってくれたの。
きらいになったのではなかったの。
やさしいあなた、しなないで。
オルレアは泣きながら、必死に少女を癒そうと力を使います。
これまでの――いいえ、それ以上の力を。
大切な友達を死なせないように、彼女を守る力を。
どうかどうか、大樹よ。恵みを。
唄うような祈りが森に満ち、白く柔らかな光が溢れます。
そうして、ドルイドとしての力に目覚めたオルレアを中心に、白い花が辺りを埋め尽くしました。
それ以降その場所は、摘まれるまで枯れない白い花が咲き続けるようになりました。
白き花に覆われたその場所近くの里は、いつしか少女と花の名と同じ名で呼ばれるようになりました。
――『オルレアの里』、と。
おまけSS『語られない真実』
●After the story
異形の少女――『かつてのオルレアン』は、傷が癒えていくのを感じて身を起こす。
酷く眠たいが、どうにか身体が動かせそうなことを確認して立ち上がると、覚醒し、持てる力を全て使い切って倒れた
どれだけ眠かろうとも、
種族は言わずに旅人で通したし、接触した者も極少数。だからきっと、『オルレアン』が居た痕跡は残らない。
酷い眠気で身体の重みを感じながらも何とか覇竜領域に戻った『オルレアン』は、オルレアの花畑に辿り着く。
(けれど、そうだな。彼女だけは、)
この眠りはきっと深い眠りになることだろうことを自覚しながら、瞼が落ちきった『オルレアン』の身体から力が抜けていく。
――いつかきっと、また会えますように。
少女たちの願いに、オルレアの花が揺れていた。
優しく優しく、見守るように。