SS詳細
駆除
登場人物一覧
ネジを巻かれたコックローチが鳥皮の真似事をしていた。玩具じみた蠢きで卵胞を産みつけていく。それが如何したと踏み躙られ、均されるのがオチだと謂うのに。崇拝と記される言の葉が、ガンガン頭蓋をノックする――※年前の法螺吹きを吊るしてやれ。暗渠に沿っていた小躯がちろちろと頸を出した。
異常に発達した、巨大な鉛色が世界を抱擁している。狂い咲き乱れた桜のような――最も俺は本物の桜を見た事がないが――人工的なピンクに呑まれて往く。無理に継ぎ接ぎしたぬいぐるみじみて現実が右往左往しているのだ。連続性だけを重んじた、ふざけた列挙の数々。まさしく理想郷と称された、この糞のような国に相応しい景色、目の玉を抉られる痛み、隅々まで引っこ抜かれる臓腑の涙、サイケデリックに囚われた嘘吐きへの粛清。誰が嘘吐きだ、此処に棲む、人々は本当の事をとっくの昔に理解している。だからこそ俺の声掛け……いや、意志に頷いてくれたのだ。ぎゅるりと回転するカメラ・アイに屈してはならない。これが星々の全てだと嚥下してはならない。ずずず、と、底に溜まった汁気を咽喉の奥にやった。※※地区の皆様、昼食を終え、速やかに労働を再開してください――繰り返します。※※地区の皆様、昼食を終え、速やかに――脳髄に響くアラーム、俺はこっそりと生き地獄から抜け出した。大丈夫だ、奴等が鬼だとしても蟻を定めやしない。
捻り出されたゴマの気分で俺はのそりと身を揺らした。監視者のスクリーンにも映らないだろう汚れた小屋に……いや、シェルターに肉を潜める。その内に仲間達も来るだろう。おそらく彼等、彼女等も労働とかいう泥溜まりから逃れ出ている筈だ。重なる不確定要素は俺の精神状態を表現しているのか? そんな莫迦げた展開が在り得る所以も無い。何故ならば奴等の髪は真っ白に染められているのだ。俺の頭皮も長年のストレスで白々と笑っている。どこぞの労働者に告げられたっけな。オマエは若いのに苦労しているんだな――渇いた言辞が吐瀉物の如くにぶち撒けられた。口出しするな、※※※※※番。俺の知らないところで可哀想な誰かさんは鞭を打たれたのだろう。嗚呼、やはり世の中で最も強いのは白痴な輩なのかもしれない。ふくふくと聞こえてきたマシン・ウィップアーウィルの鳴き声。もしや俺の魂を、心臓を脅かそうと思っているのではないか。先程から考えないようにしていたが――来ないのだ。人の気配が死んでいる。飼われている人類の気配すらも滅んでいる。耐えに耐えていた心に寂しさが突き刺さり、鏖にでもされた感覚が苛んでくる。もう少し我慢出来なかったのか……? 出来る筈も無い。俺は痺れた脳を酔わせつつ外界へと戻った。
鉛色の奈落からひどい酸味を孕んだ、粒々のいとが落ちてくる。脳天と肩を濡らした冷たさがじくじくと血管を流れていくかのようだ。そういえば防雨具の着用を忘れていた。こんなドンヨリとした日だと謂うのに俺らしくもない。こういう日だからこそのミスとも呼べるだろう。すっかり伽藍洞になった胃袋がうまくもまずくもないソイレントを欲している。普段食べ慣れた味こそが楽園への近道だと連中は連呼していた――ぐぅぐぅと喧しい脇腹をつねってみる。引っ張り、伸ばして眺めてみたらなんとも痩躯。一昔前まで走っていたらしい犬の如くだ……総ての知識は電子的な戯れでしかない、もう、二度と自然を吸う事は出来ないのだ。ぽたぽたと足を運んでいればずるりと掬われる。何かしらの警告か? 何かしらの警鐘か? ぐにゃりと上昇した視線の中心、赤、赤、赤。レッド・レッド・レッド――遂に悟られたか? 違う。既に悟られていたのか? 強烈なサイレンに虐められながら俺は滅裂に足を動かした。何度も何度も、何度も何度も、それこそ歯車の如く。
俺の知っている世界、その隅っこにようやく辿り着いた。何時間、何日、何週間経ったのかも曖昧だ。時計すらも管理されている。頼りなのは体内と空なのだが、愈々、何方の芯もぐちゃぐちゃに成り果てていた。しかし此処まで至れば奴等も追ってはこれまい。何せこの先は別の国なのだから――確かに犬猿の仲で、俺は受け入れられないかもしれない。だが、このまま捕縛され、連れて往かれるよりは――銃殺された方が遥かにマシだ! 茨じみた壁を血塗れの身体でのぼる。向こう側に見えるのは高い々い尖塔だろうか。金色のヴェールを纏った、ただ唯一の導……解放感に身を委ね、そのまま俺は落下した。
這う々うの状況、疲弊極まった皮と肉と骨に鞭を打ち、最果てに思える尖塔前に到着した。隣国が築いたのだろう『その』住まいはまるで過去に流行った摩天楼、漆喰じみた壁面が慈悲の如くに俺を迎えてくれた。きしむ世界の彼方側、ひとりでに貌を晒した未曾有は――俺を容易く裏切った。嗚呼、こんな事が在ってたまるか。嗚呼、こんな仕打ちが在ってたまるか。目と鼻の先で起立し、塵を視るような眼を『さした』のは――よく知る軍服。白く白く白く塗りたくられた、絶望と呼ばれる二文字のギラ憑き。感情を自ら殺したかのようなコキュートスじみた眼硬。何も見ちゃあいない。何も聞いちゃいない。俺の悲鳴なんぞ、蒼白なんぞ、奴にとってはただの反乱だ――畜生! 飼い犬に手を噛まれても痛くないってか!
俺は必死に走った。
人生でこれだけ走ったことはない。
吐く息は荒く、吸い込む息は辺り一帯の、
煙の臭いを纏わせていて苦しいばかりだった。
しかし――人間には限界がある。
たとえ鉄火場に居ようとも、血管は切れるのだ。
あっという間に捉えられ、転がされた俺を、
地面に縫い止めるように軍刀が突き立てられる。
――帳が降りたような、そんな髪の白だった。形だった。
俺を見下ろす機械の双眸、カメラ・アイに通じた回転。
真っ赤に燃える空、既に鉛は息絶えている。
ああ、きっと俺は――。
意識を取り戻したのはやはり最悪でしかなかった。引き摺られ、雑に扱われた痕跡が全身、そこらに刻まれている。切られた腱が未だにぐじぐじと泣き喚き、銃弾を喰った頭がぶれている――? 俺は今何と言った? 頭に銃弾が? ならば何故に俺は『意識を取り戻した』のだ――悪寒と共に昇ってきた、恐怖、名状し難い超技術――目玉をやれば、其処には先程の軍人。鞭を構えて待機する姿はまるで人形だった。そんなわかりきった情報は溝にでも破棄してしまえ、俺は死んだ俺は死んだのだ俺は死んだ筈なのだ。それなのに何故心臓が脈を打っているそれなのに何故脳髄がおそれを孕んでいるそれなのに何故俺が俺で在る事を証明出来る――? 成程、ストンと妙な納得が咽喉を通った。反乱因子とは即ち、次の軍人を『造る』為の蟲毒だったのだ。そう思惟して終えばあの鹵獲もよく解せる――鎖に繋がれた四肢が別のものに換わっていた。
軍事用アンドロイドは醜いほどに『人間人間』していた。気づけなかった俺が悪いのだと抜き取られる刹那に、薄らボンヤリと呑み込んだ。じゃぼんと乱雑に投げられた俺はお仲間さんとぷっかり楽している。そのうちに処分される事を望みながら、羨みながらも『新しく出来た』ものを凝視してみる。おそらく悪くない出来栄えなのだろう、はじまりの軍人がかるく笑みを浮かべた――消灯の時間です。※※地区の皆様、消灯の時間です。がらがらと巨大な塵箱が暗黒に啜られていく……。
おまけSS『取り替えっ仔』
ざ、ざ、ざ、ざ――人は行進する、人は行進する。人は行進する。
ざ、ざ、ざ、ざ――アンドロイドに刺されるが儘に。アンドロイドに睨まれるが儘に。アンドロイドにかられるが儘に。
突き立てた軍刀がにぶく輝き、ゆるやかだった世界の嘘を殺戮した。
肉は剣にならない。骨は銃弾にならない。皮は盾にならない。
ならば改めるべきだろう。ならば整えるべきだろう。
売り払ったフレッシュを歯車に換え、淡々と理想を造り上げていく。
※※地区の皆さん、起床の時間です――。
体調の悪い方は※※にご連絡ください――。